原題: Born To be Blue
監督/脚本/プロデューサー: ロバート・バドロー
出演: イーサン・ホーク 、カーメン・イジョゴ 、カラム・キース・レニー
2015年 アメリカ=カナダ=イギリス
第28回東京国際映画祭『ボーン・トゥ・ビー・ブルー』 ページはこちら。
『ブルーに生まれついて』公式サイトはこちら。(2016年11月26日公開)
名ジャズ・トランペット奏者として一世を風靡した、チェット・ベイカーの苦闘の時代を描くドラマ。ドラッグに依存し、暴行されて歯を失い、どん底に落ちたチェットが再生を目指す姿を、イーサン・ホークが見事に再現する。シャープな映像とクールな音楽が抜群の官能をもたらす1本。(TIFF公式より)
チェット・ベイカー、ジャズを聴く人ならほぼ認知していると思うが、そうでないと名前だけしか知らないとか、あるいは若い世代でジャズに長けてないと全く未知かも。wiki読んでもいいのですが、彼の生涯の方向性がほぼ書いてありますので(=ネタばれになってしまう)、観てから検索した方がよいような。
チェット・ベイカー wiki
ミュージシャンとドラッグとは親和性があると言っても過言ではなく、ヒット曲を要求される重圧から逃れたい、売れない苦悩から逃れたい、その他さまざまな誘惑から使ってしまうパターンがあると思う。周囲がやっていたから使うというパターンも少なくはない。そして使い始めると中毒となって更に薬代を稼ぐために音楽をやる。
この話は彼が麻薬で逮捕され、ミュージシャンとしての職を失っている最中を描いていて、ジェーンは劇中劇のチェットの相手役と、本作のヒロインとの両方を兼ねている。出会いから彼を支えるに至るまでのエピソードが流れるように早いので置いて行かれそうになるが、逆にスマートに描かれていることにもなる。実力があってハンサムで、だけどダメな男に弱い女はたぶん多いのだろうし、彼を支えたいという使命感も出てくる。人柄はよくても、そこに裏付いた生活力とか、固い意志がないと続かない関係だけど、その不安定な中にジェーンは敢えて飛び込んでいく。それだけチェットに抗いがたい魅力があったからこその選択なのだろう。
破天荒な天才チェットが、愛する女に支えられて立ち直ろうとしていく過程。それはじりじりするくらい歩みが遅く、瞬間に失われてしまった信頼を1つづつ取り戻す旅だった。築くのは途方もない苦労なのに、失う時はほんの一瞬で済むのが信頼だから、彼らはトップミュージシャンでは考えられない程の下積みに舞い戻る。そのことに苛立ちこそすれ、そこからドロップアウトする訳でもなく、いわゆるドサ回り的なところからやり直す2人。余計なプライドは捨て去ってドラッグを絶ち普通に生活できるようになるまで、チェットを支えるジェーン。キャンピングカー以外は何もない2人が、海を見て笑い合って、今、彼らは心が満たされているんだなとこちらにも一体感が伝わってくる。
流れるような映像、音楽は一貫している。話の展開はあるものの無駄な要素がなく、人物たちの葛藤も静かにスピード感がある。これほどまでにスタイリッシュに、転落人生を描く映画もなかなかない。チェットが再びスタジオで演奏を始めた時の周囲の感心や、少しづつ再びブレイクしていく様子を見ながらほっとしたのもつかの間、話の頂点はラストに静かに表れる。
チェットが順調に行き始めたと同時に、ジェーンにも再び甦って来た女優への夢。彼と一緒に私も夢を叶えたいというジェーンのささやかな願いは本当にいじらしく、全てがうまく回ることを女性は望んでしまう。しかしながら男に取っては、ある一瞬の強烈な欲求が叶えられるのであれば、全てを望まなくてもいいという本能がある。不協和音の見せ方は確実にこちらに嫌な予感を与えていて、細かな描写を見逃さないようにしないとそれとわからない絶妙のタイミングで出してくる。黒いスーツ、たばこの煙、トランペット、そして頬を伝う涙。どれもがきらめいていて、流れるような瞬間に全て差し出され、1曲の中で全てが完結していく構成がいい。イーサンもチェットの、どこか投げやりな雰囲気をうまく似せていて、映画に感情移入できる要因になっている。
★★★★☆ 4.5/5点
音楽映画、ミージシシャン題材映画にほぼハズレなしですよね。
チェットベイカーに真似るより自分らしさでのベイカーを演じたイーサン、素敵でした♪
音楽いっぱいの作品もいいんだけど、こうして心理描写を何気に掘り下げた作品が好きです。