お話

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ジェシルと赤いゲート 37

2023年07月27日 | ベランデューヌ
 ジェシルは、あっと言う間に子供と女たちに囲まれた。男たちは、呪い師の老婆とメギドベレンカとに睨みつけられて、遠巻きに様子を窺っている。本当はジェシルに声をかけたくて仕方がないのだが、それは叶わず仕舞いのようだ。
 ジェシルを取り巻いている子供たちが口々に何かを言っている。しかし、ジェシルには分からない。それでも、声をかけられるたびにその方を向き笑顔を見せていた。
「すっかりアーロンテイシアだな……」
 ジャンセンは、ジェシルの様子を見ながらつぶやく。
 ドルウィンがジャンセンに声をかけてきた。ドルウィンが促すところには、貫録と威厳を併せ持った年輩の男たちが五人、丸テーブルを囲んで形で座り、真剣な眼差しをジャンセンに向けていた。彼らはベランデューヌ一帯の村の長たちだった。これから、重要な話が行なわれようとしているのだ。それが分かっているので、誰一人として近寄ってはいなかった。ジャンセンの表情も引き締まる。

 ジャンセンがドルウィンと共に席に着く。しばしの沈黙が続く。
「……さて」ドルウィンが重々しい口調で話し始めた。ペトランの言葉だ。「この苦境に、アーロンテイシア様がお出ましになられた事は、我々に光明が射したと言って良いと思うのだ」
「たしかに!」恰幅の良い長が、どんとテーブルを拳で叩く。「この時にお出ましになるのは、アーロンテイシア様がご助力を我々に賜ると言う事の現われだ!」
「でもな、カーデルウィックよ……」大柄だが神経質そうな表情の長が、恰幅の良い長に言う。「お出ましの真意が分からなければ、何とも言えんのではないのか?」
「相変わらずの心配症だな、ボンボテットよ」カーテルウィックが、神経質そうな長の言葉に苦笑を浮かべる。「まあ、お前さんの言う事も分からんではないがな……」
「いいや、わしはドルウィンに賛成じゃ」最年長と思われる頑固そうな痩せた長が、胸元まで伸びた白髭をしごきながら周りを睨みつけるように見回して言う。「お出ましの真意は、正直どうでも良いのだ。わしらの願いを聞いて頂くだけじゃろう?」
「そうだ、デールトッケの言う通りだ」長の中では一番若い、壮年と言った感じの長が、白髭の長に向かってうなずく。「早急に何とかしなければならないんだからな」
「だがな、アーロンテイシア様のお出ましの真意は確かめた方が良いぞ、サロトメッカ」神経質そうなボンボテットが、さらに神経質そうな表情で若い長を諌める。「その上で、お願いを申し上げるのだ。その方がお聞き届け下さりやすくなろう」
「ハロンドッサは、どう思う?」ドルウィンがまだ口を開いていない、つるつる頭の長に話を振る。「お前さんは、ベランデューヌで一番の知恵者だ」
「……そうさなぁ……」ハロンドッサはのんびりとした口調で話し始める。「誰かに助けを求める時は、素直に窮状を話し、その上でお願いをすると言うのが筋だろうさ。それが、子供に対しても、神に対しても、だ」
 一同は大きくうなずく。長たちの方針は決まった。
「……と言う訳で、伝達者殿」ドルウィンがジャンセンに向かって話す。「わしらの窮状は先にお話した通りだ。それをアーロンテイシア様にお伝えして、助力を賜れるようにして頂きたい……」
「分かりました」ジャンセンはうなずき、皆に笑顔を向ける。「アーロンテイシアは必ずベランデューヌのために力を貸してくれるでしょう……」
 不意に長たちが立ち上がった。ジャンセンの背後を見ている。
「……あら、何の話? わたしがどうしたって?」
 ジャンセンの背後で女性の声がした。ジャンセンは振り向いた。幼い子供たちに両腕をつかまれたジェシルが、優しい笑みを浮かべて、すぐ後ろに立っていた。
「ジェシル!」ジャンセンが立ち上がり、いつもの言葉で話した。「どうしたんだ? ペトランの言葉が分かるのかい?」
「そうね」ジェシルはにやりと笑い、答える。「子供たちがやたらと絡んできて、話しているうちに片言だけど分ってきたわ」
「片言には思えなかったけど?」
「宇宙パトロールの捜査官は、あちこちの宙域の悪党のところに潜入捜査をする事があるの」ジェシルは答える。「だから、あちこちの言葉に通じているの。ここの言葉って、ローゼンス宙域の言葉に似ているわ。それが分かれば意外と早く理解できたってわけ」
 ジェシルはどうだと言わんばかりに胸を張る。
「凄いなぁ、古代の言葉をあっと言う間に習得するなんてさぁ……」ジャンセンは本気で感心している。「ジェシル、君は言語学者になれるよ! 命のやり取りなんて怖ろしい事は止めてさ、ぼくと一緒にチームを組まないか? 君と組めば、ぼくの研究も飛躍的に進捗するよ!」
「あら、ジャン、初めてわたしを誉めてくれたわね」ジェシルは飛び切りの笑顔をジャンセンに近づける。その表情のままで続けた。「お・こ・と・わ・り・よ!」
 ジャンセンは残念そうな顔をした。ジェシルは勝ち誇ったような顔だ。
 二人のやり取りを不思議そうに見ていたドルウィンが、ジャンセンに声をかける。
「……伝達者様、アーロンテイシア様に何かありましたので?」
「いいえ、大丈夫、何も無いわ」ジェシルがペトランの言葉で答えた。「それよりも、みんなで何を話していたの?」


つづく

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