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ジェシルと赤いゲート 63

2024年08月09日 | マスケード博士

 マーベラはジェシルを睨み付ける。
「……マーベラ…… ごめんなさい。言い過ぎたわ……」
 ジェシルは言うと、両の手の平を顔の下辺りで合わせて見せた。
「何だい、そのポーズは?」ジャンセンが驚いて訊く。「一体どこの民族の風習なんだい? ぼくの知っている文献には載って無いポーズだけど?」
「これ?」ジェシルは手を合わせたままの格好でジャンセンに振り向く。「これは、辺境惑星の地球の日本って言う地域――地球では『国』って言っているけど――での謝罪のポーズよ。うんと親しい相手に許しを請う時に用いるようだわ」
「うんと親しい、ですってえ!」マーベラは目を細める。「勝手な事を言わないで!」
「姉さん!」怒った顔のトランがマーベラの前にすっと立った。「もういい加減にしてくれよ! 姉さんは普段から事実をちゃんと見ないといけないって言っているじゃないか! 感情を先走らせちゃ判断を間違えてしまうって言っているじゃないか! 姉さんがマスケード博士を信じたいのは分かるよ。でも、何かしらの関与があるのは明確だ。だから、今は事実からの判断が大切な時じゃないか! それに、いつまでもここには居られないんだよ! しっかりしてくれよ!」
 マーベラはトランを睨む。だが、トランは逸らさない。逆にマーベラを睨む。
「トラン……」
 マーベラは言うと顔を下げた。それでもトランはマーベラを睨んでいる。しばらくそのままだったが、再び顔を上げた時には優しい笑みを浮かべていた。
「……そうね、トラン、あなたの言う通りだわ。弟に諭されるなんて、姉として情けないわね」マーベラは言うと、トランの頭の天辺を右手でぽんぽんと軽く叩く。「いつの間にかわたしよりも大きくなっちゃって……」
「いや、それは……」トランは姉の急変に戸惑っている。自分を落ち着かせるために、軽く咳払いをした。「とにかく、分かってくれてほっとしたよ。……ぼくが姉さんの背を抜いたのは数年前からだよ」
「そうだったんだ…… いつまでも小さくて支えてやらなきゃって思っていたのに……」
「色々と支えていたのはトラン君のようだぞ、マーベラ」ジャンセンが言う。「とっても姉さん思いだよ。これからはちゃんと向き合えよ」
「そうね……」マーベラはジェシルに向き直ると、両の手の平を顔の下辺りで合わせた。「ごめんね、ジェシル。わたし……」
「いいのよ、もう忘れましょう!」ジェシルは言うと笑みを浮かべる。鳥のさえずりが聞こえる。「それよりも、ここから戻る事を考えなくちゃ」
「その点について考えたんだけどさ」和やかになった雰囲気にお構いなしにジャンセンが言う。「ジェシルの屋敷や地下貯蔵庫にあったゲート、さらにはベランデューヌやダームフェリアのゲートってさ、持ち込まれたわけだろう?」
「そうでしょうね……」ジェシルが答え、立っているゲートをつかんで持ち上げようとする。「……重いわねぇ。一人や二人じゃ、運べないわ」
「じゃあ、複数人が運び込んだって事かしら?」マーベラが言う。「かなり大きな組織が絡んでそうね……」
「でも、どうやって……?」トランがつぶやく。すぐに閃いたようだ。「そうか! ゲートですね! 出入りの出来るゲートがあれば、複数人で持ち込んで設置して戻る事が出来ますよ!」
「そうだ、トラン君!」ジャンセンはうなずく。「ジェシルの屋敷、地下貯蔵庫の空間に合わせて出入り自由なゲートでやって来て、入口専用のゲートを設置する。それが済んだら、この時代へとやって来て、出口専用のゲートを持ち込んで設置する。そして入口と出口のゲートをつなぐ。すべてが完了したら、設置した連中は持ってきたゲートで時代に戻る」
「じゃあ、戻る時に使ったゲートって残っていないかしら?」
 ジェシルの問いかけにジャンセンは首を横に振る。
「君の屋敷と地下貯蔵庫には入口専用のゲート、ここには出口専用のゲート。他には無かっただろう? きっと、出入り出来るゲートは回収できるんだよ」
「どうやって?」
「そりゃあ……」ジャンセンは言いかけて口をつぐむ。「分からない。分からないけど、そうに決まっているさ」
「証拠は無いじゃない?」
「無いけどさ。それこそ、戻ったら機能を止めちゃえば、それでおしまいだろう?」
「それじゃ、どうやって戻るのよう! ジャン!」ジェシルは怒る。「何の可能性もないって事じゃない! わたしたちはここで野垂れるってわけなのね!」
「そうぽんぽん言うなよ」ジャンセンはぽりぽりと頭を掻く。「ぼくだって、どうしたものかと困っているんだ……」
「ぼくたちを戻したくないって強い意志は感じますね……」トランが力無く言う。「どうしてこんな事をしたんでしょう……」
「排除するのは邪魔者だからよ。組織の内紛で良くある事だわ」捜査官の表情でジェシルは言う。「排除の理由は、組織を揺るがしかねない影響力を持ったからね」
「どう言う事?」マーベラが訊く。「わたしたちにはそんな力は無いわよ?」
「それはあなたたちに言い分」ジェシルは三人を見回す。「相手はそうは思っていないって事よ」
「でもさ、ぼくたちは一介の考古学者だよ」ジャンセンが言う。「そんなぼくたちに誰が……」
「……そうなると」トランが辛そうな顔をする。「やっぱり、組織って言うのは、考古学界……」

 

つづく


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