盛大に火炎を吹き上げていたドラゴン花火が急に消えてしまうように、カーニバルは突然終わりを告げるというわけではない。今年の暦上のカーニバル最終日である2月5日(火)が過ぎても、バンダやブロッコは街に現れ、スエリー達は毎日のようにラパへ行き、踊り、朝方になって帰ってくる。アルト・ダ・ボア・ビスタのファベーラも、真っ昼間から多くの住人がスタンドバーでビールを呑みつつよもやま話しに興じている。
それでもその頃から近所のスーパーマーケットはシャッターを開け、インターネット・カフェも営業を再開した。停車していた貨物列車がゆっくりと動き出すように、日常に向かって時が動き始めた。
そしてカーニバル週間が過ぎ、翌週になると、人々は宴の余韻を残しながらもいつもの日常に戻っていった。クリスチーナは隣州エスピリト・サントに戻り、スエリーの恋人レオはイタリアに帰っていった。スエリーは仕事と夜間大学の授業が始まった。
隣人達と同じようにカーニバルの夢幻の世界に浸っていた私も、カーニバルの終焉とともに、その間眠っていた現実が目を醒まし、私の背中を突つき始める。私にとっての現実は、すなわち金銭の問題である。
ついに貯金が底を尽いてしまい、翌月のクレジットカード代金を払えるかどうか覚束なくなってしまった。簡易ウォシュレット(イージー・ウォッシュ)の販売を手がけてはいるが、いまだ売上がない。ブラジル人にとって新奇なこの製品が受け入れられるまでには恐ろしく時間がかかりそうだ。
昨年末以来、イパネマ海岸に行く時には必ずイージー・ウォッシュのパンフレットを持っていく。海岸中を露骨に売り歩くわけではないが、ビーチの常連達との会話の中で仕事の話が出た時にはパンフレットを見せ、相手の反応を見て脈がありそうだったら詳しい説明を行う。
だが、相手の反応を正しく見抜くのは難しい。ブラジル人は、お世辞はいくら言ってもタダだと心得ているので、さも関心があるように相槌を打ち、その製品が彼らのハートを射止めたかのように大仰に褒める。私はこれなら買ってくれること間違いないと意気込むが、いざ具体的な購入へと話を向けると、とたんに壁を回転させて姿を消す忍者のようにスルリと話をかわされる。彼らの「また今度」は金輪際やって来ないということは、寿司販売の時に身に沁みている。
いつでも酔っ払っていてろれつが回らないので、聞き取るのに一苦労する年配のおっさんがビーチにいるが、小遣いを稼ぎたいのか、コミッションを支払う条件でイージー・ウォッシュの販売を手伝いたいと言ってきた。
見るからに期待できそうにない酔態ではあるが、この際使えるものはハチの頭でもとお願いし、彼はビーチの友人をひとり、またひとりと連れてくるが、こちらのご友人方は、お世辞を言う気力も持ち合わせていない無関心な人ばかりで、予想通りというか、やはり期待できそうにない。
ともあれ、彼のようなディストリビューターを増やすことが販売実績をつくる早道と考え、金儲けに関心を示す友人達に声を掛け、これまでに数名が協力してくれることになっている。
本来ならば、製品を販売するために、実際に彼らが購入し使用して素晴らしさを体得することで、セールス・トークが真実味、真剣味を帯び、販売に結びついてゆく。ところが、彼らの財布のひもはなかなか緩まない。すなわち皆半信半疑なのだ。ユニークで面白そうで、儲かればそれに越したことはないが、自分の財布をはたいてまで販売に専心したいとは今のところ思っていないのだろう。
イージー・ウォッシュの販売が軌道に乗るまでに、私の資金が持ちこたえられないのは明白で、何とか収入の途を見つけなければならない。だが、正規に就職しようとすれば、就労ビザもしくはブラジル国民であることを示すIDカードを取得しなければならない。私がブラジル渡航以来ずっと悩み続けている問題である。
これまで何度か友人達が私に就職先を紹介しようとしたことがあるのだが、いつもその件で引っかかり、立ち消えになってしまう。現状では、就労ビザの取得は個人ではまず不可能であり、おそらく私にとって唯一であろう就職への道は、結婚によりIDカードを取得することだ。
資金の枯渇が差し迫ってきたある日、助け舟を出してくれたのが、ニテロイ在住の山下将軍の奥さんである。私の窮状を知ってか、ある時、彼女の娘と結婚したらどうかと話を持ちかけてきた。
現在その娘は小さな子どもを連れて実家に帰ってきている。奥さんは本心から私を助けようと思っているようで、結婚は単なる書類上のことであり、将来身分が保証されれば、その時は離縁の手続きをすればよいと言う。
日本人であれば、そう簡単にくっ付いたり離れたりなど、権利上の問題が発生することもさることながら、心情的にもそう易々と許されるものではないが、ブラジル人である彼女は、国の定める結婚制度が与える権利上、慣習上の意義よりも、友情を第一義に考えてくれたのである。
ところが、この話は彼女の胸の内でもっぱら温められてきたようで、奥さんからこういう提案があったと私から聞かされて面食らったのが日本人である山下将軍であった。
彼は私が就労できない状況を常に憂慮してくれ、知人にビザ取得の方法を尋ねて回るなど親身になって考えてくれるのだが、こと実の娘に累が及ぶとなると、内心穏やかならざる事であったに違いない。
後日将軍より、娘の実子の権利が錯綜してしまうという理由でこの件は無かったことにして欲しいと言われ、私としても家族全員の賛成がなければ受けられないと考えていたので、もとより異存はなかった。
この時期私にとって残念だったのは、もし結婚によりIDカードが取得できれば、確実とはいえないが、収入を得られる可能性が大幅に増え、例え就職が数ヶ月先のことで、その間資金がなくなっても、日本にいる友人に借金を申し込めば、引き受けてくれるだろうと考えていたのである。
結局、就労の問題は今に至るまで解決せず、返せる目処が立たないまま借金を申し込まなければならない状況になった。
それでも私は一種の余裕があった。私の友人のひとりで、出発前に資金援助を申し出てくれた人がいる。その時私は多少資金があったので、自力でなんとかすると言って彼の申し出を断った。だが、人間とは都合よくできているもので、その時の彼の言葉は頭に残っており、それが「いざとなれば何とかなる」という甘えにつながっていた。
そして彼に借金を申し込んだが、返ってきた答えは「不可」であった。私の状況云々というより、この1年半の間に彼を取り巻く状況が変わってしまったようだ。
借金を断られて初めて私は夢から醒めて、肌を刺す冷たい風にさらされている自分に気が付いた。
自分は直ちに決断を迫られていることを悟った。このままリオに留まるべきだろうか。女友達に頼んで偽装結婚を申し込んでみるのはどうか。謝礼を出せば引き受ける人がいるかもしれない。
だが、もし偽装結婚できたとしても、就職が決まるまで資金が持つだろうか。それに結婚の協力者への謝礼金をどこから工面したらいいのだろう。
残された選択肢は少ない。私の頭に浮かび、すぐに大きく膨らんだ考えが、サンパウロに行くということだ。
サンパウロには世界最大の日系人コミュニティがある。以前日本人街に滞在した折りに知り合った、私と同じ志を持つ青年がその街で働き口を見つけている。給料は安いだろうし、第一そううまい具合に勤め先が見つかるか分からないが、賭けてみるしかなさそうだ。
そして私にはもうひとつ、最後の切り札がサンパウロに残されている。この切り札がはかない幻-友人から借金が叶うと勝手に信じていたような-である可能性は大いにあるのだが、ともあれ、私は最後まで夢を見続けていたい。希望という名の夢を。
それでもその頃から近所のスーパーマーケットはシャッターを開け、インターネット・カフェも営業を再開した。停車していた貨物列車がゆっくりと動き出すように、日常に向かって時が動き始めた。
そしてカーニバル週間が過ぎ、翌週になると、人々は宴の余韻を残しながらもいつもの日常に戻っていった。クリスチーナは隣州エスピリト・サントに戻り、スエリーの恋人レオはイタリアに帰っていった。スエリーは仕事と夜間大学の授業が始まった。
隣人達と同じようにカーニバルの夢幻の世界に浸っていた私も、カーニバルの終焉とともに、その間眠っていた現実が目を醒まし、私の背中を突つき始める。私にとっての現実は、すなわち金銭の問題である。
ついに貯金が底を尽いてしまい、翌月のクレジットカード代金を払えるかどうか覚束なくなってしまった。簡易ウォシュレット(イージー・ウォッシュ)の販売を手がけてはいるが、いまだ売上がない。ブラジル人にとって新奇なこの製品が受け入れられるまでには恐ろしく時間がかかりそうだ。
昨年末以来、イパネマ海岸に行く時には必ずイージー・ウォッシュのパンフレットを持っていく。海岸中を露骨に売り歩くわけではないが、ビーチの常連達との会話の中で仕事の話が出た時にはパンフレットを見せ、相手の反応を見て脈がありそうだったら詳しい説明を行う。
だが、相手の反応を正しく見抜くのは難しい。ブラジル人は、お世辞はいくら言ってもタダだと心得ているので、さも関心があるように相槌を打ち、その製品が彼らのハートを射止めたかのように大仰に褒める。私はこれなら買ってくれること間違いないと意気込むが、いざ具体的な購入へと話を向けると、とたんに壁を回転させて姿を消す忍者のようにスルリと話をかわされる。彼らの「また今度」は金輪際やって来ないということは、寿司販売の時に身に沁みている。
いつでも酔っ払っていてろれつが回らないので、聞き取るのに一苦労する年配のおっさんがビーチにいるが、小遣いを稼ぎたいのか、コミッションを支払う条件でイージー・ウォッシュの販売を手伝いたいと言ってきた。
見るからに期待できそうにない酔態ではあるが、この際使えるものはハチの頭でもとお願いし、彼はビーチの友人をひとり、またひとりと連れてくるが、こちらのご友人方は、お世辞を言う気力も持ち合わせていない無関心な人ばかりで、予想通りというか、やはり期待できそうにない。
ともあれ、彼のようなディストリビューターを増やすことが販売実績をつくる早道と考え、金儲けに関心を示す友人達に声を掛け、これまでに数名が協力してくれることになっている。
本来ならば、製品を販売するために、実際に彼らが購入し使用して素晴らしさを体得することで、セールス・トークが真実味、真剣味を帯び、販売に結びついてゆく。ところが、彼らの財布のひもはなかなか緩まない。すなわち皆半信半疑なのだ。ユニークで面白そうで、儲かればそれに越したことはないが、自分の財布をはたいてまで販売に専心したいとは今のところ思っていないのだろう。
イージー・ウォッシュの販売が軌道に乗るまでに、私の資金が持ちこたえられないのは明白で、何とか収入の途を見つけなければならない。だが、正規に就職しようとすれば、就労ビザもしくはブラジル国民であることを示すIDカードを取得しなければならない。私がブラジル渡航以来ずっと悩み続けている問題である。
これまで何度か友人達が私に就職先を紹介しようとしたことがあるのだが、いつもその件で引っかかり、立ち消えになってしまう。現状では、就労ビザの取得は個人ではまず不可能であり、おそらく私にとって唯一であろう就職への道は、結婚によりIDカードを取得することだ。
資金の枯渇が差し迫ってきたある日、助け舟を出してくれたのが、ニテロイ在住の山下将軍の奥さんである。私の窮状を知ってか、ある時、彼女の娘と結婚したらどうかと話を持ちかけてきた。
現在その娘は小さな子どもを連れて実家に帰ってきている。奥さんは本心から私を助けようと思っているようで、結婚は単なる書類上のことであり、将来身分が保証されれば、その時は離縁の手続きをすればよいと言う。
日本人であれば、そう簡単にくっ付いたり離れたりなど、権利上の問題が発生することもさることながら、心情的にもそう易々と許されるものではないが、ブラジル人である彼女は、国の定める結婚制度が与える権利上、慣習上の意義よりも、友情を第一義に考えてくれたのである。
ところが、この話は彼女の胸の内でもっぱら温められてきたようで、奥さんからこういう提案があったと私から聞かされて面食らったのが日本人である山下将軍であった。
彼は私が就労できない状況を常に憂慮してくれ、知人にビザ取得の方法を尋ねて回るなど親身になって考えてくれるのだが、こと実の娘に累が及ぶとなると、内心穏やかならざる事であったに違いない。
後日将軍より、娘の実子の権利が錯綜してしまうという理由でこの件は無かったことにして欲しいと言われ、私としても家族全員の賛成がなければ受けられないと考えていたので、もとより異存はなかった。
この時期私にとって残念だったのは、もし結婚によりIDカードが取得できれば、確実とはいえないが、収入を得られる可能性が大幅に増え、例え就職が数ヶ月先のことで、その間資金がなくなっても、日本にいる友人に借金を申し込めば、引き受けてくれるだろうと考えていたのである。
結局、就労の問題は今に至るまで解決せず、返せる目処が立たないまま借金を申し込まなければならない状況になった。
それでも私は一種の余裕があった。私の友人のひとりで、出発前に資金援助を申し出てくれた人がいる。その時私は多少資金があったので、自力でなんとかすると言って彼の申し出を断った。だが、人間とは都合よくできているもので、その時の彼の言葉は頭に残っており、それが「いざとなれば何とかなる」という甘えにつながっていた。
そして彼に借金を申し込んだが、返ってきた答えは「不可」であった。私の状況云々というより、この1年半の間に彼を取り巻く状況が変わってしまったようだ。
借金を断られて初めて私は夢から醒めて、肌を刺す冷たい風にさらされている自分に気が付いた。
自分は直ちに決断を迫られていることを悟った。このままリオに留まるべきだろうか。女友達に頼んで偽装結婚を申し込んでみるのはどうか。謝礼を出せば引き受ける人がいるかもしれない。
だが、もし偽装結婚できたとしても、就職が決まるまで資金が持つだろうか。それに結婚の協力者への謝礼金をどこから工面したらいいのだろう。
残された選択肢は少ない。私の頭に浮かび、すぐに大きく膨らんだ考えが、サンパウロに行くということだ。
サンパウロには世界最大の日系人コミュニティがある。以前日本人街に滞在した折りに知り合った、私と同じ志を持つ青年がその街で働き口を見つけている。給料は安いだろうし、第一そううまい具合に勤め先が見つかるか分からないが、賭けてみるしかなさそうだ。
そして私にはもうひとつ、最後の切り札がサンパウロに残されている。この切り札がはかない幻-友人から借金が叶うと勝手に信じていたような-である可能性は大いにあるのだが、ともあれ、私は最後まで夢を見続けていたい。希望という名の夢を。