朝、仕事に行くために自転車のサドルを握ってペダルを踏み出した時、
「あ、忘れた」
って思う時がある。
毎日じゃなく、ふっと、たまに。
忘れ物は何?
いや、忘れてないよ、私は何も。
あっ、アレだ。
マリッジリング。
左手の薬指に意識が向く。
あ、忘れちゃった、と。
いや、私にはもう必要ないんだよ。
もう着かなくなって7年になるのに、不思議だ。
銀座のティファニーで買ったリングは、いつしか枷みたいに感じる様になってしまった。
私を縛りつける枷。
指に着けるたびに喜びが込み上げた時もあったというのに。
どこにいったっけ?
プラチナだったかな。
売ればいいや、困った時は。
仕事で出会う高齢者のご婦人は、結婚指輪を外さない方もいる。
伴侶はとうに亡くなっているのに、100歳のその方は亡くなる時も着けていた。
その心は?
私には分からない。
きっと、夫を愛していたんだろうと推測する。
私にとって薬指のそれは、世間に対して「私は結婚していますよ」と示す意味合いが大きかったけど、相手との絆、愛の証として着け続けていく人もいるのだろう。
もう私はリングは着けないし、着ける義務もないんだ。
だからもう忘れて、私の左手薬指。