まちかど逍遥

私ぷにょがまちなかで遭遇したモノや考えたコトなどを綴ります。

江差線の廃線跡

2017-10-31 21:59:22 | 鉄道風景
知内温泉旅館に泊まった翌日、江差に向かってドライブ。

江差へは松前経由で海沿いを走りたかったのだが、時間の都合上木古内から内陸ルートで行く。
田園風景の中を走っていると、おや、あれは・・・・廃線跡か。そう言えば、木古内から江差まで
走っていたJR江差線が2014年に廃線となったのはニュースとして知っていた。あぁ、それがここだったんだ。
もう3年にもなるのか。。。


伸びた草に見え隠れする線路跡を助手席から目で追うと、錆びたレールが残っているところもあった。


道路に並行して続く空虚な空間は今でも鉄道が走っていた空気をまとっている。


そして・・・おぉ、あれは!!ちょっとストップ~~


道路をオーバークロスするガードがあったんだな。桁はすでに撤去されコンクリートの橋台と
それに続く築堤のみが残っている。




橋台の両脇の土留めの法面は石積みでなくコンクリートで固められているが・・・空気がザクザク入って
隙間だらけ(苦笑)。この区間は1935(昭和10)年に開通したようだが、不況続きの昭和初期、
工事の品質も悪化していたのだろうか。趣は満点なんだけどね(笑)




築堤の上に駆け上がる!
旧ガードに向かって草むらを歩くと、ずっと先にトンネルが見えた。


鉄橋もいくつも目にした。川を越え山を越え、橋を作りトンネルを作り、列車を走らせてきたのに、
もうそれは要らなくなった。。。とても寂しいなぁ。

そして人間の作った構造物は自然の中に埋もれていく。今はまさにその過程。廃線跡は悲しくも美しい。。。

江差の町では「江差駅」の名前がまだ息づいていた。

駅跡へも行ってみたかったのだが、とりあえず目的である旧檜山郡役所を見に行こう。

江差ではやはり今日はお祭りらしく、規制が張られていて車を停めるところがない。
仕方なく、知内温泉旅館のご主人のお友達という宿に声をかけると、チェックイン時間までならと
快く停めさせて頂けて助かった!ありがとう~~

板張りの民家や商店が並ぶ通りはきれいに整備されていて、道路はちょっとだだっ広い印象。
元はもっと建物が密度の濃いまちなみだったのではないかと想像するが。。。

まちなみの中ほどで道がクランク状になっており、その辻に面して姥神大神宮がある。
今日はここの渡御祭らしく、揃いのはっぴを着た老若男女がそれぞれの山車を引き回して豪勢さを競っている。


笛や囃子が賑やか!私たちが行ったときちょうど神社前の辻に全部の山車が集結しており、今年の
いちばんが発表されるクライマックス!タイミングがよかったな!


これはニシンのぼり!?前にはハタハタのぼりを見たなぁ(笑)


続く
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知内温泉旅館に泊まる

2017-10-30 23:51:45 | 温泉・お風呂屋
バニラエアを一度使ってみたいと思っていた。
日本参入したエアアジアが営業不振で実質撤退したあと、ANAがバニラエアとして衣替え、
再度運航開始した。日本国内のLCC会社としては後発であり、やはりピーチと比べて信頼性に
不安を感じたり使いづらい時間帯の設定のため、様子見していたのだが・・・
関西~函館便を飛ばし始めたとなると俄然興味が湧いてきた!


なんせ、以前新千歳から函館へ行ったときのあのしんどさ、、、JR特急の費用と時間に懲りて、
もう二度と新千歳から向かおうなんて考えるまいと思ったのだった(苦笑)。
その函館へ、数千円という料金で、関空から直行できるのだからありがたい。
というわけで、お盆の三連休+1日有給で3泊の旅を計画し、5月に早々とチケットを押さえたのだった。
中途半端な午後の時間の出発だが、逆に午後休を取ればゆうゆう出発できるな。


何度か旅をご一緒しているTさんも夏休みに独自に函館旅行を計画されていて、私の旅程と一日だけ重なるので
合流して一緒に江差へ行きましょうということになった。
夕方函館空港に到着してレンタカーを借りてTさんをピックアップしたあと、一路知内温泉旅館へ。
一足先に函館滞在を存分に楽しまれたTさんのお話を聞きながら約1時間半のドライブ。何とか日が暮れる前に
宿へたどり着けた。


知内温泉旅館は日本秘湯を守る会の会員宿で泉質は折り紙つき。一度泊まってみたいと思っていたのだった。
めちゃくちゃ安い2食付のプランだったので、料理などまったく期待していなかったにも関わらず、
地のものを取り入れた十分すぎるほどおいしいお料理で感激!
部屋も、料金からすると信じられないほどの十分な快適さで、虫もおらず(笑)大満足!!


さて、ここは800年の歴史のある北海道最古の温泉といい、24時間入れるという温泉は薄暗くひなびた感
いっぱい!もちろん源泉かけ流しであり、やや濁ったお湯は洗い場に溢れ出て、ゴテゴテとした析出物を
床に積もらせている。若干鉄分を含んでいるらしく、置いてあったコップで飲んでみると、少し塩味。




混浴露天風呂が裏庭にあり、入る気満々で偵察しに行ったのだが、比較的新しい木造の露天風呂は
結構丸見え状態だったのでちょっとパス・・・(苦笑)


翌朝、早起きしていたTさんがもう1ヶ所の浴室があることを教えてくれた。私たちの部屋のある棟から
一番遠いところにあったのだ。危ない危ない・・・入らず帰っていたら後悔するところだった!
昨夜到着時に案内してくれなかったのは夜には閉めているからだろう。
一気に目も覚め、私も入りに行く。

うぉ~う!昨日のお風呂よりもさらに暗く、周囲の壁はワイルドな石貼りである。
床はもう、元のコンクリート部分が見えないほどに析出物が堆積し、まるで鍾乳洞のよう!!




この棚田状態。ひえ~~~!!


ガツガツと積み上げられた石壁がワイルド。


ドバドバと注ぎ込む源泉。うぉ~大地の恵み!!敷地内には源泉が5つあるといい、裏手には温泉神社があった。




どちらのお風呂も結構温度が高かったが、気持ちよかった。やっぱり私はあつ湯にちょっと
慣れてきたのかなぁ!?


健康的な朝食を頂いたあとチェックアウト時に、フロントのおっちゃんにこれから江差へ行くのだと
話したところ、今日はお祭りがあるので駐車場に停められないかもしれない、友達がやってる宿が
あるのでそこに停めさせてもらえばいいよ、と。え~、ほんとに!?なんて親切なの!
玄関で記念写真まで撮ってくれて車の誘導もして頂いて、お見送りも。あ~~とってもいい宿だなぁ!
また泊まりたいな!

続く
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雨のイケフェス

2017-10-29 23:36:08 | ディテール
年々熱くなってきているイケフェス。人混みに出かけるのがおっくうで昨日も一日家でゴロゴロしていたが、
今日は陶芸の帰りにふと思いついてガスビルへ行ってみた。こんな雨だしメインは昨日だし、人は少ない
だろうと思ったのだが、結構来ていてびっくり。

大阪ガスビルディング →ビルの概要は公式サイトにて

会社の近くなのでおなじみのビルだが、好きなタイプの建物の一つ。
1933(昭和8)竣工の南館の1階エレベーターホールは床は琉球トラバーチン、壁はイタリア産トラバーチン
が使われている。エレベーターの周囲に使われている、黄色っぽいヒビの入った黒い石が好きだなぁ。
これは色は違うが蛇紋岩の一種らしく、貴蛇紋と説明されていた。イタリア産の大理石じゃないのかなぁ。




階段ホールにあるガスビルのデザインの丸窓が秀逸!この窓の向こうは講演場の待合室だとか。
以前ガスビル食堂で食事をしたがこれを見ていなかったので今回これが目的だった。見れて満足!


ガスビル食堂は一度行ったがやはり客層が違ったな。エライさんか、「ランチミーティング」っぽい方々で
賑わっていた。ここは御堂筋に面しており、当時は窓から大阪城や生駒山が見えたというが今は見えない。。
しかし御堂筋のビル群ビューもなかなかいいよ。

このパーティションが素敵だなぁ。

戦時中は外壁にコールタールを塗ったとのことで、内側の壁に落としきれないコールタールの跡が残って
いるとのことだった。ちなみに外回りのタイルはやり変えてあるが、内側に面した壁はそのままだとか。


屋上にも上ることができた。屋上緑化のはしりの屋上庭園は野鳥が飛んでくるという都会のオアシス。
お天気がよければ気持ちいいだろうなぁ。


ガスビルは1966(昭和41)年に北館が竣工して「ワンブロックワンビルディング」となった。
昔のビルは広い敷地だと中庭がとられていてロの字やコの字になっていることが多いと思うのだが、
こちらはロの字の真ん中の空間がとても小さい。それだけ床面積が広く取れていたのだな。


大阪ガスはもともと中之島の朝日新聞社の隣(?)にあったが、朝日新聞と換地して今の場所にガスビルを
建てたというような説明があって、興味を惹かれて詳しく聞きたかったのだが、最後に聞こうと思っていたら
忘れてた・・・(汗)


このあとは見学時間帯に行けなかった食道園へ遅いランチを食べに行き、さらに純喫茶アメリカンにハシゴして
勝手見学を楽しんだ。
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2017.09.27 徳島日帰り もくじ

2017-10-29 00:15:59 | Weblog
平日に有給休暇を取り、三河家住宅を見学しに徳島へ。建築講座の仲間に声をかけて6名で。
ついでに徳島の近代建築もめぐってきた。
大阪からバスで片道2時間半って結構近いな。滞在時間を目いっぱい使って、充実した一日となった。

徳島の素敵なタイル
徳島の建築めぐり
徳島の三河家住宅 その1
徳島の三河家住宅 その2
徳島の三河家住宅 その3
徳島の建築めぐり2

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徳島の建築めぐり2

2017-10-28 21:58:44 | 建物・まちなみ
三河家住宅で満腹になったあと、駅へ向かう途中にめっちゃカッコイイ建物を発見!おぉ~~
鋭角のコーナー部分はRがついて水平連続窓が2辺通しになっている。
メタリックな窓サッシや桟が超クール!!アイスグレーのタイル部分も効いてるね!


・・・しかし、1階にはバリケードが・・・なに?もしや、取り壊すのか?


裏側を見ると「徳島ホール」の文字が。検索してみると、これは1962(昭和37)年に開館した
新聞放送会館別館(旧徳島新聞社、四国放送社屋)で、徳島の各種メディア関係会社も入居していたようだ。
そして老朽化を理由に2013(平成25)年に閉館している。現在新ホールの建築計画が2023年度の
開館を目指して進んでいる模様。

映画館やコンサート会場として使うには確かにちょっと小さいが・・・何か別用途で使えないのかなぁ!?
取り壊すなんてもったいないよ~~(涙)

駅前でカーシェアを借りて近郊の近代建築を見に行こう。まずは、佐古配水場へやってきた。
だいたい水道施設は広くて外からは建物がよく見えないことが多いが、ここは外からでもよく見えた。
1926(大正15)年築のポンプ室。レンガ造の建築にしては窓も大きくスマートな印象だな。
妻側の壁の中央が四角く立ち上がっているのが特徴的。


そして正面側の入口の上にシンボリックなペディメント風の装飾が立ち上がっている。
中央には市章、その下に、水の字から生える植物のデザイン。水は万物の根源なのである。
扁額の文字は「第二(口へんに即)筒場」と書かれている。ポンプ場という意味だな。


徳島市制20周年となった1909(明治42)年に、当時の徳島市長であった一坂俊太郎が水道布設方針を
公表してから、17年もの歳月をかけて完成した近代的水道。給水開始から90周年を迎えて尚現役の施設である。


集合井という円形の建物。一部白いタイルが使われているようだ。


まだ時間があるので、文化の森総合公園にある徳島県立文書館、旧徳島県庁舎を見に行こう。
中心部から20分あまり走った郊外の緑豊かな公園内には、図書館、博物館、近代美術館などが集まっている。
公園のいちばん奥に、その建物は鎮座していた。うぉ~、好きな感じの建物だ。


近寄ってみると、外装タイルや石材なども結構新しくなっているようだ。
この建物は、県庁舎を解体したときにとっておいた元の部材をできるだけ使って復元されたものらしく、
左右の棟は短縮されているとのこと。そう言われてみればもっと長い方がバランスがいいな。→公式サイトの説明




内部は階段の手すりはオリジナルらしく、その他は現代的な内装になっていた。→公式サイトの説明
文書館の過去の展示の図録が置いてあったので見ると、徳島の産業などについての結構面白そうな展示を
やっているようだった。


市街地へ戻ってきて車を返す前に立ち寄ったこちらは、今回同行のFさんお勧めの徳島県郷土文化会館。
当時京都大学教授だった西山卯三の設計した建築という。住居学のパイオニアとしての西山卯三という名は
知っていたが、建築の設計もしていたのか。

ポストモダンというのか、、、変わった形の建物だ。1971(昭和46)年築。

これは階段室だろうか、エレベーターシャフトだろうか。ぐるぐる渦巻きはもちろん、鳴門の渦潮の
デザインだな。Tさん、バカボンじゃないですよ(笑)


ちょっと中を覗いてみたら、大きなモザイク壁画が。


探検してみたかったがあまり時間もないのでここまで。


車を返し、帰りのバスの時間までちょっとお茶しよう。。。駅前でこんな建物も発見。中華そばばんり


さっき目をつけておいた駅前のCOFFEE SKにて。
ゆっくりする時間はないが、朝から動き回り続けだったのでほっとひと息。。。


今まで何度かチャンスがあったにも関わらず見に行けてなかった素晴らしい三河家住宅をゆっくり見学
することができたし、ついでに徳島の建築もいくつか見て回れたし、充実した有給休暇の一日だった!

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徳島の三河家住宅 その3

2017-10-27 23:45:37 | 建物・まちなみ
三河家住宅の続き。

見どころが多くて3回目に突入してしまった・・・(汗)
階段を上ったところの広い2階ホールは、正面に見えていたバルコニーに面している。
玄関とお揃いのステンドグラスが。あっ、やっぱりこの照明、ガラスのホロがあったんだな!
しかし天井のこの色とむらの具合がもう絶妙。狙ってできるものではない。


おぉ~~っ!本で見たままだ!
バルコニーの床にはモザイクタイルがびっしりと貼られている。青色と薄い緑色、そして白。


律儀に波打った形のラインに合わせて、雷文のような縁取りの模様が施されている。
ずいぶん埃が溜まっていたと見え、雨に打たれて真っ黒になってしまっているが、洗い流せば
貼られた当初と変わらぬ美しい姿を見せてくれることだろう。デッキブラシを持ってきて掃除したい~~~




おや、奥には和室があるようだ。


おぉ~、一段上がって床の間や広縁もある本格的な和室だ。天井は折上げ格天井。


広縁がこんなRのついた形で変わっているな!外から見てもここが和室とは分からないだろう。


そして地袋の戸がカワイイ!植物と鹿のモチーフを透かし彫りにしてある。何となくオリエンタルな
雰囲気だが日本っぽくはないなぁ。


こちらはビリヤード室。どっしりと重そうなビリヤード台が部屋の中央に。ポケットのないタイプだ。
台の上にぶら下がる照明も雰囲気があるなぁ~


この部屋のマントルピースはスクラッチタイルと石を組み合わせたもので、四半円形のニッチ棚が
左右に作られている。上の壁にはブラケット照明が2つ。
今は何も置かれていないが、ここに写真やオブジェを飾ったら映えるだろうなぁ。


オリジナルの照明器具はどれも素敵なデザインだなぁ~。ひとつひとつ手作りなのだろうか。


横溝スクラッチタイルが使われている。ニッチ棚の上が白っぽい石材で段々になっていていいアクセント。


天井はちょっと和風な感じの格天井。


こちらの壁は同系色の布目タイル。


壁も面白い仕上げだな!しっくいを荒々しく塗りたくった上から色を塗ってさらに拭き取ったのかな?
とても気に入った。


階段は3階へと続く。手すりに大理石が使われ、階段の途中にある青海波模様の装飾が面白い。
3階は下宿として使っていた小さな部屋がたくさんあり、いずれも簡易的に改修されているので
見どころは少ない。しかしこんな家に下宿していたなんてほんとにうらやましいなぁ!
毎日このドラマチックな階段を下り、あのタイル尽くしのホールからスイングドアを開けて通学していたなんて。


3階のバルコニーは広い。赤と黄色っぽい色の八角形の無釉タイルが敷き詰められていた。


雨が降っていたが外へ出てみると、屋根の上のガーゴイルがよく見える。ユーモラスな顔(笑)
頬杖をついて何を考えているのだろうか。


さっきの2階のバルコニーがよく見える。鳥が羽ばたいているよう、とタイル博物誌の本で
藤森さんが書いているが、ほんと、千鳥みたいだな!


3階からさらに狭い階段を上って塔屋の上の狭い狭い屋上にも上った。こんな猫の額のような屋上に上るために
わざわざこんな階段を作ったのかと思ったら笑ってしまった。
しかし360度のパノラマを見渡せるし、複雑な屋根も見下ろすことができるのだ。

いやぁ~~、いろんなスタイルが入り混じって不思議で面白くて素敵な建物だったな!
今回は仲間6人で隅々までゆっくり見ることができ、いろいろ説明も聞かせて頂いてすごく充実していた。
雨だったのは残念だけど、庭の岩山の中も見せてもらったし、おなかいっぱい!日帰りだけど来てよかった~~~

建物はかなり傷んでおり、これから全面的に修復工事をする予定だが、時期は未定とのこと。
あまりピカピカにしてしまわずオリジナルの姿をできるだけ残してほしいなぁ~

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徳島の三河家住宅 その2

2017-10-26 22:44:50 | 建物・まちなみ
三河家住宅の続き。

1階から順番に見ていこう。
こちらは食堂。真っ先に目が惹きつけられる、中世のお城を思わせるような暖炉は、中にラジエーターが
入っていた。そしたらワシ(?)の紋章の入ったフードは飾りだな。


錆び色でよく分からなかったが石でできているようだ。グリルが美しい~


ねじねじの柱も石の彫刻と思われる。


密な間隔で入れられた梁の表面にもレリーフが。
Rのついた窓辺にはソファーが作りつけられている。


この部屋の照明は、元の器具にあとからプラスチックカバーの照明をはめこんだのか??


こちらは書斎。調度品がほとんどなくなっているのが残念だな。。。


壁はこんなエンボスの入った革のような壁紙が。高級感溢れる!!


シャンデリアと一体になった天井装飾は換気口を兼ねている。


そして・・・こちらが、タイル尽くしのお風呂場だ!!


天井までびっしりと張り詰められた12mm角の豆タイル。ここも半円アーチ型の造形が組み合わされている。


本で見ていたモザイク壁画はこれか!!滝と松の木が描かれた縦長の壁画は日本画風で、
まるで一幅の掛け軸のようだ。縁取りの赤紫色のタイルもいいなぁ。


コツコツと整形したタイルのかけらで滝の流れも表現している。これは泰山タイルが使われているとか。
泰山のこういうモザイク加工用のタイルをいつかの展示で見たことがあったな。


しかし面白いのはこの壁画の上方にシャワーヘッドがついていること。
この前に立ってハンドルを回せば、あたかも幽玄な山の中で滝に打たれている気分を味わえるのだ!


水色の結晶タイルに、これまたかわいい陶製のハンドル。う~~ん、素敵!!


窓ガラスには海草が揺れ熱帯魚が遊ぶ、ユーモア溢れるお風呂場。
いちめんタイル張りの西洋風のお風呂場だが、浴槽は置き型でなく深い浴槽が作りつけてあった。
ドイツ留学で西洋風が身についていた三河医師だが、お風呂はやはり肩まで浸かれる日本風にこだわったのだろうか。


お風呂場の近くの洗面所やトイレのドアに小さなステンドグラスが。


階段は1階から3階まで吹き抜けになっており、側面には深い漆喰レリーフが施されている。




2階の元温室の床もタイル貼り。こんなレンガ色の籠目模様、素敵だなぁ~~
目の部分にも小さな白いタイルが入っている。


戦後、自宅で診察していた時代、温室は手術室に使われたという。


まだ続く。
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徳島の三河家住宅 その1

2017-10-25 22:23:46 | 建物・まちなみ
徳島に行ったのは、三河家住宅を見に行くのが目的だった。
三河家住宅は日本のタイル博物誌にも載っているめくるめくタイルの殿堂である。ここも数少ない徳島の
戦前建築。

徳島駅に着いた直後から降り出した雨は気まぐれに降っては止みを繰り返していたが、ランチの後
かなり本降りになってきた。。。
新町川沿いに歩いて行くと、周りのまちなみから完全に異質で、テーマパークの作り物のお城のような
複雑な形の屋根が見えてきた。黄色っぽい壁に赤い瓦、三角屋根の上には怪獣らしきものが載っている。
うわぁ・・・

これが三河家住宅か・・・存在感に圧倒される。

産婦人科医師の三河義行氏が1928(昭和3)年に建築した住宅。設計はドイツ留学中に知り合った
徳島の建築家木内豊次郎。関東大震災を教訓として耐震性に優れた鉄筋コンクリート造を採用しているが、
内外に手工芸的な意匠をふんだんに取り入れた表情豊かな建物である。


なんだ、この人工岩山は??冗談なのか本気なのか??謎めいている。。。


さっさと入るのがもったいない気がして、少し遠巻きに眺め、門を入ってからも全体を眺め、その威容を
いろんな角度から撮ってからようやく、左右の棟の内角にある玄関へと向かう。


おぉ・・・見上げると、2階に張り出したバルコニーの波打ったフォルムが優雅。
2階、3階の庇の裏まで抜かりなくレリーフが施されているのが見える。




隣の現在駐車場になっている場所に診療所があったが戦災を受け、戦後はこの建物の一部を診察室として
使っていたとか。三河医師が亡くなったあとは学生向けの下宿として使われていた時代もあったが
2007(平成19)年に国の重要文化財となった。
現在は徳島市の所有となり、一般公開に向けて改修計画中という。


かなり引っ張ったが(笑)いよいよ内部へ入ろう。
おぉ。。。半円形をした玄関の床は白と黒の大理石を組み合わせた市松模様・・・と思いきや、ひし形だな!
玄関ドアが引き戸なのもびっくり。


靴脱ぎ場の両脇に格子の入った腰掛台のようなものが。これは暖房だそうで、この中に火鉢を入れたとか。


玄関ドア上の半円形の窓。淡い色ガラスを組み合わせたステンドグラスがきれい~~!
2階のバルコニーへ出る扉の上にもこれと同じものがある。


そしてホールへ。。。うぉ~~~~~!!
このドアはどちらにも開くスイングドア。曲面のスイングドアというのを初めて見たかも!?
この建物は至るところに円弧が使われているが、こんな立体の曲面のドアを作るの大変そうだなぁ!


スイングドアの上にはステンドグラスのらんまが。これも曲面になっているな。


不整形な床に敷き詰められたモザイクタイル!じゅうたんのように模様で縁取りされている。




ラジエーターまでこんな美しい装飾グリルの中におさめるとは、三河医師は潔癖性だったと見える。


ホールの中央にぶらさがるロートアイアンの照明器具は元はガラスのカバーがあったのかな?
くすんだ色の天井や壁に光が当たって何とも言えない絶妙なニュアンスを醸している。


続く
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徳島の建築めぐり

2017-10-23 23:46:36 | 建物・まちなみ
徳島は、なぜか今まで一度も来たことがなかった。計画しかけたこともあったのだが、縁がなかったのか。。。
今回平日仕事を休んでまで徳島にやってきたのは、三河家住宅を見るためである。
梅田からバスで2時間半。こんなに近かったのか!日帰りの予定なのでちょっと早めに行ってまちをうろつこう。

徳島駅からまっすぐ進むと新町橋がある。さすが阿波青石の産地、新町川の護岸はすべて青石貼りだ。
川のほとりの交番は円形校舎ならぬ円形交番。インパクトあるな!


ヤシの木が南国気分を作っている。・・・ん?徳島って南国なの??
このビルもいかにも戦後昭和30~40年頃の雰囲気をまとった建物だな。


徳島にほとんど近世や近代の建物が残っていないのはやはり空襲を受けたからだそうで、
焼夷弾が降り注ぎ焼け野原になった徳島の中心部にあって、残ったのはコンクリート造の建物のみ。
現みずほ銀行、元日本勧業銀行徳島支店はその一つだ。最初は、阿波農工銀行本店として建てられたとか。
1929(昭和4)年築。


大通りでなく生活道路クラスの道路に面しているのがちょっと意外だが、昔はこちらがまちの中心地であり
この通りがメインストリートだったということだろう。
道路に面して円柱が6本並びその上に大きなアーチが渡っている。比較的簡素になっているものの
古典的なスタイルを踏襲した、いかにも銀行といった建物。
引きが取れないのでなかなか全体を撮るのが難しいな!




この日は平日だったので、銀行も営業日である。一般のお客の顔をして店内に入ることは別に構わないだろう。
ひと通り外観を撮ってから、ガラス窓から店内を覗くと・・・おや!?


な、なんだこれは!?うぉ~~~っ!
店内に入り吹き抜けを見上げると、天井が6重の額縁になっている!?そしてバンドを巻いたようなこの柱は!?
こうなるともう一般のお客ではいられない(爆)
正式にお願いして、人や銀行設備が絶対写らないようにとの条件付で写真撮影の許可を得た。


入口に近い部分はこんなヴォールト天井になっている~


脇の柱が独特!!何この段々のハンチ(?)は。ゼセッションなのか?キュビズムなのか?表現主義??
黒色の大理石でくっきり縁取りされているのがモダンだな。外観からは全く想像もつかなかった。


階段の親柱も黒色の大理石で縦溝入りのシンプルなデザイン。


しかし現役の銀行で、天井板を張ることもなくこんなオリジナルのまま使い続けているというのは
珍しいんじゃない!?徳島市の貴重な戦前建築という認識で大切に使われているのだろう。

ちょくちょく建築を見に来る人がいるとのことで、責任者らしい男性の方も気さくに話して下さったり、
「焼夷弾の跡があるんですよ」と女性行員の方がわざわざ私たちを案内して下さったりも。
建築の素晴らしさはもちろんだが、営業中にも関わらず嫌な顔ひとつせず温かく対応下さったことに
とても感激した。ありがとうございました!

銀行のほぼはす向かいにもう1軒残っている戦前建築が、油問屋であった高原商店の本社兼住居として
建てられた旧高原ビル。1932(昭和7)年築で、この時期大流行していた黄色っぽいスクラッチタイルが
全面に貼られている。左側のドアが住宅の玄関だったのだろう。


アールデコっぽい丸窓の面格子。


このビルはリノベーション済みで、入口から路地のような通路が新町川沿いのボードウォークへとつながる。




裏に作られた新しい棟と一体となり、中央部が吹き抜けの階段ホールになっている。
多分元のビルが裏の川べりまであったのを、裏側の部分を壊して建て替えたのではないかと想像。


現在はテナントビルとなっており、川に面して飲食店などが入っている。
古い棟の2階はガランと空いていたが、ギャラリースペースとして使われているようだ。
エレベーターで3階まで上ると屋上に出られる。こちらもスクラッチタイル貼りの小さなペントハウスがあり、
かわいい丸窓が2つ。

こちらも貴重な戦前建築を生かしながら現代に生きる建物として使い続けられており、うれしいことだなぁ。
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徳島の素敵なタイル

2017-10-22 19:12:09 | ディテール
先日徳島へ行ってきたのだが、その時に見つけた素敵なタイルを紹介。

歩いていてふと目に入って来たきれいな翡翠色のタイル。
実は最初反対側から歩いてきて、この袖壁の裏側に少しだけ回りこんでいる部分を目ざとく見つけて
寄って行ったのだが、こちら側に回ってみると壁一面に貼られているじゃないか!うひょ~~♪


板チョコ状というかキーボード状というか・・・少し立体的なタイルで、エッジ部分はかすれたような
錆色が浮かび、何ともいい感じ。


そして表面には結晶が湧いていて、青色の点々が散っているのもまたいいなぁ!


道路側の見付け部分は同じタイルだが平面のものが使われている。


このビル自体は割と新しそうで、外壁もタイル貼りではなく、特段目を引くようなものでもないのだが、
なぜかここだけ、こんな素敵なタイルが貼られているのだ。


このビルの2階はステラというプリスクールのようだが、保育園にしては大人向けのセンスじゃない??


外部だけではなく建物の中の壁まで、このタイルは続いていた。


そしてまた感動したのがこのガラス扉の取っ手。タイルとお揃いじゃないの!!きゃい~ん!!


なんて素敵なの!!もうメロメロ~~
階段の手すりの終端も丸くてかわいいなぁ~~


注文を受けてオリジナルのタイルと取っ手をわざわざ作ったのか、それともタイルとコーディネイトできる
各種パーツがあわせて商品化されていたのか・・・
どちらにしても、手動のガラスドア自体めっきり減ってしまった今日この頃、壁タイルとお揃いのこんな
工芸品のドアの取っ手は、触れるだけで何とも豊かな気分になれるなぁ!


ちょっと調べてみると、ステラを運営するのは株式会社クラッシーという生活総合支援サービス会社で、
1986(昭和61)年に創業、1994(平成6)年にステラ船場校(ここ)をオープンしたとか。
このビルは昭和の終わり頃に建てられたものなのだろうか。。。昭和の終わりや平成に建てられたビルで
こんな質感のタイルが使われているとしたら、ちょっと自分の中の時代感覚を訂正しないといけないなぁ。
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2017.07.14~18 東北横断の旅 もくじ

2017-10-21 20:13:57 | Weblog
去年のGWに行った東北がとっても楽しかったので、もう少しあちこちめぐりたいと思い、
今年の夏休みは三連休の前後一日ずつ休みを取って4泊5日で東北へ。
ピーチで仙台へIN、バスとレンタカーと鉄道で岩手~秋田を移動しながら温泉に泊まり歩き、
ANAで秋田からOUTというルートである。

一ノ関の建築めぐり
一ノ関の建築めぐり その2
水沢の建築めぐり
水沢の建築めぐり その2
鉛温泉藤三旅館
花巻の建築と馬づら列車
平井邸に出会う
2つの旧役所
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秋田の建築めぐり6 国立農業倉庫

東北のディープな温泉に泊まって堪能できたし、駆け足ながら各地で建築を見て回り、鉄分も少し
味わえたし、今回も楽しく充実した旅だったな!

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秋田の建築めぐり6 国立農業倉庫

2017-10-20 23:47:46 | 建物・まちなみ
秋田の建築めぐりの続き。

午後からは旧国立農業倉庫へ行ってみよう。最寄り駅は秋田から2駅目の新屋駅だが、そこからも
1kmあまり離れているので、電車で行っても結構遠い。
秋田駅から車で15分というから、自転車ならその倍くらいか。途中もいろいろ見ながら行けるし、と
再びレンタサイクルを借りて走り出したが、、、いやいや、遠い遠い(汗)
車がバンバン走る広い郊外道路で、交差点では地下道を通り、広大な雄物川を渡り・・・
40分ぐらいかかったか、ようやく雄物川のほとりに広がる秋田公立美術大学のキャンパスに着いた。

おおーっ、これか!!
この場所は元は雄物川の湿地帯だったが、大正6年から20年の歳月をかけて県が行った雄物川改修工事の
掘削土で埋め立てられ、そこに旧秋田県販売購買組合連合会により米穀倉庫が建てられた。
1935(昭和10)年に完成。
敷地ともども国に寄付されたあとは、秋田食糧事務所の管理下におかれた。


天井高は最大12mと高いが平屋建て。奥行45mもある倉庫が8棟も並ぶさまは壮観!!
これら全体での収容量は秋田県の米の年間消費量の3割を保管できる量だとか。すごいな!!


1990(平成2)年に用途廃止となり、まず6棟が新設大学の用地として市に譲渡された。
3棟は大学の実習棟として、3棟は市民に開放された施設としてギャラリーや市民交流の場となっている。


その後残る2棟も市が買収、創作工房と図書館の一部となった。
高い天井の広々とした空間は美術大学の作業場としてぴったりで、実にうまく使われている。
しかも8棟全部がまったく欠けることなく活用されているのは素晴らしいな!


建設後80年以上経つ巨大な倉庫群は、ピカピカの真新しい他の校舎の間にあってもまったく遜色なく、
むしろ埋立地に建てられた新設大学に歴史の深みを与えるものとして重宝されているのだろう。


倉庫の東面には木造の庇が連続して張り出し、広い半屋外空間がある。便利な作業場だなぁ、と
思っていたら、実はここは1.5km離れた新屋駅からの引込み線のプラットホームだったらしい。
うわぁ~~、貨物列車がここまで入ってきていたのか!!そして、新しい校舎との間のこの通路が線路
だったのか。地図を見ると一目瞭然だったな、うかつだった!!廃線跡は遊歩道となっているというから
新屋駅から歩いてもよかったなぁ!




おや、ブルーシートに玉ねぎ・・・さすが元農業倉庫!?(笑)


日本海へ注ぐ直前の雄物川はこの川幅。ほとんど海だな!
この雄物川がこのわずか1ヵ月後に大雨で3ヶ所も氾濫したというニュースを聞いて、ショックを
受けたのだったが。。。


帰りは来た道とは違う道を走ろう、と斜めにスパッとショートカットしている道路を走って行くと、おや?
ずっと続いている細長い緑地帯が何か気になる。


あっ、これはレールじゃないか!ということは、ここも廃線跡か!?
考えたらまわりの町割りと無関係に斜めに貫く道はいかにも不自然だ。


犬釘まである~♪ いや~楽しいなぁ。


たどっていくといかにも鉄道なアールで右へ曲っていたが、その先は住宅が建っていてよくわからなかった。


JR羽越本線の築堤がとってもいい感じ。


猿田川を渡る鉄橋も石積みの橋脚や古いガーダーが素敵だなぁ!




鉄錆び色に染まった円筒形の橋脚。石の表情がいいなぁ~


さてそろそろ戻って空港へ向かわねば。レンタサイクルを返す前に、秋田市民市場に寄って
最後にお土産を買おうという段取り。実はさっきちゃんと偵察しておいたのだ。


秋田では7月中旬でもまださくらんぼがギリギリ売っていて、あんずは最盛期。


しかし私の狙いは筋子(爆)。筋子がこんなにランクや味の違いで分けられ値段が違うなんて知らなかった。。。
お客のおばちゃんたちが慣れた様子で次々と買いに来ては、300g、500gと買って帰る。
こんなに日常的に筋子を食べるのか!!結構カルチャーショック。尚、いくらは贈答用の高級品なのだとか。
私も店の兄ちゃんに違いを聞いて200g買って帰ったが、結構ペロッと食べてしまったので、もっと
買っておけばよかったなと・・・(笑)

さぁほんとにタイムリミット、自転車を返却しに戻ろう・・・と思ったら、自転車のカギがない!?
カバンの中身を全部出してもないし、市場の中を見て回ってもない。ええ~~っ、何で~~~!?
飛行機に乗り遅れる~~!!市場の事務所に落し物がないか聞いてもない、筋子屋の兄ちゃんにも聞いたが
なかったと。。。絶体絶命!!泣きそう~~~

ところが実は、私が見ていたのは同じレンタサイクルの別の自転車で、その数台隣に私の自転車があり、
カギが刺さったままだった(呆)・・・全く、アホ・・・皆さんお騒がせしてごめんなさい~~~(大汗)
というわけで、無事飛行機にも間に合い、帰途についたのだった。はぁ~

終わり。
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秋田の建築めぐり5 教会2つ

2017-10-19 22:29:45 | 建物・まちなみ
秋田の建築めぐりの続き。

高砂堂から住宅街の中を北へ進み日本聖公会秋田聖救主教会にやって来た。
この付近のエリアは武家屋敷だったのか、広いお屋敷が多いな。




ここは舟板か水車の材かを転用した板塀が粋だなぁ。


青空に映える白亜の教会。1930(昭和5)年に建てられた聖堂がほぼそのままの形で今も使われている。


尖塔アーチのモチーフがいろんなところに使われている。


中へ入ってみよう。教会は誰にでも開かれている。


外観とは違って内部は木材が多用され、プロテスタント教会らしい簡素な美しさがあるな。


ステンドグラスもシンプルなラティス状。


丸窓には色つきのかわいい花形のステンドグラスが嵌っていた。




教会のはす向かいのこのお屋敷はかなり大きいなぁ!!


奥にはタイル貼りの洋館もあるようだった。


さっきお堀の向こうに見えて気になっていた建物を見に行くと、カトリック教会だった。


正面から見ると三角屋根の家形の建物に見えるが、実際は中央部が段々に前に張り出していて
なかなか凝った建物だ。定礎プレートには1962とあった。
部分的にあの「道化の館」に似ているな!?(笑)

十字のドアを開けて中へ入ってみると、あまり奥行は深くなくシンプルな空間ながらも光の入り方が
印象的で、やはり静謐で神聖な祈りの場だった。信者の方が一人静かに座っておられたので、内部の写真は撮らず
立ち去る。

脇に建つ信徒会館の建物もファサードのレンガ使いがカッコイイ!




お昼ごはんを食べようとうろうろするが、なかなか手頃なところが見つからないな。。。
ここは喫茶店のようだがやっていなかった。


昨日見ていた川沿いのカフェに行ってみることに。
ここは「那波家の水汲み場」という場所らしい。江戸時代から明治にかけて飲用には旭川の水が使われ、
沿岸の各町に共用の水汲み場があったが、今残るのはここのみだとか。


水汲み場の一角は緑が残され、そこだけ当時の光景を彷彿とさせるようだ。
その木立に面して窓がとられた気持ちいいカフェで、ランチを食べようと思ったら、数量限定のため
もうなくなったと・・・え~~っ、そうなの~~?仕方ないので、ドーナツだけ・・・


駅のほうへ戻りしな、新しい県立美術館の隣のにぎわい交流館というところに、ふと思いついて上ってみた。
さっきの旧県立美術館が見えるかな!?・・・なんとか見えた!

今あらためてネットで検索してみたところ、旧秋田県立美術館は1966(昭和41)年に竣工。
藤田嗣治の大壁画「秋田の行事」を展示することを目的として作られたらしく、彼の作品のコレクターであり
美術館の創設者である平野政吉が、藤田嗣治本人の指示を聞き、屋根の形や丸窓を設計に取り入れたとか。
2013年に閉館となり新美術館に移ったが、こちらの建物もまた文化活動施設として再オープンする
計画があるらしい。とりあえず壊されないようなのでよかった!

続く。
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秋田の建築めぐり4 高砂堂

2017-10-18 22:36:31 | 建物・まちなみ
秋田の建築めぐりの続き。

翌朝はのんびりホテルの朝食を食べ、今日はどこへ行こうかと考える。秋田市内はそれほど近代建築が
多い訳ではなく、昨日のうちに中心部をだいたいまわったので、今日は鉄道で近郊の別の町へ行こうか。
でも全然チェックできてないし、田舎は列車もバスも頻繁になくて不便。最終日なのでバタバタしたくないしな。。。


・・・というわけで、最終日も秋田市内でぶらぶらすることに。チェックアウトして荷物を預かってもらい、
ひとつ見れていなかった近代建築、秋田聖救主教会を目指して歩き始める。
ハスと睡蓮が盛りのお堀端を歩いて行くと、おや、あれは?なんだかすごく迫力のある建物じゃないの!?


近寄ってみると、閉ざされた門扉に「県立美術館は移転しました」という張り紙。ははぁ、あのキレイな
コンクリートの美術館ができる前はここだったのか。じゃあしかし、この建物はどうなるの??


木がうっそうと茂っていて全貌が見えない。。。緑青色の反り返った合掌型の屋根にまん丸目玉のような
ドーマーウインドウが並んでいる独特な形。どこかよく見えるところはないか、、、


周りをウロウロしてみたがどこからもよく見えない!う~ん。。。もどかしい。


お城をかすめるように歩きながら、川を渡ると、りんごもちが有名な老舗のお菓子屋、高砂屋があった。
ここも和風建築だが古い建物だな。裏の方まで続いている。棟を正面に向けた寄棟屋根が老舗らしい風格。
ささっと外観を撮って教会へ向かおうと思った時、表のガラス戸越しにチラッと見えた店内、おやっ!?


よし、りんご餅をお土産に買おう。ガラッと戸を開けて入ったとたん、、、うわぁ!


型押し鉄板張りの洋風の天井!床は石畳、テラゾーに蛇紋岩貼りのショーケース、なんとなく
アールデコっぽい戸棚。周囲には屋号の入った回転窓が。


接客に出てこられた女性に写真を撮っていいですかと聞いたら、どうぞどうぞと言っていろいろと
説明までして下さった。この家の方ではないようだが長年ここで勤めておられるのかよくご存知だった。


20年ぐらい前に前面道路の拡幅工事のために9m曳家をしたそうな。現在道路と建物の間には広い石畳の
スペースがあるが、その部分はかつて屋内だったと言うのだ。しかし・・・建物は奥まで続いているじゃないか。


全部を曳家したんですか?いえ、裏の工場とこの建物の間にあった部分を壊して、店の建物だけを曳家したんです。
中庭も昔はもっと広かったんです。ベンチを置いている部分は接客スペースとして新たに作ったんですよ。
ははぁ、なるほど!バックヤードの一部を犠牲にしてこの豪華な店を残したのだな。


道路の拡幅では近所は皆取り壊したり建て替えをして、ここも取り壊すかという話もあったんですが、
この建物を残したいという店のご主人の思いがあって、曳家して残すことになったんです。
素晴らしい!よかった!ありがとう!
この天井は、剥げて汚かったのでその時に塗ったのだそうだ。斬新な色に塗ったものだな!
エキゾチックな雰囲気も出てうまく和洋折衷の空間を演出している。


ところでこの変わったインジケーター、温度計かと思っていたら、時計なんですよ、と。ええっ、これが?
外国製と思われるこの時計、窓に時間が、針が分を示すという。今も毎朝ネジを巻いたらちゃんと
動いていて、毎時ボンボンと音も鳴るそうだ。
でも10時なのに2回しか鳴らなかったり1時でも3回鳴ったり気まぐれなんです。ふふっ、かわいいですね(笑)
売ってくれと言って来る人もいますが売りません。そりゃそうです、大事にして下さいね!


試食に頂いたりんご餅は驚くほど柔らかくてふわふわでいい香り!りんご果汁を使っているのだそうだ。
皆へのお土産に購入し、長々とお相手頂いたことにお礼を述べ店を出た。

いやぁ、危うく外観だけで素通りするところだった、中を見れてよかったぁ!

奥に続く工場の建物を見ながら進んで行くと、その隣にこちらも少し古そうな民家があった。
いい感じの板塀だな、、、おや?


あっ、これは菓子型じゃないの!?


見ると皆微妙に違う。よくある花形やら鯛やら扇型やらの菓子型とは違い、小さな長方形がずらりと並ぶ
木の板は、パッと見ただけでは単なる意匠と思ってしまうが、我ながらよく気づいたものだ(笑)


よく見ると文字が入っているな。なになに、高砂堂謹製、落雁。ああ、高砂堂の菓子型か。


じゃあこの建物も高砂堂さんのお住まいだったのだろうな。今は生活の匂いはしなかったが。


いや~面白い。やっぱり歩くと楽しいなぁ!


続く。
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秋田の建築めぐり3 まちなかいろいろ

2017-10-17 22:32:39 | 建物・まちなみ
秋田の建築めぐりの続き。

市内中心部を流れる旭川、建物の裏側感全開でなんだか日本橋に近い方の道頓堀みたい(笑)。
あ、今はもっとおしゃれなリバーフロントに変わってるか。


もっと川側に向かって窓を取れば雰囲気良くなりそう。
川の風景を取り入れているカフェが一軒だけあった。あとで入ってみよう。


ここは川反というエリア。道頓堀、宗右衛門町のように、川沿いは盛り場である。飲み屋が軒を連ねる中には
元は料亭だったと思われる古そうな建物も。昔はもっと風流な通りだったと想像。




小さなおしゃれな洋風ビル発見。感じのいい飲み屋になっているな。


古めかしいレンガ造りの商店。「花京都」という店になっているようだが閉まっていた。
1901(明治34)年とかなり古い建物で、登録文化財にもなっている。


開口部は石積みアーチの重厚さ。しかしちょっと赤すぎる気が・・・(苦笑)


住宅地の中にあったこちらの建物はかなり変わっているぞ!?ファサードがまるでのこぎり屋根の工場
みたいになっているのだ!


隣家がぴったりくっついて建っていたのだろう、側面には窓がほとんどなく、正面に階高よりも高い窓が。
入口のレンガアーチは今のイタリアンのお店を始めたときか、その前ぐらいに改修で作られたものだろう。


元は何だったのか?向かいの家のおばちゃんが外に出ておられたのでちょっと聞いてみたが、
飲食店の時代しか知らないらしかった。この日はたまたま休みだったのか、夕方5時半だったにも関わらず
開いていない。開いていたらここで食べたのになぁ。


あとで調べてみたところ、「道化の館」という、30年ぐらいやっているイタリア料理の名店らしい。
そうだったのかぁ~。写真を見るとなかなかよさげ。ここで食べたかったなぁ~


こちらはその近くにあったレンガ蔵。焼き締めレンガをコーナー部に使ってあったり、軒まわりに下駄歯状の
装飾があったりと、ちょっと凝ったつくりの2階建ての蔵だ。


足元の石段も、角にこんな切り欠きがつけられている。


「菊」の文字の残骸が・・・お酒の名前だろうか?菊正宗・・・菊の露・・・違うわなぁ(苦笑)


秋田楢山教会に来てみた。1927(昭和2)年築とのことだが、外壁の下見板も窓の桟も新しくなって
おり、ほんとに古いのかどうか、外観だけでは分からなかった。




きれいな色あいの湿式小口タイル。


そろそろレンタサイクルの返却時間だ。戻ろう。

秋田のレンタサイクルは駅コンコースにある観光案内所で手続きして鍵を借り、駅を下りて少し行ったところの
公営駐車場の地下で自転車を出し入れするしくみ。返却時もまた駅コンコースまで鍵を持って行かないと
いけないのでちょっと面倒・・・いや、無料で貸してもらえるのだからありがたいことです(苦笑)

続く
コメント (2)
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