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臥伯酖夢 ―50代男のブラジル生活記―

再びブラジルで生活を始めた50代男の日常を綴る。続・ブラジル酔夢譚

狂気のブラジル

2008-07-23 22:06:22 | Weblog
とある平日の昼下がり。仕事でモエマという住宅街の高層マンション区域を歩いていた。すると私の約2メートル前方で不意に上から物体が私の目を掠めて地面に落下するのを見た。それは小さな植木鉢であった。

落下時の猛烈なスピードと稲妻が弾けるような衝撃音から、植木鉢はかなり高い位置から落ちたに違いなかった。
上を仰ぎ見るとマンションの階上に連なるベランダは既に人気が無かったが、建物は敷地に奥まって建てられており、道路からベランダは少々離れていた。

状況を推測すると、人が誤ってベランダから植木鉢を落としたとしたら、道路よりさらに建物に近い位置に落ちた筈である。人が投げつけるなど勢いを加えない限り、私が歩いていた道路には届かない。

その時付近を歩いていたのは私ひとりだった。すると上階に住むマンションの住人が私めがけて植木鉢を投げつけたというのだろうか。

もしも頭を直撃したとすれば命にかかわる程の威力であった。だが私は身の危険を感じてぞっとするわけでもなく、不届き者に対して不愉快に思った程度で、そんな気分もやがて平常心に戻った。

不惑の歳になったからというわけではない。危機一髪の出来事が起きても一大事に思わない理由は、この国ではそのような出来事が身近に転がっているからだ。

テレビのスイッチを入れると、ニュースは毎日殺人、強盗、誘拐、交通事故の報道を繰り返している。ついこの間通った街道で強盗殺人事件が発生している。見覚えのある風景がテレビに映し出され、レポーターが深刻を装った表情でレポートしている。

なにしろサンパウロは殺人事件の数が交通事故死亡者の数に匹敵する。それどころか、5年前は現在の3倍に及ぶ6千人に届かんとする人間が殺されていた。想像を絶する数である。
(Jornal Destakより)

警察に治安の向上を期待したいところだが、この警察がまた物騒である。4ヶ月間にブラジル国内で約500人が警官に射殺されている。おいそれと発砲も許されない日本の警察と比べると驚くべき凶暴さである。この中には誤射や流れ弾によって殺された民間人も多く含まれる。その手のニュースもよく報道される。

ニュースで報道される強盗事件は氷山の一角もいいところだ。サンパウロの強盗件数は東京の250倍である(在サンパウロ日本総領事館ホームページより)。私のように被害に遭っても届け出ない(届けられない)者もいるので、実際の数は公表値よりもはるかに多いだろう。

日常の生活においても落とし穴は多い。前々回のブログで紹介した鉄道沿線のある駅では、電車とホームの間がゆうに50センチは開いており、大人があっさりとホームに転落できる幅だ。段差もひどく、だから幼児や老人は絶対にひとりでは降りられないし、もちろん案内放送は無いので油断すると大けがのもとだ。

おまけに、先日その路線はサッカーの試合で興奮した暴徒に襲われ、電車は毀損し、乗客が避難する騒ぎがあった。

朝、たまにランニングをすると、前を歩く人々が私の足音を聞いたとたん、はっとした顔で振り返る。物取りに間違われるのだ。そんな油断のならない世界に住んでいるのだが、さすがこの地で生まれ育ったブラジル人は悠然としている。不測の災難が彼等の身に降りかからない限り。

住めば都という。私にしても、ブラジルに住み始めて間もない頃は、慣れぬ治安面での気遣いに神経がささくれ立つ思いがしたが、今はそれほど神経質にはならない。気を使わなくなったというよりは、恒常的に治安の悪い土地で神経を尖らせる習慣が付いたというか、生命の危険に晒されることに慣れたというか、自分の生命など鴻毛の如く軽いものと諦観したか、まあだいたいそんなところだろう。

いつの頃からか、「人間到る所青山あり」という言葉が心に届いていた。人生どこで朽ち果てようと、それがその人の生き方なのだからいいではないか。今の私はそれの実践者であろうか。ブラジルという陽気な戦闘地域にはまり込み、この地で命を失うかもしれない。まあ、それも人生だ、などとうそぶきたくなる。

ところがどっこい、人生そうそう簡単に達観などさせてくれない。リベルダーデを歩いていると、すれ違いざまに中年のおばさんからいきなり肩に肘鉄砲を食らわされたときは泡を吹くほど面くらった。小太りの日系人のおばさんは振り向きもせず片手を挙げ、そのまま去っていった。ブラジルの狂気にぞっとした。

じっさい、自分が痛い目に遭ってはじめてこの国の狂気に恐れおののくのだろう。最愛の奥さんを暴漢に殺され、以来精神が不安定になり酒に救いを求めるリオの友人セルソのように。

それでもほとんどの人は毎日を平穏に過ごしている。あたかも自分は一切の厄災とは無縁であるかのような顔をして、恋人達は壁際にたたずみキスを交わし、おばさん達はお喋りしながら往来をゆうゆうと歩く。

彼等には次の辻に待ち構えている不幸が見えていないかのようである。しかしながら、この国では不幸の当事者はいつでも周辺をさまよい、声を上げて、不幸の存在を世に問いかける。

生まれどころが悪かったというだけで、生涯人間らしい暮らしとは無縁な浮浪児たちが小銭をねだる。両足をなくした物乞い、失明した物乞い、ふんぷんたる悪臭とともに往来をぶつぶつ呟きながら徘徊する宿無し。誰彼と無く悪態をつく宿無し。頭を抱えて号泣する宿無し。3人の小さな子どもを抱え、お腹の中にさらにもうひとりを抱えている女の宿無し。

これだけ経済が上向き、瀟洒なショッピングセンターや高級マンションが次々に街に現われているというのに、ひとかけらのおこぼれにも与れずに打ち棄てられている浮浪者の存在は、この国の狂気を最もよく物語っている。

だが、いったい誰がこの現実に対峙し、変革の楔を打ち込むのだろう。

社会を変えようとする前に自分の境遇を第一に考えるブラジル人。だから結局は自分の利益を呼び込むための綱引きばかり演じているので、ちっとも社会は変わらない。

そんなこの国の歴史を否応無しに見てきた彼等は、いくら考えても悩んでも、なるようにしかならないことを知っている。だから狂気に囚われた運命に甘んじつつも、生命のある限り明るく生きようというカーニバル的刹那主義に生きる。

彼等にしても私達と同様に、心の奥底深くに薄紙のように張り付いた不安を抱えながらも、それが暗雲のように胸中を包みこむようなおそれに至ることなしに、陽気さという甘いパイの皮に包み込んで、同じパイの皮を持つ隣人と付き合うことでその日を楽しく過ごせば良いと思っているのではないか。

ブラジルで生きるからには全てにおいてブラジル流を学ばなければならない。歩行者が道路を横断中に突然右折してきた車に轢かれそうになるのを見ると、この国に住み続ける限りわが身の破滅は遠からずと思われるので、なおさらカーニバル的刹那主義でいきたい。

とはいうものの、歩行者が轢かれそうになりながら、運転手とお互い笑顔で親指を突き上げて挨拶する光景は、私の生存中にブラジル修行で到達できる境地を超えている。まさか本当に轢かれてしまっても親指を突き上げ笑顔で死んでいくわけではないだろうが。

社会主義国ブラジル?

2008-07-04 22:53:32 | Weblog
毎朝パンを買いに近所のパン屋に行くが、そこの主人の愛想が悪い。家族経営なので奥さんと息子も一緒に働いているが、家族揃って愛想がない。

はじめのうちは顔を合わせると私は挨拶をしていたが、挨拶が返って来ないので近ごろは私も一緒にぶすっとしている。

その店の斜め向かいにもう一軒大きなパン屋があり、そこでは雇われ店員がたくさん働いているが、彼等も特別愛想が良いわけではないので、値段の安い家族経営のパン屋で買うことが多い。

昔は日本でもがんこ親父の店などがあって、味さえ良ければ愛想は要らぬとばかりにむっつりとした、気に入らない客を叱り飛ばすような主人がいて、それでも客は付いていたものだが、競争が激しい今の時代ではそのような店は消えてしまった。

サービスが発達途上のブラジルだからこそ昔の日本のような商売が成り立っていると私は思っていたのだが、もうひとつ思い当たるのは、この国は社会主義の影響を受けているのではないかということだ。

2002年よりルーラ現大統領率いる労働者党が政権の座に着いたが、労働者党は社会主義を標榜し、政権担当以来労働者に対する権利や保護が強化された。

最低賃金の上昇や不当解雇の禁止など労働者の支持が集まる政策を打ち出す一方で、ある美容院のオーナーが、「日曜日に営業したくても、手当てを払って営業時間を延ばしたくても、国が従業員の労働時間を強制的に決めているから営業ができない」と嘆いていたように、我々から見ると行き過ぎに思えるような政策もある。

従業員にとっては、雇用が保証されるならば、クビにならないために必死になって接客サービスに励むという必要が無くなる。与えられた仕事だけこなしていればそれでよい、といったような風潮が現われ始めているのではないか。

複数のレジを一列で待つような店で自分の番が巡ってきた際、無愛想な顔をした店員に「プロッシモ!(次!)」と呼ばれると、なんだか職安で保険金給付の順番を待っている失業者のような気持ちになる。買い物をしても愛想のない態度を取られるたびに、「客はどっちだと思ってんだ、バカヤロ」と、帰り道ひとり毒づく。

だが、社会主義的傾向が強まってきたから従業員の態度が悪いと本当に言えるのだろうか。

先日セ広場近くの生演奏のあるスタンドバーで呑んだ。酔いが回ってくるとさまざまな思いが綿雲のように頭に浮かび、それを書き留めるのを常としている。後になって読み返すとたいてい意味不明な内容であったりするのだが、呑んでいる時分は素晴らしい着想を得たと思っているので、性懲りもなくせっせと書いている。

そのときも画期的な考えが浮かんだので書き留めようとしたが、あいにく筆記具を忘れてしまった。そこで若いボーイに紙とペンを貸してくれるように頼むと、彼は快く自分のオーダー用の紙とペンを差し出した。

思い付きをしこしこと紙に書いていると彼が近づき、これから自分が使うからペンを返してくれと言ってきた。てっきりずっと持っていられると思い込んでいたので意外であった。

もし日本で客がそのように申し出たとしたら、客が返すといわない限り、引き取りには来ないだろう。日本では接客サービスのなかで、直接教え込まれなくても「この場合にはこうするべきだ」という型があり、全てのサービス提供者はその通りの行動が一律要求される。

ところがこの国ではそんな暗黙のマニュアルのようなものはない。彼は私の申し出に対し、彼の好意で紙とペンを貸し与え、そして彼は私がすぐに使い終わると判断したから代わりのものを用意しなかった。そして彼が必要になったため、私に返せと言ってきた。そこには彼と私の対等な関係がある。

ブラジルでは「客-従業員」という関係でコミュニケーションを築くのではなく、両者は常に対等であり、一対一の関係の上で、友人をつくるが如くにコミュニケーションを図るのがブラジル流接客サービスである。だから互いに知らない者同士のうちは店員であっても無愛想であるのが当然であり、それから時間をかけて、何度も店に通っていくうちに相手と打ち解けてゆくのだ。

心地よい接客サービスを受けたいと思ったら、同じ店に通い常連になるしかない。そして友と語り合うように従業員に接することで、相手も友をもてなすような温情ある態度で迎えてくれる、と、安ワインを傾けながらそんな風に考えが及んだので、私は先の店員が奥から持ってきたペンでそのようなことを書き留めた。果たしてほろ酔いのうちに浮かんだこのアイデアは正鵠を得たものであろうか。