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コーイチ物語 3 「秘密の物差し」 217

2020年12月23日 | コーイチ物語 3(全222話完結)
「とにかくな、考えなくてはならない時なのだよ」ケーイチが言う。「過去と未来がごちゃごちゃになっているこの状態は良くない。そうだろう、コーイチ?」
「それは分かっているけど……」
「それなら、行なう事は一つだ。心を鬼にしてでも、歴史の流れを一本にする事だ」
「そこまでしなくても……」
「オレたちの一時の感情やわがままで歴史が止まるのは良くない。それにだ、オレたちのわがままで、別の可能性が失われることだって有り得るのだぞ」
「そうかもだけどさ……」
「今が良ければ良いなんて考えは、捨てるのだ」ケーイチは言う。そして、ふっと表情を曇らせた。「……オレだってな、あんなに優秀なチトセを失うのだ。あの娘はすべての面で素晴らしい。特に助手としてな。あれだけの人材は見た事が無い。だがな、これもオレのわがままだ。間違った事なんだよ」
「でもさ……」
「良いか、こんなパラレルワールドは、オレたちだけに生じているんじゃないんだ。この時代、多くの人がタイムマシンを個人所有している。娯楽の一つにまでになっている。娯楽として、無数のパラレルワールドが出来上がっているんだ。今もそれは増えているだろう。歴史本来への影響が必ず出て来る」
「自分で自分の首を絞めている、と……」
「そうだな」ケーイチは言うと、手にしているタイムマシンを置き、一冊のファイルを取った。「これはトキタニ博士の研究ファイルだ。実は博士も同じ様な心配をしていたようだ。作ったタイムマシンがパラレルワールドを生み出すことに気が付いたんだな。しかし、タイムマシンはどんどん普及して行く。そんな中で、オレと同じような危惧を覚えたんだよ。それで、色々な数値を点検し直していたんだな」
「で、兄さんと同じタイムマシンを作るに至ったのかい?」
「いや、あと一歩だったんだ」ケーイチは自分の事のように悔しがっている。「あの、混線した電話で、オレがきちんと数値を伝えていれば、こんな混乱は起きなかったんだ。でも、博士は自力でそれに気が付いて、修正をしていたんだ。あと少しと言う所で亡くなったんだろうな。式が途中で切れているのが、何とも痛ましかったよ」
「そうなんだ……」
「続きはオレが完成させた。とは言え、全体は九十九パーセントは完成していたんだ。だから、この最終形態のタイムマシンは、トキタニ博士の成果だよ」
「と言う事は……」逸子が言う。「お兄様がなさろうとしている事は、トキタニ博士がなさろうとしていた事と言うわけですか?」
「そう言う事になるね」
「でも……」コーイチは弱々しく言う。「せっかく、みんなと知り合えたのに……」
「コーイチ……」ケーイチが言う。「お前の気持ちは分かる。だがな、こんな事が現実にあってはいけないんだよ。どこかで正さなきゃならないんだ。オレたちはそれに気がついた。他にも気が付いている連中はいるだろうが、オレたちは今すぐにでも正す事が出来る道具を持っている」
「そんな事は分かっている、分かっているんだけど……」
「一時の感情に捕らわれていてはいけないぞ、コーイチ」
「ボクは、兄さんみたいな科学者じゃないからさ、どうしても感情的だよ……」コーイチはため息をつく。「……でも、どうしてこのタイミングなんだい?」
「ほら、ナナさんが言ってたろ? 全て終わったってさ。その言葉がきっかけさ」
「それだけじゃ、根拠が薄弱じゃないかな?」コーイチは文句を言う。「まだ、もっと別のきっかけがあるかも知れないじゃないか」
「そうかもしれないが、オレにはまさに天啓のように響いたのさ」
「科学者なのに、そう言う所は感情的だね」
「かも知れんがな……」ケーイチは言うと力無く笑った。「オレだって、またみんなの顔を見ると決心が鈍っちまうのは確実だからな」
 コーイチは振り返る。今は閉じている出入口の向こうでな、皆が眠っている。正しい歴史が流れると、みんなはどうなるのだろう…… コーイチは思う。元々存在していない世界なのだ、そう思ってはみるものの、共に過ごした仲間だ。同じ世界を共有しているのだという実感はある。
「そうだ、兄さん!」コーイチは、今気が付いた様な声を出す。「パラレルワールドって言うんなら、ボクたちだって、パラレルワールドの住人なんじゃないのかい? だったら、このままだって別に良いじゃないか」
「ところがな、そうでも有り、そうでも無しってところなんだよ」ケーイチが言う。「確かにお前の言う通りだ。パラレルワールドの住人だ。だがな、正しい歴史の流れを意識した時点で、オレたちはそこの住人ではなくなる」
「……良く分からない……」
「わたしたちを中心にして、正しい歴史の流れを取り戻すからよ」逸子が横から助け舟を出す。「気が付いた人が実行しなきゃならないのよ。犠牲はあるかもしれないけど……」
「逸子さんの言う通りだよ」ケーイチはうなずく。「実行するのは決して間違いじゃないんだ。間違っているのは、こう言うパラレルワールドなんだよ」
「……分かったよ、兄さん……」コーイチはため息をつく。「確かに、ボクも、いつまでも未来に居っ放しってわけにはいかないなぁとは思っていたんだ……」
「そうか。やっぱり、今がタイミングなのさ。正しい歴史の流れに意識があるんなら、『さっさと元に戻さんかい!』って、やきもきしているだろうさ」
 ケーイチは言うと、タイムマシンを手に取って作動させた。


つづく

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