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定年後の人生に花咲かせよう!

明日を生きるために きょう1日を大切にする 青春を忘れない

暑い日が続き、いったい秋はいつから?

2024年09月30日 | 日記

 二十四節気は1年を太陽の動きに合わせて24等分して定め、暦の上での「立秋」は毎年8月7日頃~8月22日頃です。立秋は秋が立つと書くように、暦の上では秋です。今は9月になっても猛暑日が続き、「温暖化」ならぬ、類を見ない「高い温度に直面」して、これまでの記録を塗り替えるほどの暑さでした。

 この夏の日本の平均気温は平年と比べて1.76度高く、気象庁が1898年(明治31年)に統計を取り始めてから最も暑い夏となったようです。

 暑さの原因は、7月と8月ともに偏西風が北へ蛇行し、太平洋高気圧が西日本に向かって強く張りだしたことや、長期的な地球温暖化が気温を底上げしていることや、春に終息した「エルニーニョ現象」、日本近海の高い海面水温も影響しているようです。

 1年間を春夏秋冬で表すなら、秋は9月・10月・11月でしょう。ところが昨年の今頃も30度を超す夏日が多く、いきなり夏から冬になってしまった様に感じました。

 「秋の日は つるべ 落とし」と言います。太陽の位置が低くなり、地平線に沈んでも、なお空に薄い光が残っている時期で、日没の時刻が前日と比べ差が大きく、日暮れを早く感じます。

 夕日にさえぎられた松や杉の常緑樹が並ぶ交差点の夕暮れに、ぼんやりと外灯がともり、帰宅を急ぐ人々が乗る車の列が並び、暑かった9月の終りを告げ、秋はいつから来るのでしょう・・・。

             


良い香りが漂い、人の心を癒やす

2024年09月29日 | 日記

 9月になっても猛暑日があって、この暑さが長いことを心配しましたが、このところ朝夕は涼しさが増し、秋の気配を感じます。庭のキンモクセイの香りが漂い、田んぼの稻も穂が垂れ下がり、いよいよ収穫の時期到来です。

 キンモクセイは住宅の生け垣や街路樹、公園などで多く見かけます。庭でナンキンハゼの大木と並んで半日陰ですが、秋に黄色の花を咲かせて甘く強い香りで、この時期は遠くまで漂います。その名の通り「金木犀」は、濃い黄色の細やかな花を密集させて咲きます。冬は落葉大木・ナンキンハゼの隣で日当たりがよくなり、とても元気です。

 トイレの芳香剤でキンモクセイの香りが使われたのは昭和の時代でした。平成になってからはラベンダーに替わったようです。令和になってアクアソープやグレープフルーツ、強い香りが苦手なら消臭・無香料という選択もあり、人の年代がわかるような気がします。

 消臭剤もよく売れていて、人工的な香りが苦手な人には、香水のような匂いではなく自然の花の香りに近いスパフラワーの香りは、使っていてストレスがないようです。

 大相撲で力士たちの整髪料「梳油(すきあぶら)」には、髪を漆黒に輝かせ、髪を整える目的のほかに特有の整髪料の香りは、「お相撲さんのにおい」と印象付けられ、道を行く力士とすれ違えば、ついその香りで振り向いてしまいます。

 香りは、人の心を癒やし、ストレスを軽減することができ、「香り」がもたらす効果で、脳波の種類「アルファ―波(リラックス・安静)」を出している状態のことを言うようです。

                     


「魔の9月26日」が過ぎました。

2024年09月27日 | 日記

 「魔の9月26日」が過ぎました。この日は1959年(昭和34年)、65年前に名古屋市など海沿いの住宅密集地を台風15号の高潮が襲い、5,000人をこえる死者・行方不明者を出した伊勢湾台風が来た日でした。

 前年の1958年(昭和33年)9月26日、関東地方や静岡県を中心に大きな被害を出した狩野川台風、狩野川流域では堤防が決壊し、大規模な洪水が発生死者と行方不明者を合わせて1,000人をこえる甚大な被害となりました。

 また、1954年(昭和29年)9月26日、70年前に台風15号による暴風のため函館湾で青函連絡船の洞爺丸や十勝丸など5隻が次々転覆・沈没し、1,430人もの命が嵐の海にのみ込まれたのが9月26日でした。

 台風、豪雨、竜巻、地震・津波など、人の力で制御できない災害の恐ろしさは、忘れた頃に、再びやって来るのです。いや、忘れなくてもやってきます。

 その後、高潮防潮堤などの整備は進みましたが、台風が関東や東北に上陸、各地に線状降水帯が発生するなど、異常な気象の状態が現われ、災害の発生状況から察するに、無防備に近いのではないかと思います。

 阪神大震災では、折れた電柱、垂れ下がった電線、路上に駐車した車、道路中央に飛び出した自動販売機などが、救援を妨げる「凶器」となったことは記憶にあると思います。

 「台風、豪雨、竜巻、地震・津波など、忘れなくてもやってくる」・・・危機意識は常に新しいものへと塗り替えていく必要があります。

                             


この暑さの原因は?

2024年09月25日 | 政治

 今年も猛烈な暑さが何日も続いた夏でした。地震災害を受けた能登半島へ、またもや線状降水帯による洪水被害を受け、これも自然災害で仕方ない?では済まされないと思ったのです。異常気象?「たまたまでしょう?」と思っていては大変なことになりそうで、このところ毎年のように続く猛暑と暖冬です。

 猛暑や暖冬が続く気象の原因は、二酸化炭素やフロンの気体排出による「温室効果ガスの影響」によるのだそうです。10年前、日本中の原子力発電50基が全て停止しました。停止した分、二酸化炭素の排出量が増えて、大気が汚染され異常気象や健康被害は、世界中に計り知れないほどの被害が出るようになったと思います。

 「安全が確認されても動かすな」とか、「安全対策の猶予期間を認めるな」などと、原子力発電へ絶対安全を求めてきましたが、物事を安全にしようと思えば、お金、時間、手間をかければなりません。コストをかければかけるほど安全かと言えは、コストと効果には限界があります。

 安全第一といいますが、原子力の使用は核燃料の安全管理が必要で、化石燃料の使用はCO2の排出を意識しなければなりません。安全性のみを追求するなら、どちらが安全なのか常識的なバランス感覚が必要でしょう。

 原子力発電所を動かさないから絶対安全で、防潮堤など地震や津波対策をしなくても良いと言うわけにはいきません。電力発電を考えるとき、エネルギー問題は社会全体のインフラであり、猛暑と暖冬、各地で起きる洪水被害は、重要な経済問題であり、政治問題です。

             


彼岸花が咲く

2024年09月24日 | 日記

    猛烈な暑さ「猛暑」は過ぎ、まだ暑さは残るものの、数日前から朝・夕が「秋」を感じます。田んぼの稻穂は黄色が濃くなり、もうすぐ「あいちのかおり」の刈り取りが始まります。

 秋の花と言えば「キバナコスモス」。原産地はメキシコからヨーロッパに渡り、日本へは大正時代に輸入されたようで、黄色かオレンジ色の花を咲かせ、背丈は30~90センチほどで花の期間は長く、今が最盛期です。

                               

 コスモスはギリシャ語で「美しさ」という意味だそうで、キバナコスモスの花言葉は「野生的な美しさ」とか、乾燥や夏の暑さでも咲き誇り、野性的なイメージがある美しい花です。

                             

 さわやかなキバナコスモスとは対照的に、秋に咲く花と言えば彼岸花で、曼珠沙華(マンジュシャゲ)とも呼ばれ、墓の周りやあぜ道によく咲いています。赤が鮮やかであればあるほど、妖しさや寂しさが際立ってくる花で、昔は忌み嫌う人が多かったのも、花・茎・根が全てリコリンという有毒で、誤って食べた場合は、中枢神経のマヒを起こして死にいたることもあるようです。

                             

 田んぼのアゼには、野ネズミに穴を掘られないよう彼岸花の球根が植えてあり、一直線に伸びた細い茎のてっぺんに、何とも不釣り合いの大きな赤い花を咲かせます。

 

 


大相撲「エッ!何んで?このビデオ判定は?」

2024年09月22日 | 日記

 大相撲秋場所、十両優勝の「尊富士」、そして今場所 関脇の「大の里」は素晴らしい活躍、両者とも14日目で優勝が決定しました。

 大の里の優勝で「大関昇進」は有力なのか?興味があるところです。今場所は大関 琴櫻、大関 豊昇龍の活躍が、今 一歩 物足りなさを感じた場所でしたが、きょうの千秋楽に期待しています。 

 終盤を迎えた13日目、長く大関で活躍した「貴景勝」が引退を発表、相手にまわしを与えず激しい突き押し一本の相撲で、大関在位30場所、幕内で4回の優勝を遂げました。まだ28歳で、現役を引退するには早すぎると思いますが、今後の活躍を祈りたいと思います。

 そして13日目は、優勝に期待がかかる「関脇・大の里「大関・琴櫻」との一番、テレビで見ていた私は、土俵際で互いに突き落とし、琴櫻の足が土俵に残っていると思いました。行司の軍配は琴櫻に挙がりましたが、物言いの結果で取り直し、大の里が勝ちました。

 同体ではないか?という判定、何のためにビデオの撮影があるのか、勝負を付けない審判員ならば不要ではないのかと思ったのです。結果は大の里が勝って優勝に近くなり「ホッ」としたのでしょうが・・・。

 陸上競技で100メートルの勝敗は0.01秒の単位で映像判定をします。映像判定を採用しているのであれば、同着は少ないはず、大相撲も同体の基準を定めなくては・・・・・。

 一方、琴櫻のファンは横綱 照ノ富士が休場の場所、早く琴櫻に横綱になってもらうためには、残念な1番となった訳で、相撲人生に大きく影響しそうなビデオ判定ではなかったのかと・・・。

 「エッ!何で?この審判員のビデオ判定、同体?」と思いました。さらに、今場所をもって定年となる立行司、木村庄之助さんの取り直し前の軍配は、テレビの映像を見ていても明らかに分かる正しい判断だと思ったのです。

          


第三の居場所

2024年09月21日 | 暮らし

 定年退職すれば、毎日定期的に行く所がなくなる人が、職場に代わる場所を「第三の居場所」だと言うのです。わが家(第一の居場所)でもなく、職場(第二の居場所)でもない場所をサードプレイスとも言うようです。

 集まった人たちへ、さまざまなサービスを提供することで、収益を上げている事業があり、例えば、喫茶店、居酒屋、サウナ、銭湯、美容院、マージャン荘など・・・・・・。

                                                   

 サードプレイスは、自身にとって居心地の良い「第三の居場所」を獲得することで、緩やかに人とのつながりを求める「くつろぎの場」として、他人と関わる・関わらないに限らず、生活の中の選択肢が増え、新しいコミュニティを得る機会にもなります。

 他者との交わりを含むサードプレイスに身を置けば、新しい出会いがあり、それによって視野が広がったり新たな関心事に出会ったりと視野を広げることにもつながります。

 最近では、XやFacebookといったSNSもサード プレイスのような役割を果たしていると言います。オンラインによるコミュニティなどは、「バーチャルサードプレイス」とも呼ばれ、現代社会ならでは「第三の居場所」の概念だと言えます。

 定年で退職した人が、収入を得る仕事へ復帰した場合、サードプレイスと言えるかどうかは分りませんが、自身にとって心身ともに健康で居心地が良い場所であれば、あてはまるのかもしれません。


彼岸の入りに思う

2024年09月19日 | 日記

 江戸前期の高僧で名を残した沢庵(たくわん)和尚は、73歳(1646年1月27日没)、臨終の際、門弟に「山に埋めて、ただ土を覆って去れ」と指示し、「経は読むな、葬式はするな、墓碑は建ててはならぬ」と語ったそうでが、兵庫県豊岡市の宗鏡寺と、東京都品川区の東海寺に墓があります。

 コロナウイルスが流行した数年間は、かつて私と同じ職場で働いていた人や、町内で亡くなった人がいても葬儀の知らせがなく、後日、感染防止のため「家族で済ませました」という連絡の時期がありました。それ以降、地味な小規模な葬式、あるいは葬式はしないなど、簡素化が進み、儀礼的な弔問を無くした「家族葬」が増えました。

 近頃、高齢者が増えたためか「終活」と言う言葉を見聞きします。金もうけしようと組織や人の影が見え隠れする情報社会の中で、老いた後に逝くのは、生きとし生ける人の道で、誰にも迷惑を掛けたくないと願う高齢者も多いことでしょう。

 テレビで取り上げられるようになった「ゼロ葬」、沢庵和尚や島田裕巳著『葬式は、要らない』 (幻冬舎新書)など、「葬式はしない。墓も要らない」という考え方ですが、自分の足跡を消し去ろうと願っても、その一方で、見送る側や、しのぶ側の思いも大切で、生き方と逝き方を考えさせられる彼岸の入りです。

 同世代がこの世を去って逝く話を近頃 耳にします。そのような話を聞くたびに、「自分も死と言う現実が迫っているのだ」と感じ、一方で「世の中は成るようにしかならぬ 現実もある」と1昨日の夜、そして豊橋の再就職支援セミナーを終えて帰った昨夜も、月を眺めながら自分に言い聞かせていました。

                                       

                                       

                                       自宅2階のベランダにて月を撮影  夜(上)& 夕方(下) 2024.9.17. カメラ・NIKON COOLPIX 

                                             

                                               西の空に見える満月、1階台所の窓から撮影 2024.9.19.  AM5:30  

 


令和の怪物・「翔平、聡太、大の里」

2024年09月17日 | 日記

 1960年代(昭和35年~ 昭和44年)の頃、「巨人・大鵬・卵焼き」という言葉が“大衆に人気のある代名詞”として使われていました。

「プロ野球の巨人軍(読売ジャイアンツ)」「大相撲の横綱・大鵬」「料理の卵焼き」の言葉は、昭和時代の文化を背景にして誕生した流行語でした。

    令和の時代は、アメリカ大リーグ、野球の大谷翔平選手「現在、本塁打47本、盗塁48」と、前人未到の記録に迫ろうとしています。

一方、将棋の藤井聡太棋士は、次々とタイトルに挑戦し、獲得した結果は八冠まで達成、多くの最年少記録を塗り替えました。

                                           

    そして、大相撲において関脇・大の里、大相撲秋場所9日目が全勝で単独首位を守り、その活躍は目を見張るものがあります。

    大衆に人気のある3人は、「野球」「将棋」「大相撲」で群を抜く強さ、令和の怪物『 翔平、聡太、大の里 』ではないでしょうか。

    強い人の名前を挙げる際には、『3人で・・・』は、数秘術「3」で表している理由は、人の脳で覚えやすく、かつ思いだしやすい人数で、「力強さ、大きさ、順応性」を表す数のようです。

 

 


市役所の食堂 NO1

2024年09月15日 | グルメ

 仕事(愛知県主催・生涯現役支援事業・就職相談)で、愛知県下の市役所を訪れることがあって、玄関を入ると受付で「庁舎内で昼食をしたいのですが、食べる所はありますか?」と聞くと、どの市役所も職員の福利厚生の一環で「食堂またはレストラン」を案内してくれます。

 半田市役所では、「大戸屋ごはん処・リコリス店」があり、広くて明るい店内は11時からの営業、メニューが豊富で、「平日限定の日替わり定食」「鶏と野菜の黒酢 あん 定食」「塩さばの直火焼き定食」が人気で、私は「チキンカツ定食」の五穀米にしました。

 豊明市役所では、社会福祉法人・豊明福祉会が運営している「所内食堂・スマイル」で営業時間は11時から、Aランチ・Bランチで、いずれも600円、みそカツ、からあげミックスフライなどがあり、みそカツのランチとしました。隣の席では職員らしき人が、持参の弁当を、おいしそうに食べていました。

 刈谷市役所では、建物の8階にあり市内がよく見渡せる広々とした食堂で、職員だけでなく一般の人も利用もできます。11時30分からのセルフサービス、麺類、丼物、単品、弁当などメニューは豊富で、カウンターへ行って注文します。(料金は食後に精算です)、私は、ご飯とミソ汁付き弁当(600円)にしました。

                           

 尾張旭市役所では、地下一階にある食堂「さんぶんのいち食堂」で、日替わりA定食、B定食があり、いずれも1000円で、煮魚と野菜・麦ご飯の栄養バランスを考えたA定食を食べました。コロナ禍で5月まで閉鎖していた 職員の休憩スペースが食堂に代ったようで、弁当持参の人が多く食べていました。

 

 

 


腹八分目の暮らし

2024年09月13日 | 日記

 「腹八分目」と言う言葉がありますが、暴飲暴食をせず,腹八分目にしておけば,病気にかかることはないという教えで、なぜ健康に良いのか、いろいろな研究から「腹八分目」は、一定のカロリー制限によって、細胞の老化を遅らせることができるのだそうです。

 日本では昔から、「腹八分に医者 要らず」という言葉もあり、「節制は最良の薬なり」ですが、どこで歯止めをするか定かではありません。理解しているつもりですが、守っていません。それならば、「人生八分目に金 要らず」ではないかと・・・・・。でも、こればかりは自分の意のままにならなくて・・・・・。

 今月になって、再就職する人への「相談業務」が入って、半田市、豊明市、刈谷市で何人かの経歴に触れていますが、転職回数の多い人がいて、「採用されるだろうか」と、不安に感じている人がいました。次々と仕事や会社を移れば、いろいろな人や仕事経験をしているはず、そこを強みに売り込んではどうかと話しています。

 職を転々とかわる人に多いのは、理想の仕事や人間関係を追い求めるがゆえに長続きせず、転職を繰り返しています。理想の仕事に出合っても100%の満足は得られず、腹八分目で納得すれば、長続きするはずだと思うのですが・・・・。

 職務経歴書を見れば、これぞと言わんばかり長々と書き記し、「誰が読むのか?」理解していない自己満足の文章が並ぶなど、これまた「腹八分目」が良いと言いたくなります。

 飲酒も食事も、「腹八分目」が理想ですが、早食いなので、どうしてもできなく、1口食べては箸を置き、野菜で腹を膨らましてから・・・など、理解しているつもりですが、つい食べ過ぎてしまいます。

                   


 やがて秋を感じるように

2024年09月11日 | 日記

 今月は彼岸の入りを19日に迎えますが(彼岸の中日は22日、明け25日です)、立秋を過ぎても厳しい残暑が続きます。それでも自分のアンテナを磨いて、朝夕は秋の気配を感じる様になりました。 

 昨日、町内のウオーキングクラブのメンバーと月1回の定例会で、町内の山道を歩いていたところ、午前8時40分頃「オオスズメバチ」に帽子の上から頭部を刺され、「強烈な痛さ」が続き、気分が悪くなったため、近く医院へ救急車で搬送され、処置を受けました。幸い今朝になって気分は元に戻り、痛さも感じなくなりました。

 これから秋に向かって、山や田んぼでは「蜂」や「マムシ」など毒を持った生き物には注意しなければなりません。大いに反省した1日でした。

 台風シーズン中で気が緩みませんが、報道ではコメがスーパーマーケットの売り場から消えたと騒いでいますが、「コシヒカリ」は8月に刈り取りを終え、市場に出回りはじめました。騒ぎ立てる程のことはないと思います。「あいちのかおり」も、穂が垂れて順調に育ち、この分では10月初めには刈り取りができ、豊作は間違いありません。 

 10月の第1土曜・日曜日には、氏神様で秋の大祭が行われます。町内の公民館では毎夜、巫女(みこ)の「舞いの稽古」が始まり、笛と太鼓の音が聞えています。窓の外では虫の音も にぎやかになりました。 

 この季節、野辺に咲く花も「女郎花(おみなえし)」「葛(くず)」「竜胆(りんどう)」など総じて地味な花が多く、彼岸を過ぎれば夜が長くなって、人の心と重ね合わせてみると、やがて秋を強く感じるようになることでしょう。

            


石の上にも3年・辛抱と喜び

2024年09月08日 | 仕事

 私は今までに数多くの転職者の履歴書を見てきました。中には次から次へと短期間に勤め先を換えた人もいて、再就職の相談もしてきました。

 仕事を知る、あるいは覚える前に、人とのお付き合いがうまくできず、職場を離れてしまうことが多いのです。初めから自分にピッタリの職場や仕事に出合うことは数少なく、多少のリスクはあると思うのですが、我慢できなく転職を選択しているのです。

 『石の上にも三年』という言葉があります。仕事は目標を持って楽しく働かねば、よほど辛抱強い人でない限り、続けることが難しいかと思います。冷たい石でも「3年も座り続ければ暖まる」という意味で、つらくても我慢して辛抱し続ければ、いつかきっと成し遂げられるということでしょう。

 学業を終えて、企業に入れば三年間は基礎を作らねばなりません。三年は多くの歳月という意味で、長い人生で最も大切な時期ではないでしょうか。どんな職業でも、一人前に(プロとして)人から認められる迄に、専門的な学業と経験を含めて10年は必要でしょう。

 中国雲南省原産のバショウ科の植物で地湧金蓮「チュウキンレン」という花がありますが、非常に珍しい花で、花が咲くまでは約3年から5年ほどかかるといいます。

 人の世も地湧金蓮のように、永いと思われる歳月を経て、常には葉(苞・ほう)ばかりが際立ちますが、認められるのは小さくても美しい花をつけ、喜びの頂点を極めることができると思います。

               


秋刀魚(さんま)のおいしい季節

2024年09月06日 | グルメ

 さんまの群れは、春から夏にかけて日本の海を北上し、8月~10月には北海道沖の14~18℃の水温のところで動物性プランクトンが大量に発生することから、その餌を食べながら脂がのり、丸々と太って南下するのを捕獲するのだそうです。 

    今年の秋刀魚漁は、昨年を上回る来遊量があるものの、依然として低水準で、三陸海域への魚群の南下時期は例年より遅く、10月下旬頃になるそうで、近年の水揚げ量は減少が続き、2年前には2万トンを割り込んでいて、今年の漁獲数量が2倍の4万トンになったとしても、1990年前後の年間30万~40万トン漁獲されていた数量の1割に過ぎないようです。

    漁獲量の減少から、昔と比べ値段は高くなり、スーパーなどで見かけるさんまは随分小ぶりになりました。それでもサンマの脂はDHAに代表される魚油が多く、バターやラードのような動物性脂肪ではないので、魚の脂肪は体に良く、心臓病や脳卒中を防ぎ、認知症、白内障を予防し、ストレスを緩和する作用があると言われています。

 さんまは1898年頃から「秋刀魚」と書きますが、もとは狭真魚(さまな)と呼ばれていたものが、なまったようです。煮ても、焼いても、刺身でも美味しいことから「三旨(さんうま)」と書きたいところです。

 美味しく食べるには鮮度を見極めて、頭から背中にかけて盛り上がり、厚みのある秋刀魚が良いと言います。腹の硬い方が新鮮で、目が透き通って澄んでいるもの、尻尾を持ち揚げると、刀のように一直線になるものが良いと言います。

 秋刀魚は「刀」と表現されるごとく美しい魚体を持ち、栄養価の高い貴重な魚です。酒のツマミには、何と言っても炭火で焼いたものが最高で、刺身は足が速いので新鮮な魚が求められ、名古屋駅前の柳橋中央市場付近の、すし屋か居酒屋で食べるのがお薦めです。

                         

 

 


9月中旬には「中秋の名月」

2024年09月04日 | 暮らし

 台風10号が熱帯低気圧となって、昨今の朝夕は涼しくなってきましたが、昼中は30度を超す夏日が続き、体調管理が大切な時期となりました。

 「中秋の名月」は、旧暦(太陰太陽暦)8月15日の夜に見える月のことで、今年は9月17日、晴れた夜空にしたいものです。中秋は9月の中旬から10月初旬に迎えることが多いのですが、新月から満月までの期間は一定ではなく、その日が満月とは限りません。

 『月々に 月 見る月は多けれど 月 見る月は この月の月(詠み人しらず)』「一年中、お月様を愛でる月はありますが、名月を愛でる月と言えば、今月の このお月様ですね」と、言う意味でしょうか、「中秋の名月」を見事に表現した句だと思います。

 月を愛でると言えば、1955年に発表され、「月がとっても青いから・・・」は、歌手 菅原都々子さんの大ヒット歌謡曲で、「遠回りしてかえろ・・・」と、終戦後、物のない時代に、立ち上がろうとする若い人たちの息吹を感じる恋の歌だったように思います。

 その昔、日本の貴族の間では、直接月を見るのではなく船などに乗り、池や湖の水面に揺れる月を眺め、あるいはお酒の杯に浮かべた月を楽しみながら宴を開いていたようです。この風習は平安時代に中国から日本へ伝わり、貴族たちが月見の宴を催すようになったようで、庶民の間にまで浸透したのは、江戸時代のことだとか・・・。

 毎日、時間に追われて暮らしている人にとって、大切な人と月を浮かべた杯を傾けながら語らう、憩いのひとときがあっても良いのでは・・・・「月 見る月は この月の月」です。

 月を見て、風流な夜を過ごしたいものです・・・・。