第九十七話
ツイステ合州国のメインランドへの直接攻撃というのは、大洋戦争時のモトヒノの特型潜水艦からのロケット弾攻撃以来である。
その時もパニックにはなったが、実被害と言えば場末の遊園地が延焼した程度で、実害などあってないようなものだった。
今回の航空機の自殺攻撃による死者は、ビル内・ビル周辺、航空機乗客合わせて3000人近い大被害であり、その衝撃たるや、火星人が攻めてきた以上のものがあった。
国内の防諜機関の連邦警察、対外諜報機関の中央情報機関「カンパネラ」、シギント担当のツイステ国家安全保障局などの保安機関が総出で事件の全容解明に注力することを命じられ、テロを未然に防げなかった名誉回復のために血道を上げて捜査をしたが、その成果は芳しくなかった。
なにしろ異世界の超大国と違って、犯罪者やテロリストのデータベース、厳密な入国者管理、監視カメラ、航空機のフライトレコーダーなどといったITテクノロジーがない。
まず、飛行機の乗客リストの中から、犯人を特定するのが難航した。
乗員・乗客全員は全員もれなく死亡し、機内でどういう状況が起こってていたのかを知る術が存在しない。
ハイジャック事件以降、航空券の購入には身分証の提示を要求されるようになっていたが、その身分証もこの世界では偽造が比較的容易である。
全ての乗客が、まず実在する人物かどうかの確認から始めたが、偽造IDや単純に他人のIDで航空券を入手する人間が少なくなかった。
その理由が不倫旅行だったり、よくわからない動機の個人情報の隠匿だったり、自由を標榜するツイステ国民の性質によるものなのか乗客の30名以上が実在を確認できなかった。遺族の照会を付き合わせてようやくそこまで絞り込んだのだった。
非実在乗客を絞り込んだのはいいが、その先を知る方法がまったく存在しなかった。
他方面では、航空機を操縦したという事実から、国内に無数に設立された操縦士養成スクールの生徒を虱潰しに当たった。
しかし、未だ航空法整備の未熟なこの方面での規制はあってないようなもので、農業用の小型飛行機のためのライセンス取得プログラムなど、誰でも気軽に受講できたし、その数は魔動車免許ほどではないが、この数年で一万名近い卒業生を輩出していた。
しかも、受講後、公的機関の試験を受けて正式ライセンスを取得したものに関しては当局も把握をしていたが、技術だけ取得し、帰国した留学生受講生や、あえてこのテロのためにライセンスを取得しなかったような者に関しては、痕跡が途絶えている。
またこんな大それた綿密なテロの実行犯が、こうしたスクールの受講時の偽造IDと、犯行時の偽造IDを同じものを使用するほど杜撰なことをするはずもなく、突合は困難を極めた。
この事件の解明に比べれば、故ジョニー・ファッキン・ケネス大統領の狙撃による暗殺事件の調査など児戯にも等しかった。
この事件も後に全容が国家機密になり50年の機密指定になっていたが。
つまるところデッドロックに達した。事件の全容解明など無理であると。
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「で、雁首揃えて、”わかりません”ですって?いったいあんた達に年間何十億ダラの予算を費やしていると思っているの?国民にそんないいわけができるの?どうなの?」
フラリー大統領閣下は、お怒りであるが、八つ当たりも良いところである。
ビーバー連邦警察長官が発言する。
「国民の自由の権利と安全保障は両立し得ません。テロを未然に防ぐためには”警察国家”化を推し進める必要があります。」
ダレダレス中央情報機関長官
「我が機関の国内活動は禁止されているので、このテロに関しては直接責任を問われても困ります。もちろん敵性国家の我が国に対する陰謀の情報は常時収集していますが、我が国をあわよくば攻撃しようというローグネーション・組織は三桁に及ぼうという数が存在しています。我が国の敵が多すぎて、動機から容疑者を絞り込むなど不可能です。ましてや、どこぞの国が軍隊を用意したとか言うなら、かならず察知しますが、今回のように実行犯が2,30人規模の少数精鋭の作戦を国内で実行するのを事前に察知するなど藁の中の針を探すようなものです。ええ国内は管轄外ですしw(とチラッと、ビーバー連邦警察長官を見る)。我が組織はそういう用途には向いていないのです。」
実際、連邦警察長官と中央情報機関長官は犬猿の仲であり、この機関の間には情報連携など、ほぼ存在しなかった。
フラリーはしばし瞑目し、言った。
「我々には、まず”オズノワールド”が必要なのよ…」
リー・ハサウェイ・オズノワールドとは、公式にはジョニー・ファッキン・ケネス大統領狙撃犯とされていた人物だが逮捕後すぐに暗殺された。
不能犯であり、真犯人は別にいるという陰謀説が事件後30年経っても止まない。
有能なビーバー連邦警察長官が、その意図をすぐさま汲み発言する。
「すぐに望ましい”犯人像”のプロファイルを作成します。適当に地域・人種をばらけさせ今後どのような方針になっても上手く転がるようにいたします!」
本当にクズであるが、これくらいでなければツイステ合州国の秘密警察たる連邦警察長官などやっていられないw。
負けじとダレダレス中央情報機関長官も言う。
「国外の今回のテロ計画も複数の国で進行していたのが”発見”されることでしょう!なに、すぐに””見つかり”ますよ!」
クズさで張り合うライバル。これくらいでなければツイステ合州国の陰謀機関たるカンパネラ長官などやっていられないw。
シギント担当のツイステ国家安全保障局長は、今回のテロ計画で、まさかマヌケにもテロ実行者達が魔伝話で通信するような手抜かりをするわけもなく、まったく何の情報も持っておらず、正直なところ、立つ瀬が無かったが、責任もさほど無かったので傍観していた。しかし、ここで何も言わないと「宮廷政治」では生き残れないと発言する。
「国外からの実行指示などの通信情報がなかったのか再度精査いたします。きっと何か”見つかる”はずです!」
これくらいでなければ莫大な監視のための人海戦術のために多額の国家予算を消費している新興の国家安全保障局長などやっていられないw。
かくして、同時多発テロの全貌は、まったくもって不明であるが、全貌は作られる方向に決定したのであった。