(この記事は時間的に「3月11日」に続くものである)
生活資金の乏しい中、仕事を辞めた私に残された時間は2ヶ月である。その間に商売のアイデアをひねり出し、収入を得なければブラジルで生活を続けることはできない。
日本で不足し、必要としているもので、私がブラジルで入手でき、販売できるものは何か。日本で欠乏しているものに関してネットで調べると、ミネラルウォーター、ガソリン、トイレットペーパー、インク等々果ては棺に至るまで、いろいろあるようだが、個人が扱える代物ではない。
そのなかで1点これならば扱えそうだという代物があった。ヨウ化カリウムである。原発事故で放射性ヨウ素が地上に飛散しており、これが人体に入り甲状腺に蓄積するとガンリスクが高まる。ヨウ化カリウムの服用により甲状腺への蓄積が防げるとされ、放射能汚染度が高い地域では需要が高まっているという。
原発事故が発生して2週間が経った今、政府および東電発表によると事故は収束に向かっており、放射能が放出されてもただちに人体に影響はないレベルだというコメントを繰り返している。しかしながら、これまでの彼等の発表と現実の間には大きな隔たりがある。もし今後新たな爆発が起こり、放射能が関東一円に強く降り注ぐ事態になれば、ヨウ化カリウムの需要は爆発的に高まるであろう。
国内の在庫が切れている間、ヨウ化カリウムの量産体制が整うまではブラジルから直接販売できるのではないか。割高な送料のために販売価格が高くなったとしても、命には代えられないと考える人が、状況次第では先を争って購入するようなことになるかもしれない、そう考えた。
ヨウ化カリウムをブラジルから日本へ輸出するという商売が成り立つにあたってはいくつかの問題点があった。
まず、この国でヨウ化カリウムが手に入るかどうかだ。手始めに近所の主なドラッグストアを回って尋ねたが、どの店も置いていないと言う。調剤薬局にはあるとのことで近所の薬局で尋ねると、扱ってはいるが病院の処方箋が必要だと言う。私は応対する薬剤師に、家族が日本にいるが、向こうではヨウ化カリウムが不足し手に入らないので送ってあげたいと懇願すると、彼も日本の原発事故に関するニュースを連日テレビで見聞きしていることから憐憫の情に駆られたようで、そういうことであれば処方箋なしでも出そうということになった。30日分のカプセルで15レアル(約700円)であった。
ブラジル人薬剤師の情けに訴えるお涙ちょうだい作戦で、どうやら手に入りそうだ。1軒の薬局から大量に買うわけにはいかないが、クリチーバ市内には調剤薬局は無数にある。ネットで薬局の所在地を調べ、地図にペンでマークしていく。ふと、これが本当に商売になるのかしらとの不安が入道雲のように湧き上がるが、藁にすがるがごとくその作業に精力を傾注した。
法律上の問題も考えなければならない。日本に住む日本人が海外より輸入する場合、厚生労働省の個人輸入に関する見解によると、個人使用に限り、処方薬ならば1ヶ月分の用量であれば認められるとある。
では、販売側はどのような規制があるのだろうか。私はブラジル国内にいるのであるから、法律に触れるとすればブラジルの法律であるはずだ。だが、これは調べるのが面倒だ。一般に各国政府は自国民保護の観点より、輸出より輸入の方に厳しい規制を定めていると、ジェトロの医薬品輸出入に関するガイドには書いている。そこで思うに、おそらくブラジル政府のことだから輸入に対してはうるさいけれども、自国製品の輸出に関しては麻薬などではないかぎりたいしたチェックは働かないと憶測した。
念のために国際運輸業者FEDEXの窓口でヨウ化カリウムを送ることができるかと聞いてみると大丈夫だという。これで安心、と思うのは日本の窓口での話しであり、ブラジルではいかなる一流会社であれ、窓口嬢が替わると説明内容が変わってしまうのが常なのだ。とはいえ、一度に大量に送付するわけでもなく、ブラジル的結論として、この件はこれ以上考えず、なるようになるさということにした。
最後の問題は、いかに日本人に買ってもらうかである。当然ネットを活用するわけだが、そこで、原発事故に関するブログを立ち上げ、事故の状況、政府対応の問題点、安全に関する情報を発信しながら、ブログを閲覧する読者に対してヨウ化カリウムの入手案内を併記し、興味のある方にアクセスしてもらうような仕組みを考えた。
ブログのタイトルは、「福島原発事故ウォッチ From Brazil」とし、初稿は4月1日にアップした。第2稿は4月4日にアップ、およそ3日おきにブログを更新するつもりであった。内容については、新聞記事をベースに原発事故を検証し、問題の本質がどこにあるのかを突き止め、さらには日本が再生するにはどの方向に舵を取るべきかを考えるといった、割と硬派な記事に仕立てられた。
ところが、ジャーナリストでもなんでもない私にとって、検証作業は恐ろしく時間がかかり、やたら骨の折れる仕事であった。ブログの読者を獲得するには質の高い情報を高い頻度で発信することが前提である。さらにそれらの情報は読者にとって高い関心を惹くものでなければならない。この3つの前提を維持することがいかに難しかったかは、第3稿の脱稿が5月1日と遅れに遅れたことから忖度していただきたい。
その間、ヨウ化カリウムの需要は日本で高まるかと思いきや、全くその気配がない。日本の友人に調べてもらったところ、確かに東京都内でヨウ化カリウムは入手しにくくなっているが、特にそれがないからといって都民が危機感を持っているかといえばそういうこともなく、当の友人自身、それがなくても一向に困らない様子である。
ブラジルより岡目八目で日本を眺めるに、これだけ政府や東電による情報隠蔽があるのだから、マスコミ発表を鵜呑みにするのは危険であり、もはや国民ひとりひとりが自分や家族の身を守るために情報を積極的に収集し、己の判断で行動しなければならないはずなのだ。そう私は考えるのだが、どうも日本人全体として、政府、東電が唱える「ただちに危険ではない」という呪文により、なんとなく大丈夫だという空気あるいは共同幻想に包まれているようにみえた。
一方、日本に向けてヨウ化カリウムを販売するという行為に対して私自身、次第にやましさが募ってきた。営利目的なので、原価700円に送料、利益を乗せれば販売価格は5千円以上になるであろう。現状ではその値段で買う者はおらず、もし買い手が現われるとすれば、それは原発に最悪の事態が訪れたときであろう。
私としてはお金儲けがしたいわけで、それには原発事故が収束してしまうと困るのである。逆に事態が悪い方向に進むことでビジネスチャンスが生まれる。しかし、それではまるで死の商人、武器商人と同じである。商品の性質は正反対と言えるが、販売環境におけるモチベーションは同じ方向性を向いている。
ブログは遅々として更新が進まず、したがって読者数も皆無に等しく、体裁上は原発事故を憂い日本国民の情報リテラシーの向上に寄与する目的としながら、真の目的はヨウ化カリウム販売による金儲け、しかも私にとって望ましい状況は日本国民にとって望ましくない状況になるというジレンマが私の気持ちを萎えさせていった。
ブログは3本の記事の後、もはや更新されることはなく打ち棄てられた。結局ヨウ化カリウムのことについて触れることもなかった。お手上げである。こんなことしか思いつかない自分は、結果として商才がないということなのだろう。ブラジルで成功する見込みはなさそうだ。日本に戻ろうか、そう思い始めた。
生活資金の乏しい中、仕事を辞めた私に残された時間は2ヶ月である。その間に商売のアイデアをひねり出し、収入を得なければブラジルで生活を続けることはできない。
日本で不足し、必要としているもので、私がブラジルで入手でき、販売できるものは何か。日本で欠乏しているものに関してネットで調べると、ミネラルウォーター、ガソリン、トイレットペーパー、インク等々果ては棺に至るまで、いろいろあるようだが、個人が扱える代物ではない。
そのなかで1点これならば扱えそうだという代物があった。ヨウ化カリウムである。原発事故で放射性ヨウ素が地上に飛散しており、これが人体に入り甲状腺に蓄積するとガンリスクが高まる。ヨウ化カリウムの服用により甲状腺への蓄積が防げるとされ、放射能汚染度が高い地域では需要が高まっているという。
原発事故が発生して2週間が経った今、政府および東電発表によると事故は収束に向かっており、放射能が放出されてもただちに人体に影響はないレベルだというコメントを繰り返している。しかしながら、これまでの彼等の発表と現実の間には大きな隔たりがある。もし今後新たな爆発が起こり、放射能が関東一円に強く降り注ぐ事態になれば、ヨウ化カリウムの需要は爆発的に高まるであろう。
国内の在庫が切れている間、ヨウ化カリウムの量産体制が整うまではブラジルから直接販売できるのではないか。割高な送料のために販売価格が高くなったとしても、命には代えられないと考える人が、状況次第では先を争って購入するようなことになるかもしれない、そう考えた。
ヨウ化カリウムをブラジルから日本へ輸出するという商売が成り立つにあたってはいくつかの問題点があった。
まず、この国でヨウ化カリウムが手に入るかどうかだ。手始めに近所の主なドラッグストアを回って尋ねたが、どの店も置いていないと言う。調剤薬局にはあるとのことで近所の薬局で尋ねると、扱ってはいるが病院の処方箋が必要だと言う。私は応対する薬剤師に、家族が日本にいるが、向こうではヨウ化カリウムが不足し手に入らないので送ってあげたいと懇願すると、彼も日本の原発事故に関するニュースを連日テレビで見聞きしていることから憐憫の情に駆られたようで、そういうことであれば処方箋なしでも出そうということになった。30日分のカプセルで15レアル(約700円)であった。
ブラジル人薬剤師の情けに訴えるお涙ちょうだい作戦で、どうやら手に入りそうだ。1軒の薬局から大量に買うわけにはいかないが、クリチーバ市内には調剤薬局は無数にある。ネットで薬局の所在地を調べ、地図にペンでマークしていく。ふと、これが本当に商売になるのかしらとの不安が入道雲のように湧き上がるが、藁にすがるがごとくその作業に精力を傾注した。
法律上の問題も考えなければならない。日本に住む日本人が海外より輸入する場合、厚生労働省の個人輸入に関する見解によると、個人使用に限り、処方薬ならば1ヶ月分の用量であれば認められるとある。
では、販売側はどのような規制があるのだろうか。私はブラジル国内にいるのであるから、法律に触れるとすればブラジルの法律であるはずだ。だが、これは調べるのが面倒だ。一般に各国政府は自国民保護の観点より、輸出より輸入の方に厳しい規制を定めていると、ジェトロの医薬品輸出入に関するガイドには書いている。そこで思うに、おそらくブラジル政府のことだから輸入に対してはうるさいけれども、自国製品の輸出に関しては麻薬などではないかぎりたいしたチェックは働かないと憶測した。
念のために国際運輸業者FEDEXの窓口でヨウ化カリウムを送ることができるかと聞いてみると大丈夫だという。これで安心、と思うのは日本の窓口での話しであり、ブラジルではいかなる一流会社であれ、窓口嬢が替わると説明内容が変わってしまうのが常なのだ。とはいえ、一度に大量に送付するわけでもなく、ブラジル的結論として、この件はこれ以上考えず、なるようになるさということにした。
最後の問題は、いかに日本人に買ってもらうかである。当然ネットを活用するわけだが、そこで、原発事故に関するブログを立ち上げ、事故の状況、政府対応の問題点、安全に関する情報を発信しながら、ブログを閲覧する読者に対してヨウ化カリウムの入手案内を併記し、興味のある方にアクセスしてもらうような仕組みを考えた。
ブログのタイトルは、「福島原発事故ウォッチ From Brazil」とし、初稿は4月1日にアップした。第2稿は4月4日にアップ、およそ3日おきにブログを更新するつもりであった。内容については、新聞記事をベースに原発事故を検証し、問題の本質がどこにあるのかを突き止め、さらには日本が再生するにはどの方向に舵を取るべきかを考えるといった、割と硬派な記事に仕立てられた。
ところが、ジャーナリストでもなんでもない私にとって、検証作業は恐ろしく時間がかかり、やたら骨の折れる仕事であった。ブログの読者を獲得するには質の高い情報を高い頻度で発信することが前提である。さらにそれらの情報は読者にとって高い関心を惹くものでなければならない。この3つの前提を維持することがいかに難しかったかは、第3稿の脱稿が5月1日と遅れに遅れたことから忖度していただきたい。
その間、ヨウ化カリウムの需要は日本で高まるかと思いきや、全くその気配がない。日本の友人に調べてもらったところ、確かに東京都内でヨウ化カリウムは入手しにくくなっているが、特にそれがないからといって都民が危機感を持っているかといえばそういうこともなく、当の友人自身、それがなくても一向に困らない様子である。
ブラジルより岡目八目で日本を眺めるに、これだけ政府や東電による情報隠蔽があるのだから、マスコミ発表を鵜呑みにするのは危険であり、もはや国民ひとりひとりが自分や家族の身を守るために情報を積極的に収集し、己の判断で行動しなければならないはずなのだ。そう私は考えるのだが、どうも日本人全体として、政府、東電が唱える「ただちに危険ではない」という呪文により、なんとなく大丈夫だという空気あるいは共同幻想に包まれているようにみえた。
一方、日本に向けてヨウ化カリウムを販売するという行為に対して私自身、次第にやましさが募ってきた。営利目的なので、原価700円に送料、利益を乗せれば販売価格は5千円以上になるであろう。現状ではその値段で買う者はおらず、もし買い手が現われるとすれば、それは原発に最悪の事態が訪れたときであろう。
私としてはお金儲けがしたいわけで、それには原発事故が収束してしまうと困るのである。逆に事態が悪い方向に進むことでビジネスチャンスが生まれる。しかし、それではまるで死の商人、武器商人と同じである。商品の性質は正反対と言えるが、販売環境におけるモチベーションは同じ方向性を向いている。
ブログは遅々として更新が進まず、したがって読者数も皆無に等しく、体裁上は原発事故を憂い日本国民の情報リテラシーの向上に寄与する目的としながら、真の目的はヨウ化カリウム販売による金儲け、しかも私にとって望ましい状況は日本国民にとって望ましくない状況になるというジレンマが私の気持ちを萎えさせていった。
ブログは3本の記事の後、もはや更新されることはなく打ち棄てられた。結局ヨウ化カリウムのことについて触れることもなかった。お手上げである。こんなことしか思いつかない自分は、結果として商才がないということなのだろう。ブラジルで成功する見込みはなさそうだ。日本に戻ろうか、そう思い始めた。