第百三十七話
ダイシン帝國・コーライ国境付近、戦略級極大魔法の爆心地から数kmの場所。
ダイシン帝國の苦力が、最後の軌条のボルトを締め付ける。
「万歳!」
「とうとう完成したアル!」
そう、魔導機械の使用できない不毛地帯を踏破する臨時鉄道路線を、様々なコーライ側の妨害による甚大な被害・次々と補充される苦力の死体を積み上げながらも、ついに、ほぼ人力のみで完成させたのでアル。
兵員、戦車や自走砲を満載した充魔式列車が、次々に到着する。
「南の方ではツイステ・モトヒノ連合軍が足踏みしているようアル。これで我が軍も進軍が再開できるアル!」
疲労困憊の苦力たちと違い、待機を強いられていた軍人達の士気は高い。
戦略級極大魔法の爆発に巻き込まれた第一梯団、友邦国からかき集めた第二梯団にも少しはいたダイシン帝國軍の兵員は軍首脳の粋な計らいにより、北方で木を数えるだけのやさしいお仕事で傷を癒やしている為、各地より抽出された第三梯団の士気の低下は無いのでアル。ないのかアルのかハッキリしろw。
予定調和的に北コーライが秘蔵していた戦略級極大魔法で壊滅したり、想定外のエルフ災害で壊滅したりしたダイシン帝國軍であるが、戦力予備の豊富さではツイステ軍にも優るにも劣らない。
彼らの快進撃はこれから始まるのである!
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コーライ式釣り野伏・捨て奸戦術により、大被害を受けたツイステ・モトヒノ連合軍。
その人命を軽視しすぎた恐るべき戦術に恐怖を覚えないでも無かったが、それでひるむほど惰弱でも無かった。
まず、「何があっても車列を止めるな!」という対応を取ることにした。
仕掛け爆弾・対戦車ロケット砲による被害が出ても、車列を止めて、砲兵の餌食になる大被害を鑑みれば、多少の損失には目を瞑るしか無かった。
そして、経済的に発展している南コーライの都市は、コンクリートジャングルであり、伏兵を配しやすい難所である。
最初は、仮にも同盟国であったコーライを華麗な外科手術的な攻撃でキレイに降伏させようという欲目があったが、これを大いに逆手に取られた。
反省したツイステ・モトヒノ連合軍は、進軍先の都市を予備砲撃・爆撃で、徹底的に耕すことを原則とした。いつものツイステ軍のパターンであるw。
なお、民間人の被害は見なかったことにした。なあにコーライの都市では基本的に建築物を新築する際には半地下の防空壕設置が法令で決まっているので、きっと大丈夫さw。
最初は、コーライ半島最南端の都市、プーサン周辺しか支配地域が無かったのが、じわりじわりと拡大していき、大部隊を展開する余地・縦深と、次々に陸揚げされる後続部隊によって大攻勢をかけるだけの戦力が整ってきた。
仮設の空軍基地や接収したプーサンの民間空港に軍用機の整備施設を敷設するなど、空軍力も充実させた。
五分五分だった空戦も、4:6、3:7と次第に勝てるようになっていったのである。
いくら今世界航空機発祥の地であるコーライ空軍の機体やパイロットが優秀でも櫛の歯が欠けていくように損耗していく。
ことパイロットの損耗は容易に補えるものではなかった。
歴戦のエースも新人パイロットのお守りをして被弾し、戦死したりして大空に散っていく。
対して、ツイステ軍は、それほど突出したエースパイロットが目立つわけでは無かったが、それなりの水準のパイロットを大量生産することには長けていた。
コーライのエースパイロットにより、4機落とされようが、5機目が差し違えるかのような戦闘で相打ちし、削っていくのである。そして、すぐに8機の補充が届くというw。
北から南から首都ウルソに向けて、両軍が快進撃を始めた。
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「お父様、どこに行くのですか?」
慌ただしい夜逃げの準備の最中、とあるコーライ貴族の令嬢が父親に尋ねる。
父親の伯爵が、答える。
「なに、新しい首都に移るだけだよ。ウルソは、ちょっとあぶないからね。こんなこともあろうかとムーン大統領やキムボール将軍が、防衛能力に優れた新都市を建造していたんだ。我々の様な貴種はいちはやく移動して、国防に寄与しないといけない義務があるんだ。いいね。」
実際、ウルソという都市は、まったく防衛に向かない。歴史的に何度も焼け落ちたし、先だってのコーライ戦争でもあっという間に陥落した。
性懲りも無く再建したが、南北対立の期間では、38度線からさほど距離の無いウルソは、北のロケット・長距離砲だけであっという間に火の海になる立地であった。
幸い、ムーンの転生チート能力「夜郎自大」のおかげで、平和的に南北問題は解決したが、軍事学的な素養の高いキムボール・ジョンソン将軍は、防衛力の低い首都に危機感を覚えた。
遷都を決定し、軍事的にも強固な都市計画を練り、建築を開始した。ムーンはあまり関心無く、ハンコを押したw。
新首都にはコーライ半島のほぼ中央、西側の港湾都市が選ばれた。
湾岸要塞で防衛しやすい遠浅の内海(艦船は浚渫した水道を知らない限り、港にはたどり着けない)、豊富な魔力供給を可能にする太い龍脈、そして巨大な岩から出来ている山脈が近くにあるのも軍事的に有利だった。
莫大な予算を要する事業であったが、昨今の絶好調のコーライ経済にとってはむしろ内需拡大の好材料にしかならず、工事は比較的順調に進んでいたが、まさかこんな早くに建設途中なのに実際に使用する羽目になるとはさすがのキムボール・ジョンソン将軍も予想していなかった。
そのため、まだ王宮とその周囲の富裕層の住む貴族街程度しか建設は終わっておらず、ウルソの町から新首都に移り住めるのは選ばれた少数の民だけだったのである。
ウルソのほとんどの民は取り残されたが、ムーンの転生チート能力「夜郎自大」のおかげでこれほど絶望的な状況下でも郷土防衛隊への志願者は引きも切らないほどであった。
魔法抵抗力の高い貴族層は、さすがに危機感を覚えて家財も放り出して逃げようとしている次第である。
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その新首都の郊外に位置する岩山。ジャイアン山。
巨大な岩石が鎮座する山体の地下を掘り抜いて、要塞が築かれていた。
キムボール・ジョンソンは大いに気に入り、「狼の砦」と名付けた。
政府機能・軍指揮所をまるごと飲み込んでも余裕のある巨大要塞。
密かに王宮・政府機能・軍令部を「狼の砦」に移し始めていた。
ウルソとは太い通信回線を確保し、ウルソから指揮しているように見せかける念の入りようであった。
「ここなら、どんな大軍相手にでも持ちこたえられるのねん!巨大な一枚岩で核兵器や戦略級極大魔法でも耐えられる防御力、豊富な魔力供給、30年籠城しても耐えられるだけの食料備蓄!」
とフンスと鼻息を荒くするジョンソン。
「いやあ、壮観ですねえ。地下にこんなちょっとした都市のような施設を作り上げるなんてコーライの科学は世界一ィィッ!!」
とおどけるマルペ君。
「なにかイヤな感じがする名前ニダ…。もっとマシな名前はなかったニダか?」
浮かない顔をするムーンであった。知識は無くても勘は良い彼である…。