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臥伯酖夢 ―50代男のブラジル生活記―

再びブラジルで生活を始めた50代男の日常を綴る。続・ブラジル酔夢譚

五十路の悲哀

2016-04-13 10:06:16 | Weblog
アラブ首長国連邦の首都アブダビを出発した飛行機は、満員の乗客とともに14時間かけてサンパウロのグアルーリョス国際空港に着陸した。時刻は午後4時半、外はまだ明るい。東京からのフライトを含めると25時間の飛行時間はうんざりを通り越して軽い吐き気すら覚える。狭苦しい座席から解放される安堵感とともに、定刻前の到着という安堵感が加わる。今晩の宿泊場所はまだ確保していない。東洋人街のリベルダージにある一軒の安宿を当てにしているが、そこが満室で断られた場合、大きな荷物を抱えて暗い街路を徘徊するのは極めて危険だ。だからできるだけ早い時刻に部屋を確保したいのだ。

10年前にブラジルで生活することを決意し、リオ、サンパウロ、そしてクリチーバに住んだ。永住ビザを取得した後に、2012年日本に帰国、福島で除染作業をして資金を貯めた。そして2016年3月21日、再びブラジルに定住するため、日本を離れた。

手荷物受取りは驚くべきスムーズさで完了し、待たされることなく出口に向かうことができた。次はブラジルの通貨であるレアルを手に入れることだ。HSBC銀行のATMがあれば確実に手に入れることができるが、銀行の両替所が目に入った。1ドルいくらか聞いてみた。
「!」
応対した行員の話しが分からない。想定外の返答を理解する言語能力が失われている。まあ、空港内の両替所は比較的レートが良いと聞いたことがあるし、係員の身なりもスーツを着こなし立派そうなので、間違いはあるまいと判断し、140ドルを差し出した。受け取ったブラジル通貨が370レアル。何となく帳尻の合わない気がしたが、脳が働かず、そらで計算ができない。後で計算することにして、先を急ぐ。

グアルーリョス空港からリベルダージに向かう方法は主に二通りあり、ひとつはリムジンバスでチエテバスターミナルへ行き、地下鉄に乗り換える方法と、もうひとつは公営バスに乗り、タトアペ駅から地下鉄に乗り換える方法がある。なんとなく両替所で騙された気になっている私は、安上がりな公営バスに乗ることにした。ところが何度もこの空港を利用したことがあるにもかかわらず、私が降り立ったバス発着所に見覚えがない。手近な人に聞いてみようと声をかけるが、
「!」
タトアペ駅の名前がとっさに出てこない。簡単な会話もすらすらいかないのだ。だが、そこはブラジル、どこへ行きたいか伝えられない不慣れな外国人とみたのか、横で聞いていた男も加わり、「地下鉄に乗るには、まずはこのバスに乗るんだよ」と教えてくれる。どうやらグアルーリョス空港に新しく第3ターミナルができたようで、サンパウロ市内各地へ行く前に、ターミナル間のシャトルバスで移動するシステムになっていた。

シャトルバスが発車にもたもたし、タトアペ行きバスとの乗り換えにあたふたし、途中渋滞に巻き込まれているうちに夕闇が迫ってきた。前回タトアペ行きバスを利用したときは大渋滞だったことが思い出された。夜がその色を深めるとともに、不安もまた広がってきた。全財産を身にまとっているのだから、身の安全の確保を第一に考えるべきであり、それならば千円程度の追加を惜しまずリムジンバスを利用すべきであった。判断の誤りはブラジルでは命取りになりかねないのに、判断力の衰えが著しい。

幸い前回ほどの大渋滞にはならず、まだ人通りが残る夕刻にリベルダージに着いた。それでも日没の通りを歩くのは不安だ。日中は人で賑わう東洋人街も、夜も更けると強盗の被害が頻発する。ビザ更新のため、2年前にサンパウロを訪れた際に滞在したホテルを目指すが、所在地にいまひとつ確信が持てない。日本で調べて地図をコピーするつもりが、すっかり忘れていた。徐々に人気が乏しくなる中、トランクを引きずりながら足早に歩いているうち、
「!!」
と声にならない叫びをあげた。

勘違いしていたのだ。向かっている先はホテルではなく、知人の住むアパートであったのだ。2年前は、その知人に会った後に、彼がホテルを紹介してくれたのを、記憶がアパートとホテルを取り違えていたのだ。だが、ホテルはいったいどこだったのだろう。私は懸命にホテルの場所を思い出そうとした。そうだ、そのホテルは以前勤めていた出版社のすぐ近くではなかったか。踵を返して、つけ狙う何者かを振り切るかのように大股で歩く。だが、私はここの出版社で2年近く働き、広告を取るためさんざんこの街を歩き回っていたのだ。いったい私の記憶はどこに消えてしまったのだろう。

重ねて幸いなことに、ホテルには空室があり、ようやく私は人心地がつくことができた。ドル両替のことが思い出された。レシートを取り出す。Safra銀行とある。レシートの内容を目で追ううち、もはや「!」ではなく、鈍器で頭を殴られたような衝撃を受けた。関税と称して70レアル引かれている。そして為替レートが1ドル=3.15レアルとなっている。公表されている為替レートが1ドル=3.6レアルであるから、ぞっとするような手数料だ。つまり、正味140ドル=500レアルのうち、130レアル=4千円近くが差し引かれているのであった。今頃になって、ブラジルの空港の両替所は法外な手数料を取るという情報を思い出した。

怒りと情けなさと絶望感が身体を包んだ。かつて、30代でアジアを旅していたころ、数十円の損も許さじと両替所を比べ回った。40代になりブラジルに来た時も、少しでもレートの良い両替所を探し、損を出さないように心がけていた。それが、ここにきて電卓も持たず、あやふやな思い込みを頼りとし、行員の身なりに信頼を置くという間違いを犯した結果、しっかりと金を抜き取られていたのだ。

この国は泥棒の国なのだ。油断していると合法非合法の別なく丸裸にされてしまう。いくら疲れているとはいえ、ここまでぼんやりしていたら、この先生きていける見込みがないではないか。

ポルトガル語も忘れている。これまでの経験も忘れている。日本の生活に馴染みふやけた脳みそは、突然の環境の変化に驚いてフリーズを起こしている。これが50代の仕業としたら、なんとも惨いことだ。

呆然と暗い窓の外を眺めながら、それでも私は気を取り直した。私はツイているのだと。ここまでボケていても、無事にサンパウロに着くことができたのだ。そして、両替では損をしたとはいえ、これを教訓に気を引き締めていけるのなら、授業料としては安いものだ。頭で覚えられなければ、今、味わっている痛みを身体で覚えればよいのだ。もはや後戻りはできない。ボケようが忘れようが前に進むしかないのだ。開き直りこそが50年の間に身に着けてきた最大の武器なのだ。

私はSafra銀行のレシートを折りたたみ、財布にしまい込んだ。これからブラジルで生きていく上で、決して忘れることのないよう、肌身離さず持ち歩くために。

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1 コメント(10/1 コメント投稿終了予定)

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Unknown (No君)
2016-04-20 16:36:15
祝!ブログ再開!無事にブラジルに到着出来たようで何より。同じようなことはしょっちゅう起きてるよ。
憂いをエンジンにして、開き直りの燃料を入れて、新しい一歩を踏み出してください 続編待っています
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