江戸時代、大人1人が1年間に食べるコメの量を「1石(こく)」と言い、約150Kg(2俵半)のコメを生産できる土地(面積に対する生産性)を現していました。大名や藩の経済力を測る目安とされ、農民に対する年貢米も「石」を元にして徴収していたようです。
農民からの税については、田で収穫したコメを銭に換えて税を納めるのではなく、コメそのままという方法で徴収し、戦時中は「配給制度」があり、政府がコメを統制し、政府がコメを国民に配給していました。
驚くことに、「食糧管理法」は平成7年(1995年)まで存在していました。平成16年(2004年)の食糧法の改正により、ようやくコメの流通は量や価格が完全に自由となり、民間にゆだねられることになり、現在のコメの価格決定は、原則として今まで直接的な政府の関与はありません。
農業の根幹として手厚く保護してきた日本の稲作でしたが、1993年(平成5年)政府は外国の圧力を受けてコメの輸入を年間77万トンと決定しました。外国産の安いコメを大量に輸入すれば、生産性が低くても100%安定供給ができる国産のコメ農家が崩壊するからです。
小泉農相はマスコミを通じて、政府備蓄の古古米を30万トン放出と言っていますが、キログラムに換算すれば3億キロで、日本の人口で割ると1人約3キロ、年間の消費量を7~800万トンとすれば、わずか3~4%程度の量で、政府がコメの流通価格を調整できるとは考えられません。完全に自由(生産量と価格)となったコメが、民間にゆだねられていることを忘れてはいないでしょうか。
さらに、備蓄米の放出方法として、一般競争入札から随意契約に変えるということは、「特定の企業に対する補助(金)」であり、今後、政府はコメに対する生産から販売・消費までの根本的な食糧政策の検討を行うべきだと思うのです。
写真:令和6年産・愛知県岡崎産のコメ「あいちのかおり」精米後の27キログラム入り袋