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コーイチ物語 3 「秘密の物差し」 215

2020年12月20日 | コーイチ物語 3(全222話完結)
 その夜は宴会だった。チトセと逸子の作った大量の料理を食べ、お酒も少し飲み、皆楽しんだ。
 落ち込んでいたタロウはすっかり浮上し、ケーイチ相手にタイムマシンや他の難しそうな分野の話をしていた。ちらちらとアツコを見ていたので、「ボクって凄いでしょ」とのアピールも多分に混じっているのだろう。アツコはそんなタロウの魂胆など見透かしているが、タロウの熱弁に感心したような顔をしている。あくまでも顔だけだと分かるのは、手がひっきりなしに料理に伸び、絶えず口がもぐもぐしているからだった。
 タケルは時々、思い出したように涙ぐんでいた。テルキとの別れが辛いのだろうと誰もが思っていた。しかし、タケルは、あんな綺麗な姫様と一緒になったテルキをうらやんでる気持ちが半分か、それ以上だったのだ。「ボクもあんな素敵な女性と知り合いになりたい」と、タケルは思う。目の前のナナは美人だし、タイムパトロールのアイドルだし、次期長官だ。だが、幼なじみだと言う事で、どうしても一女性として見ることが出来ない。苛められた過去や信じられない裏の顔も知っているからかもしれない。逸子はタケルとナナはお似合いだと言ってくれる。ナナは満更でもない表情をするが、タケルは困惑の表情しか浮かべられない。逸子はタケルの困惑した表情が楽しいのか、事あるごとに「二人はお似合いだわ」と言って、タケルからその表情を引き出す。
 チトセはコーイチの横にべったりとくっついて、コーイチの世話を焼いている。コーイチの取り皿が空になると、さっと大皿から取り分ける。コーイチは美味しい美味しいと言って食べている。コーイチの好きなものを少し多めに作ったのは内緒だ。うっかりこぼしたら、「しょうがないなぁ……」と言いながら片付けてくれる。頬や口元に食べ残りが付いているのを見つけると、「子供かぁ?」と言いながらそれを取りぱくりと食べる。逸子が目ざとくにらんでくるが、チトセは平気な顔で見返す。そして、誰にも聞こえないような小さな声でこっそりと「ダーリン……」と言ったりしている。
 夜も更けて、宴会も終わった。
 片付けも終わり、女性陣は二階の寝室へ行き、タケルは家に帰り、ケーイチは地下の研究室へ行き、コーイチとタロウは一階の寝室に行った。タロウのいびきが凄まじい。
 タロウのいびきの間から、ドアノブが小さな音を立てて回ったのが聞こえた。いつもは鍵を掛けるのだが、今日は掛けていなかった。ドアが少しきしんでゆっくりと開いた。コーイチはベッドの上で上半身を起こした。寝室に入って来た人物は真っ直ぐにコーイチの方へと近づいて来る。
「……コーイチさん……」
 押し殺した声で言ったのは逸子だった。
「……ああ……」コーイチの押し殺した声で答える。「待っていたよ……」
「……わたし、二階から降りて来るの、ひやひやだったわ…… 気付かれるんじゃないかと思って……」
「そりゃ、大変だったね……」
「でも、良いの……」
「こっちはタロウさんが大いびきで爆睡中だから、平気だよ」
「そのようね…… タロウさん、良く飲んでいたものね」
「アツコさんへのアピールが上手く行ったって言ってたよ」
「アツコさんは『あざといタロウね』なんて言って笑ってたわ。アツコさんもそこそこお酒も飲んでたのね。すぐに寝ちゃったわ」
「ナナさんやチトセちゃんは?」
「あら、二人が気になるの?」
「いや、そう言う事じゃないけど……」
「分かっているわよ。……ナナさんはテルキさんの件をどう報告するか悩んでいたわ。そうしたら、チトセちゃんが『死んだ事にしちまえば良いじゃん』なんて過激な事を言ったんだけど、ナナさんは『それが良いかも……』って言って、安心したように寝ちゃったわ」
「さすが、次期長官と言うか、何というか……」
「チトセちゃんも疲れたのね、その後すぐに寝ちゃって、寝言で『コーイチ…… ダーリン……』って言ってたわ」
「逸子さんが綺羅姫にあんな事を言うからだよ」
「そうかもね」
「あれって本気なのかい?」
「どうかしらね? 実際に一緒になったら、やっぱり『コーイチさん』って呼んじゃいそうだわ……」
「ははは…… まあ、良いか……」
 二人は見つめ合う。
「……コーイチさん……」
「……逸子さん……」
 コーイチはゆっくりと掛布団をめくった。
「それじゃ……」
「ええ……」
 二人は手を取り合った。
「……ケーイチ兄さんの所に行こう」
「そうね」
 逸子はコーイチの手を引っ張り、コーイチをベッドから下ろした。
 宴会が始まる前にケーイチが二人に「夜中に研究室に来てくれ」と話していたからだ。
 二人は寝室を出ると、静かに廊下を歩いた。研究室への出入口は開いていた。
 二人はそこへ入って行く。出入口は静かに閉ざされた。


つづく


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