若年寄の遺言

リバタリアンとしての主義主張が、税消費者という立場を直撃するブーメランなブログ。面従腹背な日々の書き物置き場。

ジョブ型雇用への転換を求めながらメンバーシップ型雇用的な賃金アップを求める謎

2019年05月19日 | 労働組合
ほっとプラス藤田は現状分析も処方箋も出鱈目ですが、その相方の今野晴貴氏の場合は現状分析は合っていても処方箋を間違えてしまう傾向にあります。

終身雇用をやめれば、雇用改革は進むのか? トヨタ社長、経団連会長の相次ぐ発言から(今野晴貴) - 個人 - Yahoo!ニュース
======【引用ここから】======
 以上のように、トヨタをはじめとする大企業の利益は、非正規雇用と下請け社員の低賃金・過重労働によって成り立っているといっても過言ではない。
 同様に、「終身雇用」の慣行もまた、企業規模間格差構造や非正規労働者への差別の上に成り立ってきたし、そもそもその恩恵を受けてきたのは労働者のうちのごく一部であった。

======【引用ここまで】======

======【引用ここから】======
 企業にとって、終身雇用の第二のメリットは、終身雇用を保障することで可能となった「無限の指揮命令権」だ。長期雇用する代わりに使用者が広範な命令権限を持つというのが、日本型雇用システムの大きな特徴である。
======【引用ここまで】======

======【引用ここから】======
 (なぜブラック企業が存続可能かについて)第一に、日本型雇用への「期待」である。「正社員であれば安心」、「きつくても、頑張っていればいつか報われる」という幻想があることによって、なんとか正社員の座を失わないよう過酷な労働を受容するのだ。
======【引用ここまで】======

この辺りの記述は、概ね正しいでしょう。しかし、そこからの議論展開や解決策がどうもおかしいのです。

【規制では解決しない労働問題】

======【引用ここから】======
欧米では、職務を通じた企業横断的な共通規則が形成されている。職務や労働時間、勤務場所を限定される雇用を「ジョブ型雇用」というが、全世界を見渡しても、労働市場の競争を規制し、共通の規則を作るときには、職務を通じてルールを作る方法しかない。
「ジョブ型雇用」への移行によって、どの仕事をどのくらいの時間働けば、いくらの賃金になるかという明確な仕組みを構築していくことが重要なのだ。

======【引用ここまで】======

労働市場の競争を規制し、職務を通じた共通の規則を作り、どの仕事をどのくらいの時間働けばいくらの賃金になるかという明確な仕組みを構築すべし、という今野氏。

これは間違っています。

規制で適正な賃金水準は作れません。規制当局には、幾らが適正な賃金で、どのような労働条件なら適正なのかを知る術はありません。暴力によって強制されない状態において、当事者間で雇用契約が成立することで初めて、その時点でのその当事者における適正な賃金・労働条件が判明します。個人個人の無数の背景があるので、これを集計し事前に適正な水準を割り出すことは不可能です。
仮に、政府当局の担当者が既存の賃金水準や労働条件を観察して「このラインが適切だ」と判断出来たとしても、それを立案し、学識経験者に諮問し、関係部署の決裁を受け、国会で立法化された時にはもう状況が変わっていることでしょう。

======【引用ここから】======
 仮に、日本の労務管理が真にジョブ型へ移行していけば、裁判所もその「実態」を考慮して、解雇の基準を見直していくことだろう。その場合、進むのは「規制緩和」ではなく、「規制の組み替え」である。
 一部の特権的正社員が終身雇用、年功賃金を受け取り、その分非正規雇用を「調節弁」として使う仕組みから、平等な仕事に基づく規制が作られ、それに合わせた新しい解雇規制の手続きを作り出す。その起点が、「仕事の基準を作る」ところにある。
 要するに、「ジョブ型への移行」を実現するためには、解雇規制の緩和ではなくて、仕事の基準を作り出すための議論が必要なのであって、問題をすり替えてはならないということである。

======【引用ここまで】======

今野氏は、解雇規制の緩和でなく規制の組み換え、仕事の基準を作り出すことを求めていますが、さて、誰がどうやって基準を作り出すのでしょうか。こうした話題になると、よく「議論が必要」となるわけですが、これだけでは、具体的にどこで誰が議論してどういうプロセスで決めるのかの具体性を欠いています。

最終的に「規制の組み替え」という形にするのであれば、「誰が作るのか」と言えば政府当局の担当者が作るということになるでしょう。
政府当局の担当者は、
「労働法学者、弁護士、労働組合、企業経営者、消費者団体等から何人ずつか代表的な人物を集めて審議会を作り、Aという分野の職種に関する基準作成について意見を求めま議論しました」
程度のことなら出来ます。しかし、こうしたプロセスでは全ての分野の全ての職種で適正な賃金水準・勤務条件を定めることはできません。各団体の代表者がそこに属する人の意見を全て汲み上げているわけではなく情報量が全く足りませんし、意見を反映できるかどうかはその意見の正しさではなく政治力や暴力によって左右されるため、適正なものとはなりません。

こうした政府が基準を定めるやり方では、全ての分野どころか、1分野ですら適正な基準も報酬体系も定めることができません。
介護保険分野では現にできていません。賃金は安く、勤務は重労働、しかも肉体労働だけでなく膨大な書類作成も求められ、必要な資格要件もコロコロ変わる中、担い手不足で廃業する事業所が後を絶たない状況です。
介護労働者の賃金はそれ単独で定まるものではありません。介護労働者賃金、介護報酬、加算、利用者負担、保険料、税金投入割合、運営基準、人員基準、など様々な要素が複雑に絡み合っており、これらのうちどこか一つを法律や規則で固定させると他のところに波及します。関係者の誰かを有利にするため、規制でどこか一つを不当に安く(高く)固定すれば、別のどこかにしわ寄せが行きます。今は介護労働者の低賃金という形でしわ寄せがいっていますが、じゃあ賃金を上げるために高齢者の保険料を上げますか?現役世代の保険料を上げますか?消費税を更に上げますか?
(このあちらを立てればこちらが立たず状態の中、政府当局の担当者としてはもはや介護分野に手の打ちようが無いんじゃないか・・・と思っています。アリバイとして加算を付けたりはしていますが、対応は場当たり的であり、それがかえって利用者のサービスに結びつかない書類仕事を増やすという悪循環に陥っています。)

ジョブ型雇用における仕事の基準を作るために必要なのは議論ではなく、取引の積み重ねです。流動的な労働市場における取引を通じて初めて賃金水準や労働条件は見えてきます。不当な雇用契約、詐欺的な雇用契約を是正するための完璧でないにしてもベターな方法は、雇用の流動化です。
政府が労働者の意見を反映して規則として決めるのではなく、市場においてある程度の相場がそれなりに定まるのです。

市場において無理のない水準の相場がそれなりに定まるのですが、その時に必要なのは、取引が自発的に繰り返し行われることです。売り手と買い手、労働者と雇用者の取引が繰り返されることで相場が徐々に形成されていくわけですが、政府の規制が存在することによって不当に安い値段や厳しい条件での取引を強いられたり、あるいは、規制によって取引成立数そのものが減少してしまいます。

「ジョブ型雇用」は「同一労働・同一賃金の原則」を前提としています。「同一労働・同一賃金の原則」とは、一物一価の法則を労働分野に当てはめたものです。労働市場において、同じような勤務内容、勤務条件の職務であれば同じような賃金が成立するというものであり、ほっとプラス藤田が苦し紛れに発した
○○の事業の賃金はだいたいこんなもんです
というセリフにも、この「一物一価の法則」「同一労働・同一賃金の原則」の考え方が反映されています。

労働市場において人々が就職と転職を繰り返す中で、
「この業界のこの業務の賃金はだいたいこんなもんです」
という賃金水準が成立します。

そして、今野氏の言うような「ブラック企業による求人詐欺」の被害にあったとしても、転職が容易な環境であればやり直しが可能です。
しかし、解雇規制が強く再就職先が少ない日本型雇用慣行・メンバーシップ型雇用の中で、
「たとえブラック企業であっても正社員の地位を手放すわけにはいかない。非正規になるよりはマシだ」
と考えてしまう労働者も出てきます。そう、労働者の安定を保障しようとした規制がかえって「ブラック企業による求人詐欺」の温床になっているのです。

【賃金が個々の企業の事情で定まらないのが「ジョブ型雇用」】

賃金水準や勤務条件が企業ごとに異なるのではなく、職務・職種ごとにある程度共通した内容になる「ジョブ型雇用」。企業横断的に職務・職種に共通したものとなるため、賃金水準を決めるのは個々の企業における業績の善し悪しではなく、その職種が労働市場においてどのくらいで評価されているかによります。
個々の企業における業績の善し悪しを反映させようとするのは、雇用の流動性が低く、個々の企業と労働者が親子のような関係になっている日本型雇用慣行・メンバーシップ型雇用における発想法です。この中で、企業は労働者の面倒をみるが、同時に、労働者は企業の言いなりから逃れることが難しくなります。

労働者が会社に従属している状態を指して今野氏は「無限の指揮命令権」と呼んでいます。
「無限の指揮命令権」に限定をかけていくために「ジョブ型雇用」への移行が必要、という意見には賛成なのですが、ここに一つ問題があります。

ZOZOTOWNの賃上げ 問題は解決したのか?
======【引用ここから】======
 アパレルオンラインショップ・ZOZOTOWNを運営する株式会社スタートトゥデイが、アルバイトの時給を最大3割引き上げ1300円し、年2回1万円のボーナスを支給することを発表した。
 社長が「月にいく」ほど利益を上げてきたのだから、労働者側の賃上げも、ある意味「当然」だろう。

======【引用ここまで】======

社長が「月にいく」ほど利益を上げてきたからと言って、労働者側の賃上げは当然・・・ではありません。労働者の賃金と、社長の利益とは、それぞれ別のタイミングで別の決まり方をします。これから先に求められる形が「ジョブ型雇用」なのであれば、尚更です。
「労働者の賃金が企業ごとに定まるメンバーシップ型雇用では『無限の指揮命令権』から逃れられないから、企業横断的に職種・職務ごとに定まるジョブ型雇用に移行すべき」
と述べていた人物が
「特定企業の社長が月にいける程の金持ちだからその企業の従業員の賃金を上げて当然だ」
と主張するのは矛盾です。

「会社が儲かったのだから賃金アップせよ」というのは労働者にとって聞こえの良い意見ですが、よくよく考えると危険な主張です。「会社が儲かったのだから賃金アップせよ」という主張は「賃金は会社の儲けに連動すべき」という主張に繋がるものであり、裏返せば、「会社が赤字の時は従業員は無給でも構わない」ということになります。この考え方は会社と労働者の一体性を重視したメンバーシップ型雇用と親和性の強いものです。今野氏は金持ちへの嫉妬で目が曇ってしまい、「メンバーシップ型からジョブ型へ移行すべき」という本来の主張から逸れてしまっています。

企業は、儲かっている所だけではありません。経営が傾いている企業、個人経営から複数の支店を持つような規模へ転換中の企業、立ち上げたばかりで軌道に乗っていない企業、それぞれに様々な事情があります。良い企業、悪い企業、古い企業、始まったばかりの企業、そんな様々な企業の間を、労働者がその時々の状況に応じて就職・離職・転職を繰り返すことで、職種ごとに「だいたいこんなもんだろう」という賃金水準・勤務条件の相場が出来上がるわけです。この相場にそって、「私はこの職務をこの金額、この条件で遂行します。それ以外はしません」というのが「ジョブ型雇用」です。

ちょっと話は変わりますが。
もし、こうした自然発生的な賃金相場を無視し、

======【引用ここから】======
 時給1300円では、1日8時間、週40時間働いても年収264万円程度にしかならない。これでは大人1人が暮らしていくこともままならないだろう。
======【引用ここまで】======

という主張に沿って労働組合が暴力活動を繰り返し、政府がこれに押し切られる形で
「ではいっそのこと、時給を倍の2600円にしよう。そうすれば年収528万円になってそれなりの暮らしができるはずだ」
という最低賃金規制を定めたとしましょう。

これは、新規で企業しようとする人を尻込みさせ、中小企業や、ほっとプラスやPOSSEのようなNPOに事実上の営業禁止処分を突き付けることになりかねません。
最低賃金規制とは、この金額以下の賃金でしか雇用できない企業・団体を排除する規制であり、その金額以下の賃金でしか雇われようのない人を労働市場から排除し強制的に失業させるものです。
そうなれば、未熟練・若年層を中心に失業率が上がり、残った一部の大企業内部では従業員の会社へ従属せざるを得ない状況がさらに強まることでしょう。韓国では最低賃金を上げたことによって失業率が上がるとともに、財閥への経済力の集中が進んでいます。

今野氏は、こうした状況を望んでいるのでしょうか。

最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。