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ジェシル、ボディガードになる 134

2021年06月07日 | ジェシル、ボディガードになる(全175話完結)
 ドアの中に見えたのは、優雅な調度品が並ぶ広い居間だった。壁は白くて品が良い。淡いグリーンの、毛先の長い絨毯が敷き詰められている。居間の奥には上りと下りの階段があった。
「……何? どうなっているのよう?」ジェシルはムハンマイドを見る。ムハンマイドは平然としている。「ちょっと、何か言いなさいよ!」
「別に、大した事じゃないだろう?」ムハンマイドは、説明するのも面倒くさいと言った顔をしている。「良いじゃないか、これはこれでさ」
「でも、気になるわ」ジェシルは口を尖らせる。「気になって、逆にいらいらしちゃうわ」
「ここは、異空間ってヤツだよ」ムハンマイドは言う。「このドアは、そこに通じているのさ。本当はドアだけあれば充分なんだけど、それだとちょっと不気味だろう? 何にも無い所にドアだけあるなんてさ」
「以前に、地球って辺境の惑星に行ったとき、そこの日本って所で見たマンガとか言うヤツに、ロボットのお腹のポケットからドアを取り出して、そのドアから別の場所に行くって言う話があったわ」
「ポケットからドアを出すだって?」
「そうよ。そして用が済むと、またポケットにしまうの」
「ふ~ん……」ムハンマイドは考え込む。「ドアがしまえるポケット…… ふむ、それが出来れば持ち運びが可能だ。わざわざ星に住む必要もない……」
「ねぇ!」ジェシルはムハンマイドの耳元で大きな声を出す。ムハンマイドは驚いてジェシルを見る。「考えるのは後にして、わたしたちを何とかしてよ!」
「え? ……ああ、そうだった……」ムハンマイドは軽く咳払いをする。「この異空間は、ボクの思い通りに出来るんだ。もちろん全て本物で現実だよ。脳が見せる幻覚ではない。だから、君が言っていた、食事だ、お風呂だ、ふかふかのベッドだ、なんて言うのも、簡単に用意出来るわけさ」
「凄いわねぇ…… 凄すぎて呆れるわ……」ジェシルは溜め息をつく。「どう言う理屈なのかは聞かないわ。聞いても分からないだろうから……」
「それは賢明な判断だ」ムハンマイドはうなずく。「普通の人には、どれだけ時間をかけて説明しても分かってもらえないと思うから」
「天才さんか……」ジェシルはつぶやく。「……そう言えば、オーランド・ゼムにアジトもこんな風だったわ。でもこっちの方が格段に凄いけどね」
「……あのう……」ミュウミュウがおずおずと割って入って来た。「中へ入ってもよろしいですか? ……リタ様がお疲れなので……」
「え? ああ、良いよ。あのソファを使ってくれ」ムハンマイドは居間の中ほどにあるソファを指差す。ソファの前のクリスタル天板のローテーブルの上に水差しとグラスが二つ現れた。「喉も乾いただろう? ゆっくり休んでくれ」
「ありがとうございます……」
 ミュウミュウは礼を述べると、オーランド・ゼムに支えられているリタに所へと向かう。オーランド・ゼムは笑顔でうなずくと、リタの手をミュウミュウへと誘う。ミュウミュウはリタの手を優しく受け取ると、ゆっくりとした足取りで室内へと入って行く。
「……あなたって、ミュウミュウには優しいのね」ジェシルは、ミュウミュウたちを見ながら、ムハンマイドに言う。「わたしだって女よ」
「そうだったな」ムハンマイドは気のない返事をする。「じゃあ、君も休むと良いさ。食事とお風呂とふかふかのベッドは、二階の一番奥の部屋に用意してあるよ」
「わたし、ベルザの実が好きなんだけど?」
「分かったよ、それも用意しておくよ」ムハンマイドは面倒くさそうに言う。「今回の件が終わったら、君とは二度と会いたくないな」
「あら、わたし、これでも宇宙じゃ人気者なのよ」
「その連中の見識を疑うよ」ムハンマイドは呆れた口調だ。「きっと見た目だけで判断しているんだろう」
「ひどい事を言うわね……」
 ジェシルがふっと真顔になった時、ジェシルを押し退けてアーセルがムハンマイドの前に立った。
「おう、若造よう!」アーセルはにやにやしている。「こんな風になっているんなら、最初からそう言えってんだよう!」
「あら、アーセル」ジェシルがからかうように言う。「地面で寝るんじゃなかったの?」
「馬鹿を言うんじゃねぇよ、娘っ子がぁ!」アーセルは、ジェシルに向かって、べえと舌を出して見せた。「地面なんかよりずっと良さそうじゃねぇかよう! ……ところでよう、酒は、酒はあるのかよう?」
「あるよ。ボクが思えば何でも出て来る。本物がね」
「そいつは、ありがてぇや!」
 アーセルはずかずかと室内に入って行く。いつの間にか壁の近くにカウンターバーが出来ていた。アーセルは迷う事無くそちらへ向かった。
「……まったく、あのおじいちゃんって下品よねぇ……」ジェシルはうんざりしたように言う。「……それにしても、アーセルにも振る舞うなんて、心が広いのねぇ」
「まあ、一応はシンジケートを潰そうって言う、同じ目的を持った仲間だからね」ムハンマイドは言うと、振り返ってオーランド・ゼムを見た。「そうだろう?」
「その通りだ」オーランド・ゼムは力強くうなずいた。「……と言う訳で、今日は前祝いって感じだな」
 そう言い残すと、オーランド・ゼムはアーセルの所へと向かった。


つづく

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