ジャン・ギャバンと映画人たち

Jean Gabin et ses partenaires au cinéma

殺人鬼に罠をかけろ Maigret tend un piège

2015-07-25 | 1950年代の映画


 1957年製作 黒白 119分
〔監督〕ジャン・ドラノワ
〔撮影〕ルイ・パージュ〔美術〕ルネ・ルヌー〔音楽〕ポール・ミスラキ
〔封切〕1958年1月(フランス)、同年7月(日本)

 ジョルジュ・シムノンのメグレ警視シリーズの一篇を映画化したもので、ジャン・ギャバンが初めてメグレ警視を演じた映画である。
 監督のジャン・ドラノワは、第二次大戦中から大戦後にかけて文学性の濃い映画を作ってきた監督で、ギャバンの出演作はすでに『愛情の瞬間』(1952年)と『首輪のない犬』(1955年)を撮っていた。
 ギャバンは第5代目のメグレとのことだ。ピエール・ルノワール、アリ・ボール、チャールズ・ロートン、アルベール・プレジャンがすでにメグレ役をやっていたそうだが、私はアリー・ボールのだけしか見たことがない。ジュリアン・デュヴィヴィエ監督の『モンパルナスの夜』(原題「男の首」1933年)である。ボールのメグレ警視はビア樽のような体型で鈍重だが粘り強く、寡黙で目つきが鋭かった。アリ・ボールはデュヴィヴィエが好んで使った男優の一人で、ほかに『にんじん』でルピック氏、『資本家ゴルダー』でゴルダー氏、『舞踏会の手帖』で司祭を演じている。『モンパルナスの夜』では犯人役の男優インキジノフが気持ち悪く、強烈な印象だった。
 ギャバンのメグレは押し出しの強さがあり、年季の入った風格と初老のくたびれた感じも出ていて、なかなか堂に入ったものである。フェルト帽子、トレンチコート、背広にサスペンダー式のズボンと、服装も似合っていた。ギャバンは実際にヘビースモーカーでいつも紙巻きタバコをすっていたのだが、メグレに扮した時はパイプで、これも様になっていた。



 この一作でギャバンのメグレが当たり役となり、その後同シリーズが二本作られる。この第1作の原作および原題は「メグレ罠を張る」Maigret tend un piège(1955年 早川書房刊)である。パリで女性連続殺人事件が起こり、難航中の捜査を打開するため、メグレがいくつかの罠をかけて犯人をおびき出すというストーリー。護身術を備えた十数人の婦人警官を街へ放って犯人に襲わせたり、別件で逮捕した男を容疑者に仕立てて新聞に発表させ、犯人の虚栄心をあおったりする。しかし、犯人が意外に早く割れてしまうので、プロットの面白さはあまり生かされていなかった。
 メグレの部下の間抜けな刑事が演技的にもう一歩で、面白みに欠けていたが、メグレの妻ルイーズ役の女優(ジャンヌ・ボワテル)がなかなかいい味を出していた。
 後半は、犯人の女性殺害の動機をフロイド的に分析解明しようとしているが、これは監督のドラノワの好みによって脚色したものなのだろう。犯人の妻や母親との関係が浮き彫りにされ、心理描写が多くなって、欲張りすぎの感がなきにしもあらず。



 しかし、犯人のジャン・ドサイ、妻のアニー・ジラルド、母親のリュシエンヌ・ボガエル、この演技派俳優三人とギャバンが渡り合う場面は見応え十分である。ギャバンとアニー・ジラルドの共演は、『赤い灯をつけるな』に続いて二度目であるが、ジラルドの知的で深みのある演技が際立っていた。
 リノ・ヴァンチュラも刑事役で出演していたが、端役に近かった。


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