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コーイチ物語 3 「秘密の物差し」 220

2020年12月26日 | コーイチ物語 3(全222話完結)
「止まった……」コーイチがつぶやく。「タイムマシン、止まったよ……」
「そうね……」逸子もつぶやく。「タイムマシン、止まったわね……」
「止まったな……」ケーイチもつぶやく。「……ちょっと計算よりも時間がかかったな……」
 ケーイチはタイムマシンの外に出ようとする。コーイチはケーイチの腕をつかんだ。ケーイチは足を止め、振り返る。
「何だ、コーイチ?」ケーイチが言う。「オレの一歩は歴史の命運を決める一歩だぞ」
「分かっているよ。それだからこそ、どうするのか決めておかないと……」
「言っただろう? その時の気分だってさ」
「でもさ、それはやっぱり良くないよ。ちゃんと決めておかないと……」
「お前の口を通して語られた歴史の流れの意識がそう言っているのか?」
「そうかもしれない……」
「そうか」ケーイチは大きくうなずいた。「そう言うんなら、考えなくちゃいかんな」
「そうだよ、良く考えなきゃ」
「うん、もう良く考えた!」ケーイチはきっぱりと言うと、外へ出ようとする。コーイチはまだケーイチの腕を放さない。「……おいおい、コーイチ……」
「兄さんがどうするのか聞きたい」
「電話が鳴ったら出る。そして正しい数値を伝え、未来で正しいタイムマシンを作ってもらう」ケーイチは淡々と言う。「この純正のタイムマシンは量産が出来ない。つまり、トキタニ博士だけが所有する物となる。博士が使いたい時に使うようになるだろう。もちろん、パラレルワールドは当然出来ない」
「……お兄様。深い考察からの見事な結論ですわ……」
 逸子が感動している。
「分かったよ」コーイチはケーイチの腕を放した。「そこまで考えているんなら、もう何も言えないな」
「そうか、分かってくれたか」ケーイチはにやりと笑う。「……でもな、本当は、どうするかは、やはり気分次第なのだよ!」
 ケーイチは言うと、外へと飛び出した。
「兄さん!」
「お兄様!」
 コーイチと逸子も慌てて飛び出す。
 コーイチの部屋だった。振りかえると、ふすまが開いたままの押入の中に光がある。やはり出入口はここなんだな、コーイチは思った。改めて部屋の中を見回す。ナナの屋敷に居たせいか、ものすごく狭く、小さく感じた。しかし同時に、懐かしさが込み上げる。長い出張や旅行から帰って来た時のような、そんな気分だ。敷きっぱなしの布団の上に大の字に寝転がりたい衝動に駆られる。
「コーイチさん! 懐かしそうな顔をしながら、にやけないで!」
 逸子に叱責されて、コーイチは我に返った。
 コーイチの携帯電話が座卓の上で鳴っていた。ケーイチがそれを前にして戸惑っている。
「……鳴り止まないって事は、これでトキタニ博士と会話ができるってわけだ……(作者註:コーイチ物語 3 「秘密の物差し」 3 を参照ください)」ケーイチはつぶやく。「と言う事は、やっぱり予定していた時間よりもずれているってわけだ…… おかしい、どこで計算がずれちまったんだ?」
「兄さん?」コーイチが心配そうな顔をする。「悩むのは後にして、取りあえず電話をどうにかしないと……」
「何故だ? 何故、到着の時間がずれたんだ? コーイチとやり取りをしていたからか? いや、それは関係ないはずだ…… 計算して、時間を決めたんだからな。計算が間違っていたのか? いや、百回は演算して、答えは同じだった…… じゃあ、どうしてずれたんだ? 計算じゃ、電話が鳴るよりも前の時間に現われるはずなのに…… 何故なんだ……?」
 ケーイチはぶつぶつ言うと、ついに黙り込んでしまった。どっかりと座り込むと腕組みをして目を閉じ、考え込んでしまった。すぐ前の座卓の上で鳴り続けている携帯電話には全く関心を示さない。こうなっては、もう手が付けられない。
「コーイチさん…… どうなっちゃうの?」逸子が不安そうに言う。「お兄様、どうなっちゃうの?」
「どうなるって…… ああなっちゃったら、結論が出るまで動かない……」
「でも、電話、鳴っているわ。『さあ出え、今出え、早う出え』って感じだわ」
「それって、ボクの好きな筒井康隆先生の名文じゃないか」
「コーイチさん、そんな呑気な事を言っている場合じゃないわ」
「言ったのは逸子さんだよ?」
「でも、どうするの? お兄様、あの状態じゃ電話に出ないわ」逸子はケーイチと携帯電話を交互に見る。「コーイチさん、お兄様から正確な数値って聞いてないの?」
「……聞いていないんだよ。チトセちゃんなら知っているかもだけど……」コーイチはため息をつく。「でも、もう居ないわけだし……」
「どうするの? まだ鳴っているわよ」
「……分かったよ。ボクが出るよ。分からないながらもやってみるよ……」
「それって、大昔のヒーローの名台詞だわ」
 コーイチは逸子に答えず、鳴り続ける携帯電話に手を伸ばした。
 突然、電話が鳴り止んだ。
「え?」
「まあ……」
 コーイチと逸子は顔を見合わせる。
 重い沈黙が覆う。


つづく
 

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