九州大学同窓生九条の会のブログ

九州大学で学んだ私たち日本と世界のOBはアジアと世界に平和を求める叫びと九条を広めます。
日本で唯一の同窓生九条の会

「憲法九条を世界遺産に」(1)

2006-09-16 22:31:27 | 九州大学同窓生九条の会の活動
当会事務局の大津留公彦さんの「大津留公彦のブログ」から転載します。

「憲法九条を世界遺産に」(1)

この本は前から読みたかったが羽田で見つけたので福岡の自宅に着くまで機内のビデオも新聞も見ずに一心不乱に読んだ。
この本の特集記事を連載で書く事にした。
つまりそれ位私にインパクトを与えた。

この本は爆笑問題の太田光と哲学者の中沢新一の3回にわたる対談をまとめたもの。
Amazonにはこう紹介している。
内容(「BOOK」データベースより)
実に、日本国憲法とは、一瞬の奇蹟であった。それは無邪気なまでに理想社会の具現を目指したアメリカ人と、敗戦からようやく立ち上がり二度と戦争を起こすまいと固く決意した日本人との、奇蹟の合作というべきものだったのだ。しかし今、日本国憲法、特に九条は次第にその輝きを奪われつつあるように見える。こ の奇蹟をいかにして遺すべきか、いかにして次世代に伝えていくべきか。お笑い芸人の意地にかけて、芸の中でそれを表現しようとする太田と、その方法論を歴史から引き出そうとする中沢の、稀に見る熱い対論。宮沢賢治を手がかりに交わされた二人の議論の行き着く先は…。

内容(「MARC」データベースより)
理想社会の具現を目指したアメリカ人と戦争を起こすまいと固く決意した日本人との奇蹟の合作、日本国憲法。特に9条は次第にその輝きを奪われつつある。この奇蹟をいかにして次世代に伝えていくべきかを問う、熱い対論。

憲法九条を世界遺産にするという独自の発想が素晴らしい。
そして太田のその発想は幅広く深い読書に裏付けられたものであることがわかる。
彼はこの発想を得たのは、ジョン・ダワーの「敗北を抱きしめて」(岩波書店)という憲法の成立過程を書いた本を読んだときだという。

つまり
「この憲法はちょっとやそっとでは起こりえない偶然が重なって生まれたのだなと思ったんです。まさに突然変変異だと。」
「日本人の15年も続いた戦争に嫌気がさしているピークの感情と、この国を二度と戦争を起こさせない国にしようというアメリカの思惑が重なった瞬間に、ぽっとできた。これはもう誰が作ったとこという次元を超えたものだし、国の境すら超越した合作だし、奇跡的な成立の仕方だなと感じたううです。アメリカは、5年後の朝鮮戦争でまた振り出しに戻っていきますしね。」
「エジプトのピラミッドも、人類の英知を超えた建造物であるがゆえに、世界遺産にしていされているわけでしね。日本国憲法はまさに、そういう存在だと思います。」

確かに世界遺産に登録されれば簡単に壊すことはできなくなる。
この太田の提案に対し中沢もこうぴったりとこたえている。
「まったく同感です。アインシュタインの相対性理論も、ほとんど奇跡のように生まれています。他の人たちもに似たようなことを考えてきたけれど、ほんのちょっとした思考のジャンプから生まれた。それを実現できたのは、あの時期のアインシュタインの頭の冴えだけなんで。それほど冴えていた時期は、さすがのアインシュタインにもそのあとそれほどやってこなかった。」

実にこの二人の問題意識は噛み合っているし私の問題意識とも噛み合っている。
この二人の問題意識はありきたりの9条擁護論でない“力”を感じる。
“太田死ね”とだけ書き込むと言うネットウヨにも考えさせるものがあるだろう。

太田光を9条連合の候補に推薦します。

第一回目を中沢の「対談の前に」のこの言葉で締めます。

「「ことばの戦場」をたたかいぬくのは、ほんとうにむずかしい。でも僕は今多くの仲間たちに呼びかけたい。ことばは世界を表現するためにあるのではなく世界を変える為にあるだから、いま僕たちが使っているこの言葉に、世界を変えるための力を取り戻してやろうではないか。お笑いのことば、きまじめなことば、理論的なことば、官能的なことば、音楽とともにあることば・・。僕たちは感覚と想像と思考の力を総動員して、ことばに世界を変える力をよみがえらせていきたいと思う。」


労務理論学会第16回全国大会で九大同窓生九条の会を宣伝

2006-09-07 21:18:56 | 報告
九州大学大学院経済学研究院遠藤雄二教授から投稿を頂きました。
皆さんの投稿を歓迎します。

以下掲載します。

労務理論学会第16回全国大会で
九大同窓生九条の会を宣伝

今年6月10-11日に、私の所属する労務理論学会第16回全国大会が名古屋の
中京大学で開催されました。この学会はマルクス『資本論』を指針として、企業社会の現状分析とその改革を使命の一つとしており、左翼の先生が多い学会です。しかし、この先生たちは思想だけ左翼の人も多く、自己の生活に満足してしまい、日本の変革の意欲をなくしているかのようです。そこで私は沈滞した学会に活をいれようと、大会のシンポジウムの最後に次のような発言をしました。

「大会初日の司会者の渡辺先生は、『暗い話だけでなくて、明るい話も必要だ』と仰いました。今日のシンポのコメンテーター、青山先生は『企業の中だけ見ていては、明るい展望がでない。全体の状況を見るべきだ』と仰いました。
私は、時間と余力がある人が、社会と企業に対して働きかけていけば、将来は明るいと感じております。二つのことを述べます。
第一、私も所属している、いのちと健康を守る福岡連絡会は、働く人の健康を願って、今日、福岡市の繁華街で仕事と健康相談の街頭行動を行っています。多くの人に注目してもらうために、チンドン屋、仮面ライダー、サッカー選手も街頭宣伝しています。この会では、過労死裁判支援のために歌を創り、そのDVD売りまくって、支援資金にしています。
第二に、先週の土曜日、中退で卒業できなかったかつての学生も含めて、九州大学同窓生九条の会を設立しました。同窓生の九条の会は全国初めてと、自負しております。設立総会で採択したアジアに対する呼びかけ文『アジア諸国とともに九条の旗を高く掲げよう!』を英語、中国語、ハングル語に訳し、一千団体・個人に発信する予定です。
 みなさん、九条がなければ職場は大変なことになります。九条の旗を高く掲げ、日本の未来のために、時間と余力がある限り、力を尽くそうではありませんか。」(拍手)
 
       (遠藤雄二、九州大学大学院経済学研究院、06年9月5日記)

事務局会議

2006-09-05 00:44:29 | 九州大学同窓生九条の会の活動
9月4日に事務局会議をやりました。
二次会は今日オープンした店(UO-SAIのぐち)で。
焼酎を2本入れれば1本ただというので我らが会の名前を大きく書いて入れました。

9条をどう守るかのつい激しい議論に酔いが回っている3人は池永事務局長と木下次長と平田次長です。


  
   

東野利夫さんの鳥越俊太郎さんとの対談

2006-08-17 00:07:12 | 九州大学同窓生九条の会の活動
8月6日の東野利夫さんの鳥越俊太郎さんとの対談がここでテレビ朝日のホームページで見れるようにようになっています。
東野先生の出番は後半で20分です。
是非ご覧下さい。
テレビ朝日動画サイトで見れます。

復刊ドットコム「汚名「九大生体解剖事件」の真相」要望に1票を!

2006-08-13 18:30:50 | 九州大学同窓生九条の会の活動
「復刊ドットコム」で東野利夫さんの8月6日の広島デーにテレビ朝日で鳥越俊太郎さんと対談した東野利夫さんの著書「汚名「九大生体解剖事件」の真相」という本の復刊要望をしています。
百名になると復刊できる可能性があるようです。

復刊ドットコム「汚名「九大生体解剖事件」の真相」要望に1票を!


「戦争は人間をおかしくする」(ザ・スクープスペシャル)

2006-08-06 17:54:42 | マスメディア
ザ・スクープスペシャルに関する大津留公彦さんのブログの記事を了解を得て以下転載します。
「九大生体解剖事件」と東野先生を大きくクローズアップさせる番組となりました。
キャスターの長野智子さんのblogでも今回は力が入ったと書いています。
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私の参加する九大同窓生九条の会の代表世話人であり7月30日の講演会で講演された東野利夫さんが <リンク:http://yaplog.jp/ootsuru/archive/755>8月6日(日)テレビ朝日のザ・スクープスペシャルで鳥越俊太郎さんと対談されました。
ヒロシマデーにふさわしい番組となり、前段の日本の原爆開発の秘話と並んで九大生体解剖事件の秘話が日の目を見る事になり重みのあるいい番組だったと思います。

この番組のキーワードは鳥越さんが最後に言っていた「戦争は人間をおかしくする」でしょう。

話は代わりますが夕べ息子から電話があり、こんな会話がありました。
★親父は「九条の会」って知ってるか?
☆5000以上あり、俺も九大同窓生九条の会をやってる!
★マガジン九条に「中核派も入っているのかとメールで聞いたらネットウヨと言われた。ネットウヨてなんだ?どこに本拠はあるんだ?」
☆ちゃんとした右翼はいるだろう。憲法九条をやめようと言うのが右翼だ
★俺は○○(新婚の彼女)を守る為に戦う準備はある。憲法を変えてもいい。
☆・・・

この番組を見るように言いましたが彼は見たでしょうか?

攻められたら攻め返す
 → 攻めてくるかもしれないから備えが要る
   →備えが要るから憲法も変える

この論理は「戦争は人間をおかしくする」の前で破綻します。
人間は人間らしく生きることが最も大事です。

水島朝穂が言うようにゆるぎない護憲派が揺るぎある改憲派を揺るぎある護憲派に変えることが出来なければ9条は守れない。

命は一つ♪人生は一回、だからこの命を捨てないようにネ♪。

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母親大会に参加して

2006-08-06 15:49:19 | 報告
当会の世話人の江島紀代子さんから頂いた報告文を掲載します。

第52回日本母親大会に参加して(7月22日、23日)
                         江島紀代子
3年前の福岡で開催された母親大会の参加を除くと、私にとっては初めての全国母親大会参加でした。
5月に九大同窓生九条の会の世話人になって、理論的にも未熟で 全国の情勢、とりわけ中心になっている九条の会の九人の中の人たち(澤木久恵さん、奥平康弘さん)のお話を聞きたいということが全国大会に行く動機でした。
たまたま医療団からの出席者が見つかっていないということが幸いして平田さんとの話し合いで開催10日前に私の出席が決まりました。
夜7時からという福岡地区の結団式に参加して大きな大会の準備の大変さを知り、博多区新婦人から代表の古川さんと知り合いになりずっと頼もしい相棒でした。
福岡県全体で128人の参加数となっているとのことです。
出発前日には岡谷の大雨災害のニュースが報道され、諏訪町に住む民医連の先輩にお見舞いの電話をしましたが私の長野の母親大会参加のことは告げる勇気はありませんでした。
大雨の災害のため中央高速道路はところどころ通れないことがあり木曽川に沿って一般道の木曽路をことこと走りました。川は増水して濁流が恐ろしい勢いで流れていました。
木曽川のほか犀川、千曲川のそばを走りましたがどこも趣きがあり高速を走らない故の発見や喜びがありました。8時間に及ぶ長いバス旅行でしたがあまり疲れは感じませんでした。途中1時間安曇野でちひろ美術館を楽しむことが出来ました。またゆっくり訪れたいところです。宿は志賀高原そばの山内町にありました。
7月22日土曜日午前中は善光寺への観光、ちょっとお参りしただけで古川さんの案内で東山魁夷美術館に行き、40分間駆け足ですばらしい絵を鑑賞しました。

午後から分科会が始まりました。信州大学教育学部で弁当を食べながら続々と人が集まってくるのを見つめていましたら「医者井戸を掘る」の著者、中村哲さん(真の国際連帯と平和のためにの助言者)が受付そばに立っておられよほど声をかけて九大9条の会への勧誘をしようかと思いましたがやはり踏み出せませんでした。
会分科会は全部で37ありました。どれも魅力がありましたが私は23分科会「世界が見つめる憲法9条!国民投票はno!」「戦争をする国にしないために」に出ました。
大きな会場でしたが椅子が足りないほどの240人の参加でした。
助言者は憲法学者で9条の会の1人奥平康弘さんと、教育学者三上満さんでした。
奥平さんは「改憲勢力は力をつけてきているが混迷を来たしている点もある。9条をかすめさせようとしている。敵が攻めてきたときどうするのかという疑問は非現実的な想定であり、判断を相手方に任す曲者の理論。この理論で自衛隊を育て、有事立法を作り、国民保護法を作った。
イラクへの自衛隊派遣の際、その他で国際貢献という言葉が前面に出てきているが九条を国是としてこそ国際貢献できるのだ。」

三上さんは「9条は日本だけのものではなく世界の輝けるモニュメント」と世界の声を具体的に示しながら話されました。難民キャンプの子供たちが日本は戦争しない国だからいいねと言ったそうです。また「東京では小、中学生の靖国神社の遊就館に無料で入館、自由研究などを奨励している、愛国心を育てるための「心のノート」がある。教育基本法の改悪がせまっている」とも話されました。

会場からは多くの発言があり司会者は時間がなくて発言制限をせざるを得ませんでした。
各地の状況や具体的戦いが報告されました。34の報告があり私も九大同窓生9条の会のことを話しました。
特に印象に残ったのは弘前での自衛隊の市中行進、東京足立区での米軍の訓練、東京都での日の丸、君が代に抵抗して解雇された元先生の話、日赤病院の有事法制に伴う体制つくりと訓練、第2次世界戦争体験、戦争遺族の会の発言などなどでした。京都のある地域の9条の会のひとりはイラク派遣前に自衛隊に抗議に行き、自衛隊が帰ってきたときは「9条があったからあなた達は誰も殺さず、誰一人殺されず帰って来られたのですよ。」と話に言ったそうです。熱気あふれた分科会で全国のすごいエネルギーに圧倒されました。

申し合わせ事項
① 憲法9条を変えさせない運動の輪をひろげましょう
② 治安維持法の再来、共謀罪を阻止しましょう
③ 子供たちの心を平和と希望へと育てる教育基本法を守りましょう
④ 憲法改悪につながる国民投票を撤回させよう
⑤ 世界の宝、憲法9条を文化、暮らしに積極的に活かしていきましょう

23日はエムウエーブ(冬の長野オリンピックの会場だったところ)で澤田久恵さんのお話を聞きました。参加者は8000人とのことでした。
高齢で病弱の演者と紹介されましたがとても力強いお話で日本、世界の情勢、運動の方向を話されました。
平和を守るため、日本を戦争する国にしないため9条を守る運動を広げて行かなくてはならないとの思いを強くして帰って来ました。これほど大きな大会参加は初めてですがこのような大きく力強い運動が今、存在していることへの驚きと感銘、希望そんなことに胸を熱くした3日間でした。

赤旗さんありがとう

2006-08-05 15:21:11 | 九州大学同窓生九条の会の活動
赤旗さんの8月5日(土)九州・沖縄のページに7月30日の東野利夫講演会の紹介記事が掲載されました。
多少タイムラグがありましたが赤旗さん掲載有難うございました。
(次のページの試写室には8月6日(日)14時のテレビ朝日のザ・スクープの九大生体解剖事件の東野先生と鳥越俊太郎さんの対談の紹介記事がありましたので合わせて頂いたのかと思います。)
読売さんの記事は主催団体が抜けていましたがこの記事にはちゃんと主催団体の2つの九条の会の名前が書い頂いていました。

本講演の内容は当会としては本ページにアップすると共に冊子にまとめたいと思っています。

以下紹介記事です。

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福岡「9条の会」が合同講演会
九大で起きた米軍捕虜生体解剖事件講演の東野氏 9条守る教訓に

「九州大学同窓生九条の会」「六本松九条の会」が7月30日に福岡市早良区で開いた合同講演会に、『汚名「九大生体解剖事件」の真相』の著者である医師、東野利夫さん(80)=両会の代表世話人=を迎えました。
東野氏は終戦の年、1045年5月17日から始まった米軍捕虜8人の実験生体解剖現場に居合わせた証人です。
講演で東野さんは、この事件の内容や10年ほどを費やした真相解明の調査活動などについて語り、反戦・平和への思いをのべました。
 東野氏は事件当時、解剖学第二講座で教授の研究補助員を勤めていた”医学生の卵”でした。解剖自習室での様子が気になって室内に入ったことで事件に遭いました。
 生体解剖は軍部の監視のもと、肺や脳、肝臓、心臓、の部位摘出や、捕虜の体から相当量の血も抜き、結局、全員が絶命したといいます。
 また、当時の政府が研究していた、輸血にかわる代用血液(蒸留水で薄めた海水)を注射する実験では、東野氏も手伝わされたことにふれ、「これは手術なのかと不信を持ち、体が震えるような緊張する形で実験を見ていた」と述壊。「この事件を歴史の教訓にするとともに、憲法九条を大切にしなければならない」と語りました。
「九州大学同窓生九条の会」代表世話人の石川捷治・同大教授は「今の時勢は、九大の汚点をもう一度くり返しかねない」と警鐘を鳴らし、憲法九条を守り、憲法九条守り発展させる活動を広めようと訴えました。

明日8月6日(日)14時からのテレビ朝日のザ・スクープスペシャルの東野利夫VS鳥越俊太郎の対談もご覧下さい。





8月6日(日)14時のザ・スクープスペシャルで鳥越俊太郎さんと対談します。

2006-08-05 02:21:24 | マスメディア
 7月30日の九大同窓生九条の会と六本松九条の会の合同講演会で講演をされた当会の代表世話人の東野利夫医師が8月6日(日)14時のザ・スクープスペシャルで鳥越俊太郎さんと対談します。

撮影は山の上ホテルで7月20日に行われました。
鳥越俊太郎さんは其後六本松の東野産婦人科にも弟さんのやられているフランス屋というパン屋さんにも見えたそうです。
鳥越さんは今日本を代表する良心的ジャーナリストと言えるでしょう。
この番組を少しでも多くの人に見て頂きたいと思います。

視聴の感想文をお寄せ下さい。

東野先生が7・30講演で言われた「過ちを改めないのが過ち」と「殺されても殺さない覚悟」を改めて胸に刻みたいと思います。

以下テレビ朝日 ザースクープスペシャル よりの引用です。

^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^                 
 連日の空襲で、敗戦の色合いが濃くなった1945年5月。九州大学医学部に目隠しされたアメリカ兵捕虜が運ばれてきた。捕虜は、軍関係者が見守る中、医学部教授らによって、片肺を取り除かれ、その状態で生きることが可能かどうか、調べられた。また代用血液として海水を血管に注入する実験も行われた。こうしたアメリカ兵捕虜への医学実験は、6月までの間に4回行われ、犠牲者は8人に上った。この事実は、戦後、明るみになり、GHQによる横浜軍事裁判によって、当時の関係者らに厳しい判決が下された。

 この現場に居合わせた医師らは、出所後も沈黙を続け、ここ10数年の間で、次々と他界した。その中で唯一の生き証人が福岡市で開業医を勤める東野利夫氏(80)だ。
東野は、このときの心境について、こう説明する。「B29のために、毎日毎日、何千、何万という同胞が死んでいることに対する敵対心がむらむらと起こった。目の前で捕虜が殺されても、かわいそうという感情が起こらなかった」自分の心はなぜうずかなかったのか。医者として、人間として、自分は失格ではないのか。戦後、東野は葛藤に苦しんだという。

 KBCでは、この九州大学生体解剖事件に関する資料をアメリカの公文書館で大量に発見し、長時間かけて検証を行った。その結果、捜査資料や医師らが提出した書類、裁判記録などから、事件の背景が浮かび上がった。なぜ、医師らは海水を血管に流し込んだのか。終戦間際の日本では、負傷した兵士、空襲でけがをした民間人を助けようにも血液が不足し手術が出来なかった。このため国は、代用血液の開発を各大学の医療機関に急がせていたという。日本人を救うためには、捕虜の命を奪っても構わないと誰もが思ったという事実。戦争末期、医師を追い詰めたものは何だったのか。
 番組の狙い 
 悲劇から60年。九州大学で起きた生体解剖事件は、戦後すぐにGHQによって医師や軍人らが裁かれ、5人に死刑判決が下された。遠藤周作の「海と毒薬」によって世に広く知られたが、事件の背景や真相は、語り継がれることはなかった。なぜ、人間を生きたまま解剖するという前代未聞の事件が、福岡で起きたのか。番組では、ザ・スクープのキャスター鳥越俊太郎による東野氏へのインタビューを軸に、当時の捕虜管理責任者、アメリカに住む捕虜遺族、さらにはアメリカ公文書館で発見した貴重な資料を通して、九州大学生体解剖事件の本質に迫る。そして戦争という狂気が生んだ悲劇の真相について考える。

^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^
テレビ朝日 ザースクープスペシャル より

二度とあの悲惨を繰り返さない為に憲法九条を守り抜きましょう。


殺されても殺さない

2006-08-02 02:38:44 | 九州大学同窓生九条の会の活動
山本潤さんから感想を頂きました。
主催者としては耳の痛いところもありますが(否、あるからこそ)再掲します。

九条の会の講演に行く

 福岡は大阪と比べると市民運動のイベントが少ない。情報を見ていると、明らかに東京や関西など都市圏で集会が多い。このような面にも「地方格差」を感じる。行政の話ではないのだから何とかならないかとも思うが、実際には難しい面があるだろう。これ以上田舎に行ったらナンニモナイ状態になりそうだ。人に頼るのがいけないのかな。
 九大同窓生九条の会と六本松九条の会(六本松は九大教養部のある場所なので、こっちも九大がらみか)の共同主催の集会に行った。地下鉄で藤崎まで20分、降りてすぐの早良市民センターで2時から集会が始まった。妻と一番後ろの席に座る。お年の方が多いようだった。
 最初は岩上栄治さんという人の歌。長崎生まれで被爆二世だと言う。正直あまりうまい歌ではなかったが(マイクセットをきちんとやってほしかった)、これから始まる講演の景気づけとしては悪くなかった。
 メインの講演は九条の会代表世話人の東野利夫さんという人。産婦人科のお医者さんで、ペンクラブの会員でもあるという。大正15年生まれの方で、終戦直前に九大医学部で医学助手をされていた。昭和20年5月に起こった「九大生体解剖事件」を目撃し、その記録を『汚名』という本にして出版された(買ったがまだ読んでいない)。

 終戦直前の昭和20年4月、熊本と大分の県境あたりで、空襲に来たB29が日本の戦闘機によって被弾し墜落し、12名のアメリカ兵が捕虜となった(うち1名は自殺)。収容所に入れる余裕がなく、政府軍は「適当に処理せよ」という命令を出した。捕虜は九大病院に連れて行かれ、そのうちの数人は人体実験の材料となり、数人は抜血して殺された。後年「九大生体解剖事件」として問題になり、関係者は裁判にかけられ20人ほどが有罪になった(大半は朝鮮戦争時に釈放)。
 人体実験というのは、たとえば片肺を取り除き「片方の肺だけでも人間は生きていける」ことを教授が見せたり、血管を押さえて血流を止め一度心臓を停止させてからマッサージをして蘇生させたり、当時代用血液として考えられていた海水を「輸血」したり、というものだった(担当教授は事件後自殺)。殺虫剤の材料として肝臓を切り取り持ち帰った人が、人肉試食をしたのではないかと疑われたりした。捕虜は何が起こるのかもちろん知らされなかったが、「universityに連れて行く」と言ったら安心していた、ということだった。まさか大学で殺されるとは思わなかったのだろう。
[東野利夫さん]  アメリカ兵は空襲の帰りに襲われて撃墜されたので、要するに日本人を殺した敵である。当時は本土決戦が叫ばれていたので、もしアメリカ軍が本土に上陸してくれば、捕虜は足手まといどころか敵のスパイになりかねない。そもそもその頃の日本に捕虜を同じ人間として扱うという発想もなかったはずだ(アメリカ軍がイラク人を「人間」と思っていないことと共通している)。それらの事情を重ね合わせれば、裁判にかけずに捕虜を殺すこと自体は、当時の日本として特殊なことではなかっただろう。問題は大学の医学部が関わったこと、人体実験という「残虐」な行為を行ったことなのだろう。
 東野さんは「戦争は人間をキチガイにする」と言われた。軍がすることをすべて正しいと思い(思わされ)、戦争時でなければするはずのない行為を平然とやってしまう、そのことが戦争の恐ろしさを示している、と。この事件は九大にとっては汚点であろうが、九大の50年史にも100年史にも反省を含めた記述がないという。これから九大を受ける私の教え子にも、少なくとも入学するまではこの事件について知らされる機会はほとんどないだろう。そういえば731部隊に協力した京大医学部の「汚点」はどうなっているのだろうか。今まで気がつかなかった。
 東野さんの恩師である平光吾一教授は、教室を貸したというだけで重労働25年の刑を受け、釈放後も大学から追放され、事件について無念をにじませながら一生を終えた。『汚名』はそもそも恩師の冤罪を晴らすために書かれたものである。平光教授の汚名を晴らすのはいい。しかし何よりもそのように戦争に協力した人々すべての「汚点」はどうなるのか。アメリカの都合で朝鮮戦争時に釈放された人たちは、釈放されたことを恥とは思わなかったのだろうか。講演が終わったとき私はそれを聞きたかったが、うまく質問が浮かばなかった。
 質疑応答で時間があったので、それでもいつものでしゃばりで聞いてみた;
 「軍隊がなかったら、もし攻めてこられたときに殺されるだけだ、という意見がありますが、そのような考え方についてどう思われますか」
 「ペンクラブの人たちの中には、『殺されても(仕方がないから)殺すな』という人が増えてきているようです」というようなお答えだった。
 「今日本は実際に戦争に参加しています。私たちが事実として人殺しであることに、もっと私は真剣に向き合いたいのです。生活の中でどんなことができるとお考えですか」
 「あなたは教師なのですね。教育の力は大きいです。戦争のことをたくさん教えてください。大岡昇平の『捕虜記』などを読ませるといいですよ」最後はこちらも東野さんも、少しムキになっているようだった。言い過ぎたかな。
 東野さんのお答えの後で別の方が「イラクの自衛隊は1人も殺さなかったし、殺されなかった。これは9条のおかげです。だから9条を守らなければならないのです」と言われた。きつい言い方をした私をたしなめているようにも聞こえた。たしかに9条が人の命を守ったことは事実だ。しかし前に書いたように、本当に自衛隊が殺して・傷つけていない証拠は何もない。考え方が甘いのではないか、というのは、こちらがきつすぎるのだろうか。
 殺されてもいいから殺さないというのは、覚悟としては立派である。しかしたとえば自分の家族が子どもが殺されるとしたら、「殺されてもいい」と言えるのだろうか。普通の人はおそらく耐えられまい。
 しかし私は自分の中に「自分が殺されても教え子が殺されても悲しくない」という、悟りでも覚悟でもない異様な冷たさがあるのを感じる。父が死んでも友人が死んでも私は悲しくなかった。私自身何度も死のうとしてきた。もちろん実際その時になれば違う感情もあるだろうが、「殺されても殺すな」と言い切るためにはそのような病的とも言える「冷たさ」が必要なのではないか。そのことをどれだけの人が突きつめて考えているのだろうか。息子さんが医院を継がれているという東野さんご自身はどうなのだろうか。
 実際には9条をなくす(軍隊を認める)方が「殺される」可能性も大きくなるので、要するにそのことを多くの人に広めるしかないと思うのだが、その理論づけやわかりやすい説明について追求するのが、9条の会の最も大きな責任であろう。
 東野さんは「大きい組織はつぶされるから、作らない方がいい。個人がいざというときに投票で行動できるようにしておいた方がいい」とおっしゃっていたが、組織の是非はとにかく宣伝は必要である。一番気になったのは、若い人がほとんどいなかったことだ。集会が終わった後で妻が「若い人のご意見を聞かせてください」などと聞かれていたが、私や妻が若い人代表になるようでは話にならない。九大同窓会なら学生を動員することはできないのだろうか。法政大学のように、学内で宣伝をすると逮捕されるという恐れもあるのだろうか。学生にこのような集会に来る気がないというのなら、その原因も真剣に考えるべきだろう。
 ……などということを考えながら帰途につき、博多駅でスパゲティとオムライスのはしごをした。何も考えなくても生活をそれなりに楽しめる、私たちは恵まれている。資源のないこの国が軍隊を本格的に運用しようとすれば、人と金を犠牲にするしかないことは明白だ。実際に戦争が起こらなくても、9条が変われば生活の様々な部分が変えられ、「軍のすることはすべて正しい」(と言わないと迫害される)世の中になるだろう。憲法を変えようというのなら、改憲によって起こる不利益についてきちんと説明し、責任をどうとるか言明するべきだ。そうでなければ「お上のすることに口を出すな」という封建主義と同じだ。(2006/8/1)

 『汚名』についてはこちら

(もっともこちらには本はもうありません。必要な方は東野産婦人科か当会へ)