第七十三話
なんだかんだと月日は流れる。
気の乗らないジェーン・スク王女の憂鬱をよそに、衣装合わせや行事の打ち合わせなどの準備は進んでいった。
結婚式の当日がやってきた。その日程は託宣で決められていたがちょうど月曜日で、土日と結婚式からの3日間を合わせると5日間の大型連休になる塩梅であった。
北コーライの旧首都プーヤンからオープン魔動車で新郎・新婦が群衆に手を振る。
ちなみに防殻魔術を行使する魔導師を同席させているので狙撃対策は万全である。
妻が慌てて夫の脳みそを拾うような事態は起きない。
内心とは裏腹に笑顔で、街道を埋め尽くす群衆に手を振るジェーン・スク王女。
「すごいお仕込みですこと…」
「そんなことはないのねん!みんなスクたんの魅力にメロメロなのねん!」
キムボール・ジョンソンが女性の機嫌を取るというのは椿事ですらある。
おべっかを使われるのが常態で、その逆は北コーライでは、まず有り得ないのだ。
最悪、異世界から降臨した荒神のようなむくつけき英霊に身を捧げる覚悟完了していた王女であるから、別にまだ人間の範疇であるキムボール・ジョンソンに嫁ぐことにそこまで悲観的になっているわけではなかったが、だからといってジョンソンのことを好きになれるかというのは別次元の話であった。
自然と素っ気なく冷たい態度になってしまっているのであるが、それがまたジョンソン青年には新鮮な感覚なのであった。
彼女に気に入られるために、生まれて初めてのダイエットも行った。
130kgあった体重は89kgまで減少した。ちゃんこをやめて、どんぶり飯を一杯までにした糖質ダイエットのなせる技である。
プーヤンの郊外に達すると、あとは南コーライの暫定首都ウルソの間にある小都市で同じような小パレードを行い、ウルソの国教会に到着する。
北コーライでは、宗教は阿片だと廃止されてしまっていたが、ここは北コーライ側が折れた。
こちらの世界でもバージンロードのようなものがあり、通常は父親がエスコート役になるのが通例であった。
しかし王は例外であったため、通常は親族の大公などが代わりを務めるのだが、新郎とそして新婦の希望によりムーン大統領がその役目を果たすことになった。
前世でも実の娘を嫁に出したムーンにとってはお茶の子さいさいというところだろう。
と、本人は思っていたのだった。
レッドカーペットの上を静々と歩く王女をエスコートするムーン。神父の前で新郎に引き渡す場では通常新婦が父親に育ててくれた感謝の言葉を交わす定番のシーンである。
角隠しにベールの混合のような花嫁衣装の陰から、王女がムーンに言葉をかける。
「う・ら・み・ま・す・わ・よ。覚えていらっしゃい…。」
その低いボリュームとトーンは周囲の人間にはまったく聞こえなかったが、さしものムーンですらヒュンとする呪力を感じる文言であったw。
キッときびすを返すとよそ行きの笑みを口角に浮かべて、新郎の待つ神父の前まで歩いて行くのであった。
神父が「汝ら云々」とお決まりの説教と宣誓の祝詞を述べる。
「このふたりの結婚に異議のある者は今すぐ申し出よ」
すると列席者から、スクッと立ち上がって口を開こうとした若き貴公子が!
だが国家の力を甘く見ていた。
口を開く前に列席者に紛れ込ませていた北コーライ出身の訓練された特殊工作員が、マジカル特殊注射器で意識を失わせ、倒れる前に速やかに退室させた。
さすが拉致監禁には定評のある彼らのプロの仕事であった。異世界のGRUの教官でも満点を付けてくれただろう。
しかし、攻撃は一方向だけではなかった。
教会の入り口の真上の窓ガラスにも焦燥に駆られた若者が!いや、そんな! あの若者は何だ!ああ!窓に!窓に!
サイモン&ガーファンクルのBGMが流れ出す寸前に、教会を見渡すビルの屋上で警備していたコーライ陸軍特戦群のベテランスナイパーが消音器付きの亜音速弾という難しい条件での400mスナイプ、ヘッドショットを決めた。
体内で完全に潰れて運動エネルギーを全てターゲットの破壊に当てる都市狙撃用特殊弾頭は見事にその若者の頭だけを肉片にして教会の窓ガラスには傷ひとつ付けなかったため教会内の人間に音で気付かれることは無かった。。
ちなみにガラス越し狙撃の場合には2マンセルの徹甲弾頭装備のもう一人の狙撃手が対応する手筈になっていたのだから念が入ったことである。
当然、参会者は新郎新婦の方しか見ていなかったわけで、突如、教会の入り口の上の窓ガラスに咲いた脳髄の白と血の赤い華に気がついたのは神父ただ一人だけだった。
すぐさま特殊清掃班が動き、異世界なら深夜TVで通販しているようなマジカル高圧水蒸気洗浄機であっという間にキレイキレイ。
一部始終を見た神父は、腰を抜かしそうになったが最高司祭の意地を見せて平静を装った。
「い、いないようですので、指輪の交換と誓いの接吻を」
「ス、スクたん!幸せにするのねん」
「ハイ、ソウデスネ」
美しい氷の微笑を浮かべる王女に、一切の媚びは無く、ジョンソンはまたゾクゾクとした喜びを感じるのであった。
ぶちゅうという擬音が相応しい接吻をすると万雷の拍手が巻き起こった。
思わずムーンももらい泣きである。
その後は成婚パレードのオープンカーがウルソのメインストリートをゆっくりと走行し、王城に向かう。
休止を挟んで、夜の披露宴の晩餐会である。
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披露宴前の控え室でムーンが、警備隊長の報告を受ける。
「北コーライの方ではさすがに万全でしたが、南コーライではさすがに完全な不穏分子の排除は困難でした。街道警備中に逮捕した不審者は16名、射殺者4名。即席爆弾8個所、教会も警備は万全だったと思っていたのですが、さすがに招待客の中に紛れ込まれると事前の排除は難しかったのです。危うくお見苦しいところを見せるところで申し訳ありません。」
「まあ、しょうがないニダよ。どこにでも反動分子はいるものニダ。誰にも気付かせない教会の窓の狙撃なんか実に見事な仕事だったニダよw」
「ハッ。陸軍エーススナイパーのゴ・ノレゴ13世大佐の名人芸であります。」
「捕まえた者の背後関係を洗いざらい吐かせるニダよw」
「ハッ。北コーライのブラックサイトに移送し、協力して尋問を行います!」
南コーライでは禁止されている拷問や薬物を使用した尋問も北の地域では未だ違法では無いことを十全に利用している秘密警察である。
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披露宴は、まあ豪華な料理に国民的歌手や音楽演奏者、北コーライの誇る芸能集団の出し物など、それはみごとなものだったが、万全な警備の元、特筆するようなアクシデントは起こらなかった。
「あああ、せっかく歌とか踊りとか練習したのになあ。」
とマルペ君。
「あの錚々たる出演者の出し物を見た後でそれが言えるとは本当にキミは大物ニダねwww」
大仕事を終えた感慨にふけるムーンなのであった。
なおこのあと新郎新婦は無茶苦茶、R指定を免れるために略。
https://www.youtube.com/watch?v=nc_pswv6aDM
イマドキ知らない人も多い気がしたので。