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莉光ママの日記

中学受験を経た高2男子を持つママです。子供や私の日常生活、今はたまにしか行けない大好きな旅行のこと等を日記にします。

ランチ♪

2017年11月01日 | ママの日記

今日は新宿ランチ♪

高校クラスの懇親会の下見も兼ねて。
一緒に幹事をしているママと約束。
ついでに違うクラスではあるけれど、いつも一緒にランチしてる友達も誘ってね。

あらかじめ目を付けておいたお店に行ってみたんだけど、ランチをやってる気配無く。
基本夜のおしゃれな居酒屋だけど、ぐるなびとかにはランチやってるって書いてあったのに~。
全く開店する気配が無いので諦めて別の場所に。

前に同じメンバーで行ったお店。
ここはパン食べ放題で、長居もできるので良いのよね~。

今日もゆっくりお話ししちゃいました。

ここで、お友達ママが息子さんの最近気になることを相談?され。
いやいや、思い違いでしょ~って皆で笑っていたんだけど。

帰って息子に聞いたら、いろんな話が出てくる出てくる。
傍で聞くと笑える話なんだけど、本気で心配していたママとしては複雑かも?
LINEで報告しました。
ま、仲間もいるし、そんな心配することは無いんと思うんだけどね。


台風

2017年10月22日 | ママの日記

台風直撃。
この時期の台風は珍しいらしい。

朝に衆議院選挙の投票に行って。
そのまま買い物に出ようと思ってたので、ものすごく近いけど車で。
そしたら、地下から建物内に入れなかったので、外階段を通って投票所へ。
これなら家から歩いても同じくらいだった。

買い物をして帰宅。
今日はこれから風雨が強くなってくるだろうし、もう家に籠ろう。

夜、風はそれほどでもないが、雨が強くなってきた。
主人の携帯だけけたたましい音が鳴った。
何故か隣の市の避難準備情報が。

それから、数時間後同じ部屋にいた3人の携帯が一斉に鳴る。
びっくり!
市内の避難準備情報が来た。
どうやら、我が家から歩いて5分位近い場所もあった。
へ~あの辺危ないんだ。
しかも、その近くのコミュニティセンターが避難所になってた。
ここ、豪華で畳の部屋もあるから避難するならここだよねって思うけど、
その周辺が崩れたらここも危ないんじゃ?

21:00に市の防災無線も入った。
先程の地域+お年寄りのいる方は早めに避難準備を始めてくださいとの内容でした。
市としても何かあったら困るから早め早めの対応をしてるのだろうけど。

夜中から朝方にかけての通過らしいので、何事もありませんようにと就寝。

後日談:多摩川に注ぐ川の合流点地域は水位がすごくて、自主避難をされた方もいたとか。
今回は台風の前からずっと雨が続いていたから、台風の雨量だけでなくそれ以前の水の量も多かったんでしょうね。
大事に至らず幸いでした。


初彼岸

2017年09月24日 | ママの日記

義父の初彼岸(て言うのかな?)

youchanもやっと日曜お休みで、一緒に義実家に行ってきました。
ずっと休みなしで、久々のお休みだったyouchanだったので、早起きさせずにちょっとゆっくり目に起きて出発。

11時頃お寺について。
家からお線香を持ってくるの忘れたことに気づいたんだけど、きっと売ってるよと言う主人の言葉を信じ。
そしたら、お花しか売ってなくて。
お寺のお手伝いのおばさんが、お寺にあるの分けてくれるって言ってくれたのだけれど。
コンビニで買ってくることにしました。
ほーら、だからコンビニ寄ってって言ったじゃない!

無事お線香をあげて、お参りして。

お昼近くなので、お昼を食べてから行きますって連絡しました。
お休みの日は、義兄夫婦がいるからね。
お昼を頂くのも、気が引けるので。

本当は、お義母さんと一緒に外食したかったんだけど、まだお参りに来ていない人がいるから、家を空けられないと言うので、残念でした。

昼食後義実家に行って、仏壇にお線香あげ。
しばしお母さんとお話して帰ってきました。


お祭り

2017年09月10日 | ママの日記

今日は鎮守様の秋祭り。
一部の地域を除いて、市内一斉にお祭りです。
各地域の神社のお御輿が出ます。

神社委員の主人。
今日は朝から晩までです。
ご苦労様です。

総代の近所のおじさん、主人に声かけたものの、やってくれるかな?という不安はあったようで。
やりますって言ってくれた時はうれしかったな~って、会うたび何度も言います。
今回声かけた全員がなってくれたんだって。
大成功だし、我々の地域の結束は固いってご機嫌です。

昨日会った従兄の子供に「その神社委員て何年やるの?」って聞かれて、「年取って体が動かなくなるまでずっとだよ。」って言ったら、ものすごくびっくりしてましたよ。
現代っ子はそう思うよね~。
昔からの考えの年配の人と自分の生活(特に休日)乱されたくないっていう若い人との中間世代の我々は、どちらの気持ちや考えも分かる。
でもね色々ね大人になると、自分の好きなように生活してれば良いって訳にはいかないしね。
心中は複雑よね~。
てなことで、主人葛藤しながら頑張ってます。

私は、昨日会った従兄の孫がもうすぐお誕生日(youchanと2日違い)だって聞いたので、昨日お世話になったしって事で、皆にケーキとその子にちょっと早いプレゼントを買いに行きました。
ケーキ屋さんで誕生日にぴったりのお菓子セットを見つけたので買いました。
まず、ケーキだけ届けて。
プレゼントは直接渡したいので、持って帰って。

そして、午後は私もお祭りの仕事。
昨年当番だったので、今年の当番の人に教える意味もあってお手伝い。
夕方になり、家の食事の支度をしに一旦帰宅。
ほんと家は端っこだから往復大変。
爺婆に食事を出し、youchanのも用意して。
youchanには帰ったら適当に食べてもらうよう連絡入れときました。

そして、再びお祭り接待のお手伝い。
この接待は婦人部で行うものなんです。
太鼓・山車・お御輿がそれぞれ到着して、わっ!と人が来てあっという間に食べ物も飲み物も無くなります。
このお手伝いをしてると、神社にお御輿が収まるのを見ることが出来ないのが残念。
毎年いざこざがあって面白いのよね~。
お御輿は当然地元の人だけで担ぐわけには行かず(そんなにお御輿か次ぐ人がいるわけない)、あちらこちらの団体に声を掛けて来てもらうそうなんですけど。
世の中にはね、沢山お御輿好きな人がいるみたいでね、300名の応援が来るそうですよ。
だから、お客さんに主に担いでもらって、地元の人はあまり担がない。
その代わり、よそに行ったときに担がせてもらうみたいな仕来りがあるんだって。
人の趣味って人それぞれ色々あるね。

接待所の片付けが終わったら、私は今日も従兄の家へ。
従兄の孫(ナナちゃん)今日も来てましたよ~。
で、私のプレゼントめっちゃ喜んでくれてて。
このぐらいの年ってかわいいね~。

で、私が行ったら夕飯にしようってなって。
また真面目に働いていた主人と従兄の子を、従兄のお嫁さんがこそっと呼び出して連れてきてくれた~。
何も言わずに来ちゃっていいのかな?って思うけど。
もうすっかり飲み始めちゃったし、もう帰らないモードで。
のんびり夕飯御馳走になりました。
今日はyouchanは来なかった(笑)

昨日お御輿担げだのなんだの、からかわれ。
昨日はそれだったら、大学生になったらラグビー部の奴連れてくるとか言ってた。
来年は日程的にテストがあるから、無理なんだよね~。
youchanはあの細さじゃお御輿無理でしょ。
でも、今は女の人が結構担ぐのよね~。


今度から毎年こんな感じになるのかな?



綱張り&前夜祭(夜宮)

2017年09月09日 | ママの日記

明日は鎮守様のお祭りです。

今年から神社委員になってしまった主人。
今日明日は大変そうです

前日の土曜の朝は綱張りって決まってます。
良く神社のお祭りの時に綱にピラピラと白い紙ががくっついてるやつ、あれをずっと張って行くのです。

私は昨年初めて参加しました。
へ~こうやってるんだって初めて知ることばかり。

今年は主人と二人で参加。

我が家は地区の一番端っこに位置していて、しかも坂の上。
(だから昔からうちは「坂上さかうえ」って呼ばれてます。
近所の総代のおじさんは、「うちは上高地だからよ~。」って。
全然涼しくない上高地なんですけど~。

家まで来たら、サクっと抜けようと思ってたら、ごくろうさまのお茶&コーヒー飲んでってて。
また坂下まで。
この坂下って言うのはバス停名になってる位。
小さい頃からほとんどの家を屋号で皆呼んでて。
どうしてかって言ったら、同じ苗字が沢山あるから区別するためだそうです。
私なんて学校が真反対だったから、あまりこの地域の事知らなくてね。
母の実家の近くは屋号で皆呼んでるし、苗字を全然知らなかった。
それから、年配の世代は、お互いに「まーちゃん」だとか「ゆうちゃん」だとか「〇〇ちゃん」て呼んでて。
何か聞くと「あ~それは〇〇ちゃんだな。」とか言われて、「〇〇ちゃんて誰?」って訳わからん

主人なんて「マスオさん」だから、益々分からなくて。
神社委員の顔合わせバーベキューで自己紹介されても、どこに住んでる人なのか、それこそ分け分からなかったみたいです。
でも、そんな中頑張ってくれてますよ~。
ありがたいね。

神社委員の仕事で居残った主人。
一旦戻って、お昼食べてからまた出動。

そして、本来ならお父さんが亡くなった年だから、喪中ですって逃げられる事もあったんですけどね。
ずっと新年明けるまで神社の鳥居はくぐっちゃいけないと思って。
けど、調べたら49日過ぎてしまえば神道の行事に参加しても構わないみたいなんですよね~。
従兄に聞いたら、人それぞれだな~って自分の気持ち次第みたい。
気になるんだったら、神主さんが来る時にお祓いしてもらえるからって。
で、本日神主さんが来て(小さな神社なので神主さんはいません。)、そういう人達が集まってお祓いしてもらったそうです。

そして、午後はお御輿を地域に引き回す?要は、台に乗せたお御輿を地域全体に引いて見せて回るって事らしい。
そんな事してるなんて、ほんと知らなかった。
地域はひろ~いので、そこをずっと回るのは大変らしい。
神社委員の皆さまご苦労様です。
今年は若いのが8名入ったら、爺さん達、おしゃべりに夢中で綱もってても、たわんでてちゃんと引いてないんだって。
結局若い人達が一生懸命引いてたそう。
暑い中大変だったね。
それから、うちの方からは遠い地域内をずっと回ってるのに、最初から最後までいるのは、上の方、所謂神社周辺の我々地域の人だけで、他の組の人は近くの時にちょこっと顔を出すくらいらしい。
なんか、引き損だね~

神社に戻ったら、夜宮の準備。
本当に奉仕精神、地元愛がないと出来ない事だね。

昔はそんなの無かったのだけどね~。
最近は委員のおじ様達ががんばって、夜宮をやって子供達に参加してもらってるみたい。
段々子供も少なくなってるからね~。

で、家では爺婆の夕食も終わって片付けをしてる時に、主人から電話。
疲れた声で
今下のうち(母の実家)に避難してきたって。
私に呼び出しがかかったので、ちょうどyouchanも帰ってた所だったけど、
ちょっと夕飯待っててねと言って出かけました。

働かされてたうちの主人と自分の息子を見かねて、従兄が連れだしてくれたみたい。
従兄は要領が分かってるみたいで、そんな真面目にすることないんだって。
昼間のお御輿の時も中抜けして珈琲飲みに行ってたんだって~。
主人に声をかけようと思ったら、前の方で真面目に引いてるから、言えなかったって。
来年からは従兄の側にいるってさ

で、「久しぶりだから夕飯くってけ。」と言われ結局神社に戻らず。
youchanも呼べって事になって電話。
最初渋っていたけど、私夕飯用意してないしって事で来ることになりました

従兄んち(母の実家)は昔から人を集めるのは常で、盆、お祭り、餅つき、正月は勿論、何かと言うと皆集まってました。
もう、我が家とかは行かなくなって久しいけど。
今はで従兄兄弟、その子供達、更にそのまた子もいるので総勢何人で集まったりしてるのでしょう?

それと、外ではお御輿の面々の前夜祭が繰り広げられており。
家全体がお祭りムードでにぎやかなんです。
お御輿仲間の上役なのかな?従兄の仲良し?の人が何名か、勝手知ったるで当然のように茶の間に我が家のように入ってくる。
馴れ馴れしく話に入ってくるけど、いやいやそういうの決して嫌いじゃないけど、あなたどなた?状態

従兄の孫が年少さんの女の子で、またこれがおしゃまでかわいくてね。
久々にこの年代の子と接しましたよ。
ママも働いてるからずっと保育園に行っていたんだけど、今年からyouchanが行ってた幼稚園に入ったんだって。
幼稚園の話とかして、楽しかった。

人が作ってくれた食事っていつぶり?って位、美味しかった~。

youchanも久しぶりで、まだまだ子供の時しか皆と会ってなかったんだよね。
色々いじられてました。
家の従兄達とっても口が悪いのよ~。

で、明日も来いよ~と言われて、3人で神社の前を通らずそっと帰ったのでした。

 




 





 

 


草刈り&神社委員

2017年08月26日 | ママの日記

今年から主人が地域の神社の「神社委員」て言うのを仰せつかりました。

昨年うちがお祭りの当番になって。
主に女の人つまり私の役目なんだけど。
その時に神社の草刈りに主人を借り出したら、あそこに若者いるぞと長老たちに目を付けられちゃったみたいでね。
だんだんそういう役をする人たちの高齢化は避けられず。

建売の戸建ての方達は新しく来ても地元の自治会には入らないから、どうしても地元民で若い人って少なくなっちゃうんだよね。マンションの方達は勿論論外。

今回神社の総代も世代交代して、80代が70代になった(笑)
この神社委員の方々も60代後半から70代で、元気な人だったら仕事リタイアして今が一番動ける年代なんだけどね。
このままだとこの先後継者に困るという事で若い人(って言っても30代40代)に声をかけたようで。

総代も全く知らない人じゃないし、今後のご近所のお付き合いもあるしって事で主人は引き受けることになりました。

で今日は神社の草刈りだったんだけど、主人は病院だったので、私が行ってお手伝い。
女の人はクラブって言う集会所の中をお掃除するのです。
これは毎年少ないみたいで、今年は女性は3人。
昨年は雨だったこともあって、2人でした。

地域の行事って、こういうボランティアの人達が頑張って成り立っているんだよね~。
なかなか昔からの風習を続けるのって難しいね。

我々世代の後はどうなっちゃうのかな?って不安はあるね~。


またお別れ

2017年08月21日 | ママの日記

叔父が92歳で亡くなりました。
母の姉のご主人です。
叔母は一昨年の9月に亡くなっていて。
思えば母はあ身体になって何人見送ったことでしょうか?
倒れた時は、叔母夫婦はまだまだ元気で母よりも先に行くとは夢にも思わなかったけど。
いずれも年長の方々なので順番順番で人は必ずお別れがする日が来る 仕方ない。

叔母夫婦はとっても仲の良いご夫婦でした。
元気な時は近所を散歩したり、お気に入りの喫茶店に珈琲を飲みに行ったり。
母はとってもうらやましかったと思う。

叔母が先に逝ってしまった時叔父はとっても寂しそうだったけど、気丈にしていた姿が忘れられません。
あれから2年とうとう叔母の下に行ってしまいました。

叔父は特攻隊志願兵だったらしく、知覧まで行っていたみたいです。
どんな時を過ごしていたのか、間近で散って行く尊い命をどういう思いで見送っていたのか、私達には想像すらできない。
そんな時を経て、恐らく勉強できる時代になって勉強して、名だたる会社に就職して、叔母と結婚して、家族が出来て。
その間も順風満帆ではなかったかも知れないけれど、晩年は穏やかな良い暮らしが出来、娘夫婦と孫に囲まれて生活できて。
幸せだったんじゃないでしょうか。

最期も病院ではありましたが、家族に看取られて穏やかに逝かれたそうです。

49日が終わるまでは、生前の思い出の場所を辿っていると聞きました。
今頃は単身赴任した先や叔母と一緒に旅した所等訪ね歩いているのでしょうね。

とっても器用な人で、私が小さな時の記憶でタバコのパッケージを使ってミニチュアの傘を上手に作っていたこと。
それととても絵が美味くて、退職後は色々絵を描いて周ってました。
今頃訪ね歩いた先々でゆっくり描いてるかな?

もう少しでおばちゃんに会えますね。

お別れは寂しいけれど、命は新しい世代へとつながっている。
今の叔父家族を見てつくづくそう感じます。


 


初コインランドリー

2017年08月16日 | ママの日記

久しぶりに家族そろった日。
主人も今日まで夏休みらしい。
youchanも合宿明けでお休み。

しかし、ずーっと天気がぐずぐず。
youchanが合宿に行ってからずっと晴れが無く、しかも涼しい(これはいいのだけど)
こういう天気だと洗濯物が困る。

合宿では洗濯してくるといっても(1年生が2年生のを洗濯してくれる)、ちょっとちゃんと洗われているのか心配。
故に結局全部洗うことになるのだけど。

私達の2泊の旅行分+爺婆の分もあるし、すっきり乾かないだろうから。
初コインランドリーに行ってみることにしました。
一番近くのお店に行ったけど、皆考えることは同じですよね~。
駐車場を見ていっぱいそうだったので、違うお店に。
ここもいっぱいだったけど、お店に入ってみたら案外大丈夫で。
多くの方は乾燥機だけ使いに来てるみたい。
うちは初めから洗って乾燥させたかったから、1台空いてました。
すぐに開始して。
youchanの靴も洗いたくて、靴専用も使って。
もっと時間がかかると思って、終了後のバックを持って行ってなかったから、
主人に残っててもらって、父のお昼を買って私はいったん帰宅。

次はyouchanも連れて行き、ちょうど終了していて、畳んでバックに入れて。
お昼を三人で食べに。
そして帰宅。

コインランドリー便利。
今度は大物持って行こうっと。


お盆 (お迎え火)

2017年08月13日 | ママの日記

今日からお盆です。

朝お花を買いに行き、お寺へ。
主人と二人でお墓を掃除して、後でお迎えするからもうちょっと待っててねとお参り。
(今お墓に入っているのは、私が生まれる前の方々なので私は直接知りません

今日から主人と出かける予定だったので、父が気を使って「出かける時は早く出た方が良い。」と言ってくれて。
通常15日のお迎え日は、夕方家の前で苧殻を燃やして、ご先祖様をお迎え。
そして、夕飯はうどん(こちらの方ではうどんも※そばと呼ぶ)それに伴い自然にWITH天ぷらなんです。

 

※この「うどん」を「そば」って言うの、子供の頃から何の疑問も持たずに聞いていたんですが。
我が家では特に父が何でも麺は「そば」と言う。勿論、「うどん」と「そば」の区別はついているんですよ。
「そば」って言われて、会話の流れから「うどん」か「そば」の区別がつけられると言うか、自然にね。
結婚して主人に指摘されてから、それが一般的にはおかしいって気がついたんですが
youchanが小学生になって地域交流みたいな行事に私が役員で参加した時、「多摩そば」を食べるっていうのがあってね、。「そば」って言うから「そば」だと思ったら、「うどん」だった。その時気づいたんです。我が家だけ変なんじゃなくて、こちらの地域では「そば」=「うどん」て昔は言ってたんだな。そりゃね、父からすれば子供の頃からそう言う風習なんだし。小麦の文化できっと子供の頃はうどんしか食べてなかったかも知れないし、「そば」で違和感は全くないんでしょうね。

地域差って言うのかな?そんなあれ!?違うの?って事ありませんか~?
お盆の風習も地域によって大分違いますよね。
え~そんな事するの?ってびっくりするのもあるし。
ちょっと今疑問なのは、お墓が遠くて、しかもマンションだったりする方はどうやってご先祖様をお迎えしてるのかな?って。
お迎えしないのかな?
段々と昔の風習って簡素化されてますよね。



話は戻りまして、我が家のお盆のお話。
↑でお話した「うどん」の事。
なんか、お迎え火、送り火の時は「うどん」を食べるって事になってる。
これはね、前はご先祖様が乗ってやってくる牛・馬をきゅりとなすで作った。
その時、うちの方では手綱をうどんで見立てたんですよ。
その時にうどんをゆでるから、ついでに夕飯はうどんにしましょうって事だと私は思ってたんですよ。
今はお店で売ってる藁とかで作った物を買ってしまうので、手綱はいらない。
だから、うどんじゃなくて良いんじゃないの?って思ったんですが。
なんだか、調べてみるとお盆て麦などを作る農家の方の繁忙期が終わって、収穫した物をご先祖様にお供えするっていう意味があるって。
それで、うどんをお供えするらしいです。
それで、納得です。

それこそ、意味は分からなくとも(父は世間知らずなので、風習の意味とか全く知らず)小さい頃からお盆はうどん!とインプットされているので、それじゃなきゃダメなんでしょうね~。
で、私達を早く出すために、お迎え火を早く済ませて、お昼にうどんにしようと。
それじゃ、天ぷら早く揚げないとと。(天ぷらなんかいらないよって言われたけど、うどんだけってのもなんだかねなので)
お昼前から、天ぷらを揚げはじめ。
うどんを作り、それからお供えするお団子作り。
いつもより早くのお迎え。
ちょっと早くて、我が家の仏様びっくり慌てたかもね~。
うちの母、こんなに(自分が)ちゃんとお迎え出来なかったのは初めてじゃないか?と。
いやいや、毎年そんなですよ。
倒れてから、毎年そんなじゃないですか?
そして、毎年そんな事おっしゃってますよ。
そんなこんな言いながら7回目、今年もお迎え出来ましたね。
まだ、あちらのお仲間に入れてもらえず・・・
ま~毎年毎年どれくら私がお願いしている事だろうか?(全然聞き入れてもらえない
来年もお迎え出来そうですね。頑張ってくださいね
な~んて

そして、お昼を食べ。

ちょっとゆっくりしてから、留守中の父達の食事を用意し。

私達夫婦は出発~

我が家の仏様、何もお構いできませんが、ゆっくりして行って下さい。


久しぶり~

2017年07月22日 | ママの日記

今日は夜久しぶりに友達に会う日。
youchanの幼稚園時代のママ友。

年に1回ぐらいは会っているかな?
今年は初めてだね。
皆昔と違って仕事をしているんで、昼間ランチとはなかなかいかないけど。
こうして、夜会うのもゆっくり出来ていいのです。

皆の夕飯を用意して、爺婆には早めに食べさせて、後片付けもして。
youchanも部活から帰って来たので、パパと二人で食べさせて。
後片付けまで出来た。
皆との待ち合わせ場所・時間には間に合わなく、直接お店に行きました。
車で主人に送ってもらって。(楽ち~ん)

いつも気づくとバスも電車も無い時間の午前様になってしまう私達。
珍しく、11時前に解散で。
バスもまだあったんだけど、次まで時間あったので結局タクシーで帰った私でした。

定期的にまた会おうよと約束して、次回は11月に会うことに。
又ね~


ビュッフェ

2017年07月17日 | ママの日記

今日は祝日、だけどyouchanは部活、婆はディサービス。
最近頓にディサービスを休むと言うのが多くなった婆。
年は年で体もあんなだから分からなくもないが、体を動かさないと動かなくなるって本質が分かっていないのでね。
悪循環で。
毎朝、今日は行くか?行かないか?とひやひや。

今日は行ってくれました~。
幼稚園行かない~と駄々をこねる子を持った母のようです。
こっちも毎朝憂鬱。

婆を送り出したら、遊びに行きたい所だったが、納品があったので、来るまで待って。
なんとか午前中には来てくれました。

爺は歯医者に行ったついでに自分でお昼を買ってきてくれたので、即効主人と出かけました。
普段の土日は行けないららぽーとに。
買い物じゃなくて主目的はランチなんだけどね。
二人で炭水化物はあまり食べないことにしてるんで、好きなものを食べられるビュッフェのお店にしました。
休日はどのレストランも混んでますね。
平日来るとガラガラですが。
食べた後は、食料品を買って帰宅。
ここ最近自分の物をゆっくり買い物する時間て本当にない。
物欲もあまりなくなってきたけど。
気力がどんどん年寄りに吸い取られてる気がする・・・


新宿でランチ

2017年07月10日 | ママの日記

今日はyouchanの学校のママ友とランチ。

まず、1人とスタバで待ち合わせして、クラス親睦会の打ち合わせをちょこっとしようと約束してました。
暑いので、地下道を通って行き、地上に出てスタバに向かうと、ビルが改修工事してる。
あれ~スタバが工事中でやってない
私は早めに着いていたので、近くに他のカフェがないかと探しましたが、ちょっと歩けばあるけど、
ランチの時間もあるから、そう遠くでも仕方ないなと諦め。
お友達に中村屋のショップにいるからとLINE。
ショップの中でブラブラ見ながら涼んで。
中村屋のカレーあられ買っちゃった

しばらく待ってお友達も来て、立ち話でさらっと打ち合わせして。
ほどなくもう一人のお友達も来て。
本当はスタバにいるからってちょっと早めに来てくれたんだすけどね~肝心のスタバがダメだったから
仕方なく、紀伊国屋書店で涼んで。
ちょこっとお茶できる場所が近くにあれば良かったんですけどね~。

ランチの予約時間間際になったのでお店へ。
新宿中村屋のビルに入ってる「ランブータン」と言うレストラン。
基本エスニックなのかな?
メインのランチメニューを頼んで、ランチ時はパン食べ放題とドリンク飲み放題が付いてます。
パクチー推しのお店だったので、私は20食限定のパクチーランチを頼みました。
お友達は、ラザニアとサラダプレート(生春巻きがのってましたよ)。


パンはバゲットだけじゃなくて、色々なお惣菜パンとか甘い系のパンとかた~くさん。
次々と違った種類が出てくるの。
沢山の種類が食べられるように、1つは1口2口サイズにカットされていて、とっても配慮されてる感じでした。
欲張りな女性の気持ち良く分かってる~
お客さんは女性ばかりでした(笑)

飲み物もファミレスのようなのでなく、おしゃれな感じで、デトックスウォーターとかあったりして。

私のにはデザートも付いていたみたいで、出てきたのがこれ。

パクチーのチーズケーキて言ってたような?
右の緑は正にまんまパクチーです。
その下は、マヨネーズじゃなくて生クリームですよ~。
覚悟して口に入れましたが、全然パクチー臭くなくて、そう言われたらパクチーかな?位で。
普通に美味しいレアチーズケーキでした。
さすがに生のパクチーは一緒に食べませんでしたけどね~。


90分制のはずなんですが、過ぎても何も言われなくて。
本当はその後移動してお茶しようね~って言ってたのに。
ずっとその場にいちゃいました。
お店の方すみません
大満足のランチでした。

その後、クラス懇親会のお店の場所確認して、解散。

今日もた~っぷり話して、楽しかった~。
でもまだまだ話し足りない(笑)


七七日

2017年07月02日 | ママの日記

七七日と書いて「なななぬか」と読むのですね。
早いもので、義父の49日法要が済みました。

定期テスト直前でちょっと大丈夫?って思ったけど、youchanも 三人で行きました。
本人が別にそんな前に勉強することないから大丈夫だから行くって言ったから。
家の爺は心配してましたけどね~。

早めに着いたので、実家に寄ってお義父さんにお線香をあげてからお寺に行きました。
実家の方の風習?で、葬儀の時にお手伝いしていただいた近所の方(あちらでは組と言うらしい)も来ていただいて
お礼に意味で法要後のお礼の意味で会食をしていただくのだそうです。
最近ではだんだんそういうのも少なくなってるみたいですけど。
お呼ばれする方も時間を割いてきていただくわけですから、大変ですよね。
かえってご迷惑じゃないかと義兄夫婦は反対したらしいですが。
ここは義母が譲らなかったみたいね。

義母の従兄達が浦安の方からみえると言うので、待っていたのですがなかなか来ず。
義母がちょっとしっかりしていないので連絡もつかずで。
主人が駅まで迎えに行ったりしてみたんですが、いないと帰って来てしまい。
時間になってしまったので、お経を始めてしまいましたが、とうとう終わっても来られなくて。
どうしたんだろう?と心配していたら、お寺の方に乗り換えを間違えてしまったので遅れますと連絡があったそうです。
まあ、それを聞いて一安心。
皆さんお年寄りなのでね、心配してました。
中には90歳を超すおばあさんがいます。
お年寄りもずっとお若くて、葬儀の時お年を聞いてびっくり。
すっごくお元気なんですけどね。
よくその年で電車に乗って来られますよね~感心します。
その方たちは、納骨の時に間に合い、良かった~と安心されてました。

それから、会食のお店に。
お年寄りたちを家の車に乗せて先に主人が。
近所の方、我々はお店の送迎バスを待ちました。(これが遅れてて暑い中お待たせしてしまいました
お店についても、席の名札を置くのもなんだかグダグダで。
それならそうとお義母さん言ってくれたら先に行って用意できたのに~。
義姉と1周忌の時はそうしましょうねと約束しあいました

丁度前日にお義父さんの勲章が届いたそうで、この時にお披露目出来て良かったです。
公立学校の校長をすると88歳または亡くなった後に勲章を頂きます。
お元気であればね88歳でご自分で頂けて、お祝いも出来たんですけどね残念です。
(うちの父は自分で確認出来そうな気配ですよね後2年?それまで婆も生きててもらわなくちゃとか時々行ってるし勘弁してくれ

会食後は主人は浦安方面の方々を送る&相続の放棄の印を押す等の用事があったので、私とyouchanは先に電車で帰りました。
前回の私の経験があったので、新宿湘南ライナーのグリーン券を買って座って帰りました。
やっぱりこれが楽!

家に帰ったのが17時前。
電車だとどうしても2時間かかりますね。
やっぱり遠い。
会食で食べきれなかったうなぎ等を持って帰って来たので、ちょうど爺婆の夕飯にぴったりで助かりました。

主人は18:30頃帰ってきました。
最高齢のおばあさんが葛西だったので葛西駅まで送って行って皆さん解散したそうです。
お疲れ様でした。

主人はね、優しいからお母さんから頼まれたら嫌と言えないの。
何でも一つ返事で「いいよ~」って言っちゃう。
お義兄さんは文句たらたら言うタイプ
だからお義母さんも頼まない
どうしてこうも兄弟で性格が違うのか?と不思議に思いますが、自分の夫がやさしいタイプなので私は
(絶対お義兄さんのような人とは結婚しないわ~


お義父さん、心配で上から見てるかな?
特にお義母さんの事が心配で心配でしょうがないでしょうね。

お義父さん、ご両親や先に亡くなったご兄弟や懐かしい方と会って「お~」なんて してるかな?


まつエク&検査

2017年06月29日 | ママの日記

今日はまず午前中はまつエクへ。
3回目です。

初回は毛質を真ん中のグレードにしたのだけど、すぐに取れ始めてしまって。
3週間後の2回目施術の時はほとんど残っていなかった
2回目は一番下の毛質にしたら、結構残っていて3週間でこれなら優秀ですって
なので、3回目もこの毛質でやってもらいました。
人によって合う合わないってあるから、一概に高いものが良いって訳じゃないんですって。
わたしにはこれがあってるようです。
大分残っていたので、つけたしでOKで。
今まで片目40本だったのを50本つけてくれました。
施術する方、器用じゃないと出来ないよね~。
残った数もカウントするのよ~。
老眼じゃできない~。

まつエクってお手入れが大変で、正直私には面倒で。
担当の人はまつ毛パーマをお勧めされます。
まつ毛パーマは2回ほど経験あるんですが、確かに何も制約がないので楽です。
ただ、今昔に比べてまつ毛が薄くなってきた感があるんで。
まつエクは何か特別なお出かけがある時にするとして、次回はマツ育をしっかりして
まつ毛パーマにしようかなと思ってます。
まつエクは継続するにはお金がかかりすぎる。
貧乏な主婦がするもんじゃないね

終わったら丁度お昼時だったので、ショッピングセンターのカフェで軽食を食べてちょっとゆっくりして。
その後病院へ。
ちょっと下腹部が痛む時があって気になっていたので婦人科を2週間前に予約。
診察のついでに、ここは乳腺科もあるから、自費で乳がん検診をしようと予約しました。
市でも主人の健保でも検診のお知らせあるけど、不調な時に診てもらってるから良いかな?と
なかなかしっかり検診は受けてなくて。
久しぶりのしっかりとした検診をしました。
どうせならと乳がん検診はマンモと超音波と両方してもらうことに。
この病院は、病院らしからぬ外観と内装なんです。
だから、病院に来ているって感覚を忘れてしまいそうな。
待合室も、ふっかふかのソファー。
検診もとても親切で、流れ作業じゃないの。
市の特定検診の方達と一緒でしたが、一人に一人看護師さんが付いてくれて、とっても丁寧。
私一人エコーでしたが、研修中なのか技師さんが「機械の操作を教えるので2名で入ってよろしいですか?」って。
若い技師さんが検査してくださいましたが、お話しながら丁寧にやってくださいました。
説明も丁寧に。
私が見た限り異常個所は無いですよって。
良性な腫瘍だと白っぽくて、悪性だといかにも悪いですって黒っぽく嫌な感じで出るんですって。
普段自分で気になる箇所とか申告したけど、特に異常は見られないって。
で、ベテランの先輩も入ってきて、再度見てくださいました。
ダブルでチェックしてもらって、ラッキーでした。
エコーでは恐らく問題ないでしょうって。
技師さんは何となく分かるけど、最終診断は医師じゃないと出来ないらしいですけどね。

次にマンモ。
痛いは痛いけど、私はそんなに嫌じゃない。

で、ここまでもちろん女性技師さん。
先生は男性だろうなって(外来表見ると男性医師だけだし、技師さんもそう言ってたし)。
触診の診察室呼ばれてはいると、あれ?女性の先生だ!
ラッキー。
とっても丁寧な先生でした。
定期的に自分で触って検査して、ちょっと状態変わってきたなと思ったら、外科で診察してもらってくださいねって。
機械での検査はあくまでもスクリーニングだからって。

最後に婦人科の検診。
婦人科はここの病院で診てもらうことが多く。
週1女性の先生なのでね。
今日は女性医師の日だから予約したんです。
中華系の年配の先生でした。
主に右下腹部が痛いことがあり、卵巣に異常があったら怖いなと思って。
一番は怖いのは卵巣癌ね。
出産時の帝王切開で卵巣嚢腫が見つかって、嚢腫部分を切除した経験ありで。
内診の結果、特に異常はないって。
子宮には筋腫があるけど、そう大きくないし、閉経すれば無くなっちゃうから心配ないって。
「卵巣には卵まだあるよ~」って先生。
「まだ妊娠するかもね~」って冗談(笑)
「まさか~」って私が言ったら、「いや~分からないよ」~って
まあ、冗談はさておき、いますぐどうこうなる病気はまず無さそうだと言う事で、ひとまず安心。
子宮頸がんの細胞診をしたので、その結果次第ですね。
いくら内診で異常なくても、これは結果が出ないと何とも言えないと思うので。
1週間後の結果が出るまでは、ちょっと心配です。

いずれにせよ、早期発見早期治療。
簡単に調べられる病気は自分で気を付けて見つけないとね。
なかなか発見しづらい病気になった時は、それは天命だと。
まだこの年では、もうちょっと自分の体も大切にして、もうちょっとはこの世でお役目を果たしたいかな?
長寿とまでは望んでないけど、いやそれは自分自身は逆に嫌だと思ってるので。
今しばらくは、どうか・・・

望んでも望んでも、まだまだやらなきゃいけない事沢山あるのに、逝ってしまう人沢山いるんだもんね。
生かされてる間は、不平不満を言わずに(ついつい思ってしまうけどね)、自分に課せられたことは
しっかりやらないとね。


ごきげんよう

2017年06月12日 | ママの日記

(30年分の思いがあるので、いつにも増して長文です。あしからず)


「ごきげんよう」は、私の中学・高校でのご挨拶の言葉でした。
授業の始まりと終わりは「起立・礼」の代わりに「ごきげんよう」。
女子校では、このご挨拶を交わす学校は多いですね?
女子の子供がいないので、こういう挨拶をする学校に関りが全くない今では、「ごきげんよう」は懐かしい言葉の響きです。

あの頃、朝でも夕方でも、始まりでも終わりでも「ごきげんよう」と言う事に、少し違和感を持ちながらも、使い続けておりましたが。
いったい、この「ごきげんよう」って何?
中学の初めの頃、先生からご挨拶の意味の説明があったかも?知れませんが。
私の心には残っていませんでした・・・
改めて、意味を調べてみたら、初めにお会いした時は、「ご機嫌麗しくて良いですね」という意味合いで、お別れのご挨拶の時は、「ご機嫌麗しくお過ごしください」という意味だと分かりました。
その、省略型なんだそうです。
なるほどね~。
この学園関係のお手紙やメールの時に「皆さまごきげんよう」って書いてあるけれど。
お手紙の書き出しの「ご健勝のこととお喜び申し上げます」みたいな意味なんだな~って納得。

そして、4月にこの「ごきげんよう」と冒頭のご挨拶が書かれたお葉書が届きました。
卒業30周年という記念の年の同窓会の案内でした。

は~もうそんな月日が経ってしまったかと感慨深くもあり、恐ろしくもあり。
まだまだ心はあの頃のままと思っているけれど。
自分の子供が高校生なんですもの、あたりまえの年月が経ち、あたりまえの年なんですよね

今でも交流のある友達と「行く?」「どうする?」って相談しあい。
私は、義父の様態の件もあったので不安ではあったのですが、都合がつく人と出席しようと決めました。

私達の同期は、比較的頻繁に会う機会があるようで、毎年学校で開催される学園全体の同窓会には必ず誰かが行っていて。
(まあ、いつも同じようなメンバーなんでしょうが)
その流れで、小規模な同窓会があるみたいな。
そのことは知ってはいましたが、なかなか時間も取れないし、踏ん切りもつかないしで、学校へ出向くことはありませんでした。
前回出席したのは、恐らく10年前やはり大規模に同窓会を企画してもらった時。
今回は、先生達も沢山いらっしゃるそうで、それならと楽しみにしていました。

以前から同期のLINEグループがあったようで、早速参加。
懐かしい名前の方々に会える日をワクワクして待ってました。

当日は、友達と少し早くに待ち合わせして、お茶しながら一おしゃべりしてから会場に。
場所は新百合ヶ丘のホテル。

受付でなんと一人一人卒業アルバムの懐かしい写真入りの名札をもらいました。
そうだよね~、これがないと誰が誰だか分からないよね~(笑)

な~んてことはなく、大体の方はそのまま 年相応のおばちゃんになってました。
案外わかる物です。
中には、「久しぶり~」って話しながら、内心「この人誰?」ってさりげなく胸の名札見て、「あ~」って分かる人も
私は「もーちゃん(昔のあだ名)、全然変わってないよ。」って。
「名札見せなくて、分かるよ~、」って言われました。
あ~良かった~

懐かしい先生方ともお話ししました。
昔はちょっぴり怖かったけどすっかり丸くなられた先生。お話しててうるうる涙してしまったり。
いつまでも若々しい先生とお話して、私達もあーなりたいなと思ったり。
先生は、若い子達に毎日接して「若いエキスを吸ってるのよ~。」っておっしゃってました。

先生方16名は壇上に上がられて、お一人一人お話してくださいました。
その時の先生方のご挨拶は「皆さん ごきげんよう」です。
懐かしかったですね~先生の「ごきげんよう」。

最高齢では90歳の先生がいらしてくださいました。
女性で数学の先生でした。
杖無しでしっかりご自分で歩かれて。
壇上でもしっかりしたお話で、まだまだ人の役に立ちたいと日々頑張ってますっておっしゃっておられました。
何時までも先生、心身ともにお元気で。

今でも現役である先生が、生徒は私の宝ですっておっしゃいました。
生徒である私はそう言われてうれしいと思うと同時に、同性の女性として、そんな胸を張って言えるお仕事をしている先生が羨ましく。
さらに、子育て時期を教員として過ごされ、その時代を経て、今やお孫さんまでいる年齢になっても変わらず教壇に立ち続けている先生に尊敬の念を持ちました。
凛と輝いて見えました。
だから、素敵に年を取っていらっしゃるんだろうな。
一人の先生のみならず、女性の先生皆さんとても素敵な年の取り方をしていらっしゃいました。

先生って正「先生」 先に生きる人ですね。
何時の時代も、生徒達の道しるべ、目標となってくださってると感じました。

私達の学校はカトリックなので、シスターの先生もいらっしゃいます。
シスターの先生方は、先生を引退されても、色々な方面で活躍されているようです。
常に奉仕の心を持って。
在学当時は「奉仕」と言う言葉を良く耳にしました。
この学園卒業後は宗教とは無縁の大学に進学し、社会に出て、母になり。
すっかり「奉仕」と言う言葉を聞く事は無くなりましたし、自身の中にもすっかり無くなっていました。
今の自分は「奉仕」とは無縁の生活だな~なんて思ったんですけど。
先生方の温かい言葉の数々を聞いているうちに、あ〜私の人格形成の原点はやっぱりこの学校なんだなと思い起こさせてくれました。
なにも縁戚以外の人に手を差し伸べ、施す事だけが「奉仕」では無いかな?と思い始め。
「奉仕」私も今家族にしてるんじゃないのかな?
自分の事はいつでも後回し、常に頭の中は父母の事。
その次、息子、夫(夫が一番後って言うのが申し訳ない
今私の現状では、この「奉仕」が精いっぱい。
でも、この家族を支えるのは今私にしか出来ない事ですものね。
こんな私でも胸を張っていいですか?先生。

私はこの学園で勉強だけじゃなくて、様々なことを学んだと思います。
私は、この在学中の6年間で慈愛と言う事を学びました。
先生からまた友達から。
父母の家庭の中にいるだけでは得られなかった環境だったと思います。
周囲の人のみならず、世の中の様々な人々を慈しみ愛する心、時には自分を犠牲にして人に尽くす心。
確かに私の中に生きています。
この同窓会は多くの気づきをくれる貴重な機会でした。
あ~私は昔この温かい環境の学校にいたんだな~って。
幸せな気持ちになりました。

同じ年に同じ学び舎で机を並べても、120名それぞれに様々な職業についていて。
主婦をしながら働く人が主で、会社員・経営者・教師・医師・看護師・薬剤師・大学の准教授・翻訳家・TVのプロデューサー・日本刺繍作家・音楽家etc.
多種多様な方面で皆がんばっています。
一見様々でばらばらに思えても、話してみるとあの頃のまま。
同じ環境で育った仲間、根っこは同じだなって感じました。
先生、皆地に足をつけて頑張って生きていますよ。
学校って勉学だけ教えるところじゃないってあらためて感じました。
人間形成大事だな。

さてさて、色々な思いを起こさせてくれた楽しい2時間はあっという間に過ぎ。
次は2次会。
そのまま帰れば、父母の夕食の時間に間に合ったのだけど、主人に電話して、どこどこになになにが入ってるから温めて出してってお願いしちゃいました。
何1つ文句を言わず、快く受け入れてくれるやさしい主人に感謝です
出席するか迷ったけど、飛び入りでも大丈夫だよっていう幹事さんの言葉に甘え出席。
そういう人が多かったらしく、30数名の予約の所、50数名参加と言う大人数で開始。
男性の先生も数名参加してくださいました。
余りにも人が多すぎて身動きできないほどギュウギュウの居酒屋。
もっと沢山の人とお話ししたかったけど、立ち上がることもままならず。
ずっと一つのテーブルにいました。
私の前には男性の体育の先生。
この先生、とっても生徒大好きでだけど、口は悪くて在学中は怖かった。
けど、生徒にはやっぱり愛がある先生ってわかるんですよね。
未だにずっと慕われて、ずっと交流を持ってる同級生がいるみたい。
学校の先生って話好きですよね~。
途切れることなく、ずっと皆としゃべってました。
この時間もとっても有意義だった。

自分達でもずっと感じていたことなんだけど、当時我々の同期は異例のことずくめの期で有名らしく。
学園史上に名をはせる24期生です。
まず、1つは中学受験の入試改革で、学校側が入試の制度をガラッと変えた年だったんですよね。
それによって、前年以前よりもずいぶん違う「集団」であったらしいです。
先生方が期待した学力も上がったそうですが、それ以上に「集団」になった時のパワーがすごかったらしく。
(確かに)
問題を起こすのはいつもこの学年で。
ずいぶん叱られましたし、先生方にはご迷惑をおかけした事と思います。
問題と言っても、かわいいもんなんですけどね。
でも、女子校のパワーはすごいものですよ。
共学では到底考えられないことが、繰り広げられたりしております(笑)
だから、何故か担任を持っていなくてもこの学年の事は鮮明に覚えているという先生が多数で。
手のかかる子ほど可愛いと言いますが、正に先生方はそんな感じです。
だから、相も変わらず、この2次会の時の騒々しさったら!
先生も「お前ら全然変わらないないな~。」って。
呆れながら、懐かしそうにうれしがってましたよ。
あの当時の問題なんて大したことないって先生。
そりゃ当時は叱ったけどな。
ほら、見てみろ、皆こうやって大人になって、大体がお母さんになって、立派にやってるだろ?
皆良い顔してるよって。
道を外してる奴なんて一人もいない!って。
(大体道を外したら、こんな会に出て来られないと思うんですけど~って思ったのは私だけ?
自分達の教育に間違いは無いって、これが俺達の集大成だ位に卒業生の事を誇りに思ってくれてる感じがして、愛を感じました。

こうして、ワチャワチャしたまま、2次会終了。
私はすっごく久しぶりに会った友達と一緒に帰宅。
歩いて行けるほど近くに住んでいるんだけど、本当に何十年ぶり?位に会って。
同じ幼稚園、それが小学生の時塾で再会して。
親同士も地元なのでずっと知り合いで。
って仲なんだけど、今では年賀状でしか交流が無くてね。
LINE交換したから、今度から何かあったら連絡しあおうね。

あ~楽しい素敵なひと時でした。
こんなに大々的に同窓会を開いてくれた幹事さんたちに感謝です。
今回こんなに大勢の先生が参加されるってのも異例みたいで。
なんでも、今回の幹事さんたち、アルバムの個人写真をコピーしてお手紙につけ、先生に出してくれたのがとてもよかったそうです。
あ~この代か~って先生はっきり思い出すし、こんなに丁寧にご招待されたら行かなきゃって思ったらしいです。
幹事さんブラボー

次回大々的に同窓会を開くのは「還暦」の年にって。
そう思うとずいぶん先に思えるけど、きっとあっという間なんだよね。
それまで、皆さん健康に気を付けて。
還暦の年に元気にお会いしましょう。
「皆さん、ごきげんよう」