…よし、値段のことは一旦置いておこう!
うん、「値段のことは一旦置いておこうって、その話題から逃げたな!」というツッコミはあることだろう。しかしここからその機能や音を確認していくたびに「この値段にも納得」とか「すばらしいがこの値段は…」とかいちいち書くのは僕も面倒だし、読んでいただいていても「値段が妥当かどうかは俺が決めるから、貴様はその判断材料となる実機レビューをさくさく進めやがれ」という気分にさせてしまう気もする。なのでこの記事は、お値段のことは無視ってさくさく進めていく。
ということで逃げ切ったことにするが、とはいえ筆者である僕自身の立場はあらかじめ明らかにしておくべきだろう。「高いか妥当か買うか買わないかの問題ではなく、とにかく買えません!お金がありません!」…以上だ。
その立場を生かして、モテない男子がその諦観から女性の容姿等に逆にきびしかったりする感じで「どうせ買えないが故の冷静な視点」で評価していければと思う。では早速AK380をチェック開始!
■その超弩級のスペックや機能を確認
まずはわかりやすく超弩級なポイントである、スペックや機能を確認しておこう。
スペック的に特に光るのは、
●PCM 384kHz/32bit ネイティブ再生
●DSD 5.6MHz ネイティブ再生
ここだろう。特にPCM再生は従来のシリーズ最高峰の「AK240」でも、192kHz/24bitを超えるフォーマットは192kHz/24bit以下にダウンコンバートしての再生だったところだ。最新ハイエンドDACチップであるAKM「AK4490」のスペックをポータブル機として可能な限り、そして必要な範囲の最大限に引き出している(AKM4490自体は768kHzやらDSD11.2MHzやらにまで対応)。
こちらは96kHz/32bitをネイティブ再生中
こちらはDSD 5.6MHzをネイティブ再生中
もちろんそこまでのスペックそれ自体は、そのスペックの音源がほとんど配信されていない現時点では、オーディオファンにとって必須なものではない。
しかし過剰なオーバースペックかというとそうとも言えない。このモデルは「プロオーディオの使用環境で求められる多くのニーズに応える形で機能を強化」というモデルだ。ならばポータブルモニター環境として、音源制作時に用いられる可能性があるフォーマットへの対応は求められる。
またその突き抜けたスペックを前提としてその他の部分への要求も高まることで、一般的なフォーマットの再生時にはその余裕が好ましい結果(音や安定性)につながるはずだ。こちらの利点は誰にとってもの恩恵と言える。
他に目立つのは音質をカスタマイズできるEQ機能がAK史上最高に充実していることだ。メインCPUの他に専用DSPを搭載することで実現されているという。20バンドで0.1dBというのは、調整したい周波数(Hz)を20点まで指定して、その1点ごとに僅か0.1dB単位で増減できるということ。組み合わせるイヤホンや自分の頭の中にあるリファレンスサウンドに合わせて、本機の音を詳細にチューニングできる。こちらもプロ用途でのシビアなチューニングを想定しているのかもしれない。
まずはこちらのパライコ画面その一で帯域と増減量を設定して…
もうひとつの画面に切り替えてQ(指定したHzポイントを中心とした帯域の幅)を調整するという手順が使いやすそう
だがその詳細さ故に、使いこなせすにはエンジニア的な知識や感覚が必要とされることは否めない。まあでもオーディオユーザーでEQを好んで使う方はあまりいない印象なので、オーディオユーザーに向けてはここは大きな売りにも弱点にもならないかも。
入出力端子は特に豊富ではない。ポータブル機としては本体のみで完結する自信があるというか、そうできるように作られているのだろう。実際この本体の大きさ重さを考えれば、この本体を上回るだけの力を持つ大型ポタアンまで追加するというのは非現実的だ。…いやしかし実は専用ポタアン追加案も存在するのだが。
もうおなじみ、3.5mm標準と2.5mmバランスのヘッドホン出力のコンビネーション
というわけでその専用ポタアン等を想定、本機をコアとしてシステムを拡張するために用意されているのが「拡張ユニット用バランス出力」端子だ。
拡張ユニット用バランス出力端子。実にシンプルな構造
背面におそらく増設ジャケット固定用のスクリュー。これがあるので裸で置くと背面が浮いて少しがたつくが、対応策も同梱(後述)
ジャック&プラグ型ではなく接点そのものが露出しているこれは、ケーブル接続ではなくクレードル等との合体のために用意されている。
いまのところ製品化が決定しているものはないが、試作品や構想が発表されているものとしては、
●XLRバランス出力クレードル
●ジャケット型増設アンプ
…だ。前者はプロオーディオ機器との接続には欠かせない端子なので、本機のコンセプトを考えれば当然のオプションだ。後者は何というか「そこまでやるか…」という感じではある。実際のそれが登場して音を聴けば力づくで納得させられるのかもしれないが…
あと屋内利用においては、Wi-Fi周りの機能がスタンダードなDLNAとの互換性を高めたおかげ、実際に便利に使える場面はかなり増えそうだ。自宅サーバー上の曲を本機で再生、スマホアプリで本機を操作等のコンビネーションがより幅広く可能とのこと。
■その超弩級の筐体を確認
では実物を見ていこう。筐体のデザインは「AK240」の非対称多面体的なデザインを発展させた印象。サイズ感はAK240より一回り弱大きく感じる。筐体の素材は外宇宙から飛来した隕石から僅かに採取されたスペースレアメタルのメテオリックチタン…ではなくて、AK240と同じくジェラルミン。そのジェラルミンの表面仕上げカラーがメテオリックチタンだ。背面はカーボンファイバーのプレート。率直に言ってかっこいい。
またこの筐体は、デスク等に置いたときに少しだが手前が低く奥が高くなるような角度を持たされている。MacBook Airのキーボードのように、置いたときの操作のしやすさや画面の見やすさを考慮してだろうか。「置いて使う」場面も少なからず想定しているのかもしれない。
ディスプレイは4型とAK240より大きくなり、ディスプレイの方式としてもAK240はAMOLED…つまり有機ELだったのが、LCD・つまり普通の液晶ディスプレイに変わっている。個人的にはLCDの落ち着いた発色の方が好みなので嬉しいが、これは好み次第のところだろう。なお画面サイズを拡大しつつ解像度は480×800のままだが、絵や文字が荒くなったとは特には感じない。アートワーク表示などは単純に、大きくなった分だけより楽しめる印象だ。
AKシリーズハイエンド伝統のイタリアンレザーケースももちろん付属。AKシリーズはエッジの効いたデザインなので、そのシャープな持ち心地は好き嫌いが分かれるかもしれない。しかしこの本革ケースを装着した状態でなら多くの人が「持ち心地がよい」と感じるだろう。
ちなみに同時期発売のAK JrとオプションのPUレザーケースの場合は「元が薄くて軽いのでケースで多少大きくなっても気にならない」、AK380の場合は「元から大きくて重いのでケースで多少大きくなっても気にならない」といった感じだ。
何かあるとすれば、左右非対称デザインなのでプレーヤーを左手で持つ人と右手で持つ人では使いやすさに差が生じやすいかもしれない。一般的なデザインのプレーヤーの場合は持ち手の左右で変わるのはボタンと指の位置関係のみだが、このデザインの場合は持ちやすさそのものから少し違ってくる。
僕は普段から左手持ち左手操作で、このモデルもその左手持ちの左手操作でしっくりくる。右手持ちにしてみた場合はどうなのかというと、普段から右手持ちをしないのでこのモデルでもどのモデルでも右手では操作しにくいという印象になってしまい、このデザインならではのこととしては判断できない…
まあAK240と同系統の形状なので、AK240で問題ない方ならこちらでも問題ないはずだ。それにしても(僕の場合)左手で持つ限りはこの非対称デザインは実は意外と手になじみ、その重量を苦になるものではなく心地よい手応えとしてさえ感じさせてくれる。
メタルタッチセンサー・ホームボタンは画面中央ではなく画面中央よりもやや右寄り、筐体の中央に合わせて配置
あと、室温30度という環境下だと発熱が少し気になった。コンデンサーやバッテリーのことを考えるとケースに閉じ込めるのがためらわれ…と思ったのだが、空調を入れて室温を27度あたりまで下げるとケースを装着した状態でもちょっと温まる程度に。夏の屋外でもない限り熱が気になることはなさそうだ。
で、音だが…残念ながらすばらしい音だ。
■残念ながらすばらしい、超弩級の音!
「残念ながら」というのは冒頭に述べたようにこのモデルに対しての僕の立場が「高いか妥当か買うか買わないかの問題ではなくとにかく買えません!お金がありません!」だから。全く手が届かないモデルの音のすばらしさに感心するしかないこの無念!
音の方向性としてはAKシリーズの中でも「AK120II」に近い、カッチリとクリアでダイレクト感の強いモニターサウンド系と思える。しかし重ね重ね残念なことに、様々な点でAK120IIを明確に上回ってきてしまっており、当然だが歴代AKの最高峰に到達している。
低域はさらに引き締められているのだが、しかしそれでいて低音の圧というかソリッドな迫力は強まっている。ベースやバスドラムの音像の太さ=横の広がりは引き締められているのだが沈み込み=縦の深さは増しており、音の立ち上がりも速くなっているので、迫力=縦×横×速さ!みたいなゆで理論でAK120IIのそれを上回る。そんな印象だ。相対性理論「たまたまニュータウン (2DK session)」(こちらは32bit音源)の冒頭でドラムスとベースだけの場面があるのだが、そこではこの要素が特にはっきりと感じられる。
TECHNOBOYS P.G.「SHaVaDaVa in AMAZING♪(OUT OF LOGIC)」のベースもそこがわかりやすい。沈めた音域のフレーズにアクセントとしてプル(主に高音側の弦を指で引っ掛けるように弾いてアタックを強調する奏法)が混じるのだが、その低音側の安定感と高音側でのプルの弾けっぷりのコントラストが実に鮮やか。ベースという楽器の全体に低い音域の中での低音と高音、沈み込みと速さ、それらをどちらもすごいレベルで再現する。この曲では他に、アナログドラムマシン独特の重みやキレにもAK380の凄みが強く発揮される。
もちろんその速さは中高音楽器でもだ。FAKiEの「Glow」「(They Long to Be) Close to You」でのナイロン弦ギターの強烈なピッキングやスラップにも近いパーカッシブな奏法のアタックにも余裕で追従。それを含めて音量の大小だけではない音楽的なダイナミクスも幅広く再現し、女性ボーカルとギターのみという最小編成での一発同時録音の生々しさを伝えてきてくれる。
音像と背景のクリアさにも圧倒的なものがある。引き締められた音像と背景の静かさによって、音の本体から広がる響きをすばらしく豊かに明瞭に感じさせてくれる。バスドラムなどで特にわかりやすいが、「音の本体は引き締めつつ響きは豊か」ということで音色としての豊かさもオーディオ的な明瞭さも共に実現。
そうなればもちろん空間性も秀逸で、正直これはスピーカーで聴きたいなという空間表現のTM NETWORK「Beyond The Time」やHoff Ensemble 「Dronning Fjellrose」(こちらはDSD 5.6MHz音源)をイヤモニで聴いても「これは…ありだな!」と思わされてしまうほどだ。
音像だけでなく音色としてのクリアさ、透明感もすばらしく綺麗で印象的。「Beyond The Time」や「SHaVaDaVa in AMAZING♪(OUT OF LOGIC)」のエレクトリックギターのクリーントーンのほどよく硬質な艶やかさは「これが聴きたかった!」という音色だ。AK120IIのそれをガラスのような美しさとすれば、AK380のそれは水晶のような美しさとでも表現できるだろうか。同系統でありつつさらに好ましい感触といったような意味合いだ。
そして女性ボーカル。相対性理論のやくしまるえつこさん、そして「こきゅうとす」での花澤香菜さんの声からは、透明感の向上、楽器の響きと同じように声のさわさわとした気配感もより強く伝わってくることなどで、儚げに揺らぎつつも明瞭という声そして歌の魅力がこれでもかと引き出されている。
また他の全ての音と背景のクリアさ、そして空間的な余裕のおかげか、演奏からボーカルが浮き上がるような、その立ち姿の立体感や存在感もより望ましく美しいものとなる。これもまた実に残念ながら実にすばらしいボーカル表現だ。
といったところなのだが、シリーズの中での音質傾向をこれまでに聴き慣れているAK120IIを中心にしてそれとの比較で表現すると、
●AK380|さらに遊びをなくしたモニターサウンド
↑超々ハイエンドへの進化
●AK120II|カッチリとしたモニターサウンド
↓エントリークラスへの落とし込み
●AK Jr|少し遊びを持たせたリスニング寄りモニターサウンド
…といった印象だろうか。それぞれの価格帯でこそ実現できる音であると同時に、それぞれの価格帯のユーザーを想定しての音でもあるのかもしれない。
■まとめ
ということで、据え置きを含めたシステムのコアとしての今後の可能性云々はさておき現時点でポータブルプレーヤーとしてだけ考えても、強い魅力を備えるモデルだ。
とはいえ「お値段の話を置いておけば誰にとっても最高のポータブルプレーヤーなのか?」といえばそうではない。例えば「ポータブルなんだからコンパクトさは絶対!」という人には全く合わないだろう。あくまでもサウンドクオリティやスペックや機能面での幅広い対応力を優先事項にする人に向けてのモデルだ。
そういうことも含めて「プロ仕様」ということなのだろうが、プロならぬオーディオファンにとってはそこが「極めて高い趣味性」という魅力にもなる。極度に趣味的な話となれば、あとは自分の価値観そしてお財布と相談するしかないのだ。