まちかど逍遥

私ぷにょがまちなかで遭遇したモノや考えたコトなどを綴ります。

坂出人工土地とやなぎ湯

2018-08-04 07:35:27 | 風景
坂出の続き。

坂出人工土地なるものがあると聞き、駅からすぐ近くのようなので坂出散策の最後にさらっと見に行くことにした。
「人工土地」ってなに!?埋立地のこと??丘陵地の造成とは違うのか??それにしても街のど真ん中じゃないか。
よく理解しないまま、グーグルマップで示された場所へ行ってみると・・・あれか?


一見よくある低層部に商店が入った複合施設だが、その上がちょっと普通の建物とは様相が異なっている。
低層の集合住宅がいくつか独立して建っているようなのだ。


どこから入るのだろう。うろうろと探すと表通りの端の方にトンネルのような駐車場の入口があった。
上には木が生えているのが見える。あぁ、これが人工土地なのか。


建物の陰にひっそりと、上の住民の自転車用と思われる小さなスロープがあった。
木の幹のような柱と格天井のような梁が入ったピロティの駐車場を眺めながらスロープを上っていく。そして屋上へ・・・


・・・おぉ??そこにはちょっと面食らう光景が広がっていた。
2階建てから4階建ての小規模な住棟がランダムに建てられ、建物の隙間は不整形な通路や緑地になっている。


住棟の前の植栽は雑然と育ち、物干し竿が出され、上空には電線が飛び交っている。コンクリート平板の敷かれた
敷地内通路はつぎはぎだらけ、空きスペースに車がちょいと停めてある、といった具合で、くたびれ具合も
含めてまさによくある昭和の団地そのもの。


これは確かに「土地」だ!!正直衝撃的だった。
歩いていると、ここが地表から数メートル浮き上がった場所であることを完全に忘れてしまう。
敷地の一部にあるホールの上には階段状のテラスハウスのような住戸も作られている。


公民館などの公共スペースもあり、なんと祠まであることには驚く!!支柱は幕を張るためのものだろうか。
地蔵盆などの行事も行われているのか。


とても興味深く、面白いのだが、生活感あふれる人工土地上の空間はまたプライベート感に包まれており、
裏路地に入り込んだときのような心もとなさ、後ろめたさを感じる。。。部外者がうろうろしていると通報されそう
なので(苦笑)、あまり長居せず通り抜けよう。


裏側には道路から直接車を乗り入れるスロープが作られていた。学校帰りの子供もこのスロープを歩いて上っていた。


正式名は「坂出市営京町団地」。1962(昭和37)年に構想、大高正人の設計により1968(昭和43)年に着手、
1986(昭和61)年に完成。下層部の道路沿いに店舗、裏側に駐車場、人工地盤の上に居住スペースを独立して建てるという
斬新な実験的事業は市街地開発の新たなモデルとして当時大変注目されたらしい。

あとからネット検索したところ、この坂出人工土地を造るに至った経緯や当初の設計内容、そして実際にぶち当たった
諸問題などを分かりやすく書かれた文章を見つけた。→こちら


斬新なアイデアと画期的な手法で計画され遂行された事業だが、斬新すぎて周りがついて行けない面があったことが
よくわかった。その中でインフラを通常の土地と同等にし、将来建物の建替えも想定して作られたというのはすごい。
なぜ店舗つき中高層集合住宅ではだめだったのかも合点がいった。


高度成長期あたりに作られた他の団地は順次建替えが進んでいるが、さてここではどうするのか。準備していた通り
現住棟を解体して建替えるのか、それとも・・・?
私的には、当時の想定に沿って人工土地上での建替えを実施してほしい。高い理念を持って計画されたこの人工土地は
あくまで土地としての可能性を更に追求し、進化しながらまた50年使い続けてほしいなぁ。

坂出人工土地の滞在時間約10分(笑)。しかしすごく面白かった!

今宵の宿のある丸亀へ移動する前に、やなぎ湯で汗を流そう。イオンの向かいという好立地で、お買い物後の
リフレッシュにも最適(笑)。


現在の坂出のいちばん繁華街の一角で、この風情を保っているのは貴重!


入口のドアのある壁と男女別のドアのある壁が二重構造になっていて、その間の細い通路の突き当たりがトイレ。
こういう構造はめずらしいな。




中も生粋のレトロ空間。丸亀の宿は狭いユニットバスだろうから、ゆっくりのんびり、リラ~ックス!

あぁさっぱりした~~

続く
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新潟再び。

2018-06-23 23:58:30 | 風景
シンガポール&マラッカの長編がやっと終わったので(苦笑)、4月に行った新潟のことを。。。

そもそも今回の新潟行きのプランを立てたのは、2年前のGWに行った新日本海フェリーでの北海道、東北への船旅がとても楽しく
もう一度乗りたいと思ったことから。新日本海フェリーはたくさん航路があり、前回舞鶴から小樽行きと、苫小牧から秋田行きに乗ったが、
前回乗らなかった航路に乗りたい。敦賀からは新潟・秋田経由の苫小牧行きが出ており、敦賀~新潟なら距離が短いので
短期の旅にも使えるんじゃないか・・・ところがそうはいかない。この船は週一のスケジュールで、敦賀発が月曜の朝10時。
こんなスケジュールで行けるはずもない。逆はどうか?新潟から敦賀の到着は月曜の5:30。・・・う~ん、微妙~~~。
港から敦賀駅までの送迎バスがもたもたしないか不安だが、6:02敦賀発の新快速に乗れば仕事に間に合う。
月曜のAM休めば安心だが、休まないパターンで試してみたい!!(笑)というわけで、土曜日のピーチで新潟へ飛んだのであった。

新潟は去年のGWに行っている。あのときはmayumamaさんと一緒に建築とタイルめぐりでスケジュールぎっしりだったので、
温泉や貨物線などを見に再訪したいと思っていた。
楽々関空11:50発、13:00に新潟に着いたらレンタカーでGO!!お天気はあいにく雨模様で肌寒いが、
月岡温泉へ向かう。
阿賀野川沿いを走っていると素敵な鉄橋が現れた!


泰平橋は1951年に竣工の曲弦プラットトラス橋。河口に近い阿賀野川の川幅は広く、橋長は932m、14径間もある。
淀川大橋で橋長724mなので、それより200m以上長いのだ!延々と反復する曲弦トラスは見ごたえがあるなぁ!!


月岡温泉の少し手前にある福島潟にも寄り道しよう。
福島潟は結構海から離れたところにあるが、もともと海だったところが砂丘でせき止められてできた潟湖で、
多様な動植物が生息するらしい。ビュー福島潟という建物も貝殻みたいな形で面白そう。

ここか、と思って入ったら違った。この円筒形の建物は「遊水館」というプールらしい。この周辺も湿地で、
雨に煙る桜が幻想的・・・




しばしお花見を・・・




そこからもう少し走ると、水の駅「ビュー福島潟」の建物が見えた。ここだな。


巻貝を反対向けにしたようなガラス張りの建物で、床のタイルはかわいいおにぎり形!さすが米どころ新潟!?




4月初めでも外は凍えるほど冷たいが・・・・いちめんに黄色い花を咲かせている菜の花に惹かれ、行ってみる。


小人のおうちのようなこれは、薪が雨にぬれないように屋根をつけた「薪ニオ」。かわいい~~


こちらは昔の民家を再現したもので、潟来亭という休憩所になっている。


湖岸のラインにそって作られた散策路を歩きながら、浮島や花や鳥を眺めるとのどかで心が洗われるなぁ・・・






元はもっと広かったが治水や干拓が進められ、現在は262haが残る。


しかし、寒い!!う~~~ブルブル!そろそろ行こう。



ここから市島邸という邸宅を1軒見学したあと月岡温泉へ。(※市島邸は次回に・・・)


立ち寄り湯を受け付けてくれた東栄館の源泉かけ流しのお湯はすばらしい!!温泉らしい硫黄の香りがしっかり。
ぬるめ好きな私もゆっくり浸かっていられる温度、その上快適な現代的設備が揃っている。
夕方だからなのか他のお客は1人も来ず、独占状態で1時間以上マッタリ過ごしてしまった。


上がってから、近くに飲泉場があると聞いたので雨の降る中行ってみる。
ここだ!


湧き出すお湯はうっすら塩味がついていて香りもよく、おいしい!!つい3杯も飲んでしまった(笑)

さてそろそろ帰ろうと思ったら、さっきまで小ぶりだった雨が大降り、いや土砂降りになってきた。雷も!!
う~ん、タイミングがいいのか悪いのか。

というわけで、ゆるりゆるりと走って空港近くのレンタカー屋まで無事戻り、最寄のバス停から新潟駅前へ移動。
一人で豪華な夕食を楽しんだのであった。お刺身をいっぱい食べたいと言ったらお勧めしてくれた桶盛りの刺身定食。
もちろん完食(笑)


続く
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遊子水荷浦の段畑

2018-03-30 23:30:45 | 風景
岩松からの続き。

前回の旅プランにも含めていた遊子水荷浦の段畑。
3年前に計画を立てたときには、車の運転がまだ不安だったし、宇和島からの陸路はかなり遠回りに
なるなぁと思って調べてみたら、宇和島港から周辺の島行きの定期航路が遊子へも立ち寄ると知ったのだった。
よし、これだ!!と、船好きな私としてはかなり楽しみにしていたのだったが・・・計画はパーに(涙)

今回、宇和島でレンタカーを借りたのはここへ行くことも考えてのことである。車の運転も慣れてきたし
くねくね山道も凍結していなければ大丈夫だろう、と考えていたら・・・
「案内しますよ、車をここに置いといて、私の車で行きましょう」
何と、ありがたいこと。。。
というわけで、慣れたジモティの運転で、唐草のような形をした三浦半島のリアス式海岸に沿って、スイスイ。
小さな入江の集落をいくつも過ぎ、枝分かれした岬の先端へ。

おお~っ!!目の前に縞模様の山が。この縞模様がすべて石積みの段々畑なのだ!!

うわぁ~~~、すごいなぁ!!

「船にも乗れますよ」
きゃ~~うれしい~!今回は時間の都合上、定期船でこの水荷浦に入るのは無理だったが、小さな漁船型の船に
乗り込み海から段畑を眺めるのだ。「段畑さの屋」さんの船、乗合いで一人あたり750円だけど今は私たちだけ。
貸切である。なんか申し訳ないほど安いなぁ~


突堤の外へ出ると、岬の全景が見えてくる。
明治初期ごろから三浦半島のいたるところで作られ始めた段畑は、平成になるころには2haほどに
減ってしまっていたというが、平成12年に地元有志により「段畑を守ろう会」が結成され、少しずつ
段畑を広げ昔の景観を取り戻していっている。平成19年には国の重要文化的景観に選定された。


この石積みの段畑はため息が出るほど美しいが、昔、水に不自由でとても貧しかったこの地域の人々が、
漁業と農業との二足のわらじで稼がないと生きていけなかった、苦しい暮らしの産物なのだとか。


海上は広々として、気持ちいい風。


ここは竜王島。ここで女人禁制のお祭りが行われるらしく、祠があり、縄で作った龍が置かれていた。

かつてはここにクレーン施設があったというがもう撤去されている。

養殖のいけすを見つつ、佐田岬半島が見えるという岬の先端まで行くが、霞んでいて見えなかった。
ぐるりと回って約30分ほどの海上散歩を楽しんだ。




陸に上がって、港に設置された観光用の食堂、だんだん茶屋で鯛めしの定食を。
そこの壁に昔の写真が展示されていた。山には木がなくまるで等高線のような段畑が岬の先端まで広がっている。
「昭和42年頃の水荷浦」のキャプション。う~~ん、すごい。。。


ランチ後は段畑に上ろう。港の中央に寄り添うように集まった民家のすぐ裏手から段畑は始まっている。


通路を歩くと、はるか上まで続く石積みが壁のように目の前に迫ってくる。このあたりは45度よりもさらに
急峻だろう。よくこんな構造物を作り上げたなぁ・・・


小さな石を山の上まで運び積み上げてこの畑を作る作業も大変だが、そこでの耕作もまた困難を極めた。
急勾配の斜面に作られた段々畑の水平面は実に小さく、幅が1m程度のところもある。


いったん畑に入れば、縦の移動はハシゴのみ。ここを行き来しての農作業は気が遠くなるような
効率の悪い作業だ。しかも、モノラックのなかった昔は天秤桶を肩にかついでの上り下り。
同じ投影面積の平らな畑ならどれほど楽なことか。それでも手作業でひとつひとつ石を積み上げて
作ったわずかな平地を耕すしか、ここで生きて行くには方法がなかったのだ。。。


段畑は苦しい生活の象徴的景観だったが今はすっかり観光名所となり、年間2万人の観光客が訪れる。
青い宇和海をバックに広がる段畑の壮大な景観は、ほんとに素晴らしく感動的だ。


今ここに植えられているのはジャガイモ。今年は気温が低くて少し育ちが遅いという話だったが、
温暖な遊子の段畑の早掘りジャガイモは絶品で、ブランド商品になっているのだとか。一度食べてみたいなぁ!




角ばった山の石が乱積みされている。一見不規則だが全体で見るときれいに揃っていて安定している。




美しいだけではない遊子水荷浦の段畑。人々の努力により歴史と景観が今に受け継がれている。


続く
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三宮の歓楽街をうろつく

2017-12-23 22:40:21 | 風景
先日朝から用事で三宮に行って、そのまま帰るのももったいないので三宮を少しうろつくことに。
JR三ノ宮駅の北側はごちゃごちゃした猥雑な飲み屋街で、私はいつも大通りしか歩かないし
あえて中の方まで入ったことはなかった。なんか怖いし(苦笑)。
でも午前中なら大丈夫。店は閉まっているし、人も純粋に抜け道として歩いているだけ。
ビルの前に座り込んでタイルを見ていても咎められない(笑)

阪神淡路大震災で大きな被害を受けた神戸の街だが、このあたりを歩いていると震災前からの
ビルも多く、昭和のタイルにもたくさん出会える。特にスナックなどが入居する小さなビルにはステキな
タイルがチョイスされていることが多い。


T字路の突き当たりに見えていたこの緑色のタイル壁!土感の強い湿式の外装タイル。




大胆に面取りしたデザインはひとつひとつ微妙に違っていて、釉薬の乗り方も違う。
なんと言っても緑青(ろくしょう)を思わせるこの色!美しすぎる~~


入口の脇に入れられたワンポイントのグリーンのタイルがまたいいなぁ。




もうとりこになってしまって、この小さいビルの前で20分くらい壁にへばりついていた。
さすがに怪しい(苦笑)


うわぁ~!こちらのビルはまた素敵なデザインタイルが使われているな!


壁全面でなくボーダー状に並べて貼られている。きれい~~


これはイタリアタイルだろうか?水色とこげ茶色のシックな色合わせがめちゃくちゃ気に入った!


ゴールドウッズ三宮ビルⅡ。建物自体は昭和40年代後半~50年代前半ぐらいに見える。
今ネット検索してみたところ、やはり1975(昭和50)年だった。当たり!!
デザインタイルは昭和40年代頃から普及してきたものだが、情報が極端に少ないのだ。


大面積で貼られているところはないか・・・階段を上がってみよう。
この小丸モザイクタイルでびっしりと埋め尽くされた階段もいいなぁ!
茶色と黒と白のタイルをランダムに混ぜた渋い色合い。クール~~!!




ん~~最高~~~!!
このビルでもまた20~30分ぐらい過ごした(笑)


おぉ、このビルもまたドラマチックだなぁ~~!RINビルディング。


オレンジ色の部分はデザインタイルが貼られこげ茶色のラインが縦横に。


そして鳥のオブジェが。うわぁ~、この素敵さはアーティストの作品じゃない?



昭和の飲み屋街はいいビルがいっぱいあるなぁ~。こういう場所の散策は午前中に限る!

続く。
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桜井駅前の街道風景

2017-12-22 23:58:35 | 風景
奈良の桜井での仕事のあと、近鉄桜井駅前をぐるっとひと回りしてみた。ちらりと気になる建物が見えたのだ。
桜井は実家の隣の市だし馴染みのある場所なのだが、実際は車で通る国道沿い以外はあまり知らない。
以前一度少し歩いたことがあり、今見返したら2008年のお正月だった。そのときぶりだから9年、
いやもう10年になるのか。

見えていたのは旅館だった。駅前にこんな古い木造の旅館が残っていたのか!驚いた。
「皆花楼」と書かれているが、今も営業しているんだろうか??
・・・と検索してみたら、バリバリやっているようだ!皆花楼の公式サイトによると、1879(明治12)年創業。
1泊2食付で¥7,500~と、リーズナブル!一度泊まってみたいなぁ(笑)


その隣には古い木造長屋が向かい合う細い路地。ここは前回も写真を載せているがすっかり忘れていた(汗)
隣にある大きなお屋敷が所有していた裏長屋だったのだろうか?
そっと路地を歩いてみると、住んでおられる家も何軒かあるようだが、空き家も多そう。
細い丸木の粗い格子は懐かしい。昔はよく見かけたが最近見ないなぁ。素朴で気取らない町家。


路地の細長い空。


長屋の途中にガレージか納屋みたいなスペースがあるなと思ったら、井戸だ。共同の水場として
組み込まれていたのか。


細々と生き長らえている戦前の建物たち。私の実家は昭和の新興住宅地ではあるが、学校の校区内でも
古い集落があちこちあったものだ。


もう一本南の筋に出ると、そこは昔商店街だったようで、ショーケースを板でふさがれた古い
お寿司屋と洋服店が2軒並んでいた。これも戦前の商店だな。


あっ、タイルだ!ショーケースの足元には、ふっくらタイルが。蛇紋岩を模した擬石タイルだ。


角には小さな窯変モザイクタイルが埋め込まれていた。かわいい~


こちらはオレンジ色で結晶を散らしたタイル。縁に小さな黄緑色の長方形モザイクタイルをあしらって。


周りはもう全て建て替わっていて、この二軒だけが浮いてしまっている。近いうちにまた風景が
変わってしまう予感。。。

駅前通りからこの道に入る入口に、本町通と書かれたアーチがあった。「伊勢街道」の文字も。
ははぁ、なるほど。かつては伊勢詣りの人々の往来が絶えず、彼ら目当ての商店がぎっしりと並んで
いたに違いない。


商店街は道路を渡った西側へも続いており、西側はまだもう少し街道筋の名残を残しているようだ。
制服屋さん(?)のショーケース下にタイル発見。。


こちらは薬屋さん。さっきのお寿司屋さんと同じオレンジ色の結晶タイルが貼られているな!


アリナミンの看板がいい味出してる。


「桜井を愛する会 会員之章」。へぇ~そんな会があるのか!(笑)
プレートは年季の入っている。いつ結成されたんだろうな。


お隣は2階の窓にタイル柱が。


美容院も昭和の風景。

電車の時間が来たので慌てて駅へ戻る。

駅前通りの目立つ場所にあるこの洋館。新しいのか古いのかよく分からないが、佇まいからすると
やっぱり古いように思うのだが・・・。


小走りで通り過ぎようとしたとき、鉄扉ごしに玄関のタイルが目に飛び込んできた。
おぉっ!!これはやっぱり古いな!


お正月に実家に帰ったときにまた実家の家族を誘ってゆっくりうろつきに来よう(笑)
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奄美最奥部 西古見の石垣

2017-12-06 23:15:04 | 風景
奄美大島では、自然観察のガイドツアーに参加したり、珍しい植物の自生地に行ったり、ビーチで
探しものをしたりして楽しんだ。もちろん私も好きなのだが、母親はもうマニアックなのである(笑)

そしてこれは私の希望で、西古見の石垣景観を見に行くことに。2、3泊目で連泊した古仁屋のまちから
約1時間の距離。お天気はイマイチだけど、加計呂麻島との間の中海に浮かぶ島々を遠目に眺めながら
くねくね道を走れば、気分は上々!岬を超えるごとに深い入江の静かな海が目の前に広がり、
同じような小さな集落がある。時々車を止めては寄り道するので2時間あまりかかって西古見に到着。
これより先は集落がなく、林道しか通っていない。

集落の一番奥にバス停があった。ここまでバスが来ているのか!

奄美空港から古仁屋まで車で2時間、そこからさらに1時間。バスだともっとかかるだろう。
ここに住んでる人々はどんな暮らしをしてるんだろうな。。。

おぉ~、防潮堤沿いの道に面して背丈ほどの高さの石垣がずっと続いていて壮観!


石垣は灰色の平たい形の石が多く使われていて、近寄るとそれがサンゴであることがわかる。
テーブルサンゴのかけらを下向きに積んであるのだ。時々キクメイシなどもある。


積み方に規則性はないようだ。




石垣の内側に生えたガジュマルの木がわさわさと茂り、ビール箱に板を乗せただけのベンチが
あちこちに置いてある。う~ん、いいなぁ!
しかし路地から覗くと、石垣に囲まれた内側は畑になっているところも結構あった。




近所のおばちゃんがいたので声をかけてちょっとおしゃべり。
立派な石垣は条例などで保全されているものでもないが、最近は石垣を見に来る人や研究者も時々
やって来るので、維持していこうという話も出ているという。今この西古見に住んでいるのは26世帯。
留守の家が多いので、残ってる者で維持しなければならないので大変と言われていた。


一部崩れた石垣があったので聞いてみると、今年の台風で崩れたのだそうだ。ガジュマルの木が揺さぶられて
からみついていた石垣も崩れてしまったと。


崩れた石は生々しいオフホワイト色だ。外側が灰色なのは長年雨風を受けて汚れたのか。

前に崩れたところは補助金を受けてそこの家の人が個人で直したそうだが、
今回は石垣の積み方をわかる人を呼んできて教えてもらいながら集落の皆で直す予定という。

今は防潮堤があるが、昔は台風が来たら集落の中まで石が飛んできて、あとで始末するのが大変だったそうだ。

おばちゃんはこの地の生まれで、大阪に出てずっと住んでいたが、親戚の面倒をみるため(だったか)
ご主人共々島へ戻ってきたのだそうだ。ここに住んだらもう大阪には戻れない、と。そらそうだろうなぁ~
晴れた日には徳之島まで見えるといい、のんびり静かな暮らしをすっかり気に入っておられるようだった。

一本中の道を歩くと人が住んでいる気配のする家が多い。石垣はもうほとんどブロック塀に変わって
しまっており、石垣はごく一部に残っているのみ。石垣にはハブが住みつくらしいので、家の周りは
変えてしまったのだな。


サンゴの石垣は隣の管鈍集落にも少しだけ残っていた。昔はあちこちにあったのだろう。






宇検村近くのアランガチの滝。美しくて心洗われる。。。




古仁屋に戻り、宿から徒歩2分の嶽乃湯の営業時間をごはん前に確認しようと思ったら、番台のおばあちゃん、
お客さんおらんからもう閉めるよ、と。え~っ、ごはん食べてから来ようと思ってるんだけど。。。
先に入ってから行きなさい。う~ん、じゃあそうします。


結局2夜連続で、ごはん前に(笑)。あぁやっぱり広いお風呂はいいねぇ!リラ~ックス!

昔はお風呂屋がこの辺にもいっぱいあったけどもうここしかないらしい。家にお風呂があるから誰も来ない、
儲からない、と嘆いておられた。
浴槽のタイルの剥がれも痛々しくて、おばあちゃんのやる気がいつまでもつかなぁ・・・心配。
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藺牟田池の神秘的なヌマスギ

2017-09-01 23:20:01 | 風景
鹿児島の続き。

出水から南下し藺牟田(いむた)池を目指す。途中で出会った2連アーチの石橋。スト~ップ!


1909(明治42)年竣工の新大橋(しんたいばし)。1959(昭和34)年に、自動車が通行
できるよう拡幅されたとか。石橋の拡幅はどうやるのだろう?いったんバラして積み直したのだろうか。




欄干はコンクリート造だが、ここにも連続アーチが。素敵だね!


川内から空港の間あたりに、祁答院(けどういん)という地域がある。
前回来たときだったか、現地の観光案内所で取ってきたパンフレットに、この聞きなれない地名とともに
水面から背の高い木がぬっと立っている湖の写真が載っていた。この地名の響きと写真の風景がすごく
印象に残っていて、ここに行ってみたいと思っていた。近くには温泉もあるし、今回のルートに組み込んだ。


まずはいむた温泉へ。川べりの下の湯という共同浴場を狙っていたのだが・・・何と!お休み!?(泣)


しかたなく、さざらし湯という共同浴場に入った。こちらはまぁ昭和の公民館みたいな雰囲気だが
お湯は十分気持ちよかった。


さて湯上りドライブで藺牟田(いむた)池へ!
この丸い湖はやはり外輪山に囲まれたカルデラ湖で、レジャースポットでもあるようだ。


カモや白鳥もうじゃうじゃいて、カワイ~!!なんて平和な風景。。




青い空が映る穏やかな水面を見ながら、湖の外周道路を走る。岸辺の一部は湿原のようになっており、
泥炭の浮島もある。この藺牟田池はラムサール条約登録湿地となっているそうだ。
最大水深は2.7m、平均水深は何と0.8mだとか!?同じ火口湖でも十和田湖とはえらい違いだな!!


写真で見たあの風景はいったいどこにあるのだろう?全然見当たらないが・・・


あっ、あの木かな。湖畔まで階段を下りて見に行ってみよう。


おお、確かにこの木だ。根元が末広がりでとても特徴的。絵本に出てきそう(笑)。


遊歩道を歩いていくと、うわ~たくさんある。水中に生えた木は幹の根元がまるでスカートをはいたように
広がっていてシルエットが美しい。縦筋もまるでスカートのひだのようだなぁ!


こんな水の中からぬっと生えている木は、マングローブ以外ではあまり見たことがない。岸辺からもっと
離れたところにも一本すっくと立っており、また付近の水辺にはマングローブにそっくりな気根が
にょきにょきと、突き出している。母親にメールすると「ヌマスギ」だと教えてくれた。不思議な植物だ。


幹の影が鏡のような水面に映りこんで、あのパンフレットの写真と同じように神秘的な風景となっていた。
母親に見せてあげたいなぁ。今は冬で葉がないが、春夏にはまたちょっと違った雰囲気になるだろう。

爽やかな藺牟田池で静かな時間を過ごすことができた。

さて、そろそろ行こう。外周道路を進むとすぐにさっきの場所に出てきた。逆まわりだとすぐだったんだな。
まぁ、1周していろんな角度からの風景を楽しめたのでよかった!


続く
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青森周遊 奥入瀬渓流で滝めぐり

2017-07-01 20:45:47 | 風景
十和田湖からの続き。

20年ぐらい前に(?)テレビで見てから長年行きたかった奥入瀬渓流、こちらも今回の旅のメインのひとつ。
奥入瀬散策のターミナルとなる子ノ口で車を停める。ここには昭和レトロな船乗り場があり、遊覧船が
出ているようだ。うわぁ素敵だなぁ~、ここから船に乗りたいなぁ。今は周遊と休屋という場所への往復の
2ルートのみの運航らしい。案内図を見ると湖の対岸各地を結ぶ便もあったようだが廃止されたのだろうか。
でもどちらにしろ今回は船に乗る時間はない。

岸壁では兄ちゃんがのんびり釣りをしていて、何が釣れるのか聞いてみたらヒメマスだと言い、数匹釣れていた。

バスの案内所でコースを相談したら、片道バスを利用して石ヶ戸休憩所というところまで行けば割とお手軽に
奥入瀬らしい景観を楽しめるということなので、早速散策へ。バスの時間を待つのが惜しいので行きは歩いて
帰りにバスに乗ることにしよう。行きの方が下りだから楽だし(笑)。


奥入瀬は十和田湖から流れ出る唯一の川なのだそうで、琵琶湖の瀬田川みたいなものだな。
子ノ口に水門が設けられ水量が常に一定量に調整されているので、水面に顔を出している石の上に苔がつき
独特の景観になるのだという。


水面のすぐ横の遊歩道があり、涼しげな流れを目で追いながら歩く。新緑の木陰は爽やかで、
バス道は遊歩道の外側にあるので安心して歩ける。


マップを見ると石ヶ戸休憩所までの間には14の滝があるらしく、ちょうどいい散策のアクセントになっている。
子ノ口から石ヶ戸までの距離は8.9km、所要時間の目安は2時間40分とのことだが、さっさと歩けば
短縮するだろうと思っていたが、実際に写真を撮ったりたまに川の水をさわったりしながら歩くと
書かれている時間とぴったり。さすが。。。


銚子大滝までやってきた。ここはバス停や駐車場もある第一のハイライトスポット。


おぉ~!2m程度の落差ながら水が美しいレース状に落ちる滝は見映えがするな!

・・・しかしよく考えたら、川の下流側から上ってくると滝の正面が目の前に現れるのだ。その方が感動が
大きいかも!?歩くコースにそういうことを全く考えていなかったな(汗)。

水の流れはさらさらと音を立てる浅い瀬になったり、ごろごろした岩の間を抜けたり、激しい急流に
なったりと自由自在に姿を変えてゆく。足元にはシダの新芽や可憐な山野草や光り輝くコケ。
頭上に広がる広葉樹の若葉がフィルターとなって黄緑色の光が水面に降り注ぐ。


奥入瀬川に合流してくる小さな支流もいろんな姿の滝を見せてくれる。本流の滝はむしろ少なくて
銚子大滝がいちばん大きいぐらいか。
これは九段の滝。水平方向に節理のある岩が階段状になっていて落ちてくる水を細かい飛沫に変える。
きれいだなぁ~

落差は大きくても川の向こう岸の遠く離れたところに落ちる滝などよく見えないものもある。
1時間半ほど歩いてきたらさすがにちょっと疲れてきてお腹も空いてきた。「雲井の流れ」バス停で
時刻を見たところちょうど数分後にバスが来るので、ラッキー!とばかりにショートカット。

一気に石ヶ戸休憩所まで行って、うどんを食べちょっと休憩したらまた歩き出そう。今度は逆方向、
川をさかのぼる方向で。
これは石ヶ戸の名前の由来になっている石。石ヶ戸とは石でできた小屋のことなのだとか。


丸い葉がかわいい桂の木。


まるで針のむしろのようなこの草はい草かな。


バスの案内所の兄ちゃんが言っていた通り、緑一色の世界のところどころに山ツツジの花が鮮やかな
サーモンオレンジ色を添えていた。う~ん、きれい!


これは滝と呼ぶべきかわからないが・・・まるで水を編んだような、名もなき支流の美しさよ。。。


そそり立つ岩肌にもツツジの花が。


水面に顔を出す石の上にはコケや草がうまい具合に生え、さながら山野草の寄せ植えか盆栽のよう。


縦横無尽に広がる流れの中に木立が取り残された様は計算され尽くした庭園のように美しい。。。

「雲井の滝」バス停から戻りのバスに乗るつもりだが、次のバスに間に合うか微妙。。。
その次は50分後なので何とか乗りたいが、難しそう。。。一応足は速める。

そんなときに限って、マップに書いていないがこれまで見てきた滝よりも迫力のあるスポットに
出くわしたりするのだ(苦笑)。
ここはすごい!段差は小さいが岩にぶつかる衝撃が激しすぎて水がもう牛乳のように真っ白に!


迫力の面ではここまで見てきた中でいちばんではなかろうか!?というスポットをスルーする
わけにもいかず、近寄って写真を撮ったりしたので、ますますバスの時間は厳しくなった。

これはもう完全に無理だな・・・私は正直心の中で諦めかけていたのだったが、諦めることなく
小走りするMさんに一生懸命ついていくと、バス停が見えてきた!おぉ、間に合った!?

少し遅れているバスを待つ間に雲井の滝も何とか見ることができた。ラッキ~


そしてバスの車窓から、さっき撮り逃してしまった玉簾(たまだれ)の滝も。

結局子ノ口~石ヶ戸の間で歩かなかったのは「雲井の流れ」バス停から「雲井の滝」バス停の間の1.8km。
合計3時間ほど歩いて、新緑萌える奥入瀬渓流の風景を十分楽しんだ!!

続く
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GW新潟 白山公園の藤

2017-05-24 22:01:50 | 風景
新潟の続き。

新津記念館の近くにはいくつか小粒の建築もあった。
こちらは新潟大学旭町学術資料展示館。1929(昭和4)年築のRC造。無料で入場できたらしいが
雨がひどくて寄り道する気にならず・・・


遠くに見えたあれは回転展望台じゃないか!?
検索してみると、「日本海タワー」の回転展望台だとか!やっぱりそうだったんだ~~
しかし今調べてみると・・・老朽化を理由に2014年6月に展望台の営業を停止したとか。え~~っ、残念!!
全然タワーっぽくないこの建物は、1968(昭和43)年に建てられた新潟市水道局南山配水場で、
配水場としては今も機能しているようだ。

回転展望台も好きでいろいろ行ったが、「日本海タワー」という名もそう言えば見たことがあったな。
すっかり忘れていた・・・(汗)

「厚生連」と書かれたこの建物も古そうな形だ。でもギリギリ戦後かもしれないな。


SUGAR COATから古町の商店街を南下して県政記念館へ向かう。
白山公園という大きな公園の一角に建物があるので、白山神社の鳥居をくぐって公園内を歩こう。
しとしと雨の中、足元の砂利も木々の葉も色味を増している。雨もまたいいものだなぁ。

あっ、池のほとりに藤棚が。白藤と薄紫の藤が仲良く半分ずつ同居している。まだ少し早いのか
花房の下の方は蕾が小さいな。




おぉ、池の中央にかかっている橋は藤棚が屋根となっている。これも一種の屋根付き橋か!?(笑)


元気なツルがまるで宙をつかむように伸び、花房も重力にあらがって自由奔放に咲いている。



きれいだなぁ~

池のまわりにはモミジも枝を伸ばし、苔の岸は青々と輝き、ほんとに素敵だ。秋もまたきれいだろうな!



ここも回遊式池泉庭園だな。白山公園は邸宅の跡地なのだろうか??

新潟市民の憩いの場である白山公園は、1873(明治6)年に設定された日本で最初の都市公園25ヶ所の
うちの一つとか。古来からの景勝地や史跡を永久に国民が楽しめる公園として指定しようという太政官布達に
より、「新潟総鎮守」白山神社の境内を公園としたものらしい。




苔が美しいこと!!苔庭は雨の日に限るなぁ~




鳥居から見て右奥の方には蓮池がありオランダ風の庭園となっているようだ。時間があればそちらも
散歩してみたかったなぁ。


こっちの方の藤は種類が違うのか、房が大きく満開だった。



芳香漂う白山公園の散策、短時間だったが藤の花見も楽しめてよかった~

続く。
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ポンプ室の上の住宅

2017-05-02 23:45:59 | 風景
前回書いた津守下水処理場、この第一ポンプ室の上が住宅になっているという。そう聞いても正直ピンとこず、
まぁ古いRC造の団地のようなつくりなのだろう、半分吹きさらしの片廊下式で金属性のドアが並んで
いるような・・・何となくそんなイメージを思い描いていたのだったが・・・完全に裏切られた。
思えばそんな造りの団地はせいぜい昭和30~40年代だ。昭和9年といえば、まだまだ長屋の時代。

ポンプ室から、こんな流れ落ちるような三次元曲面の手すりをもつ階段室を通って上階へ行くと、、、


中廊下の両側に部屋があって・・・校舎みたいだな!?


窓枠が木でできているな。格子までついている。郵便受けが・・・おや、これは長屋じゃないの!?
この下水処理場で働く人が家族で住んでいた住宅である。


引き戸の玄関から中を覗いてびっくり!うわっ、和室だ!!畳はめくってあるが、押入れもある、欄間もある、
竿縁天井の、完全な和室。


透かし彫りの欄間は菊の花など上品な柄。手前の部屋の押入れが板戸になっているのはよく見るな。


床の間の横にはこんな下地窓までしつらえられていて、これは木造の古いお屋敷の内部と思って見ても
違和感がないくらい「ちゃんとした」座敷だ。戦後の団地よりもずっとしっかりした造りではないか。


壁の一角がこんな状態・・・(微笑)。

何とここには20年ほど前まで人が住んでおられたという。ここで子供が生まれ育ち、子供は
ここから学校に通っていたのだ。
「シール貼るのはここの壁だけにしてよ!」というお母さんの声が聞こえてきそうだ。

座敷の隣には小さな水屋(キッチンというよりも、やっぱり水屋だな、これは)がある。
ここで料理して座敷へ運び、ちゃぶ台で家族揃ってごはんを食べている光景が目に浮かぶ。


そしてまた驚くのは、各住戸の間を分けるように幅半間の細長い空間があるのだ!!それはまさに路地。
路地に面して勝手口が設けられており、水屋からゴミを運び出したりちょっとした洗い物を干したり、
とっても便利そう。お隣にお味噌を借りに行ったりおかずのおすそ分けしたり・・・なんてことが
行われていたかも。一方、戸を閉めれば路地を挟んでいるからプライバシーが保たれていただろうな。
そうするとこれは長屋というより戸建て住宅じゃないか!!RC造のポンプ室の上階に戸建て住宅街があった!?
(正確には二戸一かもしれない。路地の配置をちゃんと確認しなかったので・・・)




廊下が明るいのはトップライトがあるから。プリズムガラスが使われている。


戸建て住宅と言ったがトイレは共用で、フロアの端にそれぞれ男性用・女性用分けて設置されていた。


そしてお風呂も。すごい、まるで銭湯だぁ~!!




うぉ~~~っ、あのポンプ室の上にお風呂があるとは!!下に水漏れしても・・・ポンプ室だから大丈夫?


廃墟は好きでない私だが、こんな奇妙な住空間、しかも生活感が生々しく残るリアルな空間が、博物館のように、
そのままの形で手つかずで残っているのを目の当たりにして、鳥肌が立つような興奮を覚えた。。。


こんな職住近接すぎる環境は私は耐えられないが(苦笑)、綾部のグンゼ社宅とか別子銅山足尾銅山など
昔は大きな工場の周りには社宅群が必ずあったし、必要最低限の住空間や公私の境のない人間関係も
そういうものとして受け入れられていたんだろう。しかしここは全14戸と規模が違う小さな世界。
同居の家族は気苦労もあっただろうなぁ。。。
ここを取り壊す前に、住宅としてのこの建物と、その中の暮らしについてもっと調査されてしかるべき
じゃないだろうか、、、とひしひしと感じた。

しかしこんな貴重な空間を見ることができてよかったなぁ!
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日田・別府の旅 小鹿田焼の里

2017-04-23 22:41:14 | 風景
日田の続き。

※これは2016年夏の旅です。

木の花ガルテンでのランチのあと、前から行きたかった小鹿田(おんた)焼の里へ向かう。
美しい飛びかんなの模様が独特で、民藝運動の柳宗悦や濱田庄司、バーナード・リーチが紹介した
ことにより広く知られるようになった小鹿田焼は、もとは16世紀末の朝鮮出兵のときに連れ帰った
朝鮮の陶工を起源とする。18世紀になってその子孫の窯から技術を伝授してもらい開窯したという。


「皿山地区」とはまさにそのままだ。小鹿田焼陶芸館を見てから、各窯を回ろう。
ここでは伝統的技法を外部へ広めることなく一子相伝で守り続けている。現在は10軒の窯元が
昔ながらの手仕事で陶器を作り続けている。各窯で製作した器には個別の銘でなく「小鹿田焼」という
共通のブランドをつけて売るというのが、何ともストイックに思える。


静かな山あいの小川沿いに住居と一緒になった窯が並んでいる。、川の流れを巧みに利用した「唐臼」が
黄色い土をゴトンゴトンと叩くのが面白い。飾りではない。こんな原始的な装置が今も使われているのだ!
唐臼は1軒に1つずつ、すべての窯元に備わっている。


このような池も各家にある。土を水に入れて泥水を作り、何度も漉してきめの細かい土をつくる。
取り出した粘土が道端に山積みされていた。


作業場の前には形作った器を天日で乾かすための広いヤード(「ツボ」と呼ぶらしい)があり、裏手には登り窯。


整形には蹴ろくろを使うと、リーフレットに書いてあった。電動ろくろじゃないんだ・・・




窯めぐりをする観光客がぽつぽつと歩いているが、職人さんは外部の人を拒絶しているかのように
黙々と作業するのみ。客に媚びたような土産物屋などひとつもなく商業的な匂いは全くしない。


山あいの隠れ里とも言えるような、この村の風景の美しいこと。あぁ、いいなぁ!!






シンプルで力強い形の実用的な器はこんな場所でこそ生まれるのだろうと思わせる、小鹿田焼の里。


登り窯は自家用を持っているところと、共同窯を使っているところがあるようだ。


なんて美しいんだろう。登り窯もまた土からできているのだ。


こちらの登り窯で声をかけて中を見せてもらった。


窯道具が無造作に置いてあるだけでもどうしてこんなに美しいのか。。。




なんて素敵な水路風景!!あぁ、来てよかった。


案内板を見ていると、皿山地区の窯業にまつわる景観と並んで、農耕景観として石積みの棚田の美しい
池ノ鶴地区というところが近くにあるようだ。帰りに寄り道してみよう。、

続く
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日田・別府の旅 九大本線で日田へ

2017-04-19 23:46:06 | 風景
去年の夏のこと。

前から行ってみたかった日田に行ってきた。小倉から日田彦山線で下ればいいなと考えていたのだが、
検索すると、在来線普通電車を利用としても、博多から久留米回りの方が早いらしい。
石原町呼野香春、、、日田彦山線の風景を久々に楽しみたかったが、日田での行動予定を考えると
1時間の差は大きい。バリ得ひかりで博多まで行って、久留米から九大本線に乗り換える。
しかし久留米までの風景も結構好きだ。このあたりはなぜかワクワクする(笑)
鳥栖駅の木造駅舎も健在のようでホッとした。

九大本線の雄大な景色も好きだなぁ。色とりどりの植木や果樹が目を楽しませてくれるし
時々小さな木造駅舎にも出会える。こちら善導寺駅。


筑後吉井駅。


もうだいぶ前だが、初めて日田彦山線に乗りに来て、静かな山あいにぽつんと建っている、
大鶴、大行司、夜明駅の木造駅舎の佇まいに心を打たれた。
特に九大本線と日田彦山線が分岐する夜明駅は、私の好きな駅ベスト3に入るほどで、もう一度行きたいと
恋い焦がれて、ある時わざわざ行ってみたら、なんと、ほぼ同じ形の新しい駅舎に建て替わっていて
大ショックを受けたことがあった。


夜明駅で対向列車待ちで3分停車するというので跨線橋に上がってみた。
もちろん古い木造駅舎はないが、やはり分岐駅の趣はあって素敵だ。

もう出発するよと運転士さんに呼ばれて慌てて戻る。。

トンネルをいくつも抜けて、お昼過ぎに日田に到着。


予約しておいたレンタカーでまず木の花ガルテンという店へお昼を食べに。


ここは季節の野菜や果物を使った100種類ものメニューが食べ放題のバイキングをやっているというので
朝ごはんも食べずにおき(笑)直行したのだったが、来てみるともうすでにたくさんの人が来ている。


おばんざい風から唐揚げ、天ぷら、自家製パンまで。デザートも、季節のフルーツ、ケーキ、お団子、
ぜんざい、などなど盛りだくさんで食べ切れない!


お料理のずらりと並ぶ壮観なカウンターの写真を撮りたかったのだがNGということで紹介できないが、
種類が多いだけでなくめちゃくちゃおいしい!

これで1400円って驚き~!農業者が直営の施設らしいが、近くの人が羨ましいなぁ!毎日来たいよ~

おしゃれなベーカリーやカフェや、園芸売り場や特産品売り場もあって、楽しい楽しい(笑)




今回の旅はいきなり充実したごはんにありつくことができて幸先いいな!!

続く
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大分温泉ルート 杵築をうろつく(2)

2017-04-10 23:48:51 | 風景
杵築の続き。

※これは去年の3月の三連休の旅です。

北台の武家屋敷から勘定場の坂を下って杵築城の方へ行くと
杵築レトロ館という、農協の米蔵だった建物が。ドラえもんが入口に立っている(笑)。
昭和グッズのコレクションを展示してある施設らしいが、あまり時間もないのでパス。


杵築城は八坂川の河口に向かって張り出した断崖の上に建てられていた。向こうはもうほとんど海だ。
木付氏4代頼直が築いた城で、天守閣は昭和45年に復元されたものらしい。


城山公園内には石の五輪塔を集めたエリアがあり、ひとつひとつに札が立てられている。
大分県、特に国東半島には石仏や石塔が多いらしく、県内(県外のもあるかも)各地で撤去されるときに
ここへ集めて保存しているのだろう。すごい数・・・圧巻である。


天守閣のある場所はほんとに陸地の最先端。海も川も丸見え、お城を築くには最適の地だっただろう。


今は崖下にも町が続いているが、昔は河原だったに違いない。
右奥に南台の崖が見える。ほんとに地の果てのような断崖絶壁だな!!


杵築城から崖下を歩き、北台と南台の間の商人町までやってきた。右も左も上り坂である。


どこの坂も絵になるなぁ~。坂は上るのはしんどいが、景観としては美しい(苦笑)。



塩屋の坂を上り、南台の上へ。ゼイゼイ・・・

南台の武家屋敷もいくつか公開されている。北台には武家屋敷以外にも医院や商家などもあったが
南台のほうは比較的純粋な武家屋敷地区だったのだろうか。


武家屋敷の玄関先で朝採りしいたけが売られていた。




これは木目調コンクリートブロックか。こんなの見たことないな(笑)
門柱も笠石も同じ木目調ブロックだった。このあたりではよくあるのだろうか。


さぁ、坂の下の商人街へ降りてきた。市役所前から杵築駅へ戻るバスに乗ろう。


うわっ、何だこの壁は!?ここは飲食店で、この壁は古いものではなく新しく施した意匠のようだが
泥だんごと瓦を組み合わせて壁に貼り付けるとは、変わったことをしているなぁ~


実は、全く同じ意匠の泥だんご壁を日田で見かけた。同じ系列の店なのだろうか。
日田についてはまたあらためてアップする予定。。。


続く
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大分温泉ルート 湯平温泉の夜景

2017-04-07 22:16:47 | 風景
湯平の続き。

※これは去年の3月の三連休の旅です。

さっき目をつけておいた砂湯へ入りに行こう。


共同浴場はいずれも無人で、料金を入れる缶が置いてある。
200円をその中に入れて中へ入ると、誰もいない。貸切だ~~!


お湯にどっぷり浸かって大地の香りを吸い込む。あぁ~極楽~~


上がって外へ出たらもう日が落ちていて、薄暮の空に提灯の灯りがふんわりと浮かんでいた。


魅惑の灯り。まるで飲んべえのように赤提灯に引き寄せられる(笑)




宿へ戻って夕食を食べよう。
創作フレンチのコースも、やっぱりひとりでは間が持たず、ちょっともったいないなぁ。。。


夕食後はまた街へ繰り出すよ~!
川もライトアップされている。ちょうちんの灯りに心が揺さぶられるのはなぜだろう。。。


灯りに誘導されるようにうろつき回り、金の湯へ。


浴室の中も金色!まさに金の湯だ(笑)。こちらも他の人はおらず貸切状態で堪能した~




翌朝もいいお天気。爽やかな青空!花合野川を眺めながら朝ごはんを食べたら、送迎の時間まで
朝の散歩をしよう。


放し飼いの犬が人懐こそうな目でこちらを見つめている。
カモン!!手を広げたら、ダッシュで飛んできた(笑)
少し遊んだところで飼い主に呼ばれて戻って行った。首輪をつかまれて怒られていたようだ(笑)



湯平温泉では志美津旅館が九州温泉道の八十八湯にラインナップされており、外湯めぐりが売りの
湯平では珍しく立ち寄り湯が可能である。しかし立ち寄り可能な時間帯が短くどうしても無理だった。
もちろんここに泊まればよかったのだが、満室で・・・(涙)

時間になったので宿へ戻り湯平駅まで送ってもらう。チェックアウト時間まではまだまだあるのに、
惜しいが、宿の段取りもあるだろうから仕方ない。駅に着いても列車の時間までまだだいぶあるなぁ


しばし駅を楽しむ。


続く
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雪の鹿児島 うなぎ湖畔の雪景色

2017-03-09 21:50:41 | 風景
鰻温泉の続き。

鰻温泉は小さな温泉街で、15分か20分あれば集落をぐるっとまわって戻ってくることができる。


共同浴場もある。こちら区営鰻温泉。
かわいい温泉マーク!!丸い部分がうなぎになってる~~(笑)
ツバメはうなぎ地蔵のところにもあったな。同じ人が作っているのだろうか。


宿の温泉はいつでも入れるから、とりあえず先にここに入っておこう。
外観から分かる通り比較的近年に建て替えされていて、快適なお風呂屋さんと言う感じ。
さすがにお湯は硫黄の香りかぐわしく効き目ありそう~~!近所の人が何人も入っていた。


向かいのゴミ置き場(?)の柵にもツバメがいた。かわいいなぁ~!誰が作っているんだろう。


宿は庶民的な民宿であり特にエンターテインメントもないので、さっそく温泉に入るとするか。
内風呂と露天風呂があり、まずは内風呂へ。
おお~渋い。そして熱い!!


この薄暗さがいいなぁ。薄暗い中でお湯に浸かるというのは、なぜかとても落ち着く。
・・・しかし、熱くて浸かっていられない(汗)。かけ湯かけ湯・・・


露天風呂へ行ってみる。うぉ~~夜の露天、いいじゃないの!
実はここ、一応混浴ということになっている。というのは、浴槽の奥が左側の男湯とつながっているのだ。
もちろん好んで奥の方に行くわけもなく(笑)、手前側でちゃぽんと浸かる。しかしこちらも結構熱い・・・
鰻温泉はスメがあるくらいで源泉が高温なのだ。


汗をかくほど温まったあと宿泊棟へ戻る途中、明るく輝く月が見えた。ほぼ満月だな!
明日大荒れする気配なんて全く感じられない。どうせガセネタだろう。


・・・・とあなどっていたら、これである。
早朝にふと目が覚めて念のため窓の外を確認したら・・・目を疑った!!ええ~~っ、ほんとに降ったの!?
雪見風呂ができるんじゃない!?露天風呂へ行ってみよう~~~♪♪


露天風呂には誰もいない。脱衣所の小さな屋根の下にまで雪がハラハラと舞い込んでくる。
これは最高じゃないの~~!お湯は適温になっており、ゆっくり浸かりながら白銀の世界を眺める。
いやぁ~いいねぇ~~最高!!




朝食後宿の周りをうろついてこのレアな景色を写真に収める。
ほとんど雪の降らない大阪の人間にとっては少しの積雪でも子供のようにテンションが上がるのに
ここは南薩、意外な雪にひとりではしゃぎまくり(笑)




誰も上っていない宿泊棟の屋上は処女雪ふかふか!!


民家の屋根の上も真っ白な雪、その奥に鰻池の水面が見える。そしてその背後の山の斜面に朝の日が
当たって金色に光り輝く。なんて美しいんだろう!


こんな雪景色の中でも、近くの噴気孔からは激しく湯けむりが上がっていた。



美しい景色に見とれ、はしゃいでいたのも朝のうちだけ。チェックアウト直前に、JRが止まっている
ことを知り、バス会社に問合せたところこちらも全面運休だと・・・ええ~~っ!?
とりあえず指宿駅まで宿の車で送ってもらうが、宿のおっちゃんの話では南国鹿児島での突然の大雪で
タイヤチェーンも品切れ続出で皆大慌て、エンドウなどの作物も被害が大きいということだった。

続く
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