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裏シャーロック・ホームズ その14

2018年08月14日 | 裏ホームズ(一話完結連載中)
「ホームズ……」
 いつもの椅子に深く腰掛け、憂鬱そうにパイプを燻らせているホームズは、面倒臭そうに、のろのろと右手でパイプを口元から離した。そして、そのまま動かない。
「おい、ホームズ!」私は強い口調になった。「いくら依頼がない日々が続いているからって…… もう少ししっかりしろよ!」
「……」
 ホームズはパイプを咥え直し、目を閉じてしまった。煙とともに溜め息を吐き出す。
「おい、ホー……」
 ホームズは左手を上げて私の言葉を遮った。
「ワトソン……」そのままでホームズが言う。その声には張りがなかった。「僕は大変なミスを犯してしまったようだ……」
「どう言う事だ? 君はすべての事件を解決しているじゃないか!」
「……そうだ……」ホームズは目を開けたが、表情は憂鬱そうなままだ。「僕はすべて解決した」
「だったら、誇らしい表情をしこそすれ、そんな憂鬱な表情にはならないだろう?」
「……ワトソン」ホームズは首を左右に振る。再び目を閉じた。「それは間違いだ、間違いなんだよ」
「どう言う事なんだ?」
「あの、ライヘンバッハでの死闘だよ」
「モリアーティ教授……のことか?」
 思い出したくもない話だった。
 あの時の悲嘆、その後の空虚感、再会した時の喜びと同時に湧き上がってきた怒り…… 無意識に拳を固く握りしめた。
「しかし、悪の帝王は滅んだし、その組織も壊滅した」私は努めて冷静な口調で言った。「万々歳じゃないのかね?」
「君の怒りは理解している……」目を閉じたままのホームズが言う。「君の冷静を装った声が怒りを表していることは良く分かる……」
「ふん!」私は開き直った。どんな時でもホームズはホームズだ。「私の感情を分かっていても、その話をするのはどうしてなんだい?」
「ワトソン……」
 ホームズは突然椅子から立ち上がると、次に絨毯の上に両膝をつき、両手を合わせて私を見上げた。その両目から涙があふれ頬を伝っている。
「ワトソン! お願いだ!」ホームズの声が震えている。「モリアーティが生き返ったことにしてくれないか! そして、僕と闘わせてくれ! ……せめて、話の中だけでもいいから! 話の中だけで……」
 私は戸惑っていた。こんな情けないホームズを見たのは初めてだったからだ。
「何故だ?」ようやく口にしたの言葉を、もう一度繰り返した。「何故だ?」
「事件が無さすぎるんだよ! 僕をわくわくさせる事件が!」ホームズは絶叫すると、顔を両手で覆いすすり泣き、そのままで絨毯の倒れこんだ。「事件が……」
 絞り出すようなホームズの言葉に、私の心が痛みだした。
「分かったよ…… 分かったよ、ホームズ……」
 小刻みに震えるホームズの背中を見て、私は溜め息をついた。
「本当に?」
「ああ、仕方ないな」
「約束してくれるか?」
「ああ、約束するよ」
「本当に本当か?」
「しつこいな、紳士に二言はないよ」
「そうか!」すっと立ち上がったホームズの顔がぱっと明るくなった。先程までのホームズは何処へやら、だ。「ワトソン、やっぱり持つべきは良き友、腹心の友だな!」
「ホームズ……」私は憮然とした表情のままだ。「さっきまでのあの様子は、まさか……」
「いや、そんな細かいことは気にしないでくれたまえ!」そう言いながら、私の肩を何度も叩く。「とにかく、君がそう約束してくれたのは嬉しい限りだよ!」
 暗く沈んでいるホームズよりは快活なホームズの方が断然良い事は確かだ。しかし、ある思いが私を憮然としたままにしていた。
「でも、ホームズ、話の中だけでもモリアーティを復活させるとして、僕にはアイディアが浮かばないよ」
「何だ、そんな事か!」ホームズは自分の椅子に腰かけた。立ち上るパイプの煙も勢いがよさそうに見える。「それなら心配することはないよ。アイディアは僕が提供する。アイディアは、もう溢れ返らんばかりに僕の中に渦巻いているからね」
 そしてホームズはアイディアを語り出した。いずれも実行できそうなものばかりで、聞いているこちらの背筋が凍りつきそうなものばかりだった。話しているホームズの目が怪しい光を帯びてくる。私の知っているホームズとは思えなかった。私はある考えが浮かび、そして抑えきれなくなった。
「ホームズ……」私は話を遮った。「君はまさか、モリ……」
「ワトソン……」ホームズは私の唇に右の人差し指を当て、今まで見たことのない表情と眼差しを向けた。「余計な事を聞くもんじゃないよ。そうじゃないと、ライヘンバッハに行って、お友だちと一緒になってもらう事になるからね……」

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