まちかど逍遥

私ぷにょがまちなかで遭遇したモノや考えたコトなどを綴ります。

ホテルコンチネンタルサイゴンに泊まる。2

2019-12-08 21:45:31 | ディテール
GWのホーチミンの続き。

ホテルコンチネンタルでの宿泊は朝食付き。ホテルの朝食は大きな楽しみのひとつだ。何せ4つ星ホテルなのである。
朝食場所に行くとこんな素敵な空間で、もう朝からワクワク!さぁどこに座ろうか・・・




せっかく涼しい朝なので中庭に面したテラス席にしよう。


私はホテルでの朝食は基本パンと卵の洋食スタイルが好き(旅館ではもちろん和食がいいが)。
何よりうれしいのは具を指定したら目の前で焼いてくれるオムレツ。
フランス譲りのおいしいパン、ビュッフェのサラダを山盛りに、そして南国のフルーツを好きなだけ!!
あぁこれでは昼ごはんが食べられないかも・・・(爆)

普段朝食を食べない私だが、こんな優雅な朝食を3日も食べられるなんて夢のよう。。。

室内の方もゴージャス。


GWとあり日本人客も結構泊まっているようだ。


カーテンが閉められていた隣の部屋もちょっと見せてもらった。何かの準備をしていたのでチラッとだけだったが、
特別感のある部屋で、天井の装飾がすごい!!


まるでルーレットのよう!ここはカジノ部屋か!?なーんて(笑)

ところでこのホテルの宿泊料は、別棟のガーデンビューのツインルームだけど、朝食付きで何と1泊約1万円だった。
これ1室2人での値段だよ!?日本のチェーンのビジネスホテルでもそのくらいするよね!?もっと高いこともザラ・・・
う~ん(汗)
いやぁ~~ここに泊まるためだけにホーチミンにまた来てもいいなぁ!(爆)

私たちの部屋は3階だが、4階へもちょっと偵察に行ってみた。3階よりも高いのでさらに明るい。


廊下から下を見てみると、3階のルーフバルコニーに鉢植えがずらりと並んでいるのが見えた。
ちょっと見に行こう。




うわぁ!?
ルーフバルコニーに出てみると、美術館で見たのと同じうろこ型赤瓦葺きの勾配屋根が、ルーフバルコニーの床から
突き出している。これはいったいどういう構造なのか!?


妻壁は天然石貼りで、通気口もある(あるいはここは屋根裏部屋だろうか)。そしてその前に蘭の鉢がたくさん
ぶら下げられていた。




今これを書きながら、思い当たったのだが、これは1880年に完成した最初のホテルの建物の一部じゃないか!?
いやそれ以外に考えられない。ホテルの廊下に展示されていた説明書きの小さな写真には、三角屋根の小さな建物が写っていた。
それを内包する形で増築されたということだろう。あぁ、もっと早く、現地で気づけばよかった(汗)
ここの1階と2階の部分がどうなっているのか、確認したかったなぁ~~


ルーフバルコニーにはたくさんの盆栽鉢が並べられ、、日々手入れされている様子。


美しく花を咲かせて館内に飾るためだろう。従業員の趣味という規模ではないな(笑)


端の方で1人のおっちゃんがかいがいしく植物の世話をしていた。あぁ、都会の中のオアシス。。。
車やバイクの喧騒とは無縁のこんな屋上で植物相手にもくもくと仕事をするのも、楽しそうだなぁ。



最終日の夜はなにやらお祭りだったのか!?こんなカラフルなライトアップになっていた。



とにかくホーチミンの拠点としては最高のホテルだった。これからホーチミンへ行く人がいたら、強力におすすめしたい(笑)

続く
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ホテルコンチネンタルサイゴンに泊まる。

2019-12-07 15:34:40 | ディテール
GWのホーチミンの続き。

今回の旅は往復羽田経由の深夜便、現地では3泊して丸5日間の旅程だった。短いので欲張らずにホーチミンのみとし、
ホテルはコンチネンタルサイゴンを3連泊で取った。約140年の歴史を誇るクラシックホテルにも関わらず格安で、
昨年行った建築好きの仲間からもマジェスティックよりもいいと勧められていた。
空港からタクシーで到着してみると、この風格である!(ちゃんと撮れた外観写真がないことに気づいて愕然・・・汗)




テンション爆上がりでドアマンが開けてくれたドアを入ると、、、うぉ~~っ、いいねぇ!!
広々したホールは過多な装飾もなく落ち着いていて、それでいて気取りがなく、温かみやもてなしの心が感じられる。


照明の中心飾りがゴージャス!


このホテルはフランス統治時代の1980年にフランスの建材メーカーが、母国からのクルーズ客がくつろげる
豪華なホテルをと建設したのが始まり。当初は3階建ての1棟だけだったが、後にルイ・フィリップ1世の孫である
Duke De Montpensier に売却され、増築されて、ほぼ今の規模となる。経営は時代につれ変わったが、
10年にも及ぶ改修工事を経て、1986年に国営の「ドンコイホテル」としてリニューアルオープン。
それからさらに修復工事が行われ、1989年からは「ホテルコンチネンタル」としてオープンし、今に至る。


階段も素敵。最初こそエレベーターを使ったが、滞在中ついつい階段ばかり使ってしまったのはやはり、
歩きたくなる階段の魅力。






2階の階段ホールはこの通り木製の天井で、この2階の中央に近い場所が一番高いグレードの部屋と思われる。




2階の廊下は天井からシャンデリアが下がり、床にはじゅうたんが敷かれる。各部屋のドアの枠は木製で分厚い。
しかし残念ながら私たちの部屋はここではない(笑)


3階へ上ると今度は片側が吹き放ちのアーチが並んだ廊下である。そのため床は大理石のモザイク。
日光が入るので明るく南国の雰囲気に満ちているな!しかし私たちの部屋はここでもない(笑)




3階のエレベーターホールにもカウンターがあるのはさすが。そこから廊下を延々歩いて案内される。
歩いて行くにしたがい廊下も装飾がなくなり狭くなっていく(苦笑)。ぐるっと回りこんだ別棟に私たちの部屋はあった。
かなり歩いたな。。


ガーデンビューの部屋は、シンプルだが、広い!!エキストラベッドを入れて使える部屋なのだろう。
建物は古いが設備は十分、アメニティも豊富、ウェルカムフルーツがうれしいね!!


こちらは清掃中の時間にちょっと覗いてみた本館2階の部屋。やはり少し凝った造りになっていて室内装飾も多い。
しかしもちろんその分料金は高いわけで(笑)。
まぁもう少し奮発してもよかったのだが、、、次回来ることがあったらグレードアップすることにしよう。


夜景がまたいいね!向かいにある市民劇場と共にライトアップされて、まるで光の宮殿のよう~~
ここに5日間いられるなんてほんとに幸せ~~♪




続く
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ホーチミン美術館

2019-12-06 23:31:21 | ディテール
GWのホーチミンの続き。

台湾に日本統治時代の建築が今もあるように、ベトナムにはフランス統治時代の建築がたくさん残っている。
ただし建築と言えばハノイの方が有名で、ホーチミンではそれほど多くない。まぁ、たくさんありすぎても
回りきれないので、いくつかピックアップしておいた建物をのんびりめぐるのでちょうどいいぐらいだ。
何といっても5月のホーチミンは年間でいちばん暑い季節。穏やかな春の日本を飛び出して夏先取り!!(苦笑)
よりによって酷暑のホーチミンへ来てしまったわけで、、、あまり無理すると熱中症で倒れてしまう(爆)

まずはホーチミン美術館へ。広い敷地に3棟の建物があるが、いちばん古そうな建物が何と工事中!?ええーっ
残念だが・・・あと2棟を見ることにする。


本当に南フランスにありそうな建物。(フランス行ったことないけど笑)


日本とは全く異なるこの地の歴史も文化も大して知らないまま、建っている建築だけ見てもあまり
よく分からないので、やっぱり目を引かれるのはディテールだ。


玄関にそそり立つ円柱は、青い釉薬がたっぷりかかったやきものである。まるで錆のようなベージュ色の窯変は
なまこ釉だろうか。江ノ島の岩本楼のローマ風呂の柱とそっくりじゃないの!?
あちらはこんなコリント式の柱頭ではないけれど。


こんな青い色のテラコッタを建築の外部に使うというのは日本ではあまり見ないかもしれない。
日本の洋風建築で使われているテラコッタはだいたいベージュとか茶系とか黒とかかな・・・


さて中に入ろう。入口の格子が華麗!


床は細かい模様のセメントタイルが敷き詰められている。縁にはボーダー柄がめぐり絨毯が敷かれているよう。
部屋ごとに違った模様のタイルが使われている。ベトナムは釉薬のかかった焼き物のタイルよりも
このセメントタイルがとても多い。


欄間にステンドグラスがはまっていた。余白が多く上品だ。


こちらのドアにも。


面白いのは、階段室の吹き抜けに設置されたエレベーター。これは建築当初からあったものと思われ
かなり古い形態をしている。まずシャフトがなく木製のカゴがはだかのままワイヤーで吊るされているのだ。


各階の階段ホールの手すりはEVの乗降口の部分だけ高くなっていて開閉できるドアがついている。


確かに、そこさえガードしておけば誰かがカゴに触れる心配はないし、コンパクトで合理的だな!


しかもあくまで優雅!!須晴らしいなぁ~~実際に乗ってみられればなぁ!残念ながら静態保存である。


ところで・・・写真では爽やかに見えるだろうが、ドアや窓が開け放されているのを見ても分かるとおり、
館内にはクーラーがない。風の通る部屋はまだいいが展示室は空気がこもって作品を見る余裕がないほど暑い(苦)
暑さにバテた友人が休憩している間に建物内をまわってこよう・・・


この建物はロの字形になっていて中庭がある。建物に囲われた中庭にはパラソルなどが置いてあったので
時々ガーデンカフェとしても使われるのだろう。


この中庭に面した壁に青い色の帯がめぐっている。よく見るとあれもテラコッタじゃない!?
レリーフタイルのようだが・・・どこか近くで見れるところはないか!?


・・・と思ったら、あった。バルコニーに出ると目の前にあのテラコッタが!!
う~~ん、さくらんぼ柄。何てカワイイの!!凹凸はかなり深いな。これも同じ釉薬だろうか。


「福」の字の換気グリル。


渡り廊下にも青い列柱が並んでいた。


屋根の上に、東洋風な顔をした風見鶏が。賑やかな台の上に乗っているのは鳳凰かな!?ここだけ中国風のようだな。


見下ろした屋根には、スレートのような薄いうろこ形の瓦が葺かれていた。


さすがに私もバテてきた・・・
工事中でないもう1棟の建物をまだ見ていないが、このへんで切り上げて、クーラーのよく効いた現代的なカフェで
冷房代込みの値段設定の冷たい飲み物を飲んでくつろぐ。あぁ快適すぎてなかなか動けないよ(笑)

美術館に行ったのに作品はほとんど見なかったな・・・(爆)

続く
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ホーチミンへタイル寺を見に行く 2

2019-12-01 23:42:55 | ディテール
GWのホーチミンの続き。



スリ・タンディ・ユッタ・パニ寺院
は、外側にタイル敷きの回廊のようなポーチがぐるりと回り、中央部が一段高くなっている。
ヒンドゥ教についてもヒンドゥ建築についても全く知識がないが(汗)、ちょろっと検索してみたところでは、
白タイル貼り柱の林立した場所が「拝堂」、その正面にある祭壇が「聖室」と言うようだ。
聖室は神様がいる場所なので華やかに飾られているが、拝堂は人々が祈る場所だからシンプルな白タイル・・・ということなのだろう。

※これまで「ヒンズー教」と書いていたが「ヒンドゥ教」の方が一般的みたいなので、今後はヒンドゥ教と書きます。

外側をぐるっと一周回ったので、聖室を見てみよう。


ポーチ床のセメントタイル。


聖室の中に神様がおられる。両脇に祠があり、左にシヴァ神、右にヴィシュヌ神が控えている。
聖室の入口の上には「LORD SRITHENDAYUTHAPANI」と書いてあるので、
お寺の名はここのご本尊の名前なのだな。


入口のまわりや、両脇の祠もタイルだらけ。。。


凹凸がある分使われているタイルの種類も多く、複雑に入り組んだ形に合わせて細かくタイルを貼り分けてある。
濃密~~~




クリシュナ神の祠は、壊れてしまったのだろうか、本物のタイル貼りではなく木の板で作って模様をペイントしたような感じ。


そして、聖室と外側の壁の間に内側の通路があった。ここはまるで洞窟の中のように暗く、静謐な回廊。
しかしこの壁もまたオールタイル貼りである・・・!
マラッカで見たヒンドゥ教寺院はもう少し規模が小さくオープンなポーチの部分がなかったが、やはり同じように
聖室の回りを通路がぐるっと回る構成だった。あそこもタイルがたくさん貼られていたな。


外側の壁とはまた違うタイルが使われているが、台湾で見たことがあるタイルが多い。


薄暗くてブレないように息を詰めて集中・・・これはある種の精神統一か(苦笑)












この回廊には壁にレリーフやコーナーに小さな祭壇があり、そこにもまた神さまが祀られているようだ。
人々はそれぞれの神様に祈りながら回廊を回って歩く。






いったい何種類のマジョリカタイルが使われているのか、何枚のタイルが使われているのか・・・


台湾でよく目にした中国の吉祥模様のタイルも使われているというのは面白いな!
ヒンドゥ教だから中国文化は関係ない。もはや単なる模様の一種として使われているのに違いない。


大正時代から昭和初期にかけて日本製のマジョリカタイルが世界中へ輸出されたという話は何度も聞いて知っているが、
この建物を見ると、お寺1軒建てるのにこれほどの量のタイルが必要で、日本のタイルメーカーにはこんな規模の
注文が世界中から舞い込んで来たのだということ、そして製造・出荷に追われていた当時のタイルメーカーの景況を
リアルに感じられる気がした。


ただし、ホーチミンではマジョリカタイルが使われている建物はここ以外にほぼ皆無だった。
一方、インドでは建物にマジョリカタイルが大量に使われていると聞く。
(ヤフオクで売られているマジョリカタイルはインドからが多いらしい)
このユッタパニ寺院はタミル人が作ったという話であり、インド式をまるまる持ち込んだのではないかと想像する。


ポーチの外側の庭に建つ建物に祀られていた神様。この祠と卓も総タイル貼り。あぁもう圧巻のユッタパニ寺院であった。。。




すっかり長居してしまった。2時間ぐらいいたかも知れない(笑)。まぁこれがホーチミンに来た目的だったので。。
最後に門番のおばちゃんからろうそくとお線香を買い、神前にお供えしておいた。
長時間おじゃましました~~

・・・と言いつつ、滞在中にもう一度訪れた私たち(爆)

続く
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ホーチミンへタイル寺を見に行く

2019-11-28 22:43:26 | ディテール
アジアのどこかの街にマジョリカタイルに覆われたお寺があると聞いて検索したら、ここが出てきた。
ベトナム、ホーチミンのSRI THENDAY YUTTHA PANI(スリ・タンディ・ユッタ・パニ寺院)。
うぉぉ~~~、なんじゃこれは!!日本ではポツンポツンとポイント使いや小面積で貼られていることが多いマジョリカタイル。
英国製のビクトリアンタイルをまねて明治時代の終わり頃から国内メーカーが作りはじめたが、輸出用がメインとなったため、
日本よりも台湾マレーシア、シンガポールなどでたくさん使われているのをこれまでに見てきた。
しかし輸出先はアジアだけにとどまらずインドからアフリカ、ヨーロッパまで世界中の国々に及んでいたのだ。
まぁ、そんなに遠くまでは行けないけど(行く気もないけど)、ベトナムはもうずいぶん昔に一度行く計画をしたのに
ボツになってしまったので・・・一回行ってみたい。という訳で、GWに友人と行ってきた。
そう、北九州から帰宅した翌日出発で(笑)


実は家を出た後とんでもないことがあったのだが・・・まぁそれはおいといて・・・成田からの友人と合流してホーチミンの
宿に荷物を置いたら、まず目的のユッタパニ寺院へ直行しよう!

19世紀にフランスによって植民地化されたベトナム。
第二次世界大戦後、1945年9月2日にベトナム民主共和国初代国家主席ホー・チ・ミンによって独立宣言が行われたが、
ご存知の通り、大戦後も壮絶な戦争が絶え間なく続き、最終的にベトナム戦争が終結したのが1975年4月、
たった44年前のことである。

フランス時代の洋風建築が建ち並ぶホーチミンシティの中心部の一角に、ユッタパニ寺院はあった。
名前から分かる通りヒンズー教の寺院であるが、通りに並ぶ商店の続きに小さな入口があるだけで、外観は全く地味なものである。
知らずに行ったら通り過ぎてしまいそうだ。


しかしその内部には異空間が広がっていた!!


うわ!!あんなところに、孔雀のタイルがずらりと!!花柄などのタイルももちろん美しいが、
孔雀のタイルは何か高貴な感じがして特別感があるのに、いきなり惜しげもなく数十枚並べて貼られているのだ。ドヒャ~~


中央部に白い柱が並んでいるところが神殿だな。額に飾られているのは、シヴァやガネーシャといったインドの神様。
ここは近年観光スポットとして有名になってきているようだが、もちろん本物の信仰の場である。


入口脇には門番のようなおばちゃんがいて、写真を撮ってもいいかと尋ねたら黙ってうなづいた。
ポツポツと現れる信者の方の祈りを邪魔しないように、周囲の回廊から静かに観覧させていただこう。。。


床に敷かれているのはセメントタイル。ひんやり気持ちいい。


そして、、、これである!!うひゃ~~~っ!!何これ、この壁全部マジョリカタイル!?


うわぁ、祭壇もすごいじゃないの!そして内側にも通路が・・・?


待て待て、順番に。。。とりあえず周囲からぐるっと回ってみよう。白いタイル柱で心を落ち着けてから・・・(笑)


バーーーン!!








おなじみの柄のタイルもこれだけ並ぶと何か違う模様みたいに見えてくるね。。


あんまり見たことないタイルも。


基壇部の段になっている部分や柱形の部分も、いろんな柄のボーダータイルを自在に使って美しく仕上げてある。


ぐっとこらえて大声は出さなかったが、タイルの魔法にかかったように写真を取りまくり、いつもは絶対撮らない人物写真を
お互いに撮り合ったりしてミーハーに楽しんだのであった(爆)


















怒涛のように載せてしまった・・・(爆)


観光客向けの説明板などはなく、詳しいことはよくわからなかったのだが、検索していたらあるサイトに、
このお寺は「1920年にタミル人によって建築された」との記載があった。→こちら
引用元として挙げられているサイトはベトナム語で全く分からないが・・・(汗)
しかしその時代は日本でのマジョリカタイル製造の全盛期である。
これらのタイルは全く剥がれ落ちていなかったので、裏足を見ることはできなかったが、このラインナップからしても
ほぼ日本製のタイルとみて間違いないと思う。


続く
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旧蔵内邸 5

2019-11-14 22:44:05 | ディテール
GWの蔵内邸の続き。



大広間の奥のトイレを見に行く。いちばん手前にあるのがこの独立した手洗い場。


うわぉ~!シンクが2つある大理石製の洗面台。上は傾斜した網代天井。


後ろには蛇紋岩の天板の化粧台。床にはさっきも見かけたマーブル柄のタイルが貼られている。


この洗面台はもちろん特注なのだろうな。前には大柄の大理石を使った段違いの棚、コーナーにも扇形の棚が。
左右の袖のカットも凝った形。洗面台の手前側の端は水が垂れないように返しがつけられている。
こういうのが和風の邸宅内にあるのが萌える~~


洗面台中央にあるこの小さな窪み、こういうの昔の家の洗面台にもあったが最近見かけないな。
(今検索してみるとコップ置きとか痰吐きとかいろいろ言われてるようだが実際のところよく分からない)
しかしこんな優雅なレリーフの施された窪みなんて見たことがない!!花でも生けたくなるね。




サンドブラストで模様が描かれ、ひらひらフリルのついた金魚蜂のようなガラスの照明。キュ~ン!


そしてその隣には・・・うひゃ~~~!!すごい!
床は白黒の大理石を市松で四半張り、そして壁の腰張りには、、、何これ~~見たことない柄!?


下の茶色いタイルはさっきも別のトイレで見たのと同じものだ。その上のは、、、松葉?これは見たことないなぁ。
もともとこの組み合わせでデザインされたものなのかな、下のタイルとぴったりはまっている。


一番上と一番下はちゃんと末端用のデザインになっているな。

※許可を得て接近しています。

そしてこのタイルは個室の中にまで貼られている!
この大便器も手描きの染付だし、蛇紋岩、大理石がふんだんに使われている。


大理石の棚の上の地袋には菊図が描かれていて、秋渓との銘が入っている。あぁ、あきれるほど贅沢なトイレ。。
しかし、ドアの上のくり抜き窓が○○○みたいな形なのは、遊び心なの!?(爆)


このコーナー、パーフェクト!


大理石の市松床はこちらの浴室にもあるが四半張りではない。まるでチェス盤じゃない!?真っ白な浴槽も壁の腰張りも
もちろん大理石。あぁ何とモダンなお風呂場なのだろう!


コーナーの手洗いシンクも大理石製。華麗なカッティング。


窓の格子も素晴らしく素敵!!太細をセットにした親子の桟を井桁に組み合わせた軽快なデザイン。


換気口を取った天井。


こちらの畳敷き、床の間付きの和室は何と脱衣所である。窓の外には枯れ滝石組があり、夏には風呂上りに涼む茶室として
使われたという。窓と戸を開け放てば風が通って涼しそうだ。




あぁ、3時間たっぷり滞在してもまだまだ見足りないけど、さすがにこれ以上長時間いるとちょっと顰蹙を
買いそうなので(苦笑)、そろそろおいとまして、もう1ヶ所行こう。時間が間に合うかな?

今日は朝からザーザー降りの雨でテンションが上がらず宿でダラダラして出発が遅れたのが今になって悔やまれる。。。
いつもだけど(汗)

続く
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旧蔵内邸 3

2019-11-12 23:06:12 | ディテール
GWの蔵内邸の続き。



こちらは1917(大正6)年に増築された、座敷。


書院の障子を開けると廊下のガラス越しに中庭が見える。


こちらの中庭では長方形や円形に切り出した花崗岩の飛び石を幾何学的に配置してあり、とてもモダンなデザイン。
これも流行りだったのだろう。


二間の間の欄間は松竹梅の透かし彫りで、力強くかつ精緻。


梅の木の枝など、レースのようだな!


美しい木目の床柱。


そして床脇のこの天袋がとても素晴らしい!


まず、桃をかたどった引き手の可愛らしいこと!!


春夏秋冬の果物が描かれた4枚の襖。片隅に「狩野軒祐厚信」の銘がある。
それぞれの季節に合わせた器のフォルムや模様の美しさと、こぼれんばかりに盛られた果物のふくよかさ。
葉も合わせて盛っているのが日本らしい美意識だな。イラスト的でありながらリアル。あぁ素晴らしい!





座敷の奥のトイレを見に行こう。


おぉ~~っ!!床と壁の腰張りにマジョリカタイルがみっしりと!!


爽やかな水色の雷文ボーダー。


その下には、若葉マークのような柄のタイルが!この柄は河津の福田家で見たが、こればかりずら~~っと
並んで連続模様になっているとまた違った印象。斬新だな!!




床はよく見る柄のマジョリカタイル。
これらのタイルは完璧な状態で新しいものと見まごうが、佐治タイル製ということが分かっているそうだ。




男性用小便所は水墨画のような大理石に囲まれていた。


天井は小さな折上げ天井。丁寧な造りに驚かされる。

ちなみに、ドアが閉まっている大便所と、この奥のお風呂場は、昭和のいつ頃かに実用向けに改修済み(もちろん
現在は使用していない)ということだった。

続く
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松竹梅の面格子

2019-10-24 21:04:13 | ディテール
ちょっと最近心身共に疲れていて、ブログもあまり書けない。。。ちょっと軽めのネタで。。。

常々奈良県内をチェックしている兄が、時々私の好きそうな物件を見つけて、こんなんあるで、とメールをくれるのだが
だいたい間違いなく私の見たことのない、垂涎物件である(笑)。兄はジャンルは違うが私など足元にも及ばないマニアである。
私が廃線跡や地形などが好きなのも兄に刷り込まれたせいで、たぶんいろいろ影響されている(笑)。
私のツボをグサリと突いて来るので、いくつかためておいて、たまに実家に帰ったときに連れて行ってもらうのが楽しみだ。
今回のこれも、そんな兄のおすすめ物件のひとつ。近鉄南大阪線の坊城駅で兄と母と待ち合わせ(ローカル!笑)、
ピックアップしてもらって古い集落の中へ。古くは主要な辻だったという一角に建つお宅の窓がこれ。

うぉぉ~~!!なんと美形の面格子だろうか!シンプルで分かりやすい図柄、モチーフをポンポンと置いただけのような、
とても洗練されているとはいい難いデザインだが、それがかえって味わい深い。
白くペイントされているので線がくっきり。背景がモールガラスというのも、面格子が映えるね!


梅の花にウグイス(?)小鳥がかわいすぎる!


ハシゴのように描かれた竹の幹と三枚の笹の葉。


一本の松葉で、松を表現。


これでおめでたい松竹梅の図柄となっているのだ。施主が紙にイメージを描いて鉄工所に渡したのか、鉄工所の
職人さんが考えて作ってあげたのか・・・
日本にはこんな具象的なデザインの面格子は少なく、S字型や幾何学パターンなどの単純なデザインが多い中、
これは出色だな!!


そこはだいぶ古そうな集落で近くには立派なお屋敷もあったが、人が住んでいる気配はなくかなり老朽化していた。。。






ここから移動して、吉野方面へ向かう。

続く
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別府でまったり。

2019-10-15 23:29:38 | ディテール
宇佐からの続き。



別府まで移動してきた。今日は別府で泊まって、明日別府から八幡浜へ渡るフェリーに乗る計画である。
お昼ゴハンも食べてないが、荷物を持ったまま雨の中うろうろするのは嫌なので宿へ向かおう。
別府はやっぱり鉄輪が好き。当初は夕方に着いて鉄輪で泊まり翌朝別府港へ行くことにしていたのでかなり忙しい
計画だったが、前倒しして別府に来たのでちょっと余裕が出て結果的によかった。
今日の宿は安い宿だが自家用のかまどのある宿なので、バスの時間までに駅下のスーパーでちょっと食材を買出し。
鉄輪楽しいな~~♪


宿にチェックインしたらさっそくお気に入りの「ここちカフェむすびの」へ行くが、ランチには遅いのでケーキとお茶で。
ここは別府に来るたびに食べに来ているが、絶対間違いない。完璧!一度夜もここで食べてみたいなぁ!


相変わらず雨が降っているが・・・むし湯に行ってから、まちなかをうろうろ散策。多少濡れてもまた温泉に
入ればいいもんね~~逆にどこの公衆浴場に入ろうかと悩む・・・


レトロなタイルを見たり、飲泉所で温泉を飲んだり。食料品店で夕食の食材を買い足したり。






とってもきれいなタイルを発見!




裏手の方へ伸びる路地を進んでいくと・・・あ、こんないい感じのお店もあったんだな。




古い旅館の空き家がいつの間にか復活していたり、おしゃれな感じに変わっていたり。別府は元から人気の高い
温泉地だったとは思うが、10年ぐらい前は結構多くの旅館が空き家になっていたと思う。ここ数年のインバウンドの
おかげなのかもしれないが、確実に賑わいが増えて新しい感覚の店も増えて、しかも古い昔ながらの店や宿もあって
地域の共同浴場はそのままだ。一律でなく、一斉でなく、バラバラのものが次から次へと出てきてはなじんでいく、
そして必要なものだけが残っていく。魅力的なまちってそんな感じだな。


鉄輪の公衆浴場は入ったことのないところもあるのだが、またやって来た谷の湯。「筒」も健在(笑)
私はコンプリートを目指すよりも気に行ったところに何度でもリピートしたいタイプなんである。


ひとりでのんびり入っていたら、お客が1人入って来た。しばらくして私は上がって出る準備をしていたら
その人は外人さんだったらしく、浴槽のお湯を汲んで(かかり湯をしても)もいいのか?と聞いてきたのでOKと言い、
このレバーは触ったらダメ、このへんは熱い、と教えて出てきたが、外人さんがひとりで静かにこういう公衆浴場に
入りに来る、渋い旅をするんだなぁ~~と、ちょっと感慨深かった(笑)


宿へ戻ってようやく晩ごはん。素泊まりだけど、買ってきた食材をかまどで蒸して食べることができるのが楽しいな!
これまでは地獄蒸し工房でセットになった食材を購入して(そんなに高くない)そこのかまどで蒸して(自分で)
楽しんでいたのだが、やはり1人蒸しは少々寂しいので(爆)、宿でなら気後れすることもなく楽しめる。


宿のおかみさんが手際よく準備を手伝ってくれて、キャベツまで分けてくれた(笑)


庭のかまどで数分から10分蒸したらできあがり。なんて便利な天然のかまど!!うちにもほしいなぁ~~!
1人でぺろりとたいらげ、満足満足♪


宿の内風呂もなかなかよかった(笑)


宿の玄関の玉石タイル。


翌朝も雨。。。テンション低めでダラダラしてしまいそうだが、せっかくなので朝からもう1ヶ所共同浴場へ行こう!
宿から近い、熱の湯へ。あぁ半日だけだったけど鉄輪を満喫したな~~


そしてフェリーターミナル行きのバスを待っていたのだが・・・バスがなかなか来ない!焦る焦る!!
しかも何か遠回りするルートだったみたいで・・・ほんとに焦った。
別府は何度も来ているが、バスだけ何かルートが毎回よく分からないな(苦笑)。最終的には着くからいいのだけど、、、

続く。
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小牧、一宮をめぐる。

2019-09-28 22:23:33 | ディテール
馬ヶ城水源地からの続き。

馬ヶ城水源地から、せっかく車なので電車でなかなか行きにくいところをめぐろうとやってきたのは
小牧市のタイルスポット、みのや。元旅館らしい。


小牧市って空港があることぐらいしか知らず、はじめて来たが、、、このあたりは旧街道筋の花街だったとか。
しかし現在では、そんな雰囲気は皆無の普通の住宅街となっている。


こちらがほぼ唯一の名残らしいが、戦後のモルタル塗の建物はモザイクタイルのみがわずかにそれを思わせる程度。
旅館としてもすでに営業されていないようだ。


ランダムにミックスされたモザイクタイルは2cm角ぐらいと少し大きめ。しかも大きさが結構まちまちで、
寄せ集め的な雰囲気。シート張りでなくバラバラに貼られたと見え、目地も揃っていない。
戦後のモノのない時代にかき集めて来て貼ったのだろうか。。




近くの街道筋と思われる通りを少し歩いてみると、珍しいタイルはなかったが、いい感じの建物がちょくちょくあった。


レトロな散髪屋さんの店内の床が気になって覗いたら、おっちゃんが出てきて、思わぬ長話に・・・
これからまだ尾張一宮へ行きたいのに、どんどん勢いづいておいとまを告げる隙もなく・・・(汗)


そのあと道を急ぎ一宮にやって来た。繊維産業で栄えた街でありおもしろそうなのでゆっくりうろつきたかったが、
思わぬロスもあり(苦笑)ポイントを絞って歩くことに。まちの中央部の駐車場に停めて、商店街の中にある
オリナス一宮へ。1924(大正13)年に旧名古屋銀行一宮支店として建てられた。設計は鈴木禎次。


一宮の代表的な近代建築であり、現在は多目的ホールとして再生され、イベントなどに使われているという。
銀行らしい円筒形の風除室、高い天井。柱が立っているところにカウンターがあったのだろうか。


入って正面の奥には金庫が埋め込まれていた。マントルピースのようなゴージャスな額縁は、乳白色の大理石製。




次にやってきたのは、織物製造卸商の丸八株式会社のビル。ここは工場なのだろうか。


小さな建物だが、外壁の腰張りがすごい!二丁掛サイズで統一された、すごい多種類の外装タイルがランダムに
貼り詰められているのだ!!縦溝、横溝、布目、スクラッチ風、タペストリー風、幾何学型押し、各種型押し、平滑面・・・
見たことのあるタイルがいっぱい。そしてそれらの各色バリエーション。楽しい!!






丸八の企業沿革を見ると、1939(昭和14)年に大阪で創業しているが、戦後に一宮で事業を再開したようだ。
建物も戦後建てられたもののように見える。いろんな色柄があるが、同じメーカーの戦後のタイルを中心に
半端品を混ぜて貼った感じがするな。






端の方は出入口だったところを窓に改修したと見え、窓の下の壁には比較的新しい平滑面のタイルが貼られていたが、
数色のタイルを取り混ぜて既存の壁と雰囲気を合わせる努力が見られる。もう少し質感のいいタイルなら尚よかったな・・・


よさげな喫茶店、馬酔木。


続く
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西念寺のタイル

2019-09-26 12:42:24 | ディテール
2年ほど前に仲間から写真を見せてもらっていた可児の西念寺、尾張戸神社のついでに行ってきた。
瀬戸から電車だとかなり大変だが車だと結構近い。
事前に電話して聞いたら、外にあるのでどうぞ見て下さい、と。


道沿いにいくつか並んでいるお寺のうちでもそれほど大きくもなく、特段変わった様子もない普通のお寺である。
しかし、本堂の脇にある庫裏の入口に・・・


おおっ!鮮やか!
銅板転写の本業タイルが四半張りに敷き詰められていた。メジャーな柄の青モノトーン2種類を市松状に並べ、
あまり見かけない青茶2色の柄の三角形を端部に使用しており規則正しいパターンだが、右端の方は枚数が
足りなかったのだろうか(笑)、また別の柄、それも三角形のものを2枚合わせて貼ったりしている。


やはり入口の床なので日々踏まれているため、表面の釉薬がはがれている部分も多く、傷んでいるな・・・


印花文の敷瓦はだいたい禅宗のお寺で使用されていることが多い。こういう銅板転写の本業タイルが
お寺に敷かれているのは見たことがないし、しかもここは真宗大谷派のお寺である。


聞けば、大正の初め頃に現住職の曽祖父さんが多治見の方でもらってきたものを敷いたのだとか。
もらってきた、というからには、タイルを作っていた窯でB級品などをもらったか、それとも古い家を壊すときに
廃材をもらったのだろう。ここ可児からまっすぐ南へ下れば多治見があり、その先に瀬戸がある。
多治見よりもう少し先の瀬戸まで足を伸ばされたか、それとも多治見で中古品をゲットしたのか、と想像する。

焼物の産地、美濃地方らしい、素敵なスポットであった。

ところで、この西念寺のある兼山というところは森蘭丸ゆかりの美濃金山城の城下町で、一本道にお寺が並び古い町家や
蔵も見られ、しっとり趣深い雰囲気。兼山小学校の校舎を利用した兼山歴史民俗資料館や、木曽川筋の最終荷揚港の
兼山湊跡などもあり、繁栄の名残を感じながらゆっくり散策してみたいような場所だ。
車でぴゅ―っと乗り付けてぴゅーっと帰る場所ではなかったな(苦笑)

そこから敷瓦つながりで定光寺へ再訪してみる。ここも以前行ったがアクリル板越しにしか見れなかった。
源敬公(徳川義直)廟へは荘厳な雰囲気の石段を上っていく。


そして、拝殿。やっぱり状況は同じで、アクリル板越しの禁断の恋であった。。。(苦笑)




仕方ない、築地塀の織部の積み瓦だけ愛でるか。。。




銅板で細かく造形された屋根。


この扉の透かし彫りも銅板をかぶせてある!すごいなぁ~~どうやって作っているのか、見てみたい。


こちらは駐車場の近くにあった建物で外観はきれいだが、覗いてみると古そうだ。


床に無釉の敷瓦が敷かれているのが見えたが・・・開口部には細かい目の金網が張られていて、内部の写真を撮るのも
ひと苦労・・・


一部、模様のある敷瓦があるな。この建物の名前が全く分からないのだが、、、これはいつ頃のものだろうか。


スズメバチの巣が見えたのであわてて退散・・・


今日は名古屋泊。明日も友人とちょっとうろうろしよう。
大名古屋ビルヂングのモザイク。






続く
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むかし下津井回船問屋の本業タイル

2019-09-16 23:14:53 | ディテール
尾道からの続き。

尾道のトークイベントついでに鞆の浦ともう1ヶ所、狙っていたタイルスポットのある下津井へ向かう。
こちらもタイル友の会の精鋭調査部員からの情報による。感謝!
児島駅前からバスに揺られ、ぐんぐん山を上り、再び降りていく。お目当ての「むかし下津井回船問屋」はバス停の目の前にあった。
ここは回船問屋で船主でもあった高松屋の建物を修復、復元した施設で、母屋、蔵などが見学できるほか、案内所、資料展示、
物産販売、レストラン、休憩所などが揃った複合施設。到着したら雨はすっかり止んでいた。ラッキ~


バス停のある海側の道路は埋め立てられたところで、もともとは浜だったと思われる。建物の入口は山側の道路に面しており、
幅3mぐらいしかない細い道が古来メインストリートだったのだ。


下津井は児島半島の先端にあり陸の孤島のような集落だが、恵まれた地形により中世から風待ち、潮待ちの港として賑わった。
とりわけ江戸時代からは北前船が寄港するようになって瀬戸内の海上交通、海運の要所として発展、金毘羅参詣の渡船場としての
役割も加わり、「沸き立つように」栄えたところである。
副館長さんの話によると、廻船問屋は最盛期で下津井に24軒あり、高松屋はその中で最大規模で、12艘の船を所有していた。
屋号の「高松屋」は、清水宗治の備中高松にちなむとか・・・(詳細聞いたけど忘れた汗)


ここは分家であり商売する場所であったことから、それほど華美な建物ではなく規模もあまり大きくない。
通り土間に面して部屋が並び表側の部屋は田の字型の配置である。表から見ると一般的な町家のように見えるが各部屋は庭に面し、
緑越しになまこ壁の蔵が見えるのはとても涼しげでいいね!






そしてこの縁側の突き当たりにあるトイレがすごかった!!


こちら大便所。


うひゃ~~~、壁の下方2段と床に本業タイルがびっしり!!


壁のタイルは割とメジャーだが、床のタイルはちょっと見ない柄だ。翼を広げた雀が4羽で輪になっており、
四隅には竹垣があしらわれている。大きさも8寸角とかなり大きいな。床のタイルは四半張りされているが、
便器の前後だけ平行に貼ってある。


便器は手描き染付で四角いタイプだ。これも瀬戸製だろう。きんかくしの部分の絵をよく見ると、花と小鳥が描かれている。
雀のタイルと合わせたのだろうか。


ちなみにきんかくしは和服の裾を掛けておくためのものだったといい、これが後ろに来る方向で座るのが正解だとよく言われるが
先日大阪くらしの今昔館の館長のスペシャル解説で、それは室町時代までの話で、それ以降は今のようにきんかくしを前にして
座るようになったと教えて頂いた。へぇ~~


その隣の男子用小便所。うひょ~~~!!こちらも壁の下方3段と床に本業タイルがびっしり!


壁のタイルは、昨日鞆の浦の浜で拾ったのと同じものだ。もしやここから流れ着いた!?
・・・って、現存しているから違うな(爆)
手描き模様で埋めつくされた豪華な染付便器。


こちらにも小鳥が。しかしこれはどう見ても雀ではないな。。。


床のタイルはいちばんメジャーな柄だが、立つ位置を示すためだろうか、一部大判の雀のタイルが敷かれている。

あぁ~~素晴らしい!!トイレの床にへばりついて思う存分撮らせて頂いた。

副館長さんによると、この建物は1995(平成7)年に7億4千万円かけて改修された。最晩年には裏庭に工場が建てられ
かなり変わってしまっていたが、撤去して当初の姿に復元したのだという。すぐ近くに本家の建物が残っていたため、
参考にすることができたそうだ。ちなみに本家は非公開とか。そちらも見学したいなぁ~


もともと瀬戸内海に浮かぶ島であった児島は、干拓、埋立てで地続きとなった。埋立地には塩害に強い綿が植えられ、
綿織物や真田紐が生産された。北前船は北海道へ塩を運び、代わりに綿のよい肥料となるニシン粕を買い付けた。
下津井港から荷揚げされたニシン粕によって児島の綿作は増大し、ジーンズの生産につながっていく。


母屋の2階や蔵にはさまざまな資料や写真が展示され、かつての様子を偲ぶことができる。


茶屋町から下津井を結んでいたナローゲージの下津井電鉄は1913(大正2)年開業。1972(昭和47)年に
茶屋町~児島間が、1990(平成2)年には残る児島~下津井間が廃止となった。


これは「ドンザ」と呼ばれる漁師の作業着。日清戦争を描いたデザインだとか。


刺し子で描かれたフリーハンドの絵はいきいきとして、船や建物など細部まで表現されている。




続く
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鞆の浦 太田家住宅の本業タイル

2019-09-09 23:11:30 | ディテール


6月末に尾道で開催された、台湾の日式建築に関するトークイベントに行ってきた。
せっかく山陽方面に行くので、行き帰りにタイル友の会メンバー情報によるタイルスポットを訪れようと計画していたのだが、
土日ともほぼ100%雨の予報。雨の中うろうろして靴の中まビショビショになることを思うと気分が萎える、、、
うろつかず1ヶ所だけピンポイントで見れたらいいや、と何とか自分を奮い立たせて、ゆっくりめに家を出たのだった。
しかし、福山で電車を降りてもバスで鞆の浦に着いても、全然雨は降っていない。ラッキ~!

となると気分はのってきた(笑)。まずは目的の太田家住宅へ行こう。鞆の浦にはだいぶ前に建築めぐりツアーで
来たのだが、時間がなく太田家住宅は外から見ただけだったのだ。
雨っぽい天気だからか、お客はいない。入場料を払い、係りの方にさらっと建物内を案内してもらう。

太田家住宅は元々は「保命酒屋中村家」の建物で、江戸中期、18世紀頃に建てられたらしい。
保命酒とは、あの「養命酒」のような味の薬酒で、代々漢方医であった中村家の家伝の薬法を活用して、1659年に
中村吉兵衛が製造を始めた。中村家は保命酒の製造販売の独占権を持ち、全国に販売して隆盛を極めた。
その後7軒が製造するようになって保命酒は鞆の浦の名産品となった。
元祖保命酒屋の中村家だが1901(明治34)年に保命酒屋を廃業しており、その後宅地建物は太田家の所有となった。
尚、現在は4軒の酒蔵で保命酒が作られており、それぞれ配合が違い味も異なる。しかし薬事法により薬効はうたえないため
あくまでリキュールであるとか。

敷居を跨いだ途端に度肝を抜かれるのが、この市松模様の土間だろう。何と斬新でモダンなのだろう!!
どんな豪商の家でも通り土間は普通はたたきで、装飾のある土間など見たことがない。


建物は数寄屋造りで、店の間、玄関の間から続く部屋は待合と茶室として使えるようになっており、その奥に広間がある。
居室の接客空間と生活空間の間には「場所回し」と呼ばれる廊下のような板の間が挟まれ、分離されている。
市松模様の土間は店の間と玄関の間の前だけであり、その先は普通のたたきであるので、接客空間向けの装飾である。


土間を抜けると・・・半屋外のトイレの手洗い場に本業タイルが見えていた。うぉ~っ!


手洗いシンクや床のタイルは昭和の工業製品に取り替えられているが、よくぞタイルを残してくれたものだな!


いちばんメジャーな柄の8寸の銅板転写タイルだ。よく見ると一枚一枚雰囲気や色がだいぶ違っている。
補修時にあとから入手したものか、当初からロットの違うものが混じっていたのか。




こちらは水洗便器に取り替えられているが、背後の6枚(5枚か?)だけタイルが残されていた。おそらくこちらも
洗面所同様左右の壁にも貼られていたに違いないが、現役のトイレに一部でも残してくれているのはありがたいことだ。


主屋の裏には大きな保命酒蔵が残っている。主屋と蔵の間の通路の部分に敷かれている四角いのは、敷瓦??
聞いてみたところ、中村家では保命酒を入れる瓶を焼く登り窯を自前で持っていたそうで、その窯で使っていた
窯道具か窯の部材らしい。


カラミレンガのような風合い。


蔵の片隅に積まれていた。結構分厚いな。


主屋のお風呂場に庭側からアクセス。ここが見たかったんだよ!


レンガ造の五右衛門風呂の横の壁2面に本業タイルが。さっきのとは違うがこちらもメジャーな柄だ。
まるで屏風を立てたようで素敵だなぁ!


タイルの間隔はかなり広くとられていて、防水の意味ではあまり効果がないかもしれないが、装飾効果は大きい。




そして隣接して便所があるのだが、こちらの男子小便所がまたタイル貼り!しかも床までタイル貼りだ。


案内してくれたおばちゃんに、タイルをよく見たいからと頼んだら戸を開けてくれた。ありがとう~~


壁のタイルはお風呂と同じもので、床は時々目にする青と茶の2色刷りの本業タイルだ。6寸角だな。
本業タイルが床に敷かれているととても贅沢な感じがするなぁ!

※ブログ掲載承諾済

このお風呂とトイレは母屋から中庭を挟んだ向かい側にあり、廊下で結ばれている。


蔵の壁は皆きれいななまこ壁で、さいころの目のような模様が施されている。これは釘隠しのためだろうか。
鞆のまちの他の建物でも同様の模様が付いているところも多い。


続く

※「旧」ではなく「太田家住宅」でした。文中訂正しました。失礼致しました。
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台北賓館 テラスと裏庭

2019-09-06 23:15:33 | ディテール
3月の台湾の旅の続き。

台北賓館の室内をひと通り見て回り、紹介映像を見たあと裏庭へ出る。


回廊の床は赤いクオリータイル貼り。八角形と組み合わされる小さな正方形のタイルは象嵌入りでイギリスっぽいな!


回廊の曲がりに合わせて端のボーダーも曲がりくねっていて、じゅうたんのよう。。


この建物は裏から見るとまた印象がガラリと変わる。テラス部分のアーチがずらりと並んで壮観!
お庭に向かって室内とあまりレベル差のない広いテラスが張り出している。ここでパーティなど催されたのだろう。




お庭へ降りる階段の脇には獅子が鎮座していた(笑)


建物の正面側は西洋式庭園であったが、裏側は心字池を中心とした日本庭園である。木々は少なめで明るく広々している。
南国の太陽の下では苔も生えず、緑色の地面は芝生である。しっとりとした風情は感じられないが(苦笑)、、、
日本本土以外にある日本庭園では最大規模なのだとか。残念ながらお庭を歩けるのは池の手前までのみ。


洋館のとなりにひっそりと、隠れるようにして和館が佇んでいた。こちらは総督とその家族の実際の住まい
だったところらしい。やはり明治の日本人はこんなゴージャスな洋館には住めないからだろうと思ったが、なんと
初期の総督は洋館に住んでいたらしい。
1923(大正12)年に皇太子裕仁親王が台湾に行啓されたときにこの総督邸の洋館に宿泊され、その後に
総督の日常生活の場として別途和館が新築されたという。異国の地に赴任していきなり生活様式も180度変わるのは
大変だっただろう・・・最初から和館を用意してあげればよかったものを。。。


総督邸のすぐ近くにあった民生長官官邸は戦前まで洋館が残っていたというが、そこも元々和洋併設であり、
その和館には本業敷瓦が敷かれていたらしい。もしかして総督邸の和館にも当初は敷瓦があったのでは?妄想妄想(笑)
残念ながら和館は門が閉ざされ見学できなかった。


変わった形のあずまや。




2階のベランダには、イオニア式柱頭をもつ2本セットの柱がずらりと並ぶ。




お庭をぐるっと回って正面玄関の方へ。


台北賓館に2時間ほど滞在したが、部屋の中は人が多くて部屋全体の写真を撮ろうと思うとどうしても人が入るし、
薄暗いのでカメラのピントも合いにくく写真を撮るのに苦労した。。。
今年買ったミラーレスカメラはレンズが暗く反応もイマイチで、写真の写りにガッカリ。。。腕の問題かなぁ・・・
明るいレンズは高いし、やはり高級コンデジの方がいいかなぁ・・・

また日を合わせて来よう。

続く。
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台北賓館のビクトリアンタイル2

2019-09-05 23:05:49 | ディテール
3月の台湾の旅の続き。

台北賓館の暖炉のタイルを見ていく。


マントルピースも木製だったり、大理石でできていたり、デザインも様々。同じものはどれひとつとしてない。
これはもうほとんど家具。凝った形の棚が一体になっている。


ひとつひとつデザインして職人さんに作らせ、タイルも指定したのだろうか。今なら既製品をはめ込んだり
セミオーダーのように部分的なアレンジで済ませてしまうだろうが、いやはや途方もない労力とお金をつぎ込んでいる。




このタイルはちょっと変わっている。


レース模様の下地に貼り付けたように模様が薄く盛り上がっていて、その上から全体的に釉薬をかけたような感じ。
こんなタイルは初めて見たけど、ビクトリアンタイルにはこういった手法もあったのだろうか。


こちらのマントルピースはデザインが比較的シンプルなのだが、実はいちばんゴージャスなレリーフタイルがあった。
手前にロープが張られ、しかも前に家具が置いてあったのでとても見にくいのは、いたずらされないようにわざと
隠しているのだろうか・・・


葡萄の実と葉がこぼれ落ちんばかりのふくよかな表現。釉薬溜まりによる陰影がくっきりと出て立体を際立たせている。
上下の2枚は葉のみのデザイン。


イギリスでは、部屋の中心、家族団らんの中心にある暖炉を、趣向を凝らしたタイルで飾るために華やかなタイルが
発達したのだな。
ビクトリアンタイルが日本に入ってきても、日本の家にはもちろん暖炉などないから、あまり使い道がなかった。
台湾ではうまく独自の使い道を見つけたものだ。そうして和製ビクトリアンタイル=マジョリカタイルは日本国内向け
よりも輸出用として伸びていく。


こちらは銅板転写タイルの極めつけ。


上の2枚は精緻に小鳥が描かれたタイル。どことなく和の雰囲気を感じさせるデザイン。2枚は違うタイルかと思ったら、
貼る方向を90度変えてあるだけ。下の方は水仙かな、2枚で一組の組タイルだ。


足元も繊細な花模様。同系色の単色のレリーフタイルを効果的に使っている。


そしてこちらはひときわ華麗な彫刻が施された、大理石と木材のコンビネーションのマントルピース。
レアな色のタイル。。ただし他のタイルとは違ってプリントタイルっぽいな。


イタリアタイルっぽい、デザインと色。床も新しそうだし、ここだけは貼り替えたのかな。






私が見た暖炉は以上であるが、あと7ヶ所はどこにあったのか・・・それに暖炉以外にも素晴らしいカーテンボックスや
寄木床や調度品、照明器具・・・などなど、タイル以外をあまりゆっくり見れていない。
写真もブレブレだし、もう一度見に来ないといけないな。


続く
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