まちかど逍遥

私ぷにょがまちなかで遭遇したモノや考えたコトなどを綴ります。

2018.10.20~22 リベンジ、飫肥 もくじ

2018-11-21 22:44:07 | Weblog
飫肥にすごい敷瓦があると知って、宮崎へ向かった。
飫肥は3年前に一度行ったことがあるのだが、よくばりすぎて飫肥のまちをほとんど見れなかったのだった。
今回は潔く、日曜日丸一日飫肥で過ごす予定にした。
土曜日にピーチの午後便でゆっくり宮崎IN、帰りは日曜の夜のフェリーでOUT。月曜の朝そのまま仕事へ(苦笑)
素晴らしい敷瓦には大興奮!朝っぱらから存分に堪能した~~
飫肥だけのつもりだったが、青島や宮崎でも楽しい出会いがあったし、鉄道、温泉、フェリーの楽しみも。
美しい景色と、今回はおいしいものにも恵まれた。あぁ今回も充実した週末旅だったな!

青島に泊まる
日南線の駅風景
リベンジ、飫肥
旧山本猪平家 その1
旧山本猪平家 その2
旧高橋源次郎家 その1
旧高橋源次郎家 その2
服部亭(旧服部家) その1
服部亭(旧服部家) その2
飫肥の建物めぐり
飫肥の建物めぐり 2
飫肥の建物めぐり 3
木心ギャラリー、のちフェリー

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木心ギャラリー、のちフェリー

2018-11-20 23:07:58 | 建物・まちなみ
飫肥からの続き。

帰りは宮崎港からフェリーに乗る予定だが、1本早い列車に乗ったのでフェリーの時間まで少しある。
さてどうしようか。。。港行きのバスの乗り場と時刻を駅前で確認してから、小道さんに教えてもらった
木心ギャラリーへ行ってみることに。

宮崎駅から歩いて5~6分、整然としたまちなかにいきなりこんな洋館が現れた!自然の林のような木立に
囲まれた、絵本に出てきそうな洋館だ。スタッコ風の壁にレンガタイルの腰張り。大きなドーマーウインドウが
張り出した急勾配の屋根に、いぶしの桟瓦が使われているのが面白い。
宮崎のまちは3年前に少し歩いたことがあるが、この建物には気づかなかったな。。。


建物は登録有形文化財になっている。しかし、営業しているのかいないのか・・・一見人の気配がなかったが
ギャラリーというのだから訪ねて行ってもおかしくないだろう、と、ピンポンしてみたら、お兄さんが出てこられた。
古い建物が好きなので見せてもらえないかと言うと、店主は今留守だがどうぞと言って、建物の側面に設けられた
ギャラリーの入口から中へ入れてくれた。ギャラリーオーナーの池田さんの息子さんだと言うそのお兄さんは
各部屋を案内して下さった。


古い洋館とそれにつながる和館に少しずつ手を加えながら住んでおられるという。
この明るく居心地のいいギャラリーはもと和室なのだとか。並んでいるのは、小さな雑貨から家具まで、
動物や鳥や草花をモチーフにした木工作品。ラブリーすぎずほっこりした雰囲気で、手になじむ。
小さなものは無垢材、家具など大きなものは集成材が使われているとか。

商品を撮るのはNGだろうと控えていたら、ギャラリーの空間を写した写真が一枚もない・・・(汗)

木心(きころ)ギャラリー

入口ドアまわりにはめ込まれたカラフルなガラスから外の光が差し込む。素敵~~!


和室も障子をランダムに貼っておしゃれな空間に。


使い込まれた箪笥の修理依頼も多いとかで、古いものを修理するだけでなく遊び心を加えてある。面白い!


洋館部分の部屋は広くて天井も高く、大きな木材を取り回す木工の作業場にぴったり。道具や材料が
たくさん置かれている。壁に調光できる照明が埋め込まれていてとってもムーディー♪
いろんなアイデアが浮かんできそうな、クリエイティブな仕事場。


洋館の玄関。


元々はここに和館の玄関があったようだ。玄関を入ってすぐのところにこんな曲がり階段が張り出しているとは、
面白いな!和館と洋館の境目がないような、不思議な造り。


廊下の突き当たりの洗面所も素敵。。。



裏の土間にはピザなど焼けそうな窯も設えてあった。雨漏りしたり不具合もあるそうだが、不便さも含めて
このまちなかの田舎暮らしを存分に楽しまれている様子が伝わって来る。

ひと通り見せてもらってからお茶を頂きながらお兄さんと話していたら、オーナーの池田さんが帰って来られ
そこからまたいろいろおしゃべり。そして私がタイルフェチという話をすると、何とプライベート空間の
すごいタイルを見せて下さった!
うわぁ~~!!何これ!?白無地タイルの仕切り壁に、緑色で波がくるんと巻いたようなデザインが施されている。
これは日南海岸の波かなぁ!?


模様は緑色のタイルをわざわざ加工して形を作っているようだ。鶴岡の新茶屋のトイレの仕切りを思い出した。
しかしお風呂場に何でこんな凝った意匠を??

見慣れてるから何とも思ってなかったと言われるが・・・いやいや、めちゃすごいです!!あぁ興奮。。。
台所の黒無地タイル貼りのかまども見せてもらった。

そんなこんなでバスの時間までゆっくりさせてもらい、そろそろおいとましようとお礼を言って外へ出たら
夕闇が迫っていた。入口の色ガラスから今度は中の光があふれ出す。楽しげな、幸せそうな、灯り。
そこを離れることが少し寂しく感じる。。。


灯りのともった洋館はまた一段と素敵で、名残惜しんで写真を撮っていたら、おでこを蚊にかまれた。。。(苦笑)



楽しい時間をありがとうございました!

駅からバスに乗り港に着いたら、みやざきエキスプレスの巨体が背後に見えた。うぉ~~!
宮崎カーフェリーは3年前に乗ったことがあるが、あの時は神戸港から宮崎行きに乗ったのだった。
2等船室は今どき珍しいほんとの大部屋に低い仕切りだけで男女混合、着替えも躊躇してしまうという、
20年前から変わらないレトロなフェリー体験を楽しんだのだった(笑)


宮崎からの帰り便は朝7時半に神戸港に着く。そこから連絡バスで三ノ宮駅、電車で大阪へ、そして会社へ。
このパターンを一度試してみたかった(爆)。これが間に合えば、これから旅の選択肢がまた広がる。


5000円のセール価格で取っていたが、翌日仕事なのでやっぱり追加料金を払って2等寝台にランクアップ。
あぁやっぱり快適さは格段に違うな。おかげでのびのび過ごせてぐっすり眠れた。

神戸港からの移動も首尾よく予定通り。ゆうゆう出勤、仕事もバッチリ。このパターン、また使おう~~♪

オオルリのキーホルダーを眺めていたら、また宮崎へ行きたくなってきた(笑)


終わり。
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飫肥の建物めぐり 3

2018-11-18 23:00:23 | 建物・まちなみ
飫肥の続き。

飫肥城は、南九州の中世城郭の特徴的な形態をもつ広大な城であった。戦国時代は島津氏を城主としたが、
豊臣秀吉から領地を与えられた伊東祐兵以来14代にわたり飫肥藩藩主伊東家の居城として存続した。
城と城下町をつなぐのが飫肥城大手門である。
オリジナルは明治時代の始めに取り壊されたが、1978(昭和53)年に飫肥城復元事業の一環として
復元建設された。その時に樹齢100年の飫肥杉が4本使用されたという大手門は、護岸もなく自然のままの
雰囲気の空堀と相まって、往時の様子を彷彿とさせ、飫肥のシンボルとして存在感を示している。


こちらは、朝、振徳堂へ行く途中前を通ったときにはまだ開いていなかった旧伊東伝左衛門家。
ここも小鹿倉家と同様立派な切石積みの石垣の間に門はなく、石段を上るといきなり玄関がある。


この写真は朝撮ったものなので閉まっているが、午後来た時にはちゃんと開いていた。


玄関から上がることはできず、覗き込むのみ・・・(苦笑)
おぉ、座敷の欄間の麻の葉模様の組子細工がとても細かい。


真ん中の模様は何だろう。


よく見えるところがあるかと庭の方へ回ってみる。
伊東家は飫肥藩の上級家臣であった。19世紀中頃までに建てられたと推定される建物は、建築材に飫肥杉が
使われ、高床、南側の廊下など後に飫肥の住宅の典型となる特徴をすべて備えているという。


こちらからも部屋に上がることはできず。。。縁側に乗り出して暗い室内の写真を撮ろうと片手を伸ばし
カメラのシャッターを押す・・・何とか撮れたか。しかし真ん中のは・・・ヘチマ?結局何か分からず(苦笑)

しかし・・・縁側についていた左手の手のひらが何か痛いと思ったら、大きなトゲが皮膚の下にブスリと刺さっていた。
イテテ、、、これが数日間取れなくて困ったものだった。やっぱり観光客を室内に上がらせないのは正解(苦笑)

一般公開されている建物や、この時イベントで使用されていた建物をだいたい見たが、このほかにも
普通にお住まいの家など立派な門構えの邸宅がたくさんあった。
やはり連続したまちなみが保たれているのは、飫肥城下町の住人の方々の誇りや郷土愛のたまものだろう。




ふと路地を覗いたら、何とまぁ美しい石垣が!!


門の正面に見事な石垣、横向きの石段を上った上に屋敷が建つ構成。あぁ素晴らしいなぁ!!


台地上にある飫肥城のふもとから坂谷川の蛇行地に広がる城下町は、勾配地のため石垣が多い。平地でもまた
石垣が多いのは、酒谷川の氾濫による水害への対策だろうか。それらの石垣は多様で、見て歩くのも楽しい。

手ごろなサイズの玉石を積み上げた勝目氏庭園の石垣。


石垣の上に植えられたお茶の木が可憐な花をつけていた。お茶の木はだいたい自家用で飲むために植えられていたのだ。


こちらは切石積みの石垣。ひとつひとつの石はまったくランダムな形。
苔のついた石とついていない石があるのは、崩れて積み直したのだろうか。


塀の基壇部の石垣。小さな自然石を積んだ石垣は気取らない感じ。


角の部分だけは強度をもたせるためきっちり切石の算木積みに。


石垣が延々続く武家屋敷のまちなみ。勾配地の谷側に土留めとして作られている石垣は切石積みが多いようだ。


さて、朝8時からうろつき回って堪能したので、予定より1本早い列車で宮崎へ戻ることにしよう。




もう少し続く。
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飫肥の建物めぐり 2

2018-11-16 20:26:12 | 建物・まちなみ
飫肥の続き。

商家資料館は現在メイン通りである本町通りに大きな妻壁を見せる土蔵造りの建物。元は山林業を営む豪商の家。
1983(昭和58)年の本町通り拡幅のときに移転復元したものらしい。


ここでは江戸時代の商家で使われていた道具などが展示されている。


欄間は汽車がデザインされた透かし彫りだったが、これは元からのものだろうか?復元時の作かもしれない。


こちらはレンガ車庫?


本町通りではちょうどパレードが練り歩いていた。


沿道の見物客もかなりの数で、出演者も飫肥の住民総出かと思わせる賑わい。



こちらも本町通りに面した、服部植物研究所。この建物は1941(昭和16)年に建てられたもので、
現役の研究所らしい。
世界唯一のコケ類専門の研究所を設立した服部新佐博士は、服部亭の建物を建てた服部新兵衛の孫にあたる。


この玄関先に座りこんで軽食を取っている人がいたので外観を撮りづらく、何とかタイミングをみて撮ったけど
ペットボトルが・・・(苦笑)


裏側を見ると普通の家っぽいが、アースカラーのモルタル塗りのせいで洋館っぽい雰囲気を醸しだしているな。




ここは一般公開されていて無料で見学できる。


コケに関する本や標本、顕微鏡など、研究所らしいものがあるかと思えば、苔玉やテラリウムやポストカードなども
あって、おしゃれな雑貨屋みたいな雰囲気でもある。




オープンでフレンドリーな施設だが、その活動は国際的にコケ研究の進展に貢献するすごい施設なのだ。


私も苔が好きだが、苔を育てるのは結構難しく、これまで何度も植えてみたが一回も育ったことがない(汗)。
ここで苔の育て方をじっくり教えてもらいたいなぁ。。。




服部植物研究所の庭先に生えていたコケ。さすがに元気で生き生きしてる!!


こちらは藩医であった梅村家の住宅で、1926(大正15)年築。非公開なので外から眺めるのみ。
総2階建ての形状と下見板張りの外壁が、同じく医院であった旧飯田医院の建物と似ているな。


玄関部分には古典的な装飾が。


広い敷地に建つ2階建ての洋館は遠くからでも目立つ。
2階の軒周りの小さな持ち送りが洋館らしさを醸しているが、実は内部はほとんど和室なのだそうだ。


続く。
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飫肥の建物めぐり

2018-11-15 23:53:50 | 建物・まちなみ
飫肥の続き。

服部亭でランチのあとは、飫肥祭りで賑わいを増してきたまちなかを動き回って建物を見る。
飫肥祭りにあわせて「DENKEN WEEK」というのをやっていて、由緒のある建物の中で
さまざまなアートが展示されていた。通常は非公開の建物も見れる絶好の機会なのだ!


これは飫肥城のすぐ下にある豫章館。約1千坪の敷地内に、主屋といくつかの建物がある。
1869(明治2)年に第14代飫肥藩主だった伊東祐帰が知藩事に任命され、城内から移り住んだ屋敷。
建物も城内にあったものを移築したらしい。




玄関からは上がれず、ぐるりと周囲をめぐって座敷を見る。ここでは生け花の展示をやっていた。


ちょっと変わった床の間。奥まったところにある書院は、実際に座って読み書きしていたような雰囲気で
実用的な造り。






こちらは伊東祐正家。豫章館の向かいにある小村記念館の敷地内に建つ。いや、伊東家の敷地内に小村記念館が
建てられたのだ。こちらの伊東家は藩主である伊東家の分家だったという。


今は空き家で公開はしていない。じっと修復を待つ。


こちらは、まち全体が美しい石垣に縁取られている飫肥城下にあって最も美しいと言われる切石積みの石垣をもつ
小鹿倉家。通常は非公開の建物だろうが、今回は焼き物作家による作品の展示が行われていた。


この美しさ。。。


規則的なようでランダムな飫肥石の石垣。


主屋は藩医の壱岐宗淳が1879(明治12)年に建てたもの。上がってみよう。


作品もよかったのだがやっぱり建物に目は行く。
書院の欄間が独特!!繭型の中に波頭と鴨とオモダカ。何かストーリーが隠れているのだろうか。。




立派な透かし彫りの欄間。松の木が軽快に図案化されていて素敵だな。




こちらの部屋は壁が赤い!!


この部屋だけ天井も低く、ちょっと秘密めいた隠れ家的な雰囲気。茶室だったのか、書斎だったのか。。。
小さい規模ながら見どころが多かった小鹿倉家。見れてラッキーだったな!


こちらはギャラリーこだまの裏手にある蔵。漆喰のレリーフがあった。鯉の滝上り。


窓には菊の花もあった。

ここでは金魚すくいやらフランクフルトの屋台が出ていて蔵全体は撮れず(苦笑)

続く。
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