7月15日付 産経新聞【正論】より
丸腰日本船は平和ボケの象徴だ 東海大学教授・山田吉彦氏
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/130715/plc13071503400002-n1.htm
アフリカ北東部のソマリア沖海域における海賊対処活動が、ひとつの転換点を迎えている。この海域で猛威を振るった海賊行為は確実に減少している。今年1月~6月末の海賊行為などの発生数は8件、乗っ取られた船舶の数は2隻で、拘束された乗組員はいない。昨年同期の発生数69件、一昨年同期の163件と比較すると、「激減」といっていいだろう。
●海自活動は海賊排除に貢献
海上自衛隊は2009年から、護衛艦2隻を派遣して、海賊多発海域であるアデン湾を通航する民間船舶の護衛を行うとともに、P3C哨戒機2機による上空からの警戒監視に当たってきた。海自を含む各国部隊の活動はこの海域から海賊を排除することに成功したといえよう。
だが、海賊は根絶されたわけではない。アデン湾から締め出された海賊は、インド洋という広い舞台に出ていくようになっている。海賊の行動に関する歴史的な推移を踏まえれば、犯行の手口や出没海域を変え、再び船舶を襲いだすと予想される。まだ、対処活動の手を緩める時期ではない。
政府は先に、海賊対処活動の新方針を閣議決定した。今月23日に期限切れを迎える海自の活動を1年間延長し、今年12月からは護衛艦2隻のうち1隻を、連合海上部隊第151連合任務部隊(CTF-151)に参加させ、他国と合同で監視活動を行う。米国を中心に編成されたCTF-151は、各国艦艇がインド洋に設定された危険海域にとどまり、「ゾーンディフェンス」を展開する。
広域に拡散するようになった海賊に対処するには、艦艇多数を投入しての「ゾーンディフェンス」が有効であり、CTF-151への参加は必然的な流れである。この枠組みの中で集団的自衛権の行使を容認するかどうかも、検討しておかなければならない。
CTF-151が展開しているのは、北限をスエズ運河およびホルムズ海峡とし、南緯10度線と東経78度線に囲まれ、国際海事機関(IMO)が指定する海賊行為の危険度が高い海域である。
●拠点ジブチの機能を強めよ
この海域では最近、他のリスクも高まっている。軍の介入に至ったエジプト情勢の混乱、シリア内戦、中東から北アフリカにかけて頻発するイスラム過激派によるテロは、アジアと欧州を結ぶスエズ運河経由の海上交通路の、危機的要因となっている。イランはイランで、自らの核開発への制裁強化には、ホルムズ海峡の封鎖で対抗すると脅したりしている。
こうした状況下にあって、海上自衛隊の活動は、海賊の取り締まりのみならず、広い意味で、インド洋、アラビア湾から紅海に及ぶ海域の不安定化を抑止する作用をも果たしているといえる。
今後、海自は他国との共同作戦において、人類共通の財産である「海」の安全を守るために、より一層の貢献を求められるだろう。その要請に応えるためには、ソマリアなどと隣接するジブチに置いた、海自の活動拠点の機能を強化することが不可欠である。
通常国会の最終日に、参議院で安倍晋三首相に対する問責決議案の採決が優先された結果、「海賊多発海域における日本船舶の警備に関する特別措置法案」が廃案になってしまったのは、海賊対策の観点から極めて遺憾だった。
現在、日本の民間船は、銃刀法により船内での武器携行は許されておらず、凶悪な海賊が多発する海域を航行する船舶も、自らの手で安全を守ることすらできない。そこで、海運業界は、船員と積み荷を含む船舶の安全を守るのは一義的には保有する企業の責任であることを認識し、海賊に襲われる危険がある船舶を対象に、小銃を所持した警備員の乗船を認める法の制定を求めたのである。
●武装警備員乗船は国際常識
米国をはじめパナマ、シンガポール、ドイツなど主要海運国のほとんどは、民間の武装警備員の乗船を認めている。制度化されていないのは日本とギリシャぐらいであり、ギリシャもすでに法整備を進めている。海賊やテロリストからすると、日本籍船が掲げる「日の丸」は武装警備員が乗っていない証しであり、最も襲いやすい船となる。法案未成立は「平和ボケ」の象徴というほかない。
「ゾーンディフェンス」によって、広域に海賊を抑止することはできる。だが、海賊がピンポイントで船を襲った場合、対応が遅れる可能性が高い。その間隙(かんげき)を埋めるには、民間船舶が自主警備態勢をとることが望ましい。海賊を撃退できずとも、救援の艦艇が到着するまでの時間を稼ぐことはできよう。日本船の警備に関する法律の制定は急務なのである。
四方を海に囲まれた海洋国家、日本にとり、海は世界へとつながる重要な「道」である。しかし、多くの国民は、この海が海賊行為やテロなどに脅かされていることに目を向けようとしない。日本は国民の生活を守るためにも、官民一体となって海洋安全保障体制を築かなければならない。海の日の今日、改めて銘記したい。(やまだ よしひこ)
丸腰日本船は平和ボケの象徴だ 東海大学教授・山田吉彦氏
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/130715/plc13071503400002-n1.htm
アフリカ北東部のソマリア沖海域における海賊対処活動が、ひとつの転換点を迎えている。この海域で猛威を振るった海賊行為は確実に減少している。今年1月~6月末の海賊行為などの発生数は8件、乗っ取られた船舶の数は2隻で、拘束された乗組員はいない。昨年同期の発生数69件、一昨年同期の163件と比較すると、「激減」といっていいだろう。
●海自活動は海賊排除に貢献
海上自衛隊は2009年から、護衛艦2隻を派遣して、海賊多発海域であるアデン湾を通航する民間船舶の護衛を行うとともに、P3C哨戒機2機による上空からの警戒監視に当たってきた。海自を含む各国部隊の活動はこの海域から海賊を排除することに成功したといえよう。
だが、海賊は根絶されたわけではない。アデン湾から締め出された海賊は、インド洋という広い舞台に出ていくようになっている。海賊の行動に関する歴史的な推移を踏まえれば、犯行の手口や出没海域を変え、再び船舶を襲いだすと予想される。まだ、対処活動の手を緩める時期ではない。
政府は先に、海賊対処活動の新方針を閣議決定した。今月23日に期限切れを迎える海自の活動を1年間延長し、今年12月からは護衛艦2隻のうち1隻を、連合海上部隊第151連合任務部隊(CTF-151)に参加させ、他国と合同で監視活動を行う。米国を中心に編成されたCTF-151は、各国艦艇がインド洋に設定された危険海域にとどまり、「ゾーンディフェンス」を展開する。
広域に拡散するようになった海賊に対処するには、艦艇多数を投入しての「ゾーンディフェンス」が有効であり、CTF-151への参加は必然的な流れである。この枠組みの中で集団的自衛権の行使を容認するかどうかも、検討しておかなければならない。
CTF-151が展開しているのは、北限をスエズ運河およびホルムズ海峡とし、南緯10度線と東経78度線に囲まれ、国際海事機関(IMO)が指定する海賊行為の危険度が高い海域である。
●拠点ジブチの機能を強めよ
この海域では最近、他のリスクも高まっている。軍の介入に至ったエジプト情勢の混乱、シリア内戦、中東から北アフリカにかけて頻発するイスラム過激派によるテロは、アジアと欧州を結ぶスエズ運河経由の海上交通路の、危機的要因となっている。イランはイランで、自らの核開発への制裁強化には、ホルムズ海峡の封鎖で対抗すると脅したりしている。
こうした状況下にあって、海上自衛隊の活動は、海賊の取り締まりのみならず、広い意味で、インド洋、アラビア湾から紅海に及ぶ海域の不安定化を抑止する作用をも果たしているといえる。
今後、海自は他国との共同作戦において、人類共通の財産である「海」の安全を守るために、より一層の貢献を求められるだろう。その要請に応えるためには、ソマリアなどと隣接するジブチに置いた、海自の活動拠点の機能を強化することが不可欠である。
通常国会の最終日に、参議院で安倍晋三首相に対する問責決議案の採決が優先された結果、「海賊多発海域における日本船舶の警備に関する特別措置法案」が廃案になってしまったのは、海賊対策の観点から極めて遺憾だった。
現在、日本の民間船は、銃刀法により船内での武器携行は許されておらず、凶悪な海賊が多発する海域を航行する船舶も、自らの手で安全を守ることすらできない。そこで、海運業界は、船員と積み荷を含む船舶の安全を守るのは一義的には保有する企業の責任であることを認識し、海賊に襲われる危険がある船舶を対象に、小銃を所持した警備員の乗船を認める法の制定を求めたのである。
●武装警備員乗船は国際常識
米国をはじめパナマ、シンガポール、ドイツなど主要海運国のほとんどは、民間の武装警備員の乗船を認めている。制度化されていないのは日本とギリシャぐらいであり、ギリシャもすでに法整備を進めている。海賊やテロリストからすると、日本籍船が掲げる「日の丸」は武装警備員が乗っていない証しであり、最も襲いやすい船となる。法案未成立は「平和ボケ」の象徴というほかない。
「ゾーンディフェンス」によって、広域に海賊を抑止することはできる。だが、海賊がピンポイントで船を襲った場合、対応が遅れる可能性が高い。その間隙(かんげき)を埋めるには、民間船舶が自主警備態勢をとることが望ましい。海賊を撃退できずとも、救援の艦艇が到着するまでの時間を稼ぐことはできよう。日本船の警備に関する法律の制定は急務なのである。
四方を海に囲まれた海洋国家、日本にとり、海は世界へとつながる重要な「道」である。しかし、多くの国民は、この海が海賊行為やテロなどに脅かされていることに目を向けようとしない。日本は国民の生活を守るためにも、官民一体となって海洋安全保障体制を築かなければならない。海の日の今日、改めて銘記したい。(やまだ よしひこ)