大和周辺の地で同じ近畿圏に在りながら極端に磨崖仏の少ない紀州路。
その希少な磨崖仏の中の一つに会いに行って来ました。
嘗ては龍神から日高を抜け御坊まで、筏をつくり木材は運ばれていました。
岩の多い激流を筏で下る筏流しの難所で、無事を祈る為に刻まれたと云う事です。
和歌山県日高郡日高川町船津
大和方面ではあまり見掛けない磨崖の如意輪観音です。
日高川に甚大な被害をもたらした紀州大水害の後、上流に椿山ダムが出来てからは
嘗ての日高川とは様変わりした穏やかな川面を磨崖仏は見続けています。
これからもずっと・・・・・・