Apple Pieと月の船

さくやの日常や思ったことを気ままに綴っていきます

広島のある日本のあるこの世界を、愛する全ての人へ

2009年11月10日 | Books
『夕凪の街 桜の国』こうの史代(著) 双葉社

私が広島に引っ越したのは、1990年春、7歳の時でした。
アパートの片付けも済まないうちに、母から「平和公園へ行こう」と言われ、
良く晴れた昼下がりに母と弟と3人で広電に乗ったことを覚えています。
「公園」と聞いて、遊具があって楽しそうなイメージを抱いていたのに、
着いたところは緑の芝生と、無数の鳩と、骨組を残した大きな建物と、丸いオブジェのある広い広場。
頭から「?」マークの消えないうちに、入った資料館。そこで見たもの。
今も、私の中から消えていません。

広島で子供時代を過ごした人ならば、学校で繰り返し繰り返し「原爆」という単語が出て来るのを覚えていると思います。
様々な映画を見、本を読み、歌を習い、詩を暗唱し、
“それ”が如何に残酷で、悲惨であったかをこれでもかこれでもかと伝え、刻んでいきます。
原作者であるこうのさんも広島に生まれ、恐らく同じようにして学んできたのだと思います。
それは決して悪いことではありません。
でも、私は習う度に、触れる度に、“それ”は恐ろしいものだと刻み込まれ、
いつしか恐怖感から避けずにいられない衝動を抑えられなくなっていきました。
こうのさんもあとがきで、「原爆に関することを避け続けてきた」と書かれています。

しかし、あとがきはこう続きます。

「でもやっぱり描いてみようと決めたのは、そういう問題と全く無縁でいた、
 いや無縁でいようとした自分を、不自然で無責任だと心のどこかでずっと
 感じていたからなのでしょう」

ああ、これだ…と思いました。
恐怖感が「原爆」に対する嫌悪感へと繋がり、それが平和へ導く道となることもあるのでしょう。
(現に、ヒロシマを描いた漫画の代表作とも言える『はだしのゲン』は、原作者の中沢さんのそういう思いから
 敢えて悲惨な描写を前面に出したと聞きます)
でも、その恐怖感故に目をそらしてしまい、どこか「原爆」に対して真っ直ぐ向き合えない後ろめたさ。
この物語は、全く違った視点からヒロシマと原爆に向き合う術を示してくれるものだと感じます。
今もまだ恐怖感は消えないけれど、それでもここを第一歩としたいと思う。
出逢えて良かったと、心から思える作品です。


物語は、昭和30年の復興した広島市を舞台にした『夕凪の街』と
平成の東京と広島を舞台にした『桜の国』の2編から成ります。

『夕凪の街』の主人公は、8月6日を生き延び、復興した街で会社に行き、
靴が減るのが勿体無いからと草履を編み、友人とワンピースを作り、
母親と静かに“日常”を過ごしている女性・皆実。
男性と恋をして、人並の幸せを感じそうになる度に、“あの日”がフラッシュバックして
“いま、生きている自分”に罪悪感を感じています。

「教えてください。うちはこの世におってええんじゃと教えてください」

皆実の言葉に対する、

「生きとってくれてありがとうな」

という打越さんの言葉。

ここから、止まっていた時計は進むはずだったのに。
皆実は原爆症に倒れてしまいます。

病床での皆実の独白が、1番胸に迫ります。

「…嬉しい?
 十年経ったけど原爆を落とした人は私を見て
 「やった!またひとり殺せた」とちゃんと思うてくれとる?」

「ひどいなあ。てっきりわたしは死なずにすんだ人かと思ったのに」

燃えるような怒りではなく、ただ静かに哀しく、切ない。
きっと皆実と同じように思い、亡くなっていった方々が、
64年前から現在まで、ヒロシマに、ナガサキに、沢山いるのだと思います。

『夕凪の街』を読んで感じる感想は人それぞれでしょう。
それでも、このたった35頁の作品から受け取るものは、とても重い財産になるのではと思います。


そして、『夕凪の街』からバトンを受け取るように展開される『桜の国』。
皆実の姪に当たる七波が主人公です。
ある意味“被爆者”をダイレクトに表現した『夕凪の街』と違い、
『桜の国』はテーマの幅が広く、またそれを前面に出して表現されていないので、
何度か読み返さないと伝わりにくい部分も多いかもしれません。

“被爆二世”“偏見”“残された家族”

『桜の国』で1番心に残ったのは、七波の祖母(皆実の母)が言った

「なんでうちは死ねんのかね」

という言葉です。
3人の娘を原爆で亡くし、疎開してただ一人被爆を免れ、生き残った息子・旭。
その旭は被爆者である京花を妻に選び、
七波が生まれ、凪生が産まれ…

読み返せば読み返すほど、隠れたテーマが浮き彫りになり、
“原爆”が落とした影がどれほど大きなもので、
どれほどの長い時間をかけて、どれだけ多くの人に影響を及ぼしているかが分かります。

けれど、悲しいことばかりではなく、
そこに在るのはしなやかに優しい家族の姿なのだと感じました。



戦後60年を経ても、終わりのないもの。


今回の記事タイトルは、この本の冒頭に刻まれている文章です。

この合わせて100頁にも満たない小さな2編の物語が、
ひとりでも多くの人のこころに届くことを願います。
コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« ええぇぇー!! | トップ | グッズ第2弾! »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

Books」カテゴリの最新記事