とある平日の昼下がり。仕事でモエマという住宅街の高層マンション区域を歩いていた。すると私の約2メートル前方で不意に上から物体が私の目を掠めて地面に落下するのを見た。それは小さな植木鉢であった。
落下時の猛烈なスピードと稲妻が弾けるような衝撃音から、植木鉢はかなり高い位置から落ちたに違いなかった。
上を仰ぎ見るとマンションの階上に連なるベランダは既に人気が無かったが、建物は敷地に奥まって建てられており、道路からベランダは少々離れていた。
状況を推測すると、人が誤ってベランダから植木鉢を落としたとしたら、道路よりさらに建物に近い位置に落ちた筈である。人が投げつけるなど勢いを加えない限り、私が歩いていた道路には届かない。
その時付近を歩いていたのは私ひとりだった。すると上階に住むマンションの住人が私めがけて植木鉢を投げつけたというのだろうか。
もしも頭を直撃したとすれば命にかかわる程の威力であった。だが私は身の危険を感じてぞっとするわけでもなく、不届き者に対して不愉快に思った程度で、そんな気分もやがて平常心に戻った。
不惑の歳になったからというわけではない。危機一髪の出来事が起きても一大事に思わない理由は、この国ではそのような出来事が身近に転がっているからだ。
テレビのスイッチを入れると、ニュースは毎日殺人、強盗、誘拐、交通事故の報道を繰り返している。ついこの間通った街道で強盗殺人事件が発生している。見覚えのある風景がテレビに映し出され、レポーターが深刻を装った表情でレポートしている。
なにしろサンパウロは殺人事件の数が交通事故死亡者の数に匹敵する。それどころか、5年前は現在の3倍に及ぶ6千人に届かんとする人間が殺されていた。想像を絶する数である。
(Jornal Destakより)
警察に治安の向上を期待したいところだが、この警察がまた物騒である。4ヶ月間にブラジル国内で約500人が警官に射殺されている。おいそれと発砲も許されない日本の警察と比べると驚くべき凶暴さである。この中には誤射や流れ弾によって殺された民間人も多く含まれる。その手のニュースもよく報道される。
ニュースで報道される強盗事件は氷山の一角もいいところだ。サンパウロの強盗件数は東京の250倍である(在サンパウロ日本総領事館ホームページより)。私のように被害に遭っても届け出ない(届けられない)者もいるので、実際の数は公表値よりもはるかに多いだろう。
日常の生活においても落とし穴は多い。前々回のブログで紹介した鉄道沿線のある駅では、電車とホームの間がゆうに50センチは開いており、大人があっさりとホームに転落できる幅だ。段差もひどく、だから幼児や老人は絶対にひとりでは降りられないし、もちろん案内放送は無いので油断すると大けがのもとだ。
おまけに、先日その路線はサッカーの試合で興奮した暴徒に襲われ、電車は毀損し、乗客が避難する騒ぎがあった。
朝、たまにランニングをすると、前を歩く人々が私の足音を聞いたとたん、はっとした顔で振り返る。物取りに間違われるのだ。そんな油断のならない世界に住んでいるのだが、さすがこの地で生まれ育ったブラジル人は悠然としている。不測の災難が彼等の身に降りかからない限り。
住めば都という。私にしても、ブラジルに住み始めて間もない頃は、慣れぬ治安面での気遣いに神経がささくれ立つ思いがしたが、今はそれほど神経質にはならない。気を使わなくなったというよりは、恒常的に治安の悪い土地で神経を尖らせる習慣が付いたというか、生命の危険に晒されることに慣れたというか、自分の生命など鴻毛の如く軽いものと諦観したか、まあだいたいそんなところだろう。
いつの頃からか、「人間到る所青山あり」という言葉が心に届いていた。人生どこで朽ち果てようと、それがその人の生き方なのだからいいではないか。今の私はそれの実践者であろうか。ブラジルという陽気な戦闘地域にはまり込み、この地で命を失うかもしれない。まあ、それも人生だ、などとうそぶきたくなる。
ところがどっこい、人生そうそう簡単に達観などさせてくれない。リベルダーデを歩いていると、すれ違いざまに中年のおばさんからいきなり肩に肘鉄砲を食らわされたときは泡を吹くほど面くらった。小太りの日系人のおばさんは振り向きもせず片手を挙げ、そのまま去っていった。ブラジルの狂気にぞっとした。
じっさい、自分が痛い目に遭ってはじめてこの国の狂気に恐れおののくのだろう。最愛の奥さんを暴漢に殺され、以来精神が不安定になり酒に救いを求めるリオの友人セルソのように。
それでもほとんどの人は毎日を平穏に過ごしている。あたかも自分は一切の厄災とは無縁であるかのような顔をして、恋人達は壁際にたたずみキスを交わし、おばさん達はお喋りしながら往来をゆうゆうと歩く。
彼等には次の辻に待ち構えている不幸が見えていないかのようである。しかしながら、この国では不幸の当事者はいつでも周辺をさまよい、声を上げて、不幸の存在を世に問いかける。
生まれどころが悪かったというだけで、生涯人間らしい暮らしとは無縁な浮浪児たちが小銭をねだる。両足をなくした物乞い、失明した物乞い、ふんぷんたる悪臭とともに往来をぶつぶつ呟きながら徘徊する宿無し。誰彼と無く悪態をつく宿無し。頭を抱えて号泣する宿無し。3人の小さな子どもを抱え、お腹の中にさらにもうひとりを抱えている女の宿無し。
これだけ経済が上向き、瀟洒なショッピングセンターや高級マンションが次々に街に現われているというのに、ひとかけらのおこぼれにも与れずに打ち棄てられている浮浪者の存在は、この国の狂気を最もよく物語っている。
だが、いったい誰がこの現実に対峙し、変革の楔を打ち込むのだろう。
社会を変えようとする前に自分の境遇を第一に考えるブラジル人。だから結局は自分の利益を呼び込むための綱引きばかり演じているので、ちっとも社会は変わらない。
そんなこの国の歴史を否応無しに見てきた彼等は、いくら考えても悩んでも、なるようにしかならないことを知っている。だから狂気に囚われた運命に甘んじつつも、生命のある限り明るく生きようというカーニバル的刹那主義に生きる。
彼等にしても私達と同様に、心の奥底深くに薄紙のように張り付いた不安を抱えながらも、それが暗雲のように胸中を包みこむようなおそれに至ることなしに、陽気さという甘いパイの皮に包み込んで、同じパイの皮を持つ隣人と付き合うことでその日を楽しく過ごせば良いと思っているのではないか。
ブラジルで生きるからには全てにおいてブラジル流を学ばなければならない。歩行者が道路を横断中に突然右折してきた車に轢かれそうになるのを見ると、この国に住み続ける限りわが身の破滅は遠からずと思われるので、なおさらカーニバル的刹那主義でいきたい。
とはいうものの、歩行者が轢かれそうになりながら、運転手とお互い笑顔で親指を突き上げて挨拶する光景は、私の生存中にブラジル修行で到達できる境地を超えている。まさか本当に轢かれてしまっても親指を突き上げ笑顔で死んでいくわけではないだろうが。
落下時の猛烈なスピードと稲妻が弾けるような衝撃音から、植木鉢はかなり高い位置から落ちたに違いなかった。
上を仰ぎ見るとマンションの階上に連なるベランダは既に人気が無かったが、建物は敷地に奥まって建てられており、道路からベランダは少々離れていた。
状況を推測すると、人が誤ってベランダから植木鉢を落としたとしたら、道路よりさらに建物に近い位置に落ちた筈である。人が投げつけるなど勢いを加えない限り、私が歩いていた道路には届かない。
その時付近を歩いていたのは私ひとりだった。すると上階に住むマンションの住人が私めがけて植木鉢を投げつけたというのだろうか。
もしも頭を直撃したとすれば命にかかわる程の威力であった。だが私は身の危険を感じてぞっとするわけでもなく、不届き者に対して不愉快に思った程度で、そんな気分もやがて平常心に戻った。
不惑の歳になったからというわけではない。危機一髪の出来事が起きても一大事に思わない理由は、この国ではそのような出来事が身近に転がっているからだ。
テレビのスイッチを入れると、ニュースは毎日殺人、強盗、誘拐、交通事故の報道を繰り返している。ついこの間通った街道で強盗殺人事件が発生している。見覚えのある風景がテレビに映し出され、レポーターが深刻を装った表情でレポートしている。
なにしろサンパウロは殺人事件の数が交通事故死亡者の数に匹敵する。それどころか、5年前は現在の3倍に及ぶ6千人に届かんとする人間が殺されていた。想像を絶する数である。
(Jornal Destakより)
警察に治安の向上を期待したいところだが、この警察がまた物騒である。4ヶ月間にブラジル国内で約500人が警官に射殺されている。おいそれと発砲も許されない日本の警察と比べると驚くべき凶暴さである。この中には誤射や流れ弾によって殺された民間人も多く含まれる。その手のニュースもよく報道される。
ニュースで報道される強盗事件は氷山の一角もいいところだ。サンパウロの強盗件数は東京の250倍である(在サンパウロ日本総領事館ホームページより)。私のように被害に遭っても届け出ない(届けられない)者もいるので、実際の数は公表値よりもはるかに多いだろう。
日常の生活においても落とし穴は多い。前々回のブログで紹介した鉄道沿線のある駅では、電車とホームの間がゆうに50センチは開いており、大人があっさりとホームに転落できる幅だ。段差もひどく、だから幼児や老人は絶対にひとりでは降りられないし、もちろん案内放送は無いので油断すると大けがのもとだ。
おまけに、先日その路線はサッカーの試合で興奮した暴徒に襲われ、電車は毀損し、乗客が避難する騒ぎがあった。
朝、たまにランニングをすると、前を歩く人々が私の足音を聞いたとたん、はっとした顔で振り返る。物取りに間違われるのだ。そんな油断のならない世界に住んでいるのだが、さすがこの地で生まれ育ったブラジル人は悠然としている。不測の災難が彼等の身に降りかからない限り。
住めば都という。私にしても、ブラジルに住み始めて間もない頃は、慣れぬ治安面での気遣いに神経がささくれ立つ思いがしたが、今はそれほど神経質にはならない。気を使わなくなったというよりは、恒常的に治安の悪い土地で神経を尖らせる習慣が付いたというか、生命の危険に晒されることに慣れたというか、自分の生命など鴻毛の如く軽いものと諦観したか、まあだいたいそんなところだろう。
いつの頃からか、「人間到る所青山あり」という言葉が心に届いていた。人生どこで朽ち果てようと、それがその人の生き方なのだからいいではないか。今の私はそれの実践者であろうか。ブラジルという陽気な戦闘地域にはまり込み、この地で命を失うかもしれない。まあ、それも人生だ、などとうそぶきたくなる。
ところがどっこい、人生そうそう簡単に達観などさせてくれない。リベルダーデを歩いていると、すれ違いざまに中年のおばさんからいきなり肩に肘鉄砲を食らわされたときは泡を吹くほど面くらった。小太りの日系人のおばさんは振り向きもせず片手を挙げ、そのまま去っていった。ブラジルの狂気にぞっとした。
じっさい、自分が痛い目に遭ってはじめてこの国の狂気に恐れおののくのだろう。最愛の奥さんを暴漢に殺され、以来精神が不安定になり酒に救いを求めるリオの友人セルソのように。
それでもほとんどの人は毎日を平穏に過ごしている。あたかも自分は一切の厄災とは無縁であるかのような顔をして、恋人達は壁際にたたずみキスを交わし、おばさん達はお喋りしながら往来をゆうゆうと歩く。
彼等には次の辻に待ち構えている不幸が見えていないかのようである。しかしながら、この国では不幸の当事者はいつでも周辺をさまよい、声を上げて、不幸の存在を世に問いかける。
生まれどころが悪かったというだけで、生涯人間らしい暮らしとは無縁な浮浪児たちが小銭をねだる。両足をなくした物乞い、失明した物乞い、ふんぷんたる悪臭とともに往来をぶつぶつ呟きながら徘徊する宿無し。誰彼と無く悪態をつく宿無し。頭を抱えて号泣する宿無し。3人の小さな子どもを抱え、お腹の中にさらにもうひとりを抱えている女の宿無し。
これだけ経済が上向き、瀟洒なショッピングセンターや高級マンションが次々に街に現われているというのに、ひとかけらのおこぼれにも与れずに打ち棄てられている浮浪者の存在は、この国の狂気を最もよく物語っている。
だが、いったい誰がこの現実に対峙し、変革の楔を打ち込むのだろう。
社会を変えようとする前に自分の境遇を第一に考えるブラジル人。だから結局は自分の利益を呼び込むための綱引きばかり演じているので、ちっとも社会は変わらない。
そんなこの国の歴史を否応無しに見てきた彼等は、いくら考えても悩んでも、なるようにしかならないことを知っている。だから狂気に囚われた運命に甘んじつつも、生命のある限り明るく生きようというカーニバル的刹那主義に生きる。
彼等にしても私達と同様に、心の奥底深くに薄紙のように張り付いた不安を抱えながらも、それが暗雲のように胸中を包みこむようなおそれに至ることなしに、陽気さという甘いパイの皮に包み込んで、同じパイの皮を持つ隣人と付き合うことでその日を楽しく過ごせば良いと思っているのではないか。
ブラジルで生きるからには全てにおいてブラジル流を学ばなければならない。歩行者が道路を横断中に突然右折してきた車に轢かれそうになるのを見ると、この国に住み続ける限りわが身の破滅は遠からずと思われるので、なおさらカーニバル的刹那主義でいきたい。
とはいうものの、歩行者が轢かれそうになりながら、運転手とお互い笑顔で親指を突き上げて挨拶する光景は、私の生存中にブラジル修行で到達できる境地を超えている。まさか本当に轢かれてしまっても親指を突き上げ笑顔で死んでいくわけではないだろうが。