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Ichiro Suzuki シアトル・マリナーズ

2009-03-02 09:21:28 | ◇人名事典・男
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高校生新聞 『大学受験ニュース』(ブログ版)

イチロー

イチロー(鈴木 一朗)
Ichiro Suzuki シアトル・マリナーズ #51

基本情報
国籍 日本
出身地 愛知県西春日井郡豊山町
生年月日 1973年10月22日(35歳)
身長
体重 5' 11" =約180.3cm
170 lb =約77.1kg
選手情報
投球・打席 右投左打
守備位置 外野手(右翼手)
プロ入り 1991年 ドラフト4位
初出場 NPB / 1992年7月11日
MLB / 2001年4月2日
年俸 $17,102,149[1](2008年)
経歴(カッコ内は在籍年)
愛知工業大学名電高等学校
オリックス・ブルーウェーブ(1992 - 2000)
シアトル・マリナーズ(2001 - )

国際大会
代表チーム 日本
WBC 2006年、2009年
この表について[表示]
この表はテンプレートを用いて表示しています。編集方法はTemplate:Infobox baseball playerを参照してください。
■Template ■ウィキプロジェクト 野球選手

イチロー(本名:鈴木 一朗〈すずき いちろう〉、1973年10月22日 - )は、シアトル・マリナーズに所属するプロ野球選手。ポジションは外野手(主に右翼手)。血液型B型。

日本プロ野球とメジャーリーグのシーズン最多安打記録を保持しており、驚異的にヒットを量産することから「安打製造機」と称される。米国においては、その巧みなバットさばきの様子から「wizard[1](魔法使い、魔術師)」と呼ばれる。

目次 [非表示]
1 経歴
1.1 日本プロ野球
1.2 メジャーリーグ
1.3 世界大会
2 選手としての特徴
2.1 打撃
2.2 守備
2.3 走塁
2.4 評価
3 用具について
4 エピソード
4.1 人物、プライベート
4.2 オリックス時代
4.3 マリナーズ時代
4.4 その他
4.5 記録など
4.6 ドラマ出演
5 略歴
6 年度別打撃成績
7 年度別守備成績
8 タイトル・表彰・記録
8.1 タイトル・表彰
8.2 特筆記録
9 出演
9.1 CM
9.2 テレビ番組
10 書籍
11 関連項目
12 脚注
13 外部リンク



[編集] 経歴

[編集] 日本プロ野球
1991年 - 1993年
1991年、ドラフト4位でオリックス・ブルーウェーブ(現:オリックス・バファローズ)に入団。1992年7月12日の福岡ダイエーホークス戦で木村恵二投手からライト前へプロ初安打を記録した[2]。
1992年は.366の高打率でウエスタン・リーグの首位打者を獲得しながらも、土井監督や小川亨コーチなどの1軍首脳陣から振り子打法を否定され、足の速さを活かすようにと内野安打狙いのバッティングや山内一弘コーチ式の内角打ちを指示されるが、意見や指導が合わず、1軍に定着することはなかった。同年のジュニアオールスターでは同点の8回に代打決勝ホームランを放ち、MVPを獲得。賞金100万円を手にするが、全額を神戸市の養護施設に寄付した(2軍選手でこのことをしたのはイチローが初めてである)。
1992年と1993年でプレーしたウエスタン・リーグでは、2シーズンにまたがり46試合連続安打を記録(1シーズンでは30試合)[2]。1993年のウエスタン・リーグでは打率.371を残したが、1軍半であったため規定打席に少し足りず、もし規定打席に達していれば首位打者になる可能性があった(1993年のウエスタン・リーグ首位打者の打率は.346)。同年オフにはハワイ・ウィンターリーグでヒロ・スターズというチームで優勝し、リーグ初のMVPに選ばれた。カウアイのヴィディンハ・フィールドで推定飛距離500フィート(152メートル)の本塁打を打ち、地元では「新幹線ホーマー」と呼ばれていた[3]。
1993年、当時豪腕の名をほしいままにしていた野茂英雄からプロ初本塁打(1993年6月12日、長岡市悠久山野球場)を放ったものの[4]、その日に2軍降格を言い渡されるなど2軍生活を余儀なくされていたイチローは、同年の秋に、河村健一郎2軍打撃コーチと二人三脚で日本時代のイチローの代名詞ともなる振り子打法を作り上げた。
1994年
監督に招聘された仰木彬はイチローの類い稀な打撃センスを見抜くと、登録名を当初の「鈴木」から「イチロー」に変更させ、1軍の2番打者に抜擢する。1軍打撃コーチの新井宏昌にも理解され、レギュラーとして活躍。4月末ごろには1番打者に定着し、日本新記録の69試合連続出塁、日本球界初となるシーズン200本安打の偉業を達成。最終的に210安打(日本記録)まで延ばし、この年から打撃の正式タイトルとなった最多安打の初代獲得者となった。パ・リーグ新記録となる打率.385(後の2000年に自らパ・リーグ記録を更新)で首位打者を獲得。打者としてはプロ野球史上最年少でMVPを手にした。
1995年
主に1番打者を打ちながら、首位打者・打点王・盗塁王・最多安打・最高出塁率を獲得し、「五冠王」に。打点王と盗塁王の同時獲得は日本プロ野球史上初(現在も唯一)、全イニング出場での首位打者は1969年の王貞治に次ぐ史上2人目の快挙。リーグ3位タイの25本塁打で、本塁打王の小久保裕紀とは3本差であり、日本球界・メジャーリーグともに前例のない打撃タイトル独占(六冠王)にあと一歩であった。そのほか、リーグ2位の長打率や当時のパ・リーグ記録となるシーズン18死球に加え、当時の日本タイ記録となるシーズン初回表先頭打者本塁打5本を残し、前年に自らが記録した69試合に迫る歴代2位の67試合連続出塁を記録。2年連続となる正力松太郎賞も受賞した。
1996年
開幕から前半戦まで1番打者として出場し、オールスターゲーム第1戦では初回先頭打者初球本塁打(オールスター史上3人目、パ・リーグ選手では史上初)を放った。第2戦では投手として登板し、高津臣吾を遊ゴロに打ち取っている。後半戦からは打順を変更され、3番に固定。前半戦までは打率が1度も.330を超えない状態が続いたが、3番になってからは調子を上げ、固め打ちが目立つようになった。最終的に3年連続となる首位打者を獲得し、猛打賞を26回(日本記録)、1試合4安打を8回記録(達成当時、日本新記録。現在はパ・リーグ記録)した。9月23日の日本ハム戦では、延長10回裏にオリックスのリーグ連覇を決めるサヨナラ2塁打を放ち、前年のリーグ優勝時に果たせなかった「地元・神戸での胴上げ」を実現させた。読売ジャイアンツとの日本シリーズ第1戦では、延長10回に河野博文投手から決勝本塁打を放つ。チームは阪急時代の1977年以来19年ぶりの日本一に輝き、優秀選手賞を受賞した。
1997年
この年以降は主に3番打者として出場。6月に209打席連続無三振の日本記録を樹立、その後の日本ハム戦で下柳剛投手から三振するまで216打席連続無三振をマークした。三振の少なさは高校時代から知られており、高校3年時の三振はわずかに3つである。
1998年
張本勲の4年連続を抜いて、日本プロ野球史上初となる5年連続首位打者獲得を達成。同時に、5年連続・通算5回目となる最多安打を記録した(連続回数、通算回数ともにパ・リーグ記録。5年連続は長嶋茂雄の6年連続に次いで歴代2位、通算5回は長嶋茂雄の10回、川上哲治の6回に次いで歴代3位)。
1999年
4月20日、日本ハム戦で金村曉投手から本塁打を放ち、プロ野球史上最速となる757試合目で通算1000本安打を達成。7月6日の西武戦では松坂大輔投手から通算100号本塁打を打った。前半戦だけで19本塁打を記録するなど、1995年以来のペースで本塁打を量産していたが、8月24日の対日本ハム戦において下柳から右手に死球を受け、負傷。残りのシーズンを棒に振った。これにより、1994年の開幕戦から続けていた連続試合出場が、パ・リーグ歴代4位の763でストップした。
2000年
プロ野球歴代2位のシーズン打率.387を記録。開幕戦から4番に指名され、同打順で毎試合スタメン出場していたが、8月27日のロッテ戦で3回に三塁線へファウルを打った際に右わき腹を痛め、途中交代。その後出場を果たしたのは、神戸でのオリックス本拠地最終戦である10月13日の1試合だけで、9回に守備固めとしての出場であり、打席には立たなかった。イチローがメジャーリーグに挑戦するため日本球界を去ると記者会見をしたのが前日の10月12日であったため、この試合終了後、イチローはファンの大声援に手を振って応え、ファン一人一人と別れの握手をした。
1994年から2000年まで7年連続で首位打者、ベストナイン、ゴールデングラブ賞を獲得。7度の首位打者は張本勲と並ぶ日本記録、7年連続首位打者は史上初。さらに、1994年から1996年までは連続MVPであり、3年連続MVPは他に山田久志しか達成していない快挙である。


[編集] メジャーリーグ
2001年
ポスティング制度を利用してメジャーリーグの球団、シアトル・マリナーズに移籍する。メジャーリーグ移籍に関して本人は2000年に移籍と決めていたが、恩師である仰木彬監督に「もう1年だけ一緒にやろう」と引き留められ、断ることができずにチームに残ったという裏話がある[要出典]。
当初は、日本人野手がメジャーで通用するのか疑問視する声が日米問わず多かった。あるマリナーズの番記者は、日本でのイチローのビデオを見て、「ピッチャーが投げるすべての球に反応して動き、バッターボックスでふらついているようにも見えた。球をたたくように打ち、すぐさま走り出すスタイルは、メジャーリーグの投手と野手が相手では歯が立たないだろうと思われた。そのうえ、パワーもなさそうだった」と述べ、当時のマリナーズの監督だったルー・ピネラも、「打率は2割8分から3割、盗塁は25から30、まあ得点は稼いでくれるだろう」とそこまで大きな期待はしていなかった[5]。「51」という背番号をつけることになったときにも、当時のマリナーズには「背番号51」はランディ・ジョンソン(1998年まで在籍)の番号というイメージがファンの間で認識されていたために、「ランディの功績を台無しにする」「ランディを侮辱している」という理由であまり好意的には見られてはいなかった[要出典]。その後の活躍で、このことを取り沙汰するファンは誰もいなくなった。前述の番記者も、シーズン開幕から1か月半後の『シアトル・タイムズ』紙に、「お詫び」のコラムを掲載している[5]。
開幕戦でいきなりマルチヒットを放ち、その後も順調にヒットを積み重ねた。MLBオールスターゲームでのファン投票では337万票を獲得し、日本からの68万票を差し引いても両リーグ通じて1位となるなど、アメリカにおいても評価されるようになる。この年、1930年のビル・テリー(ジャイアンツ)以来となるシーズン242安打(当時歴代9位)を放ち、メジャーリーグのルーキー最多安打記録を更新(この年の両[表示]表・話・編・歴日本プロ野球名球会

投手(通算200勝以上)

金田正一 - 小山正明 - 米田哲也 - 鈴木啓示 - 堀内恒夫 - 山田久志 - 平松政次 - 東尾修 - 村田兆治 - 北別府学 - 工藤公康 - 山本昌広(山本昌)

投手(通算250セーブ以上)

佐々木主浩 - 高津臣吾

野手(通算2000本安打以上)

野村克也 - 長嶋茂雄 - 広瀬叔功 - 張本勲 - 王貞治 - 土井正博 - 高木守道 - 松原誠 - 柴田勲 - 藤田平 - 衣笠祥雄 - 福本豊 - 山崎裕之 - 山本浩二 - 有藤通世 - 若松勉 - 谷沢健一 - 加藤英司 - 門田博光 - 大島康徳 - 新井宏昌 - 秋山幸二 - 駒田徳広 - 立浪和義 - 鈴木一朗(イチロー) - 清原和博 - 古田敦也 - 野村謙二郎 - 石井琢朗 - 松井秀喜 - 田中幸雄 - 前田智徳 - 金本知憲

故人

投手/稲尾和久 - 梶本隆夫 - 皆川睦雄 - 村山実 野手/江藤慎一 - 大杉勝男 - 山内一弘

名誉会員(マスターズリーグとの通算で資格基準を満たした選手)

野手/松永浩美

有資格者(休会もしくは参加を辞退・保留している選手)

投手/江夏豊 - 野茂英雄 野手/榎本喜八 - 落合博満

その他の成績条件達成選手(昭和以前生まれ)

投手/ヴィクトル・スタルヒン - 若林忠志 - 野口二郎 - 別所毅彦 - 中尾碩志 - 藤本英雄 - 杉下茂 野手/川上哲治


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カテゴリ: 出典を必要とする記事 | 出典を必要とする記事/2008年9月 | 雑多な内容を箇条書きした節のある記事 - 2008年11月 | 日本の野球選手 | MLBの日本人選手 | オリックス・ブルーウェーブ及びその前身球団の選手 | シアトル・マリナーズの選手 | 首位打者 (NPB) | 打点王 (NPB) | 盗塁王 (NPB) | 最優秀選手 (MLB) | ルーキー・オブ・ザ・イヤー (MLB) | アメリカンリーグ首位打者 | MLBオールスターゲーム選出選手 | MLBオールスターゲームMVP | 名球会 | 愛知県出身の人物 | 1973年生



最終更新 2009年2月27日 (金)










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