HA-P90SD
いよいよ発売が開始されたハイC/Pなポータブル・ハイレゾ・プレーヤー&ヘッドホンアンプ、ティアックHA-P90SD。連載1回目でその詳細なスペックと5.6MHz・DSD対応の内蔵プレーヤーを軸としたサウンドインプレッションをお届けしたが、第2回目では600Ωまでのハイインピーダンスなヘッドホンも鳴らし切る、高いドライブ能力を持つヘッドホンアンプ部にスポットを当て、様々なヘッドホン/イヤホンを組み合わせ、その実力に迫ってみたい。
特にポータブル用途で考えた場合、HA-P90SDの内蔵プレーヤーを使うのが最も手軽であり、最短ルートでハイレゾ再生を実現できる手段となる。
そしてもう一つはUSB-A端子にiOSデバイスやAndroidデバイスをデジタル接続し、5.6MHz・DSDネイティブ再生も行える再生アプリ『TEAC HR Audio Player』を活用したポータブル環境だ。

iOS版「TEAC HR Audio Player」
このアプリを活用することで、内蔵DACチップであるPCM1795と親和性の高いDSDドメインでのドライブが可能となる。さらに3.5mm光・同軸デジタル/アナログ兼用入力を使って、デスクトップ用途として据え置き型の外部プレーヤー/DACから入力する活用も考えられよう。もちろん本機をUSB-DACとして捉え、PCと接続して楽しむこともできるが、これは次回の第3回目で詳しく紹介したい。
■iOSデバイスとのLightning接続と内蔵プレーヤーを聴き比べる
今回は密閉型のハイエンド機、フォステクス「TH900」やハイインピーダンス機の筆頭であるベイヤーダイナミック「T1」とゼンハイザー「HD700」を使ってそのドライブ能力についてもチェック。さらにイヤホンにはオーディオテクニカ「ATH-CKR10」を選んだほか、基本的なレファレンスとしてはハイレゾ対応機ではないものの、ニュートラルなサウンド傾向を持ち、接続機器の見極めに重宝しているシュア「SRH1840」を用いることにした。
まず、どの再生手段を用いるか検討する。内蔵プレーヤーを使うのか、iPhone 6をデジタル接続し『TEAC HR Audio Player』で再生を行うかを決めようと、その音質の違いをMDR-1Aで比較した。
『TEAC HR Audio Player』再生では高域にかけての倍音の豊かさ、煌びやかさが増す印象で、低域方向もファットで厚みを持った描写となる。しかし解像度そのものは高く、音場の見通しもクリアでヌケの良いサウンドであることに変わりはない。潤いを持った弾力ある音像で、女性ボーカルの艶も上品で耳当たり良い。リアルさとはやや違うベクトル傾向とはなるが、iOSやAndroid端末でのデジタル接続は普段使っている環境へのアドオンでもあり、操作性や使い勝手も考えると非常に魅力的である。

ただ、厳密に比較すると音像のフォーカスのキレ、中低域の締まり具合、倍音表現の自然さといったポイントで、内蔵プレーヤーの方がより理想的なバランスで聴くことができた。高S/N&高解像度なサウンドをストレートに味わうには内蔵プレーヤーが優位と判断。試聴では内蔵プレーヤーを用いることとした。

背面には豊富な端子類を装備する
■SHURE「SRH1840」との組み合わせではバランスの良さが光る
HA-P90SDとSRH1840を組み合わせたサウンドは音場の透明感も高く、音像のナチュラルな厚みもしなやかに表現。オーケストラの旋律は爽やかで余韻の伸びも潤いに溢れている。低域の弾力も自然であり、空間に拡散しすぎず、定位感も鮮明だ。解像度も高くS/Nに優れた表現で、有機的な質感描写は上品なタッチでまとめられている。空間の緻密な階調性をきめ細かくトレースし、楽器の前後感も的確に描く。
ジャズにおいてもピアノのクリアなアタックと自然な音伸びを堪能でき、ドラムやウッドベースのリアルな質感を付帯感なく浮き上がらせる。鮮度の高い立体感溢れる音場であり、胴鳴りの響きも制動を利かせ、弦のタッチをキレ良く押し出す。ロックにおいてはエレキギターにかけられた僅かなリヴァーブも鮮明に感じられ、個々のパートの隙間にある空間を誇張なく聴き取ることができる。ボーカルも癖なく素直で、リズム隊も引き締め良い。
一方DSD音源ではカッチリとした弦楽器のアタックやボーカルの鮮度良い発音のしぐさがスムーズに浮き上がり、低域の響きも弾力良く伸びる。定位感も自然で、余韻の階調の細やかさが際立つ。5.6MHz音源では音の滑らかさ、音像の歯切れ良さがよりリアルに描写され、その場にいるような自然な臨場感をダイレクトに味わえた。奥行き方向にも音が展開し、非常に有機的なサウンドである。試聴前はもっとドライな音になるかと想像していたが、思いのほかバランス良く聴きやすい、ニュートラルで瑞々しい音質だ。
■HA-P90SDがフォステクス「TH900」の鮮度と質感を引き出す
TH900は密閉型でありながらも、オープン型のような開放感ある空間再現性を持ち、きめ細やかで高解像度、さらに密閉型ならではの押し出し良い密度感も併せ持つ、理想的な音質のハイエンド・クローズドバックモデルである。クラシックではオーケストラの旋律を丹念にトレース。個々の楽器の厚みもしっかりと感じ取れ、ハーモニーもリッチに融合する。低域は押し出しよい圧力を持ちながら、収束のスピードは速く音場が濁らない。これもHA-P90SDのドライブ力の高さのおかげであろう。高域にかけての倍音はほんのりキラキラとして耳当たり良い響きだ。
ジャズ音源では各楽器の密度感の高さが際立ち、ボディの太さやアタックのリアルさをダイレクトに味わえる。ピアノの自然なレンジ感、誇張のないハーモニクスの響きが心地よい。ウッドベースの胴鳴りは豪快に響くが、制動力も高く、ドラムのプレイと合わせ、グルーブ感に溢れたサウンドになる。ロックにおいてはリズム隊の密度良くパワフルな演奏が力強く全体をリード。ディストーションギターの粘り良いリフは重みを伴い、重心の低い安定感あるサウンドだ。
DSD音源では、これもHA-P90SDの駆動力の賜物だろう、カラッとした倍音のハリを感じさせるアコギや、むっちりとした艶を持つウッドベースの弦がくっきりと際立つ。余韻の広がりが奥行き方向にも自然に広がり、リアルな空間が展開。ボーカルは肉付き良く潤いある口元の動きが鮮やかに浮かんでくる。左右の定位感もシームレスで、臨場感の高さ、充実感は極めて高い。5.6MHz音源におけるピアノのペダルの音のリアルな響き、余韻の豊かさに驚いた。ボーカルの有機的で生々しい肉感は純度が極めて高く、演奏の熱い躍動感がそのまま湧いてくるような鮮度の良さと、アナログライクで温かみのある、滑らかな質感を両立した品位の高いサウンドだ。
■ゼンハイザー「HD 700」では密度感あふれる絢爛豪華な音を鳴らす
フラッグシップHD800の持つ解像度の高さと、ロングセラーモデルHD650の濃密で流麗な音像の表現をバランス良く融合し、ハイレゾ音源との相性も良い爽快できめ細やかな音場再現を得意とするHD700。HA-P90SDとの組み合わせでもその本領を発揮し、オーケストラの演奏では広がり良く、ヌケ鮮やかな空間表現を見せてくれた。管弦楽器の華やかな艶と低域の弾力良いホールの密度感とのコントラストも見事で、クールかつ躍動感溢れる旋律を響かせる。
ジャズにおいてはピアノの煌びやかな高域の響きとまろやかなアタック感が絶妙で、演奏の煌びやかさが際立つ。ドラムやウッドベースの定位はくっきりと分離し、むっちりとした胴鳴りの響きと爽やかなスネアブラシのアタック感が軽快なリズム感を演出。色乗りの良い楽しげなサウンドとなっている。ロックでは倍音の艶良いエレキギターのエッジが爽やかに浮かび、締まり良いタイトなリズム隊の輪郭感とハスキーな口元のハリを持つボーカルが鮮やかに描かれる。
DSD音源をHA-P90SDで再生すると、高域の艶ハリの良いギターやボーカル、ウッドベースのアタック感が全体をリード。胴鳴りはハリ良くむっちりとした弾力を感じさせる。個々のパートの分離は鮮やかで音場の透明感も高い。5.6MHz音源においてはピアノの細やかなハーモニクスや、くっきりと分離良く浮かぶボーカルの鮮明な定位感が印象的であり、付帯感のないキレ良い空間表現に繋げているようだ。クールで爽快な余韻の収束も美しく、音像の密度も伴っていて絢爛豪華なサウンドを楽しむことができる。
■HA-P90SDはベイヤーダイナミック「T1」も安定して鳴らし切る
ポータブル機だけでなく、多くのヘッドホンアンプにとって鬼門ともいえるハイインピーダンス値を誇るT1であるが、HA-P90SDは開発当初からT1を駆動することを念頭に置いていたようで、全く不安要素のない、グリップ感のある安定したサウンドを聴くことができた。オーケストラの旋律はハリ艶良く爽やかで粒立ちも細やかだ。解像度の高さも際立っており、僅かな擦れ音や残響の余韻の表現も妥協なく引き出す。低域の制動力も高くハーモニーも澄みきっており、その空間は奥行き感も豊かに表現してくれる。楽器の定位も鮮明でアタックのキレも見事だ。
ジャズピアノはクリーンな響きでやや硬質なタッチ。ウッドベースは胴鳴りを引き締め、弦のアタックのキレを優先させるような描写だ。スネアブラシも鮮明でドラムセットの締まり良さが現代的な鮮度の良いサウンドである。ロックのディストーションギターは爽やかかつ軽快なリフを利かせ、リズム隊のアタック密度の高い演奏とバランス良くすみ分けているようだ。ボーカルもシャープでスネアやシンバルの鮮度良いアタックの響きがスピード感を生む。
HA-P90SDでDSD音源を再生。すると弦のタッチが軽やかで、高域にかけての倍音の煌めきも強めに表現する。ボーカルの口元は潤い良くクールな描写で僅かな動きも鮮明に捉える。音離れは良く、個々のパートの輪郭もくっきりと描く。音像は全体的にスマートで、音場も付帯感なくクリアだ。5.6MHz音源のふわっと浮き上がる音像の凛々しいタッチは鮮度高いリアルな描写で、残響感はプレートリヴァーブをかけたような明るい響きに満ちる。ピアノのハーモニクスも深く澄みきっていて、清楚かつ上品に聴かせてくれた。折り目正しいまじめな描写力を持っているようだ。
■躍動な音を届けるオーディオテクニカ「ATH-CKR10」との組み合わせ
ATH-CKR10は市販イヤホンとしては他にはないDUAL PHASE PUSH-PULL DRIVERSによって、ダイナミック型ならではの音の厚みだけでなく、BA型のような歪み感のない高解像度な澄んだ高域感も獲得した、ハイレゾ時代にふさわしいハイC/Pモデルだ。本機をHA-P90SDで鳴らすと、クラシックでは澄み切った音場へ抑揚良く瑞々しいオーケストラが展開。一つ一つのパートもキレ良くシャープに描き、制動力のある低域によって弾みの良い透明感溢れる旋律を聴かせてくれる。
ジャズにおいては低域方向まで伸び良い響きを持つクリアなピアノと、弦のプレイニュアンスを丁寧に拾い上げるウッドベースの豊かな胴鳴り、スネアの太さも感じられる自然なブラシのタッチ感がバランス良く融合。音像の密度も高く充実した演奏だ。ロックにおいてはザクザクと小気味よいエレキギターのリフと、どっしりと響くリズム隊の低域の押し出しがリッチに感じられる。ボーカルはボディが厚く口元の動きも自然に描く。パワフルかつ押し出し良いサウンドだ。
DSD音源をHA-P90SDで再生すると一気に音離れが良くなり、ギターやウッドベースの弦のアタックはスパーンとヌケ良くはじける。ボーカルは肉付き良く、ニュートラルなバランスで、口元は倍音の輪郭感をほのかに感じさせるが、動きも克明でリアルな密度感を持つ。5.6MHz音源では個々のパートの密度感がより高まり、生々しい存在感溢れる音像が浮き上がる。余韻の階調も豊かで、音場の臨場感もより高まった、躍動的でアナログ感溢れるサウンドだ。
■“リファレンス”というにふさわしい“個性を引き出す能力”を備える
このHA-P90SDのヘッドホンアンプ部の能力は、T1をはじめとするハイインピーダンス機が問題なく駆動できる点で大きな安心感を持つことができたが、いずれのヘッドホン/イヤホンの持つ個性もストレートに引き出してくれた。それは純粋に色付けの少ないニュートラルなサウンド性を裏付ける結果でもある。
それと同時に各々のヘッドホンの音色を改めて細かく確認でき、“こういう良い一面もあったのか”と各モデルの持つメリットやサウンド性を再確認することもできた。
リケーブルも含め、ヘッドホンの周辺では様々な音質改善のアイテムも増えているが、音質は変化してもそれが本当に良い音になったのか分からなくなることも少なくないだろう。そうしたときのフラットなバランスを持つ指標としてHA-P90SDのようなニュートラルなサウンドを持つヘッドホンアンプが役に立つのではないか。
やはり本機はポータブルヘッドホンアンプとしても“リファレンス”という言葉が似合う、絶妙なバランス感覚を獲得したモデルといえそうである。
■試聴ソース
○クラシック
▼イ・ソリスティ・ディ・ペルージャ『ヴィヴァルディ:四季』~“春”(192kHz/24bit)
▼飛騨高山ヴィルトーゾオーケストラ コンサート2013『プロコフィエフ:古典交響曲』~“第一楽章”(96kHz/24bit)。
○ジャズ
▼オスカー・ピーターソン・トリオ『プリーズ・リクエスト』~“ユー・ルック・グッド・トゥ・ミー”(CDリッピング:44.1kHz/16bit)
○ロック
▼デイヴ・メニケッティ『メニケッティ』~“メッシン・ウィズ・ミスター・ビッグ”(CDリッピング:44.1kHz/16bit)。
○DSD音源
▼長谷川友二『音展2009・ライブレコーディング』~“レディマドンナ”(タスカムDV-RA1000HDにて筆者自身が2.8MHz・DSD収録)
▼Suara『Suara at 求道会館』~“トモシビ”(5.6MHz・DSD)