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臥伯酖夢 ―50代男のブラジル生活記―

再びブラジルで生活を始めた50代男の日常を綴る。続・ブラジル酔夢譚

小林先生

2009-10-05 22:04:42 | Weblog
ブラジルに来て3年が過ぎ、サンパウロに住み1年と半年を数えた。日本が懐かしくはあるが、ブラジルを去り、日本に戻って暮らしたいとは思わない。今のところ、それは人生の敗北を意味するような気がするからだ。

ここに来て、さまざまな人に知り合った。雑誌の広告取りの営業なので、職業柄知り合う機会は多い。顧客の多くは戦後日系移民1世である。戦前の農業移民と異なり、彼等はさまざまな動機でブラジルに渡った人達なので、個性が強い人が多い。そのような人に気に入ってもらえれば、単なる仕事関係以上の付き合いになる。

鍼灸師の小林先生も移民1世であった。雑誌を届けに行くとたいてい飯に誘ってくれた。先生はテーブルに着くと必ずビールあるいはカシャーサ(サトウキビの焼酎)を注文し、ご飯をもりもり食べた。糖尿病を患っており、目はほとんど見えなかったが、それ以外はすこぶる元気に見えた。

ある日唐突に先生の訃報を聞いた。先生の日課である囲碁クラブに行く途中、タクシーの中で突然息を引き取ったそうだ。最後に私が会ったのはその1ヶ月半前で、そのときは普段と変わらず元気そうであった。最近雑誌を届ける機会があったのだが、集金のない月だったので、忙しさから郵送にしてしまい、先生に会う機会を逸してしまったことが悔やまれた。

先生の訃報を告げた囲碁仲間からその際に尋ねられたことは、先生の唯一の肉親である娘さんの居所についてであった。別れた奥さんと連絡を取ったらしいが、彼女に尋ねても、今は関係ないの一言で何も聞き出せないらしい。日本に娘がいることは先生から直接聞いたことがある。だが、奥さんのことについては何ひとつ触れたことはなかった。

享年70歳位であろうか。唯我独尊の衣を着て人生を闊歩している風であった。若い頃にブラジルに渡り、さまざまな職を経てきたようだが、鍼灸の道に入り、日々研鑽を積んだ結果、名医の評判を得た。「金儲けはできぬが、食うには困らん。あんたも鍼をやってみんか」と私によく呼びかけた。先生には弟子がいなかった。自分が暁達した技能を後世に伝えたかったことは想像に難くない。

私も一度先生の鍼を受けたことがある。糖尿病に似た諸症状に悩んでおり、睡眠不足が続いていた。だが検査結果は糖尿病ではなく、原因が分からないでいた。そのことを先生に告げると、さっそく診てくれると言う。

先生は私の身体を触診し、たちどころに「あ、これは胃が悪いな」と看破した。そして鍼を足先から頭まで身体中のツボに打ち込んだ。私は鍼が初体験なので知識は何も持ち合わせておらず、てっきり無痛であると思っていたが、痛みというほどではないが、存外に刺激がある。なかには「ちょっと痛いかも知れんよ」と言って、ブスリと来るものもある。「刺激を受けて身体は活性化するんだ」との先生の言を信用する他はないが、1箇所ふくらはぎに刺さった鍼は抜いても痛みが残った。これはさすがに見当違いだと思ったが、治療後の身体は軽く、ブラジル渡航以来の積もり積もった疲れが大分癒されたようだった。「これで今夜はぐっすり眠れるぞ」と先生は太鼓判を押した。謝礼を渡そうとすると、「ブラジルに住むもの同士、お互い様だ」と笑って受け取らなかった。

残念ながら1回の治療では完治できなかったが、離れ雲のようなブラジル生活が続く中、人の恩を受けたことで、精神的にもなんとなくほぐれたような気持ちになった。

先生は常日頃から、「仕事は午前中で仕舞えて、美味いものを食うて、午後からは好きな囲碁をずっと打っていられるのだから、こんなええ人生はない」と言うのが口癖だった。単身ブラジルに渡り、ひとりで生き抜き、頑固を通し、ブラジルでは当たり前のウェイターの無作法をお国が違えど叱り飛ばし、糖尿病であっても腹いっぱい飯を食い、度を越しはしないが酒を呑み続け、そして、一人娘を残して逝ってしまった。

先生は本当に自分の人生に満足していたのだろうか。臨終の際に肉親が看取ることもなく、亡くなった後にも肉親と連絡がままならない情況である。日本から遠く離れた地で歳を重ねながら、衰えゆく健康に直面し、死が忍び寄りつつあることを予感しながら、さびしさやむなしさに襲われたことはなかったのであろうか。

そう私が思いはかってしまうのは、先生の人生に勝手に私の将来の姿を重ね合わせてしまっているからであろう。短い付き合いの中で、先生の本当の気持ちが私に分かる由もないし、本人が「ええ人生」と言っているのだからその通りなのかもしれない。私が先生と同じ孤高の道を進むのかどうかも分からないし、死に様について考えてみたところで始まらない。

ただ、今の私からは先生と同じセリフは出てこない。私にとって、まだ「ええ人生」は訪れていない。そのセリフを、せめてハッタリでもつぶやけるように、まずはなることだ。