【涼宮ハルヒの憂鬱】佐々木ss保管庫

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佐々木スレ9-418 「流星に何を願う」 (3)

2007-06-18 | その他佐々木×キョン

418 :流星に何を願う:2007/05/25(金) 14:23:30 ID:EXhSwFIf
投下します。キョン子×佐々男モノ。途中微エロあり注意。
続き物なので先に前編を読んでください。


419 :流星に何を願う:2007/05/25(金) 14:24:32 ID:EXhSwFIf


        5


 お盆は毎年、家族総出でお祖父ちゃんの家に帰省するのが慣わしだった。
 帰省とは言っても、俺が生まれたのは両親が今の家に引っ越してからのことだから、正
確に言えば間違ってる。
 お祖父ちゃんの田舎は山奥にあった。
 今年は佐々木のおかげで宿題もさっさと終わらしちまったし、さすがの母さんもわざわ
ざ田舎に来てまで受験勉強に精を出せとは言い出さなかった。それどころか『あまり根を
詰め過ぎても良くないから、お盆の間くらいはゆっくり羽根を伸ばしなさい』なんて言い
出すもんだから一体どういう風の吹き回しだろうと思っていたんだけど、母さんからして
みたらどういう風の吹き回しだか知れなかったのは七月中に宿題を終わらせるなんて前代
未聞の偉業を成し遂げた俺の方に違いない。
 そんなわけで、お祖父ちゃんち滞在中は晴れて勉強から解放されることになった。
 でもなあ、このド田舎ときたら、ろくなレジャー施設やショッピングモールも無いんだ。
中学三年生女子が暇を潰すにはいささか退屈過ぎる。俺は勉強なんか大っ嫌いだけど、こ
の退屈を紛らわすことができるものならそれすらも恋しいと思った。
 近くには川が流れていて、確かに小さい頃はそこで遊んだこともあったけど、さすがに
この歳になって川原で水遊びは無いぜ。あーあ、せめてお祖父ちゃんちが山じゃなく海の
近くだったならまだ良かったのに。
 なんてことを、小さめの岩に腰掛けて、賽の河原でもないのに小石を積み上げつつ、地
元の子供に混じって遊ぶ弟とそれを見守る母さんを眺めながら考えていた。
 何とはなしに立ち上がって歩き出す。何処へ行くわけじゃない。ただ、座っていても暇
だったんだ。歩いて暇が解消されるかと言えば、そうも思えなかったけど。
 上流の方で、釣り糸を垂らしてる人を見つけた。
 釣りイコール年寄りの趣味っていう先入観から、釣り人はてっきり地元のおじさんだと
思って近付いたら違った。
 釣り人はまだ青年だった。ひょろりと痩せて背が高い。高校生?
「こんにちは」
 おずおずと話しかける俺にじろりと一瞥をくれると、男は無愛想な声で返事をした。
「こんにちは」
「何してるんですか?」
「見りゃわかるだろ。釣りだよ」
「釣れる?」
「全然」
「何を狙ってるの?」
「別に。何か釣れりゃいい」
 男はあからさまに面倒臭そうにしながら、それでも返事はしてくれた。
「お前、何処から来た?」
 初めて男のほうから質問した。俺は自分の住む県と市の名前を教えた。
「都会か」
「う~ん、都会と言われればそんな気もするし、でもそれほどでもないような……まあ、
ここよりかは都会ってくらいかな」
「そう」
 自分から訊いたくせに、男の返事は素っ気無かった。


420 :流星に何を願う:2007/05/25(金) 14:25:30 ID:EXhSwFIf
「あなた、名前はなんていうの?」
「ジョン・スミス」
「……外人? ハーフ?」
 初めて男の表情が変化を見せた。必死に笑いを堪え続けた後、とうとう堪えきれなくな
って吹き出して大笑いした。
「あっはっは! まさか真顔でそんなことを訊き返されるとは思わなかったよ。俺が外人
に見えるか?」
 男は息絶え絶えになりながら、なんとか呼吸を整えなおして言った。
「お前の名前は?」
「君はジョンだよね?」
「え? ああ」
「じゃあ、ケイトだと思って」
 男はまた笑い出した。俺も一緒になって笑った。
 その時、母さんが俺を探している声が聞こえた。
「ごめん、行かなきゃ」
「ああ。じゃあな、ケイト」
 男は出会った時とは180度違う笑顔で、西洋風の『バイバイ』の仕草をして見せた。
「クスッ、バイバイ、ジョン」
 俺も同じ仕草で返した。

 お盆だと言うことで、夜はお祖父ちゃんの兄弟やら父さんの兄弟やら、要するに親戚一
同が集まって賑やかな宴会になった。
 だけど、年寄りの寄り合い話に俺の入り込む余地は無い。話の矛先が俺に向きながら、
それでも俺は黙って箸を口に運ぶ以外無かった。
「もう中学三年生になったかい。それじゃあ高校受験で大変だな」
「そうなんですよ。この子ったら勉強嫌いだからどうなることかと思ってたんですけど、
でも最近は真面目にやってるから安心したわ。なんでも塾で仲の良い男の子が出来たらし
くて、一緒によく勉強してるみたい」
「へえ、男が! いやいや、もうそんな年頃かね。わしが肩車してやったのもついこの間
だと思ったけんど。それじゃああれだな、しっかり勉強して彼氏と一緒の高校行けるよう
に頑張らねえとな」
 全く何を言ってるのかわからない。なんで俺が佐々木と進路を同じくしなきゃいけない
んだ? 佐々木とはそんなんじゃないんだ。そんなんじゃないし、もし仮に本当にそんな
んだとしたら、この場でそんなことを平然と暴露してのける母さんの神経を疑う。
「おい、うまくねえか?」
 一瞬何のことを言ってるのかわからかった。料理のことを指してるのだと気付くのにし
ばらくかかった。
「あー、いや、おいしい……です」
「そうかい、んなら良かった。育ち盛りじゃ、勉強だってなんだって食って力つけんとな。
本当だったら鹿でも捕ってきて食わしちゃろうと思ってたんだけどよ、最近じゃあ、鹿も
減っちまって、ようけ捕れん。ところで、お前さんよ、退屈しとりゃあせんか。なにせこ
こいらはなーんにもねえからよ。この辺の子達は、バス乗って街の方まで遊びに行ってる
ようだが」
 ただでさえ聞き取りにくい方言なのに、酒でろれつが回らなくなっているもんだから何
を言ってるのか半分くらいしか聞き取れなかった。いや、一生懸命聞くことを耳が放棄し
たと言うべきかも知れない。何しろ心ここにあらずだったのだ。
 俺の代わりに母さんが返事をした。
「まあでもせっかくこっちに来たんですからね。ここは空気も良いし、周りも静かだし。
ねえ?」


421 :流星に何を願う:2007/05/25(金) 14:26:42 ID:EXhSwFIf
「うん」
 完全に空返事だった。
 俺はこんなにも退屈しているというのに、なんでこの年寄りどもはこうも楽しげにして
いられるんだろう? 全く不愉快だ。気に食わない。
(馬鹿だ。なんて子供じみたことを考えるんだ?)
 頭の中で別の声が聞こえた。うるさい、そんなの、自分でわかってる。
「そういえば――」叔父さんが話し始めた。
「明日は役場で盆踊りがあったな。都会のお嬢さんは他にもっと面白いことがいっぱいあ
るだろうから退屈かも知れないけど、行ってみるといいよ。地元の子とか、お盆でこっち
に戻ってきてる子とか、同年代の子もいっぱい居ると思うから」
 全く興味なんて無かった。でも行かないわけにいかないだろう。だって他にすることな
んて何も無かったんだから。
 つくづく失敗したと思った。勉強道具を持って来るべきだった。
 でも、わからない時に咄嗟に訊ける人間が傍に居なければ、はかどるわけはないぜと思
い直した。

 二段に組まれた櫓から、四方に提灯の群れが伸びる。大音量でかかる演歌、それに負け
ないほどの喧騒。過疎の進んだ田舎にしては随分と人でごった返していた。なるほど、お
盆で帰省している人が多いというのは間違いではないようだ。
 弟は凄まじい力で母さんの腕を引っ張り、かき氷やら綿飴やらを次々と所望して、その
まま人込みの中へと消えてしまった。
 付いていくことはできた。でも俺はわざと歩調を遅くして、母さんと弟の背中が見えな
くなるのを見送っていた。
 なんでだろう。母さんが振り返って「早く付いてきなさい」とでも言うのを期待してた
のだろうか? 金魚の糞みたいに母さんの後を付いていく年齢は、もうとっくに卒業した
というのに。
 夜店で買った、少ない割に値段の高い、さしてうまくもまずくもない焼きそばをたいら
げて、歯に付いたソースやら青海苔やらを舌でなぞり取りながら歩いてると、人込みの中
から現れた三人組の男に声を掛けられた。
「へえ、可愛いじゃん。ヘイ、彼女、一人?」
 第一印象で思うに、見るからに頭の悪い三人組だった。おそらく同い年に違いない。三
人のうち二人は俺とほとんど同じ身長で、一人は俺よりも背が低かった。
「君、地元の子じゃないよね? 俺ら地元なんだけどさ」
 訊いてねえよ。
「夏休みでこっち来てる系? 家どこ? 歳いくつ? 地元に彼氏居る系?」
 せめて質問はひとつずつにしてくれないか。だいたいなんだ、系、系って。これがこの
地方の今どきの方言なのか? 耳から入ってくるだけで生理的に拒否反応を起こす声。
 この手合いは無言で立ち去るのが正しい対処法なのだろう。けどこの時の俺は虫の居所
が悪かった。
「失せな」
 めいっぱいドスをきかせたつもりだった。しかし所詮女の声帯、狙ったとおりの声色が
出たかは怪しかった。
「お呼びじゃねえんだよ」
「うほう、怖いねえ。まあまあそう言わずにさあ。どうせ一人で暇してる系でしょ?」
 男は断られ慣れしてるようだった。男にしてみれば、無視されずに何かしらの返事が返
ってきただけで万々歳なのだ。
 下品で悪辣な笑い顔をしながら近付いてくる男の顔面を、俺は拳で思いっきり殴った。
 しかし少々力が足りなかったようだ。殴り抜けた腕をそのまま相手に掴まれてしまった。
「てめえ! 何してくれてんだよ! お高くとまってんじゃねえぞブスが!」


422 :流星に何を願う:2007/05/25(金) 14:27:41 ID:EXhSwFIf
「触んなよ! 離せ!」
 その時、俺の腕を掴む男の腕を、第三の腕が掴んだ。
 もう一人の男はナンパ男の腕を凄まじい握力で捻りあげたらしく、ナンパ男はたちまち
苦悶に顔を歪ませた。俺の腕が解放される。
「お前ら、俺の連れに何してくれちゃってるわけ?」
 もう一人の男の顔を見る。それは、あのジョン・スミスだった。
 ジョンは俺の腕が自由になってるのを確認すると、ナンパ男の腕を離してポケットに両
手を突っ込み余裕の態度を見せた。
「ああ?」「てめえ誰だよ」「ぶっ飛ばすぞこら!」
 三人組は口々に奇声を張り上げた。とりわけ腕を捻られた男は怒っている。
「だからこの子の連れだよ。悪かったな。他を当たりな」
「スカシてんじゃねえよ! かかって来いや!」
 ジョンは挑発には乗らなかった。やがて観衆の目が集まり始めると、三人組は悪態をつ
きながら人込みの中へ消えていった。
 三人組の姿が見えなくなると、ジョンは会場の出口に向かって歩き出した。
「何処へ行くの?」
「つまらない奴のせいで、気分が下がっちまったからな」
 俺は黙ってジョンの後に付いていった。ジョンは付いてくるなとは言わなかった。
 やがて辿り着いた場所、そこは、位置は違うけれど、あの時の川原だった。ジョンは岩
に腰を下ろし、俺の方は振り向かずに黒い川を見つめていた。
 俺はその時になって、ようやくお礼を言うことが出来た。
「ありがとう」
「あ? ああ……」
 再び長い沈黙。
 人でごった返していた盆踊り会場と違い、この川原は涼しかった。
 周囲に明かりが無いおかげだろう。頭上には天の川がはっきりと見えた。
 俺は足元の石を拾って水辺に立ち、アンダースローで放り投げた。水の音が四回した。
「へえ、うまいじゃん」
 俺はジョンの方を向いて得意気な顔を作って見せたけど、この暗闇の中では相手の表情
などわからない。
 ジョンも立ち上がり、足元の石を拾って川に向けて投げた。水の音が一回、二回、三回、
四回――やがて数えられないような細かい連続音になって、突然乾いた音に変化した。対
岸に到達したのだ。
「凄いね」
 ジョンの真っ黒な顔は、満天の星と月明かりの下で、確かに笑ったように見えた。
「ケイトは――」
「何?」
 一瞬何のことだかわからなかった。この男の前では、自分はケイトであることを失念し
ていたのだ。
「ケイトは毎年こっちに来てるのか?」
「うん」
「そうか。今まで会わなかったな」
 ジョンの声は、どことなく寂しそうだった。
「俺さ、今年大学受験なんだ。県外の大学へ行くつもりだから、受かったら家を出る」
「そうなんだ」
 俺は、ジョンが何を言わんとしているのか、わかったような気がした。
「受験生仲間だね。俺は高校受験だけど」
「そうか、頑張れよ」
「うん、ジョンもね」


423 :流星に何を願う:2007/05/25(金) 14:28:46 ID:EXhSwFIf
 そのまましばらく、俺達は二人で川を眺めていた。
「じゃあ、そろそろ帰るね」
「ああ」
「ありがとう、助けてくれて。じゃあね」
「嫌いにならないでくれよ」
「え?」
 突然のジョンの言葉だった。
「あんな奴も中には居るけどさ、あれはあいつらが悪いんであって、田舎が悪いんじゃな
い。だから、ここを嫌いにならないでくれよ」
「わかってるよ、大丈夫。それはジョンが証明してくれた」
「じゃあな、ケイト」
 ジョンは西洋風の『バイバイ』をした。暗闇の中で、確かにそれは見えた。
「うん。バイバイ、ジョン」

 家に戻ると、男衆が連夜の酒を飲み交わしていた。
 俺の存在に気付いたのは、廊下が見える位置に座っていたお祖父ちゃんだった。
「おう、おかえり。早かったな。お母さんたちはどうした?」
 俺は答えなかった。
 叔父さんが振り向きながら言った。
「やっぱり面白くなかったかい? 悪いことしちゃったな」
「ううん。叔父さんのせいじゃない」
 俺は寝室に戻って、畳の上に身を投げ出した。
 初めてだ、こんなことを思うのは。
 夏休みなんて、早く終わってしまえば良いと。



                             「流星に何を願う」(4)に続く