それは、福井県の、海側の町。
小さな入り江のある町だそうです。
そこの出身でMさん。
彼女が話してくれたことなんですが------。
Mさん、名古屋に出て、働いてて。
あるとき、仕事で休暇をとって。
で-------実家に帰った。
ちょうど端午の節句のとき。
毎回、端午の節句のころに、実家に帰ることにしてる。
それが、なんとなく、習慣になってたそうです。
ところが、そんときは、仕事が長引いて。
端午の節句の日に帰るはずが、一日遅れてしまった。
でもまあいいやと------。
で、、帰ったわけだ。小さな入り江の町に。
駅からバスに乗って。入り江の入り口にあるバス停に降りて。
実家にたどり着いて。
で------ひとまず荷物置いて。ひさしぶりだってんで、町をぶらつこうかなと。
入り江までまた歩いた。
顔見知りの定食屋に入って。
と、
「見たことない男性が、昨夜町にいた」
って、地元の人がいう。
「ああ、男性なら私も昨晩見かけたよ」
行商のおばさんもいった。
「どこの人だろう?暗くて、夜で、よく顔見えなかったけど」
「入り江のバス停のとこ、歩いてたねえ」
いって。で、へえっ------とMさん、思った。
車で、よその人が通りかかることはあっても、小さな町ですから、見知らぬ人がぶらぶら歩いたりして、長居してることはめったにない。
「変ねえ-----」
こういう御時勢ですから。物騒だ。気をつけようって思った、Mさん。
でえ、その日も日がだんだんと暮れてきて。
でも、まだ家に帰りたくないんで、Mさん、入り江のほうに散歩に出かけた。
ひさしぶりに見る故郷の海。
故郷の浜辺。
なつかしい。
きれいで、見てるだけでほっとする。
「やっぱりふるさとって、いいなあ-----」
思って、ぶらぶら、夕暮れの入り江を歩いてると、男性が、歩いてくるのが見えた。
えっ?
そんとき、Mさん、非常に驚いたっていう。
というのは、その男性、突如、現れた感じがしたからだ。
入り江の長い浜。
Mさん、そこ歩いてて、浜の先まで、まだ見える。
その人影が見えなくなるほどまでには、まだ暗くなってはいなかったからだ。
さっきまで、その浜の先には、だーれもいなかったはずだ------。
たしかに、だーれもいなかった気がする。
それなのに、突如、20メートルぐらいのところに男性が歩いてくるので、
ええっ!
驚いたわけだ。
だんだん、だんだん、近づいてくる。
男性と、自分。すれ違う。
Mさん、わざと顔見合わせないようにして、下、見てたって。
で、とうとう、すれ違った。
そのすれ違いざまに、
うっ!
と、見た。そっち。男性のほう。
え、えっ!うゎ!
お母さん!
とっさに、Mさん、叫んだって。
男の姿、--------消えてる。
お母さん!
Mさん、それから、自分がどこをどう走ったのか、わかんない。
わかんないほど、必死で小走りに走って。で、家に帰った。
「お母さん!今、浜でね!」
Mさん、お母さんに一部始終話した。
男のこと。
すると-----お母さん、
「あら、そう------」
まあっ-------ていって、そんなに驚いた様子じゃない。
というよりも、顔をゆがめて、困ったような様子してるんで、
「どうしたの?お母さん」
聞くと、
「ううん、なんでもないけど」
いって。で、
「昨日から、町の人が見かけている男って、きっとあの人よ」
「きっとあの男よ。幽霊よ。間違いないわ。」
Mさんがいった。
でも、思い出すたんびに、ぞくっぞくっと背筋に悪寒が走る。
だって、無理もない。
自分は、その幽霊と、すれ違ったんだ。
「いやだ-----。今夜、眠れるかしら」
Mさん、怖くなって、その夜はお母さんと一緒に寝ることにしたって。布団ならべて。
で、夜-------。
寝てるとき、
「お母さん」
Mさん、いった。
「なに?」
「悟さん、どうしてる?」
聞いてみた。
悟さんというのは、町の消防団のメンバーで。
町の小さな酒屋をついで、ひまですから、年中、町の消防団の仕事してる。
実は、Mさんは、その彼と、いい仲になりそうだったんだけど-------。
いろんな事情があってねえ------。家の事情の違いとかで------。
結局、別れ別れになって。
彼は、地元に残った。
Mさんは名古屋に、働きに出たわけだ。
ひさしぶりに故郷に帰ってきて、かつての、好きだった人のことが気になるわけだ。
「悟さん、いい人、見つかった?」
聞くと、-----お母さん、黙ってる。
見ると-----母さん、まだ寝ていない。
目を開けてる。でも、黙ってるんで、
「悟さん、モテるから、もうとっくに結婚して、家庭もってるんでしょ?」
聞いたわけだ。
で、それでもお母さん-------黙ってる。
ははぁ-----。
Mさん、わかった。
きっと、悟さん、幸せな結婚してて、で、お母さんは自分にそれをいうのをためらっているんだと。
Mさんは、まだ独身。
でも、悟さんは、もうとっくに結婚してる。
幸せな家庭を築いているんだ。
だもんで、お母さん、なにもいわずに、だまっちゃったんだ------思った。
そんときだった-----。
「悟さん、亡くなったよ」
ぽつんと、いった。
あんまり、何気ないいい方だったんんで、えっ?一瞬Mさん、聞き返したら、
「悟さん------。亡くなったよ」
------いった。
--------!
「昨年末に、ガンで亡くなったよ」
いう---------。
Mさん、驚いて、ショックで、口がきけない。
「悟さん、去年、いってたよ」
って、お母さん。
「おまえ、いつも、端午の節句に戻ってくるから。来年はバス停まで迎えにいこうかなって、いってたよ」
って------。
「でも、死んじゃって、かなわなかったけどねえ」
--------。
「あんたのこと、まだ忘れられなかったんだよ」
って、お母さん、そんときはじめていうんで、Mさん、そんとき、いろんなことが急に思い出されて-----。
いろんなこと-----。
悟さんと離れ離れになってからのこと、名古屋での仕事のこと、いろんなことが急に思いだされて、で、お母さんのその言葉聞いてもう、一気に気持ちが高まっちゃって。
泣き出した。Mさん-----。
と-----お母さんが、
「浜ですれ違った男性って、どんな人だったの?」
聞くんで、
「ううん-----わかんない。暗くてよく見えなかった」
いうと、
「服装は、どんなだった?」
いうんで、
「えっ-----、それは------肌色の上下の作業服、着てて。胸に赤いリボンがあって-----」
いいながら、Mさん、--------はっ!とした-----。
あぁぁぁぁ-------!まさか!
思った-------。
ようやく、そんとき、気づいた。
あれ、消防団の制服だった------。
あの男性、消防団の制服着てた。
それ聞いてお母さん、最後にぽつん、と一言、いったそうです------。
「もしかしたら悟さん、あんたを迎えに来てたのかもねえ」
って------。
終わり