小室哲哉氏が引退を表明した。
今後の小室氏が
今回の引退を撤回するのかどうか不明だが
とにかく、しばらくは活動しないことだけは確実だ。
安室奈美恵も引退し
昨年はSMAPが”消滅”してしまったので
SPEEDの各メンバーの不祥事などを思い合わせると
1990年代後半のJ-POPを
その当事者をまじえて回顧するような企画は
ほぼ不可能になったと言ってよいだろう。
さらに言えば、松田聖子のこと。
紅白歌合戦に「復帰」したはずなのに
今の自分をアピールするだけで
1980年代を回顧させてくれない。
松田聖子と好一対だった中森明菜は、長い間
テレビ出演が叶わない状態(あの「紅白」出演はあえて無視するとして)が
続いている。
中山美穂は女優のポジションに戻りつつあるのだが
誰も彼女にかつてのヒット曲を歌わせようとしない。
本人が固辞しているのだろうか?
小泉今日子なら
その気になれば”歌手復活企画”が可能なはずなのに
本人はもはや文化人のステイタスがお気に入りのようで
一向に歌わない。
こういう状況は誰も意図していなかったはずなのに
1980年代のアイドル歌謡曲の回顧は
主役抜きでやらざるを得ず
脇役だけが目立った形で現在進行している。
1970年代のアイドルにしても事情は同じだ。
桜田淳子が1990年代以降に今のような状況になってしまうとは
人気絶頂の頃には誰も予想できなかったはずだ。
山口百恵が毅然と引退を守り続けている以上
ここでも1970年代のアイドル歌謡曲の回顧は不可能である。
それぞれが流行のピークの時期には
予想できなかった成り行きである。
かくして、2018年の今
日本のJ-POPは”歴史喪失の時代”を迎えている。
過去が不在になったからである。
「本人」という重みのある実体が不在のまま
映像だけで回顧するしかなくなり
そこに実感のこもった”何か”が付与されないと
その映像を利用した企画の意図だけが
一方的に暴走する時代になりつつある。
それがどうした、ということかもしれないが
年代的に
そろそろ懐古趣味に全身で浸りたいと思っている自分にとっては
何か違和感を覚えることが
ここ数年続いていることも確かである。
このブログでは
そんな視点から
かつての流行歌について語っていこうと思っている。
渡辺美里「My Revolution」初生放送
(小室哲哉と言えば、この映像を思い出す。
アイドル歌謡全盛のこの時代に
これほど真摯な歌詞、真摯な歌いっぷりは画期的だった。
もう20代も後半に入っていた当時の自分にとって、結構な衝撃だったのだが・・
小室哲哉も渡辺美里も、少なくとも自分にとっては
その後、これ以上のクオリティのものを感じさせてくれることはなかった)
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます