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大分のさだまさしファンの独り言

大分に住んでいるさだまさしさんのファンです。所有のアルバムなどを紹介しながら不定期に思い出などを書いていこうと思います。

発掘品(笑)

2009-12-10 00:27:42 | さださんに関する雑談
こんばんは。
今日は水曜日で(あけて木曜)いつもなら比較的時間があるのでブログの更新日にあててましたが急な仕事が入ってしまいまして、いつものさだ-1ができません(意外に時間がかかるんですよ…)。

で、特別編、ってわけでもないんですが、実は私15年住んだアパートを引っ越すことになりまして、業者も頼まず、この1カ月コツコツ自力で夜中に引っ越しをしてました。おかげで腰を痛めました(泣)。

すると、何処かにあると思っていたさださん関連のグッズが押し入れの奥から発掘されました。それを今日はご披露しようか、と(苦笑)。

まずは1つ目
私が最初にさださんのコンサートに行った福岡の飯塚での無料の屋外コンサートのパンフ&入れてたビニール袋。当時はまだ国鉄でしたがローカル線を残そう!ってアピールのコンサートでした。詳しい内容は雑談のコーナーで前後篇でお送りしてますので。(前篇後編



2つ目
1つ目と同じ年に初めて行った有料のコンサートのパンフ&チケットの半券。たしかこの時パンフとカレンダーも買ったんですがさすがに捨てたかも…で、発見できず。ちなみに九州厚生年金会館。この時は1000回記念コンサートで押してましたね。パンフもそれがメインです。



3つ目はその翌年だか二年後だかの同じく九州厚生年金会館のコンサートチケット半券&パンフ。この年は大好きだった祖母が他界した年で、葬儀の10日後位がコンサートだったのでいけるかどうか危ぶまれた覚えがあります。たしか某大手百貨店のプレイガイドでチケットを買うために朝の3時ごろから並び(今と違って機械で買ったりしないでわざわざプレイガイドに買いに行くか、電話予約くらいはあったかな?位の時です。)一緒にならんだファンの女性二人と話が盛り上がって退屈しなかった。近所だったらよかったんですが(何が?:含笑)残念ながら他県の方でした。コンサートでもういとどあってそれっきり。今なら携帯番号ぐらいは交換してるかも・・・ってか今チケット買うのに朝3時に並んだりしませんけどね、私(汗)。若かったな~~、あの頃(某歌の歌詞)。



4つ目はアルバム「帰郷」に付録で付いていたステッカー。右側に当時発売されていたアルバムジャケットの写真がそのまま載ってる結構お得なもの。当時はカセットが主流でしたから、ほとんどの方がカセットのインデックスなどに貼ってつかったんだと。私は無精だったのが逆に幸い?し今も残っています。保存がやや悪くて右側がめくれてます。これは今、本に挟んで修復中(できるかな・・・)。尤も今はプリンターやスキャナーがあるので同様のものは比較的簡単にできますけどね。
良い子はやっちゃだめだよ!



あと、大丈夫だと思いますが、この画像を無許可で転用などは困ります。まあオークションくらいしか転用できないでしょうけどね・・・
無断転載したら、おじさん怒るよ。結構しつこいから、私(笑)。
まあ独身の理由も多分ここにあるんだけどね、と、いつものオチでしめてみる(汗)。

次回はさだ-1の予定です。

さださんに関する雑談-10

2008-12-06 00:30:46 | さださんに関する雑談
こんばんは。
本来ならさだー1ですが、そこまでの時間がとれませんでした。でも更新したのは、先日紅白歌合戦の出場者が発表されて、さださんがそこから漏れていまして、ネット上や、某巨大掲示板のさださんの板、スポーツ新聞(Tスポ)、週刊誌などでかなり盛り上がって(?)おりました。

そうかと思えば、紅白後の恒例の例の番組には出演、と。少し違和感のある形となりました。

正直言って私はもう四半世紀前からの、かなりのさだファンだとは思います。思いますけれども、不思議とその(選考漏れの)発表があっての正直な感想は「これで今年の紅白は見ないですむな」というものでした。
もちろん残念ではあります。毎年新聞やTV番組雑誌で大方の出場時間をチェックしてさださんの出演時間だけ見ていましたから。
と、言っても大みそかのその時間は裏番組の格闘技などを見る人でもなく、ただ兄弟そろって酒飲みながら世間話をするのが常で、TVはただついているだけでした。ですから、紅白はというよりTVは、さださんが出るので「わざわざ」見ていたわけです。第一、今どき大みそかにTVでもねえだろ、とも思ったりもします。
ですから前述したような、ちょっとほっとしたような気持になったのかもしれません。

思えば、私はさださんにあまり有名になってほしくないと思うきらいもあります。独占欲とも少し違うと思うのですが、とにかく昔から好きな歌手やアイドルがブレイクすると急に熱が冷めることは一度や二度ではありませんでしたし(苦笑)。

選考にどんなことがあったのかわかりません。また一部のアンチの人々が言うようにシングルCDの売上(いわゆる今年のヒット曲)がないから漏れたのかもしれません(まあそれを言ったら、あの人たちも…:笑)。

これもまた一部の人のように、来年から紅白のオファーは断ればいい、とか、以前のように年越しコンサートでもして、などとも思いません。
おそらく来年以降また紅白に出れば、その部分だけほろ酔いで見ることになるのでしょう。ただし、これだけは思っています。NHKがさださんを紅白に呼ぶ理由として、爆発的なヒット曲がない前提で、今年ほど適した年はそうはないだろうということです。さださん自身三十五周年。美空ひばりさんの曲でアルバムを出しそこそこ売れた年。

今年出なくて、来年出た方がむしろ不自然な気がするのですが・・・。尤もそんなことを言えばその不自然さは以前からありましたし、今年の紅白でも同様ですからどうでもよいのですが(苦笑)。

とにかく、私的にはさださんはアルバムの人なのです。コンサートやTVでの小粋なおしゃべりも捨てがたいのですが、アルバムを一人でコーヒーでも飲みながらゆっくり聞く。そして感動する。私にとってそれ以上のさださんの楽しみ方はないのです。
いまでも、さださんのファンであったことを幸せに思っています。
他人にさださんの価値を押し付けもせず、全国のコンサートに入り浸るほどでもなく(金銭的な問題が大きいのですが:笑)、静かにさださんの音楽と向き合うのが好きな私にとって、紅白の出場は実はけっこうどうでもいいことなのです。

来年、またさださんのオリジナルアルバムを聴けることが楽しみです。というかそれで充分です。私にとって(おそらくかなりのファンにとっても)「紅白での5分<オリジナルアルバム」ですから。


追伸:例の年明けの番組の最初になんていうか、すごく気になります(笑)。

さださんに関する雑談ー9

2008-07-19 02:13:37 | さださんに関する雑談

ほぼ一ヶ月ぶりの更新です。
仕事の都合とはいえちょっと開きすぎたかも・・・と。
しかも毎年夏はかな~~~~~~り忙しいのでますます更新できない可能性もあります。
最近はさださんのCDを聴くことも出来ず、せいぜいが通勤の途中の車中で聴く程度になっています。
9月になったらきっといつものように復活できると思うんですが・・・(そういえばこのブログをはじめたのも昨年の秋でした)
そんなわけで、次はいつ更新できるか不明ですが、何とか暇を見つけて、と思っています。
ところで、茨の木、買いました?
私は先日かいました。
まだ全く読んでません。(まあ更新すら出来ないんですからしかたないか・・・)読んだら必ず更新します。
ってことで今日はいつものお詫び番外編。
レアなものでもないのですが・・・・


アコースティック・ギター・プレイ さだまさし ギター・ソロ・インストゥルメンツ

ドレミ出版  2004年5月30日 初版(所有も初版)

坂元昭二選曲・アレンジ・演奏  CD付



CD収録曲
1、つゆのあとさき 2、案山子 3、精霊流し 4、無縁坂 5、天までとどけ 6、交響楽 7、桃花源 8、北の国から 9、風を見た人 10、人生の贈り物 11、小夜曲 12、まほろば 13、秋桜 14、桜散る 15、晩鐘 16、黄昏迄
※収録曲は全てギターでの演奏のみ。歌はなし。

もうかなり前、書店でたまたま見つけて、ギターも弾けないのにたまたま買った一冊です。中にさださんのあいさつ、坂元さんのコラムもあり、楽譜、コード譜など盛りだくさんで、またCDはBGMとしても楽しめます。
ひょっとして廃盤(絶版?)になったかもしれませんが見かけたら買ってみても良いかもしれませんよ。
それでは、またしばらくお別れいたします(汗)。

追伸)見捨てないでね・・・(←馬鹿)


さださんに関する雑談ー8

2008-04-16 01:59:29 | さださんに関する雑談

今日は更新してないと思いました?
すみません、いつものようにランダム更新で(汗)。
ただ、さすがにライブアルバムを聴く時間はなかったので、いつものように雑談形式で。

今日のテーマは放送禁止曲、というよりも正確には「要注意歌謡曲」。
なんとも生々しい響きです。
内容的には1959年日本放送連盟がテレビ・ラジオなどで曲を放送する場合の基準を決めているそうです。
そうです、と言うのは、私はこの部分は受け売りでして最近買った本に載っておりました。

三才ブックス刊  実録放送禁止作品

という本を買ってそれにそう書いてありました(苦笑)。
まあいわゆる放送禁止に近いものらしいのですが、まんざら禁止ってわけでもなく問題のある曲(問題の種類も10項目ほどありますが省略)の放送基準をA、B、Cに分類しているらしいです。以下本より引用いたします(P211)

A放送しない(多分これが俗に言う放送禁止曲)
B旋律は使用しても良い(おそらく詩に問題がある曲なんでしょう)
C不適当な箇所を削除または訂正すればよい。その取り扱いに当たってはあらかじめ著作者の了解を得るものとする
この内規は1983年を最後に更新されていないそうなので、1988年以降はなくなっているらしい(そうです:笑)。

さて、さださんの曲には全く該当するものがないと思いきや、あるんですね~。
これを知ったのはずいぶん前なんですが、こうして本などの文章で見るのは初めてでした。

さだファンのみなさんならひょっとしてお分かりですかね?
2曲あります。

1977年から載っているそうです。


答え

朝刊(グレープ時代のものですね。現在はアルバムコミュニケーション収録)
聖野菜祭(印象派に収録)

ランクはどちらもC。つまり不適当な箇所がある、と言うことですね。

ここからは推測ですが、両方に共通しているのは、曲の中に実際のアナウンサーの放送の声が入っています。前者は朝のニュース、後者は幻のアメリカ大陸跡の発見?のニュース。
そのどちらも文化放送の実際のアナウンサーの方がやっていたために、本当の放送と紛らわしい、と言うことなんでしょう。
確かに、印象派の方は、0-15(素敵なテニスボーイ)などで実際にチューニングをあわせる音などが入ってますから紛らわしいっちゃ紛らわしいですが・・・・

さださんの曲を良く知らない方に「さだまさしって放送禁止の曲があるらしい」っていうと大概意外なリアクションをしますね。
ちなみに、差別用語や障害系の言葉が入っている曲はかなりA(放送禁止)になっており、その中には加山雄三さんの曲や泉谷しげるさんなどたくさんの方の曲が入っています。
まあこれも時代と言う奴でしょうか。

ちなみにランクにこだわらなければ、山口百恵さんやピンクレディーなどの曲も入っています。

まあ、規制と表現はいたちごっこの側面もありますからね。


興味のある方はこの本手に入れてみてもいいかも知れませんね。


さださんに関する雑談-7(もうちょっとご勘弁を・・・)

2008-03-12 02:28:59 | さださんに関する雑談

毎日のようにごらんいただいてる方・・・・・
申し訳ございません(深礼)。
今週確定申告が終わる予定ですので、もうしばらくお待ち下さい。

来週からはきっと週に2、3回ペースに戻ると思いますから。

いけない私を許してください。

お詫びに・・・・・



LP自分症候群のおまけについていたもーひとつの恋愛症候群のEPレコードを包んでた?紙。この中にジャケットに入ったEPレコードがあったのです。
中身はないです(笑)。なんで、これだけ・・・・

では、また来週!!


さださんに関する雑談6

2008-02-26 00:07:45 | さださんに関する雑談

え~~~~っ(汗)、私、自営業をしてまして、それほどアナーキーな仕事でもないので確定申告はきちんとやるわけです。税理士を雇うほどのお金もないわけで、毎年このシーズンはバタバタバタバタ忙しいわけです。
え~、つまり、更新が出来なかった言い訳をするわけで(笑)。
さらにこの状況は確定申告が終わるまで続きそうなわけでして。

お詫びもかねて何かないかと、家を物色しましたらこんなものが・・・・・



アルバム夢回帰線の予約?特典で封入されていたポストカード三枚組みです。
さださんが・・・・さださんが・・・・若い(当たり前、当時35歳)。
実はこれが二セット入ってまして、当時は儲かったな、と。
これはオークションに出せるかなと。封筒が少し汚いものの中身は美品です、って何売ろうとしてるんだか。

こんな話題ですみません。確定申告が終わるまでお許し下さい(深礼)。


さださんに関する雑談-5②

2008-02-08 22:50:55 | さださんに関する雑談

いつもは更新しないくせに、油断していると連続で更新する性格の悪い私です。
今日はちょっとだけ時間がありましたので、先日はじめた曲の思い出の第二段を。
いつものように私の完全な思いいれだけで書いていますので、そこらへんはご容赦下さい。それにしてもなぜ三曲目がこの曲なのか、今となっては私にも不明です。
まあ、そんなこといえば、一曲目の天までとどけだってなぜだろう、ってことですが(笑)。

黄昏迄

 高校時代、国東に下宿していた私だが、なぜか、下宿から学校までは遠かった。同じ下宿先の友人は自転車で通ったのだが、私は歩いて通った。中学までの不当とも言える距離に比べればたいしたことがなかったのが一つ、歩くのが苦にならなかったのが一つ、そして天邪鬼だったことが最大の理由である。そんなわけで、学校帰りよく海岸どおりを歩いて帰った。晴れた日は遠くに四国が見えるその浜は、私の大好きな浜だった。風も強く、少し遠回りになるのは全く苦にならなかった。この曲と、「ひき潮」を聞くとあの海岸を思い出す。最近久しぶりに海岸近くの下宿先に行ってみたが、浜辺は変化していなかったのだが、高校時代毎日通った商店街はすっかり寂れ、ほとんどの店が閉店していた。少し切なかった。

※現在の私、注)ちなみにお世話になった下宿のおばちゃんは一昨年他界されました。卒業してからも良く遊びに行っていただけに、とてもつらかったです。高校も市町村合併にともなう統合で今春なくなってしまい、当時の思い出は少しずつ、そして確実になくなっています。悲しいことですが、思えば当時から20年以上たっていますから仕方ないことかもしれません。


さださんに関する雑談-5①

2008-02-03 10:19:37 | さださんに関する雑談

またまた更新期間が開いてしまいました。
パソコンに向えないほど忙しいわけでもないんですが、他にもブログをやっているのと、確定申告の時期でもありますから・・・お許し下さい。

さて仕事が自営業で日曜日も出勤しておりまして、仕事前の職場のパソコンから更新しております。

実は昨日机の整理をしておりましたら、もう10年ほど前に気まぐれに書いたさださんの曲に対する私なりの短評が入ったフロッピーが出てまいりまして、大きなネタもないことだし、少しずつUPしてみようかなと。

ええ、ネタがないんですが(笑)。

少し文体が生意気なのはまだ30くらいで若かったのと、他人に見せる用ではないためです。そこはご容赦下さい。
また曲順は当時思いついた順です。

<天までとどけ>

 あの時はこんなに自分がオタク化するとは思っていなかった。小学生の終わろうとするころ、時代はキャンディーズの時代の末期であり、ピンクレディーの時代の最盛期であった。そのころの私は、アイドルに自分から背を向けることが美徳と感じており、だからこそ自分の居場所を模索しようとしていたのかもしれない。そうこうしているうちに、渡辺真知子やアリス、甲斐バンドなどのポップス、ロックが出没していた。そこに場所を見つけようとしていた。
 そんな中にこの曲はあった。したがって、「さだ」の曲として認知するのではなく、これから数年の間続く一般的「さだ」全盛期のきっかけとしてでしかとらえられなかった。そういった意味では、自分の不明を恥じるしかないのだが、小学校6年の子供が「さだ」オタクにならないことを誰が責められるだろうか(笑)。この曲は、そういったジャパンポップ、ニューミュージック全盛期のさきがけの曲として心に残るため、今ひとつ私の中で「さだ」のほかの曲と同様に昇華しきれていないことをお詫び申し上げる。(誰に?)ただ、フリーフライトレコードの最初のレコードであり、社歌であることは後に知った。

交響楽

 高校時代の私は、一人暮らしが板につき、実家に帰ることが苦痛だった。しかし仕送りを受け取らないことには暮らしていけないため、月に1度自転車で、30kmほどの実家までの道を往復していた。この曲は、グレープ時代の曲なのだが、実質的にライブアルバム随想録のなかで、オープニングの曲として心に残っている。
 ある日実家に帰った僕は、父と大喧嘩をした、というよりちょうど反抗期の折、肉親と話をすることがわずらわしく、そんな私の対応が父のしゃくに障ったのだろう。私はその夜泣きながらこの曲をテープで聞いた。この曲はグレープ時代のもの、随想録のもの、帰郷のものがあるのだが、今でも随想録のそれが印象に強い。今となっては、帰郷のものをもっとも良く聞くのだが、あのテープどこへ行ったのだろうか?
※この時点では随想録のCDを持っていない。(現在の私、注:笑)



結構恥ずかしいような・・・まあいいか。
日曜日の笑い話のひとつにしてもらえればいいです。


さださんに関する雑談-4(下)

2008-01-18 01:54:27 | さださんに関する雑談
前回の続きなんですが、その前に。
前回は初めてのコンサートの日付まで憶えてるなどとたいそうなことを言った割には、年度を間違えて打ってしまいました(汗)。
1995年ではなく、1985年でした。一応訂正はしておりますが、この場を借りてお詫びいたします。

さて、飯塚市の運動公園。誕生日ではあるものの、雨模様。
ですがたくさんの人々が来ておりました。

やがて開演。
実は詳細は憶えていません(汗)。初めてのコンサート、しかもさださんのコンサートで舞い上がっていました。憶えているのは白鳥座(さださんの妹さんの佐田玲子さんのグループ)が前座(失礼ですが)で出られたこと、また国鉄の労組のお偉いさんだったか、福岡県知事さんだったかが挨拶をされたこと。そして、その後さださんが出てこられたことくらいです。

印象に残っているのは、あれほど降っていた雨が、さださんの登場の頃には止んでいたこと(これがスターの力ですかね:違)と、最後の曲かアンコールに私の大好きな「桜散る」を歌われたこと(誕生日プレゼント:勘違い)。

あの野外コンサート特有の大音量。
そして生演奏ゆえの臨場感(当時はまだ亀山社中です)。
初めてのコンサートがあのコンサートでなかったら・・・・と大げさでなく思ってしまうほど感動しました。

それほど舞い上がっていた状態で、私のコンサートデビューは終わりました。

その後大学生活4年間で毎年福岡にいらしたときはコンサートに行きました。
そして、コンサートの感動に味をしめて(笑)、それ以外にも佐野元春さんや稲垣潤一さんなどのコンサートに出かけたり、良い席を取ろうとプレイガイド前に夜中の3時から並んだり、そこでであった方々と長々お話をしたりとコンサートの楽しみを満喫することが出来ました。

今の仕事についてから、コンサートにいけなくなって、正直をいうと、もう20年ほど行けていません。毎年今年こそ、今年こそ、と年頭に思い続けています。
結果は言うに及ばずですが。


ですが、今年も思ってしまいます。

「今年こそコンサートに行くぞ!」

強い願いは叶う・・・・・かな?

ちなみに1000回記念コンサートはこの2ヶ月弱後ですから、声の感じなどが近いせいか、あのCDを聞くとこのコンサートを思い出してしまいます。

思い出話に、しかも二回も付き合っていただきありがとうございました。

さださんに関する雑談-4(上)

2008-01-16 01:13:05 | さださんに関する雑談

初めてコンサートに行ったのを憶えていますか?
私ははっきりと日付まで憶えています。今日はその話を。

大学に合格してド田舎の国東からプチ都会に出てきた私はしたいことが2つありました。ひとつはバイト(本当は本屋でのバイトがしたかったのですが、結局かないませんでした)。もうひとつはさださんを初めとしたコンサートに行くこと。
コンサートの多いさださんは、大体地方の県でも県庁所在地ならば1年に1回はツアーでやってきます。
当時私の合格した大学は政令指定都市にありましたから、ほぼ間違いなく毎年来ていました。ですから、その年のツアーには是非行きたいと思っていました。しかし、ネットなどない20年前。調べるのはTVラジオのCMやプレイガイド情報、もしくは新聞・雑誌の広告しかありませんでした。
※今思えば、ファンクラブに入ればよかったんでしょうが、当時は気がつきませんでした。というより、今に至るまでファンクラブに入ったことはありません。と言うのもつるんで応援するのではなく、一人で影ながら応援したかったのかもしれません(苦笑)。


大学に入学してすぐ。通学のバスの中で(下宿のクセに大学から遠かった:笑)あるものを見つけます。
それはバス会社の企画した日帰りバスツアーのチラシでした。そこには私が一瞬立ち止まることが書いてあったのです。

「さだまさしコンサート 往復送迎バス」
195年5月5日 飯塚市運動公園

当時は国鉄がJRに変わろうとしており、全国で赤字ローカル線が廃線へと追い込まれていました。その一環で、前年の84年に国労のキャンペーンソングとして「それぞれの旅」という曲をさださんが作っていました。おそらくその流れの中で出てきたコンサートなのだと思います。
ちなみに実家の何処かに当日配布された無料のコンサートパンフがあるはずですので、見つかればアップいたします。今となっては珍品かもしれません。

さて、待ちに待ったコンサートが、野外コンサートの形で1ヶ月以内に実現する!
しかも無料!送迎バス代のみおそらく協賛していた西鉄バスに払えばよい。

しかも、しかも、5月5日は19回目の私の誕生日!

これに食いつかない手はありませんでした。
参加は往復はがきだったと思います。場所が広いためか、特に抽選などなく参加できたと思います。


当日。確か朝から雨だった記憶があります。
バスターミナルに行くと結構な人数がバスを待っていました。当然友達もいない一人旅。適当な場所に座りました。(ちなみに記憶が曖昧ですが、バスの中でお隣と結構話が盛り上がっていた気がします)

会場に着くとやはり雨。
結構大きな運動場。確かバスで来た人は先行入場だったと思います。
グラウンドの隅に設置された、ステージの大きさに感動した記憶があります。


いよいよ人生最良の誕生日が始まろうとしていました。


すみません、今日はこの辺で。後編は2~3日中に更新します。
とは言っても私以外そんなに感動的なことは無いかもしれないのですが(笑)。
あの会場に行っていた方で覚えている方が懐かしんでいただければ、と。
では!