【涼宮ハルヒの憂鬱】佐々木ss保管庫

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佐々木スレ9-418 「流星に何を願う」 (4)

2007-06-18 | その他佐々木×キョン


424 :流星に何を願う:2007/05/25(金) 14:29:43 ID:EXhSwFIf


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 焼け付くような日差しはいまだ衰えを見せず、それでも吹く風には段々と冷たい空気が
混じり始め、そろそろ秋の訪れを感じ始める季節のこと。
 五限の数学は担当教師が不在なので自習になった。
 自習とは言っても、一応課題は出されてるものの大半の生徒の認識としては延長された
昼休み以外の何物でもなく、惰眠を貪る者、席を移動して談笑する者など様々だ。
 俺は課題として出された教科書の問題の教えを乞うために佐々木の机に椅子を横付けし
ていて、佐々木が何の苦も無くあっさりと全問を解いてしまうと、その後はとりとめも無
い雑談をしていたのが、どういう話の流れだかこうなった。
「僕が思うに、恋愛感情などというものは精神病の一種なのだと思うな」
 佐々木は言い放った。
「恋の病、なんていう言葉だって昔からあるのだよ。恋をしている人間の精神状態は明ら
かに平常ではない。僕自身には経験が無いから確かなことは言えないが、恋をしている人
間は意中の相手のことを想うあまり集中力が欠如したり、食欲不振に陥ったりする。そし
て、もしその恋が成就せずに終わった場合、鬱状態になったり、ヒステリーを起こしたり、
特に重度の時は自殺を図ったりすることもあるそうじゃないか。どう贔屓目に見ても、そ
のような精神状態が健常であるとは言いがたいね」
「そんな馬鹿なことあるもんか。だって、世間の大半の人間は恋愛をして、結婚して子供
を生むんだぜ。俺の両親やお前の両親だってそうさ。その人達みんなが精神病にかかって
るって、お前はそう言うつもりか?」
「まさしくそう言うつもりだよ。世の中で恋愛感情ほど蔓延した精神疾患は無いね」
「わからないな。恋をするっていうのは病気じゃない。機能さ。人間は――人間だけじゃ
ない。ほとんどの生き物には雄と雌があって、結婚して子孫を残すじゃないか。子孫がで
きなかったらすぐに滅んじゃうだろ」
「君は、恋愛感情が無ければ結婚はできないと思っている?」
「はあ? だって結婚て、恋愛をしてするもんだろ。人間世界には政略結婚なんてのもあ
るけど、それは例外中の例外だ」
「恋愛感情などというものは人間にだけ備わっているものだよ。動物達はもっと単純なも
のに従っているに過ぎない」
「もっと単純なもの?」
「本能さ」
「本能?」
「つまり、雄はより多くの雌の体内に自分の遺伝子を残そうとする、雌はより優秀な雄の
遺伝子を受けようとする、その本能だよ。動物は人間のように不必要に入り組んだ恋愛観
など持ち合わせてはいない。動物の目的は、とにかく自分の気に入る相手を見付け、互い
が合意すればその場でセックスし、遺伝子を渡す――あるいは受け取ることだ」
 俺は身じろぎした。佐々木が――この背が低く童顔で色白で、やもすれば少女のように
見えるこの少年が、その高く澄んだ声色で、この教室という空間で、何のためらいも無く、
そう、それはまるで数式を読み上げるような淡々とした口調で、『セックス』などという
単語を口にしてみせたからだ。
 さらに言うなら、女子――つまり俺――の目の前でだ。
 そんな俺の動揺を知ってか知らずか、佐々木はなおも続けた。
「確かに君が言ったように、子孫を残さなければ種は滅んでしまうね。三大欲求というも
のがある。これは、それをしなければ滅んでしまう、だからしなければならないという基
本的な三つの欲求のことだ。その内容とはは食欲、睡眠欲、そして性欲の三つ。食べ物を


425 :流星に何を願う:2007/05/25(金) 14:31:01 ID:EXhSwFIf
食べなければ当然餓死してしまうね。睡眠を取らなければ、脳が異常をきたし精神が崩壊
する。同じことさ。理想の異性とセックスしたいと願うことは生物としての正常な生理反
応だが、しかし、それは恋愛感情とは別のものだ」
 またしても放たれた刺激の強い単語に、前後の文の内容を忘れてしまうそうになりなが
ら、なんとか質問を挟むことに成功した。
「別ってことはないだろ?」
「いいや、別だよ。人間には、多くの動物にあるような特定の繁殖期が無い。逆に言えば、
年中発情しているとも言える。それは恋愛をしているしていないとは全く関わらずね。人
間は常にセックスするパートナーを探し求めている。恋愛が発展して、セックスに至るの
ではないんだよ」
 全くこの男の話すことは心臓に悪い。周りのクラスメイトがこの会話に聞き耳を立てて
いるかも知れないとは考えないのか? 頼むから、その甘い綺麗な声でセックスセックス
と連呼しないでくれ。
「でも、結婚するってことは一生一緒に居るってことだろ? 遺伝子的に優秀だってだけ
じゃ、パートナー選びの条件としては不足じゃないのか」
「君には弟さんが居るね」
「何の話?」
「弟さんは男性、そして君は女性だが、弟さんを異性として意識したことは?」
「まさか。あるわけないだろ。いきなり何を言い出すんだ?」
「でも弟さんのことは大事に思っている」
「そりゃ、まあ。家族なんだし」
「だろう? つまりそういうことさ。家族として大切に思うことと、性の対象として意識
することは全く別の、切り離された現象なんだ」
 なんだかうまくはぐらかされただけのような気がするけど、俺はそれ以上追及すること
はやめておいた。これ以上話しても俺が佐々木を納得させることも、佐々木が俺の納得の
いく答えを出すことも無いように思えたから、この会話はもう切り上げることにした。
 時計を見ると、針は授業が終わるまさにその時刻を指していた。チャイムが鳴るまであ
と数秒といったところだろう。
 最後に俺は、ひとつだけ佐々木に質問を投げかけた。
「佐々木も、その……せっ……性欲、あるの?」
 佐々木はやけに大人びた笑顔でこう答えた。
「さあ、どうだろうね。どうやら僕は平均よりも二次性徴が遅れているようだし――」
 少し間を置いてからこう付け加えた。
「今のところは、まだ」
 チャイムが鳴った。

 その日の夜、俺はベッドの上で考えていた。
 佐々木の言ったこと――恋愛感情は精神病の一種だというのは、俺にはなかなか承認で
きないことだった。とは言え、博学で聡明な佐々木にああもきっぱり言われると、それが
正しいことのように思えてしまう。
 いや、正しいか正しくないかはこの際問題じゃない。佐々木がそういうふうな考えを持
っていること、そして、その考えをどうにも曲げるつもりはないだろうこと、そっちのほ
うが問題だと俺は思った。
『セックス』
 何の前触れも無く、唐突に、頭の中に佐々木の声が響いた。
 セックスか。俺だって思春期を迎えた女だ。そういうことに全く興味が無いかって言え
ば嘘になる。それでも俺が今に至るまでバージンなのは、俺にとって“それ”は、奇妙で、
滑稽で、不可解で、自分とは無縁のもの、何処か遠く掛け離れた別世界にあるもののよう
に思えたからだ。


426 :流星に何を願う:2007/05/25(金) 14:32:02 ID:EXhSwFIf
 ところがクラスメイトのうち何人かは、この夏に既に初体験を済ませてしまったらしい。
 ある者はずっと付き合ってきた彼氏と念願叶って、ある者は旅行先でたまたま知り合っ
た行きずりの男に処女を捧げてしまったと言っていた。
 恋愛感情を精神病だと豪語する佐々木にとっては、前者よりも後者のほうが正しいセッ
クスの在り方なんだろうか。
 いや、それも違うと思う。佐々木が言うには『生き物は優秀な遺伝子を求めてセックス
する』んだから、興味本位や肉体的快楽に溺れるセックスは本来の正しいセックスの姿と
は言えないだろう。
『セックス』
 再び頭の中で佐々木の声が聞こえた。
 とにかく、俺がうかうかしてる間に友人たちは先んじて大人の階段を昇ってしまったわ
けだけど、考えてみれば俺にだってこの夏、やる機会はいくらでもあった。
 佐々木とは勉強会で何度も二人きりの時間を過ごしてきた。特に、佐々木が突然俺の家
を訪ねてきたあの日、下着にTシャツなんて格好で出迎えた俺を見て、佐々木が少しでも
俺のことを女と感じたなら――。二人きりの部屋、二人の汗の匂いが充満する部屋で、熱
に浮かされた頭のせいにして、汗まみれの体を重ね合わせることができただろうか。
 あるいは、お祖父ちゃんの田舎で出会った、あの年上のジョン・スミスと? 最後の時
間を過ごしたあの川原、あそこなら真っ暗なうえに人通りも無かった。彼に恋人が居たの
かは聞かなかったけど、もし経験があったなら、初めての俺をリードしてくれただろう。
そうして、もう二度と会うことはない青年とのひと夏の思い出とともに、処女を捨て去っ
てしまうことができただろうか?
 いや、できなかった。
 その当時も、それに夏が終わってから今までも、そんなことは考えも、いや思いつきも
しなかった。やらなかったんじゃない。最初から頭に無かったんだ。
 じゃあどうして俺は今になってこんなことを考えてるんだ?
 決まってる。佐々木のせいだ。
『セックス』
 佐々木の薄い唇に覆われた小さな口から放たれた、顔に似つかわしくない――いや、似
つかわしくないどころの話じゃない。全く異質だと言っていいほどの、淫靡な言葉。
『セックス』
 もちろん今、佐々木がここに居るわけはない。でもその声は、驚くべき実感を伴って俺
の耳に響いてきた。
『セックス』
 俺の中の佐々木が何度も耳元で囁く。耳に吹きかけられる吐息さえも感じられるような
強烈なリアリティ。
『セックス』『セックス』『セックス』
 声は止まらない。佐々木が一度繰り返すたびに、他の思考が頭から追い出される。『セ
ックス』という単語が脳を支配する。
 気付くと俺は下着の中に手を差し込んでいた。
 最初の吐息は、憂いの溜息に近かった。それが段々と、獣のような荒々しい息遣いに変
化していく。秘部に湿り気を感じると、それはすぐに湿りから濡れになって、やがて雫と
なって滴り落ちた。時折、喘ぎ声が漏れそうになるのを歯を食いしばって必死に耐えなが
ら、俺は行為を続けた。
 想っていたのは誰のこと?
 佐々木? それともジョン?
 ううん、きっと、どちらでもない。
 それは『セックス』という言葉そのもの。ただの片仮名四文字の羅列でしかないもの。
アルファベットで書けば『SEX』と三文字。その記号が持つ意味、記号が指し示す行為
が持つ妖しい魔力そのものに。


427 :流星に何を願う:2007/05/25(金) 14:33:03 ID:EXhSwFIf
 ただ『セックス』その言葉だけを頭の中に思い浮かべて。その言葉だけで頭の中を全て
満たして――。
 自慰、オナニー、マスターベーション、呼び方は何でもいい。
 俺はこの日、生まれて初めてそれをした。


431 :流星に何を願う:2007/05/25(金) 15:01:16 ID:EXhSwFIf


        7


 この日の帰りのホームルームで、あまりよろしくないものが配られた。
 わざわざもったいぶって言うものでもないので言うと、進路希望用紙って奴だ。
 否が応にも自分が受験生であることを再認識させられる。わかってはいたけど、こうし
て目の前に突きつけられると、残された時間が刻一刻と迫っていることを実感せずにはい
られなかった。

 塾が終わった帰り道。自転車の荷台に乗って俺にしがみついている佐々木が話しかけて
きた。
「キョン、志望校はもう決まったかい?」
「んー、決定したわけじゃないけど、うちは余裕が無いから金のかかる私立は最初から除
外だし、通える範囲で履歴書に書いて恥ずかしくない学校っつったら、北高になるかな」
「北高か。いや、学校説明会には行ったけど、あの学校も凄い立地だね。とてもじゃない
けど僕にはあの通学路を三年間通う自信は無いな」
「へん、よく言うよ。佐々木の成績じゃあ、はなっから北高なんか考えてないくせに」
「キョンだって狙おうと思えばもっと上を狙えるはずだよ。確かに現時点での学力では北
高が適正かも知れないが、君の偏差値はいまだに向上し続けているんだから」
「本当に佐々木様さまだね。でもいいんだ、俺は。無理して高いとこ狙って滑りでもした
ら本末転倒だよ」
「君の良くない傾向だな。もっと志は高く持ったほうが良い。ボーイズ・ビー・アンビシ
ャスだよ」
「俺はボーイじゃないよ」
「おや、これは失礼」
 佐々木はくっくっ、と喉を鳴らした。
「佐々木はもう決めたの?」
「僕は市外の私立に行こうと思ってる。選択科目が多くてね、カリキュラムの自由度が高
いんだ」
「そうなんだ」
 素っ気無い返事になってしまったと思って、もう一言付け足した。
「受かると良いね」

 家の前に着き、佐々木は荷台から降りると、いつも通りにこう言った。
「ありがとう、キョン。それじゃあ、また明日」
「うん、おやすみ」
 春からずっと何十回と繰り返されたやりとり。日常的な光景。
 佐々木の姿が玄関の中へ消えた後、ふと俺は頭上を仰ぎ見た。
 急に、夏に見たあの満天の星空を思い出して、あれと較べて随分と星が少ないことに、
今さらながら気付いた。
 家に向けて自転車を扱ぎ出した。佐々木が降りた後の自転車のペダルは軽い。
 なんでだろう、今日に限って、それが無性に寂しかったんだ。


(――続く――)


432 :流星に何を願う:2007/05/25(金) 15:02:15 ID:EXhSwFIf
やっと書けた……。
最後の最後で引っかかったんでしまりが悪いな。orz