メインコンピューターの基部のある地下十階のごく一部に、十の小さなブースで仕切り、それぞれに最早閲覧しかできない数世代前の旧式のコンピュータが置かれた、各部署でお払い箱になっような机と椅子が設置した部屋がある。それが資料室と呼ばれていた。
誰も来たがらないような、薄暗く陰気で薄気味悪い雰囲気を醸し出している。実際、一度も来た事のない者もいる。
オムルはこの部屋の管理を任されていた。管理とは言え、人の出入りを見ているだけだった。実際は監視システムが作動しているので、オムルは飾りだった。それでも、オムルを雇っている宇宙パトロールをジェシルは評価していた。この件にトールメン部長が絡んでいないと言うのもジェシルには嬉しい事だった。
「ジェシル、七番のブースを使ってくれ」
オムルは言った。ジェシルは礼を言おうとオムルに顔を向けたが、出入り扉脇の自分の席で、椅子を軋ませながら私物の電子雑誌をデスクに置いてじっと見入っていた。ジェシルは肩をすくめると、指定されたブースへ向かった。ブースに入る手前の床に数字が書かれており、それがブースの番号になっている。ジェシルは「7」と書かれた床を進む。
各ブースには扉は無い。天井から監視カメラが下がっていて閲覧者を捉えている。さらに閲覧記録は記憶され、一日の終わりに上層部の統括管理官が確認をする。不要な、あるいは不適切な閲覧を行なった者(これは統括管理官の裁量によるものだったが)には相応の処罰が下された。それもあって誰もここへは近づかない。
ジェシルはブースに入る。引き出しをすべて取り払った机の上に、ジェシルが産まれる前の型式のコンピューターが載っていた。座り心地の悪そうな椅子に腰かけた。……なるほどね、ここまで施設を悪い物にしておけば、ますます誰も来なくなるわよね。わたしは意地でも通うつもりだけど。ジェシルは妙な闘志をむき出しにしてコンピューターを立ち上げた。立ち上がるまでに時間がかかっている。ジェシルはベルザの実でも持ってくれば良かったと後悔した。イライラが頂点に達する少し前にコンピューターは起動した。
ジェシルは過去の逮捕者たちの状況を確認し始めた。
「へぇ~っ、わたしって結構優秀なんだ……」膨大な逮捕者のリストを見ながらジェシルはつぶやいた。「覚えていないものもあるわねぇ……」
ジェシルはある名前の所をクリックして詳細を映し出した。凶悪な面構えのガル人だ。もともとガル人は恐ろしい顔付きをしているが、これは群を抜いている。
「ガル人のテトか……」ジェシルは画面を人差し指で弾いた。「こいつなら、可能性があるかも……」
テトは、幾つものカジノを経営していた。しかし、それの数倍の規模で闇カジノを仕切っていた。宇宙パトロールは以前から壊滅を目論んでいたが、パトロール内の一部の上層部とつながっていて、本格的な行動に出ることができなかった。
そんな甘い対応に業を煮やしたジェシルは、単身テトのアジトに乗り込み、今でも宇宙パトロールで伝説になっている大暴れをし(一説ではパトロールの武器庫から惑星一つを吹き飛ばす威力のあるものを幾つも持ち出したと言う)、テトの闇カジノも壊滅させた。その際、関係のあった上層部の連中の事を暴露して失脚させた。本来なら勲章と出世間違いなしだったが、テト一味を全員病院送りと言う過激すぎる行為の及んだ事、上司に相談も無く独断専行の行為であった事などから、減給と停職三か月を言い渡されてしまった。
同情する者は多かったが、テトが政界とも結びついているとの噂もあったため、政治的圧力があったと思われた。ジェシルは親類の「政府中枢のお偉いさん」に文句を言ったが、今回だけは身を引くようにと忠告された。ジェシルは無性に腹が立ったのを覚えている。それが二年前だ。また、テトはうやむやのうちに刑を免れ、再びカジノを経営していると言う。
「あいつ、今頃になって、わたしに復讐するつもりのようね」
むっとした表情でジェシルは立ち上がった。つかつかと出入口の扉まで行く。オムルは電子雑誌から顔を上げた。
「オムル、ありがとう」ジェシルは笑顔を向けた。「これで解決だわ」
「そうかい、役に立って嬉しいよ」
オムルは抑揚のない声で答えると、電子雑誌に顔を落とした。
ジェシルは資料室を出て、両拳を握りしめた。各指の関節が殺気の籠った音を連続して立てた。ふと気がつくと、証人装置はまだ確認中だった。
つづく
誰も来たがらないような、薄暗く陰気で薄気味悪い雰囲気を醸し出している。実際、一度も来た事のない者もいる。
オムルはこの部屋の管理を任されていた。管理とは言え、人の出入りを見ているだけだった。実際は監視システムが作動しているので、オムルは飾りだった。それでも、オムルを雇っている宇宙パトロールをジェシルは評価していた。この件にトールメン部長が絡んでいないと言うのもジェシルには嬉しい事だった。
「ジェシル、七番のブースを使ってくれ」
オムルは言った。ジェシルは礼を言おうとオムルに顔を向けたが、出入り扉脇の自分の席で、椅子を軋ませながら私物の電子雑誌をデスクに置いてじっと見入っていた。ジェシルは肩をすくめると、指定されたブースへ向かった。ブースに入る手前の床に数字が書かれており、それがブースの番号になっている。ジェシルは「7」と書かれた床を進む。
各ブースには扉は無い。天井から監視カメラが下がっていて閲覧者を捉えている。さらに閲覧記録は記憶され、一日の終わりに上層部の統括管理官が確認をする。不要な、あるいは不適切な閲覧を行なった者(これは統括管理官の裁量によるものだったが)には相応の処罰が下された。それもあって誰もここへは近づかない。
ジェシルはブースに入る。引き出しをすべて取り払った机の上に、ジェシルが産まれる前の型式のコンピューターが載っていた。座り心地の悪そうな椅子に腰かけた。……なるほどね、ここまで施設を悪い物にしておけば、ますます誰も来なくなるわよね。わたしは意地でも通うつもりだけど。ジェシルは妙な闘志をむき出しにしてコンピューターを立ち上げた。立ち上がるまでに時間がかかっている。ジェシルはベルザの実でも持ってくれば良かったと後悔した。イライラが頂点に達する少し前にコンピューターは起動した。
ジェシルは過去の逮捕者たちの状況を確認し始めた。
「へぇ~っ、わたしって結構優秀なんだ……」膨大な逮捕者のリストを見ながらジェシルはつぶやいた。「覚えていないものもあるわねぇ……」
ジェシルはある名前の所をクリックして詳細を映し出した。凶悪な面構えのガル人だ。もともとガル人は恐ろしい顔付きをしているが、これは群を抜いている。
「ガル人のテトか……」ジェシルは画面を人差し指で弾いた。「こいつなら、可能性があるかも……」
テトは、幾つものカジノを経営していた。しかし、それの数倍の規模で闇カジノを仕切っていた。宇宙パトロールは以前から壊滅を目論んでいたが、パトロール内の一部の上層部とつながっていて、本格的な行動に出ることができなかった。
そんな甘い対応に業を煮やしたジェシルは、単身テトのアジトに乗り込み、今でも宇宙パトロールで伝説になっている大暴れをし(一説ではパトロールの武器庫から惑星一つを吹き飛ばす威力のあるものを幾つも持ち出したと言う)、テトの闇カジノも壊滅させた。その際、関係のあった上層部の連中の事を暴露して失脚させた。本来なら勲章と出世間違いなしだったが、テト一味を全員病院送りと言う過激すぎる行為の及んだ事、上司に相談も無く独断専行の行為であった事などから、減給と停職三か月を言い渡されてしまった。
同情する者は多かったが、テトが政界とも結びついているとの噂もあったため、政治的圧力があったと思われた。ジェシルは親類の「政府中枢のお偉いさん」に文句を言ったが、今回だけは身を引くようにと忠告された。ジェシルは無性に腹が立ったのを覚えている。それが二年前だ。また、テトはうやむやのうちに刑を免れ、再びカジノを経営していると言う。
「あいつ、今頃になって、わたしに復讐するつもりのようね」
むっとした表情でジェシルは立ち上がった。つかつかと出入口の扉まで行く。オムルは電子雑誌から顔を上げた。
「オムル、ありがとう」ジェシルは笑顔を向けた。「これで解決だわ」
「そうかい、役に立って嬉しいよ」
オムルは抑揚のない声で答えると、電子雑誌に顔を落とした。
ジェシルは資料室を出て、両拳を握りしめた。各指の関節が殺気の籠った音を連続して立てた。ふと気がつくと、証人装置はまだ確認中だった。
つづく
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