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五里霧中

政治家や文化人など世の中のバカ退治! もいいけどその他のネタも・・・

稲川淳二の怪談 Mさんの思い出話

2009-08-20 21:56:00 | 心霊・怪談

 

 

それは、福井県の、海側の町。

小さな入り江のある町だそうです。

そこの出身でMさん。

彼女が話してくれたことなんですが------。

Mさん、名古屋に出て、働いてて。

あるとき、仕事で休暇をとって。

で-------実家に帰った。

ちょうど端午の節句のとき。

毎回、端午の節句のころに、実家に帰ることにしてる。

それが、なんとなく、習慣になってたそうです。

ところが、そんときは、仕事が長引いて。

端午の節句の日に帰るはずが、一日遅れてしまった。

でもまあいいやと------。

で、、帰ったわけだ。小さな入り江の町に。

駅からバスに乗って。入り江の入り口にあるバス停に降りて。

実家にたどり着いて。

で------ひとまず荷物置いて。ひさしぶりだってんで、町をぶらつこうかなと。

入り江までまた歩いた。

顔見知りの定食屋に入って。

と、

「見たことない男性が、昨夜町にいた」

って、地元の人がいう。

「ああ、男性なら私も昨晩見かけたよ」

行商のおばさんもいった。

「どこの人だろう?暗くて、夜で、よく顔見えなかったけど」

「入り江のバス停のとこ、歩いてたねえ」

いって。で、へえっ------とMさん、思った。

車で、よその人が通りかかることはあっても、小さな町ですから、見知らぬ人がぶらぶら歩いたりして、長居してることはめったにない。

「変ねえ-----」

こういう御時勢ですから。物騒だ。気をつけようって思った、Mさん。

でえ、その日も日がだんだんと暮れてきて。

でも、まだ家に帰りたくないんで、Mさん、入り江のほうに散歩に出かけた。

ひさしぶりに見る故郷の海。

故郷の浜辺。

なつかしい。

きれいで、見てるだけでほっとする。

「やっぱりふるさとって、いいなあ-----」

思って、ぶらぶら、夕暮れの入り江を歩いてると、男性が、歩いてくるのが見えた。

えっ?

そんとき、Mさん、非常に驚いたっていう。

というのは、その男性、突如、現れた感じがしたからだ。

入り江の長い浜。

Mさん、そこ歩いてて、浜の先まで、まだ見える。

その人影が見えなくなるほどまでには、まだ暗くなってはいなかったからだ。

さっきまで、その浜の先には、だーれもいなかったはずだ------。

たしかに、だーれもいなかった気がする。

それなのに、突如、20メートルぐらいのところに男性が歩いてくるので、

ええっ!

驚いたわけだ。

だんだん、だんだん、近づいてくる。

男性と、自分。すれ違う。

Mさん、わざと顔見合わせないようにして、下、見てたって。

で、とうとう、すれ違った。

そのすれ違いざまに、

うっ!

と、見た。そっち。男性のほう。

え、えっ!うゎ!

お母さん!

とっさに、Mさん、叫んだって。

男の姿、--------消えてる。

お母さん!

Mさん、それから、自分がどこをどう走ったのか、わかんない。

わかんないほど、必死で小走りに走って。で、家に帰った。

「お母さん!今、浜でね!」

Mさん、お母さんに一部始終話した。

男のこと。

すると-----お母さん、

「あら、そう------」

まあっ-------ていって、そんなに驚いた様子じゃない。

というよりも、顔をゆがめて、困ったような様子してるんで、

「どうしたの?お母さん」

聞くと、

「ううん、なんでもないけど」

いって。で、

「昨日から、町の人が見かけている男って、きっとあの人よ」

「きっとあの男よ。幽霊よ。間違いないわ。」

Mさんがいった。

でも、思い出すたんびに、ぞくっぞくっと背筋に悪寒が走る。

だって、無理もない。

自分は、その幽霊と、すれ違ったんだ。

「いやだ-----。今夜、眠れるかしら」

Mさん、怖くなって、その夜はお母さんと一緒に寝ることにしたって。布団ならべて。

で、夜-------。

寝てるとき、

「お母さん」

Mさん、いった。

「なに?」

「悟さん、どうしてる?」

聞いてみた。

悟さんというのは、町の消防団のメンバーで。

町の小さな酒屋をついで、ひまですから、年中、町の消防団の仕事してる。

実は、Mさんは、その彼と、いい仲になりそうだったんだけど-------。

いろんな事情があってねえ------。家の事情の違いとかで------。

結局、別れ別れになって。

彼は、地元に残った。

Mさんは名古屋に、働きに出たわけだ。

ひさしぶりに故郷に帰ってきて、かつての、好きだった人のことが気になるわけだ。

「悟さん、いい人、見つかった?」

聞くと、-----お母さん、黙ってる。

見ると-----母さん、まだ寝ていない。

目を開けてる。でも、黙ってるんで、

「悟さん、モテるから、もうとっくに結婚して、家庭もってるんでしょ?」

聞いたわけだ。

で、それでもお母さん-------黙ってる。

ははぁ-----。

Mさん、わかった。

きっと、悟さん、幸せな結婚してて、で、お母さんは自分にそれをいうのをためらっているんだと。

Mさんは、まだ独身。

でも、悟さんは、もうとっくに結婚してる。

幸せな家庭を築いているんだ。

だもんで、お母さん、なにもいわずに、だまっちゃったんだ------思った。

そんときだった-----。

「悟さん、亡くなったよ」

ぽつんと、いった。

あんまり、何気ないいい方だったんんで、えっ?一瞬Mさん、聞き返したら、

「悟さん------。亡くなったよ」

------いった。

--------!

「昨年末に、ガンで亡くなったよ」

いう---------。

Mさん、驚いて、ショックで、口がきけない。

「悟さん、去年、いってたよ」

って、お母さん。

「おまえ、いつも、端午の節句に戻ってくるから。来年はバス停まで迎えにいこうかなって、いってたよ」

って------。

「でも、死んじゃって、かなわなかったけどねえ」

--------。

「あんたのこと、まだ忘れられなかったんだよ」

って、お母さん、そんときはじめていうんで、Mさん、そんとき、いろんなことが急に思い出されて-----。

いろんなこと-----。

悟さんと離れ離れになってからのこと、名古屋での仕事のこと、いろんなことが急に思いだされて、で、お母さんのその言葉聞いてもう、一気に気持ちが高まっちゃって。

泣き出した。Mさん-----。

と-----お母さんが、

「浜ですれ違った男性って、どんな人だったの?」

聞くんで、

「ううん-----わかんない。暗くてよく見えなかった」

いうと、

「服装は、どんなだった?」

いうんで、

「えっ-----、それは------肌色の上下の作業服、着てて。胸に赤いリボンがあって-----」

いいながら、Mさん、--------はっ!とした-----。

あぁぁぁぁ-------!まさか!

思った-------。

ようやく、そんとき、気づいた。

あれ、消防団の制服だった------。

あの男性、消防団の制服着てた。

それ聞いてお母さん、最後にぽつん、と一言、いったそうです------。

「もしかしたら悟さん、あんたを迎えに来てたのかもねえ」

って------。

終わり


稲川淳二の怪談 東北の旅館

2009-08-19 23:00:18 | 心霊・怪談

東北の旅館


 この話は、東京に本社がある、食品会社の中堅社員で、オダギリさんという人が、春から店頭に並ぶ、新製品の、仕入れ先の工場の、視察と打ち合わせを兼ねて、若手社員の部下ふたり連れてね、一月の末、冬、真っ只中の東北に出張したわけですよ。
「この時期はさ、うまい魚と、雪見酒が最高だぞ」なんてことを言って、でかけたわけだ。
 現地について、工場の視察をして、打ち合わせも全部済んで、帰りには、その新製品の見本だとかね、つまみだとか、干物なんかをたくさんもらって「後ほど、宿の方へ伺いますから、一杯やりましょう誘われて「じゃあ、どうもー」って、帰ってきた。
 で、旅館につくと、ひとっ風呂浴びて、汗を流してね、夕食になった。
 その旅館の食堂で、男三人で、一杯やりながら食事とる。
 仕事がひとつ片づいて、ホッとして、緊張の糸が緩んだのか、それとも、慣れない土地で風邪でもひいたのか、オダギリさん、なんだか寒気がして、熱っぽい。
(どうも調子悪いなあ)
 そこへ、さきほど顔を出した、仕入れ先の人が、オダギリさんを誘いにきた。
「どうですか、近くにね、ちょっと気の利いた店があるんですよ。行ってみませんか?」と言うんですが、普段だったら「あ、行きましょうか」ってなるんだけど、具合悪いんで、
「いや、どうもね、熱っぽいんですよ。風邪でもひいたのかなあ。すいませんが、若いのを、連れてってやってくれませんか」と自分は遠慮した。
 若手社員ふたりは、雪が舞い散る温泉街に、喜び勇んでで、繰り出して行った。
 旅館にひとり残った、オダギリさんは、別に、やることがあるわけじゃないし、調子も悪い。
(しょうがないな。じゃあ、部屋帰って休むかな)
 自分の部屋に戻ってった。
 部屋は、若手社員とは別なんです。ひとり部屋ですね。
 ツーッと襖を開けると、ちょっと板の間があって、で、その向こうの襖を、ツーッと開けると、和室なんです。
 もう布団がしいてあって、コタツが出てる。
 コタツの上には、ポットだとか湯のみといった、お茶のセットがあって、さっき貰った、干物だとかつまになんかが、置いてある。
 寝るには、ちょっと早い時間なんですね。たぶん、若手のふたりは、飲んで帰ってくれば、自分のとこへ、顔、出すな、と思ったんで、コタツに入って、待ってようかって、気になった。
 コタツに足突っ込んで、あったまってた。
 そのうちに、ゴロンと、横になった。
 体が、だんだん暖まってくる。雪が降ってるせいか、まったく外の音が、聞こえない。シーンとしてる。
 音のないとこで、コタツで、ゴロンと、横になってる
 熱があるせいか、オダギリさん、そのうち寝ちゃったんですね。
 どれくらい経ったか、わからないんですが、なんだか、顔だとか肩の辺りが、ひんやりと冷えるんで、フッと目が覚めた。
 どこからか風が入ってきてる。
(なんだ、寒いなあ)と思って、見ると、襖が、少し開いてる。
(あれ、さっき確かに閉めたんだけどなあ)と思って、起き上がって、閉めに行った。
 で、せっかく、起きたんだから、ついでにトイレでも行こうかと思って、襖をね、スッと開けて、板の間をに出ると「あれ?」って思った。
 板の間の床に、丁度、入口から、自分のいた、畳の部屋の襖の前まで、ポタポタポタポタポタポタ、って、水滴が、ずっと続いて、落ちてる。
(あ、そうか、あいつら、雪の中、帰って来たんだな。それで、水滴が落ちてんだ。部屋まできて、覗いてみたら、自分が寝てるんで、遠慮して行っちゃったんだ)と思った。
 で、トイレから戻って、寝ようと思ったけど、体が冷えたもんだから、コタツで少し、あったまろうと思って、またコタツに、ズーッと、もぐり込んだ。
 横になって、あったまりながら、ちょっと口が淋しくなったんで、(なんか、つまもうかな)と思って、横着して、手だけ、ニューッて伸ばしてね、土産にもらった、コタツの上にある、干物だとか、つまみだとかを、指先で探してると、突然、氷のように冷たい手で、ギューッて掴まれた。
「うわあっ!」
 オダギリさん、思わず、手を引っ込めた。
(なんだ、今の!)
 慌ててあたりを見た。
 でも部屋の中には、誰もいないんだ。自分ひとりだけ。
 でも、確かに、誰かに、グーッと、手を掴まれたんだ。
(うわあああ、なんだよ、気持ち悪いなあ)
 部屋の中は、シーンとしてる。物音ひとつしない。
 オダギリさん、なんだか恐くなって、そのまんま、コタツの中へね、頭をグッと突っ込んじゃった。
 その途端「ギャ────!」って悲鳴を上げたの。
 コタツの中、赤外線の明かりに照らされて、女の白い顔が、こっちを、ジーッと見てたって言うんですよね。
 これね、後日談と言うか、後があって、若手社員ふたりが帰って来たんですよ。
 で、部屋、覗いたら、コタツの中でもって、オダギリさんが熱だして倒れてるわけだ。
「こりゃいけない」ってんで、医者のとこ連れてったわけですよ。
 医者に見てもらってる時に、オダギリさんは、うわ言のように「女を見た。コタツで女を見た。コタツで女を見た」って言ったんですよ。
 医者はね「あんたねえ、熱があるからね。幻覚見たんだよ」って言って信じてくれない。
 オダギリさんは「そうじゃない。俺は本当に見た」って、訴えてたそうですけどね。
 私はね、たぶん見たんだと思いますよ。これ本当にね。
 

出典:新 稲川淳二のすご~く恐い話 異人館に棲む少女


稲川淳二の怪談 地下通路

2009-08-18 22:20:48 | 心霊・怪談

 

この話は、秋山英子さんという年配の方が、20数年前に経験されたお話です。

秋山さんが関東にある、とある病院で看護婦さんをしていた時のお話なんです。

当時、彼女が看護婦さんとして勤めていたその病院が、改築する事になったんですね。

そこで看護婦さんも一緒に、皆同じ病院の敷地内の別棟に移転する事になったんです。

その病院の建物は、取り壊される事に決まったんです。

その間に仮の宿舎に移ったんですね。

大きな病院の一番端には、斜面の上にコンクリートで出来た2階建ての古い建物があったんです。

そこに当面、移る事になったんです。

秋山さんの他に5人の看護婦さんが、ここで臨時に生活する事になったんですね。

ところが、ここで生活を始めてから、どうにもおかしな事が続いたんですよ。

看護婦さん達が寝よう、と思って古い建物の部屋の明かりをパチン、とスイッチを切って消したんですね。

その瞬間、部屋の中に誰かがいるような、誰か人の気配がするんです。

彼女達は、

『気のせい、気のせいよ』

そう思い込んでいたんです。

看護婦さん達は、多くの患者さんや死んでいく人を見ているから、普通の人よりずっと気持ちもしっかりしているし、いちいち怖がっているわけにはいきませんから。

でも、明かりを消した後、小さな足音が確かに聞こえていたんです。

コツコツ、

と足音がして、その足音が、自分達の部屋から立ち去っていくのが聞こえていたんですよ。

秋山さんはひとり部屋で、誰もいるわけないんです。

でも確かに聞いているんです、足音を。

『今、この部屋に誰かいたんだわ』

『ああ嫌だわ、一体誰がいたの?』

気持ち悪い思いをしていたんですね。

それだけではないんですよ。

夜中には、

ギィイイイーッ・・・

扉が開くような音の後に、

ドーン!

と扉が閉まる音がハッキリ聞こえるんですよ。

夜中に大きな音がしたんで、飛び起きた秋山さん、

『誰か、同僚が入って来たのかしら?』

体を起こして扉を見るんですが、そこには誰もいないんです。

ビックリしてベッドから起き上がって部屋を見渡したんですね。

でも、部屋には誰もいないんです。

そんな事が、この古い建物に移ってからずっと続いたんです。
さらに、寝ていると時々、自分の寝ている床下辺りから、小さな物音がするんです。

それは、床下からか聞こえてくるんです。

『どこかで聞いた事がある・・・聞き覚えのある音だわ』

秋山さん、アッと思い当たったんです。

『そうだわ、あれはストレッチャーの音だわ』

ベッドの形をしていて、患者さんを乗せてそのまま移動する台が、ストレッチャーなんです。

そのストレッチャーの滑車が、カラカラ、と回る音なんですよ。

その滑車の音が、床下から聞こえてくるんです。

でも、秋山さんがいる部屋は1階なんです。

床下からそんな音がするハズないんですね。

古い建物であっちこっち軋んでいるから、ドアが勝手に開いたり、軋み音がストレッチャーの音に聞こえてくるのかもしれない、そう思いたかったんです。

でも秋山さんは、

『なんだか気持ち悪いなぁ』

と思ったんです。

そんな時ですよ。

同じ建物にいる若い看護婦さんが、突然、その建物から姿を消したんです。

忽然と消えてしまったんです。

同僚の看護婦さんが、水色のワンピース姿で部屋にいたのを見たのが最後だったんです。

その若い看護婦さん、お気に入りの水色のワンピースを着て、とっても楽しそうにしていたそうなんです。

その彼女が、急に消えたんです。

どこへ行ったのか、同僚の誰もが分からないんです。

八方手を尽くしたのに、姿を消した看護婦さんをどうやっても発見出来なかったんですね。

家族も捜したし、警察にも通報して捜査もしてもらったんです。

でも、彼女の姿はどうしても発見出来なかったんです。

結果として彼女は、行方不明者として扱われたんですね。

警察の捜査も打ち切られたんです。

そんな事があって、1ヶ月後の事なんです。

その日は休日だったんですね。

秋山さんが部屋でひとりでいたら突然、扉を、

ドンドンドン、ドンドンドン!

誰かと思って扉を開けたら、同僚の若い看護婦さんが、真っ青な顔で部屋に飛び込んで来たんです。

若い看護婦さん、ワナワナと震えていて、普通じゃなかったんですよ。

全身の震えが止まらないほど、恐怖におののいているんです。

秋山さんが世話をしてあげているうちに若い看護婦さんは、やっと落ち着いてきたんです。

そこで秋山さん、彼女に事情を聞いたんです。

その同僚の若い看護婦さんはその時、2階にいたんですね。

古い建物だから2階にはトイレがなくて、1階にしかなかったんです。

だから彼女は2階から下りて来て、用を足して戻ろうかな、と思って階段を上がりかけたんです。

上がりかけたら、階段の途中に誰か女性が立っていたんです。

『あら、誰かしら?』

『何しているのかしら?』

見るとその女性、自分の足元の方を見ているようなんですね。

『何か落とし物でもしたのかしら?』

そう思って彼女は、

「どうかしました?」

と声をかけたんです。

近付いて、立っている女性の顔を覗き込んだんです。

そうしたらその女性、なんと行方不明の若い看護婦さんだったんですよ。

よく見ると、彼女お気に入りの水色のワンピースを着た姿だったんです。

「ええっ?」

驚いているうちに、その行方不明の若い看護婦さんは、スーッ、と霧のように消えて行ったんです。

それで彼女、すっかり驚いて取り乱してしまったんです。

無我夢中で、近くの扉をノックしたんです。

その部屋が、階段の反対にある秋山さんの部屋だったんです。

とても怖くて自分の部屋に帰れないから、秋山さんの部屋に駆け込んだんですね。

秋山さんもその話を聞いて怖くなり、ふたりで震えていたんです。

こんな事があると、あっという間に看護婦仲間にこの話が広まったんですね。

そうしたら年輩の先輩看護婦さんが、ふたりに話しかけてきたんです。

その年輩看護婦さんは、ベテランで肝っ玉が据わった人なんです。

何度も生死を分ける手術に立ち会っているし、無数の死体を見ている。

数え切れないほど自分の目の前で、多くの死を見てきた人だったんです。

だから滅多な事では驚かない人なんですよ。

この年輩看護婦さんが、ふたりに言ったんです。

「もしかしたら、その消えた辺りに行方不明になった、若い看護婦さんの手がかりがあるかもしれないわね」

「一緒に捜してみましょう」

って、ふたりに提案したんです。

秋山さん達も、とっても気になっていたんですね。

一緒に働いていた同僚です。

両親も必死で行方を捜していたし、悲しみに暮れている姿も見ていたんですから。

なんとかしたい、

っていつも考えていたんですね。

だから年輩看護婦さんの提案に乗ったんです。

3人は、空いている時間に集まったんです。

行方不明の彼女を見たっていう、若い看護婦さんと秋山さん、そして年輩看護婦さんの3人で、彼女が現れて消えた場所、その階段の途中を捜したわけです。

その階段の途中に、今まで物陰になっていて全然分からなかったんだけど、隅っこの方に小さな鉄の扉を見つけたんです。

秋山さんはその扉を指差して、

「先輩、こんな扉がありますっ!」

って叫んだんです。

「まぁ?」

先輩看護婦さんも、初めて鉄の扉を見たんですね。

「こんな扉、誰も知らなかったわ」

よく見るとその鉄の扉、入れないように板を打ち付けてあったんです。

それが外したのか、外れたのかは分かりませんが、打ち付けていた板が下に置いてあったんです。

先輩看護婦さんが、取っ手を掴み鉄の扉を引いたんです。

”ギィィ”

開いたんですよ。

その扉は、鍵が掛かっていなかったんですね。

さらに力任せに開けると

”ギギギィイイイィ”

と開いたんです。

真っ暗な中、奥からひんやりした空気が漂ってきたんです。

それと共に中からカビ臭いような、嫌な匂いが漂って来るんです。

先輩看護婦さんが、近くにあった懐中電灯で中を照らしたんです。

中はコンクリートの長い階段が、ずーっと奥に続いているんです。

先輩看護婦さんが、

「中に入ってみましょうか」

って言うので、ふたりとも息を飲んで、

「は、はい」

と答えて恐る恐る中に入って行ったんです。

先輩看護婦さんを先頭に、ふたりは怖いから手を繋いで中に入ったんです。

中は、ずーっとコンクリートの階段が続いているんです。

下に降りて行ったんです。

カツーン、コツーン、

足音がコンクリートに不気味な響きでこだまする中を、3人はゆっくり降りて行ったんです。

中はジットリと湿っていて、嫌な匂いもますます強くなってきたんです。

下は真っ暗な闇。

懐中電灯の明かりだけで、足元がどうにか見える程度なんですよ。

3人は、やっと一番下まで辿り着いたんです。

すると今度は、奥へ続く通路になっていたんですね。

どこまで続いているのか、分からないんですが、闇の中に通路が続いていたんです。

どっかの建物から通路が続いていて、その通路が丁度、秋山さんの部屋の真下を通って、どこかに続いていたようなんです。

そんな構造になっているのがその時、初めて分かったんです。

その通路、床も壁も全部コンクリートで出来ていて、天井部分がアーチ型になっている、かなり古い構造だったんです。

幅は1メートルより少し広いぐらい。

高さは1.8メートルほどの大きめの通路だったんです。

だから大人がふたり並んで歩くのに充分な幅がある、ヒンヤリしたコンクリートの通路だったんです。

カビ臭くて、嫌な雰囲気が漂う古い通路が、古い建物の下にあったんですよ。

秋山さんは、

『嫌な匂いだわ』

そう思いながら、恐る恐る眺めていたんです。

そうしたら年輩看護婦さんが、周りを照らしながら、

「あらぁ、まだこんなのが残っていたのねぇ」

って、懐かしそうにつぶやいたんです。

秋山さんは気持ち悪そうに、

「これ、なんなんですか?トンネルとか防空壕ですか?」

先輩看護婦さんは、

「まだあったのねぇ」

溜め息をつくように言ったんです。

先輩看護婦さんの話によるとこの病院、昔は伝染病の隔離病棟があったそうなんです。

当時は病気の知識も認識も低いし、伝染病をとっても恐れていたんですね。

だから患者を、一般の目に触れさせないように、病棟の周りに高いフェンスを張って、その周りには鬱蒼とした樹木を植えて、外から見えないようにしていたんです。

だから当時のこの病院は、誰の目にも触れない病棟があったんです。

そこに連れて来られた患者さんは、退院する事なく、この病棟で亡くなっていったそうです。

伝染病で亡くならなくても、一生この囲まれたフェンスの中から出られなかったんですよ。

まるで収容所みたいな病院だったんですね。

そんな時代だったので、隔離病棟の隣に死体置き場を作っていたそうです。

それも地下を通って人目に触れないようにして、死体置き場に運んでいたんです。

その当時、隔離されていた患者さん達がその通路から逃亡を企てて、失敗したそうです。

また、若い患者さんがこの通路に逃げ込んで、自殺をした事もあったそうです。

伝染病に対しての無知から、多くの悲劇があったんですよ。

そんな事件があってから、この通路を一切使わないようにしたんだそうです。

だから鉄の扉を板で塞いで、誰も使えなくしていたんです。

その後、ここにあった隔離病棟は別の場所へ移って、建物も壊されたんです。

当時を知る人以外は、過去の経緯も知らなかったんですね。

 


稲川淳二の怪談 生き人形 3/5

2009-08-17 23:08:15 | 心霊・怪談
こうして稲川さんと前野さんの2人は新幹線で大阪に向かった。
 そして番組のリハーサルが始まった。稲川さんはスタジオの真中に置かれたイスに座り、話す事となっている。稲川さんの背後には黒い大きな幕が天井から垂れ下がっている。 黒い幕の前には番組のタイトルを書いた大きなパネルの吊り下げられている。
 リハーサルが始まり、いざ稲川さんがイスに座ると天井の方から
 
ヒューーーーーーーーーーー・・・。
 
という、笛の音のような音が聞こえてきた。
 
(おぉ・・・雰囲気でてるなぁ・・・。)
 
 思わず稲川さんもそう思ったほどその音はハッキリと、大きく聞こえてきた。ここのスタジオは通常とは違い、実際に収録する場所と音声等を調整する調整ルームが同じ床の上にある。 通常は調整ルームだけが同じ階とはいえ階段を上っていった天井近くのスペースにあり、管理するのだ。その調整ルームから声が聞こえてきた。
 
「いいかお前ら!今日も番組成功させるぞー!失敗しても幽霊のせいにはしたらいかんぞ!」
「何言ってるんすかー、アハハ。」
 
 楽しそうに話している声である。 本番まではまだ時間があるため、稲川さんは前野さんを誘いコーヒーでも飲もうと、休憩コーナーに向かった。 するとそこではなにやらトラブルがあったらしく、複数のスタッフが大声で怒鳴り合っていた。 何事かと思い遠巻きに様子をうかがう稲川さん。
 
「おい!なんじゃい、あの音は!」
「い、いえ・・・。それが俺達にも分からんのですわ・・・。」
「分からんって・・・お前ら音声だろうが!?」
 
 するとその場に居た別のスタッフが、スタジオ内の音声を管理する現場の責任者を見つけた。先ほど調整ルームでスタッフに気合を入れていた人物である。 この管理者もこの場に呼ばれたのだ。
 
「あ、来ました。チーフです!」
「なんすか?」
「さっきから聞こえてるあの音はなんなんですか!?」
「いや~・・・俺らにもサッパリ分からんのです。」
「あ・・・分かった。ふざけてそんな事言ってるのとちゃいます?」
 
 緊迫した空気が少しやわらいだ。笑い声も沸き起こる。
 
「そんな事しませんって!バカにせんといて下さい!!!」
「またまた~、何言っとるんですか~。この、この~。」
 
「・・・わし、やっとらんぜ!!!」
 
 管理者は本気で怒り出してしまった。その様子を見た周りのスタッフたちの間に、再び重い空気が流れる。 稲川さんと前野さんは邪魔しないように静かに缶コーヒーを飲んでいたのだが、その稲川さんの元に遠くから廊下を走ってくるスタッフが1人いた。
 もの凄い勢いで走ってくる。そして息を切らせながら稲川さんに話しかけてきた。
 
「す、すいません稲川さん。今・・・番組に出演するはずだった霊能者の方が、局の前の道路で車にはねられちゃったんです・・・!」
「・・・えぇっ!?」
 
 思わず窓の外に目を向けると、外からはパトカーや救急車のサイレンの音が聞こえてくるのだ。
 
ファンファンファンファン!!!
 
「・・・あれがそう・・・?」
「そうなんです・・・!」
「で・・・どうするの?」
「えぇ、ですから本番に間に合うかどうか分からないんですが、別の霊能者の人を呼びますから、番組の中でつないで欲しいんですよ。」
「うん、分かった。つなぐよ。」
 
 するとその場に、同じ事を稲川さんに報告しに、プロデューサーがやって来た。
 
「稲川さん、実は大変な事になっちゃって・・・。」
「えぇ。今ADの彼から聞きましたよ。大変ですね。」
「いや・・その事だけじゃないんですよ。」
「・・・?」
 
 聞くところによると、その霊能者の人は「2人目」だというのだ。 最初の1人目は、前日の夜にそのプロデューサーがTV局の向かいにある大きなホテルのバーで会っていたのだという。
 その場では翌日の収録についての軽い打ち合わせのような事が行なわれていたのだが、その霊能者の人がそれまでは翌日の出演について特に何も言っていなかったにも関わらず、打ち合わせの最中急に
 
「・・・やっぱり、申し訳無いんですが明日の出演はやめさせていただきます。」
 
と言って来たというのだ。
 
「えぇっ!?ど、どうしたんですか、急に!?」
「いえ、申し訳ありませんとしか言えません。わたしは行かない方が良いみたいです。」
「そ、そのような事を今になって急に言われても・・・。どうしたんですか?一体・・・。」
「・・・これはちょっと、私の手には負えないようです・・・。」
「なにがですか?」
「・・・さっきからあそこで・・・女の子が私の事をジーッと見てるんです・・・。」
 
と言ってプロデューサーの背後の方角を指差した。
思わず後ろを振り向くプロデューサー。
 
「・・・誰もいないですよ・・・?」
「・・・いえ、わたし見えてますから・・・。多分・・・人形の女の子だと思います・・・。私行ったらきっとまずい事になります・・・。」
「・・・いや、あの・・・そんな事はないですよ。」
「いや・・・まずいです・・・。」
「そこをどうにか・・・頼みます!」
「・・・分かりました・・・。では行きましょう。」
 
 こうして1人目の霊能者の人は出演してくれる事になったのだが、プロデューサーと別れた後、この霊能者の人は原因不明の高熱を出し、倒れてしまったという。 その為に出演は無理という事になり、仕方がなく大急ぎで別の霊能者の人物を探し出し、TV局に来てもらう事となった。
 その2人目の霊能者の人もまた、局の目の前で車にはねられるという事故に遭ってしまった訳である。
 
 そして霊能者の人が不在のまま番組は始まった。生放送である為に本番である。
稲川さんはイスに座り前方を見た。 しかし丁度真正面から強いライトが当たっている為に、まぶしくて前がよく見えない。話し始める合図は誰が出してくれるのか分からない稲川さんは横を見た。
 すると、背後にある黒い幕が引っ込んでいるのだ。
 
 分かりにくい状況の為補足すると、稲川さんたちがいる側を黒い幕の表として、そして幕を隔てた向こう側を裏とする。裏側にもし人が居たり何か物が置いてあるのであれば、幕が稲川さん達が居る表側の方に向かって出っ張っているはずだ。
しかしそうではなくて、稲川さん達が居る表側の方から裏に向かって幕が引っ込んでいるのである。当然、何も無い。
 その引っ込みが、徐々に稲川さんに向かって進んでくるのだという。
 
(うわ・・・イヤだなぁ・・・。)
 
 そう思いゾッとした稲川さんであったが、カメラに向かって話し始めた。
 
 やがて話も一段落して、稲川さんはゲストの席に座る。
 3人目の霊能者の人も本番中に間に合って、稲川さんの横に座った。そして挨拶をする2人。
 
「今回はよろしくお願い致します。」
「いえ、こちらこそ。・・・ところで稲川さん、今何か感じませんか?」
「えぇ、今こんな事があったんですよ・・・。」
と言って稲川さんは黒い幕の所で見た不可解な現象について説明した。すると霊能者の人はこんな事を口にした。
 
「えぇ・・・ここに居ます・・・。」
 
と言って稲川さんの肩の上のあたりを指差した。
 
「え・・・?」
「・・・居るんです・・・。今稲川さんの上に男の子が1人・・・。」
 
 そしてさらに、番組の段取りには無い事を言い出した。
 それによれば、番組を観にスタジオまで来ている奥様達が大勢座っている観客席の上に、照明がたくさんセットされている太くて長い棒がある。その棒がこの時にはちょうど観客席の真上にあったのだが、
 
「お客さん達が危ないから、皆さんどかして下さい。」
 
と言って来たのだ。稲川さんもさすがに(何を言い出すんだろう。)と思ったという。この事を聞いたスタッフが、
 
「すいませ~ん、ちょっと移動して下さ~い。」
 
と言いながら観客の奥様達を誘導して別の席に移した。
すると次の瞬間、
 
ガシャーーーーーーーーーーン!!!
 
という物凄い音を立てて、その太い棒をつないでいる2本のクサリのうち、1本が切れて棒が宙吊りの状態になって、音を立てて揺れている。
 
ガシャン!!!
ガシャーーーーーーーーーーン!!!
ガシャン!!!
 
 その光景を見た番組司会のタレントの男の人は、口を開けたまま呆然と見つめている。
 
「な・・・なんや、これ・・・どないなっとんや・・・。」
 
 そう言ってブルブルと震え出した。
 観客の奥様達も恐怖のあまり泣き出してしまった。
 すると別のフロアからスタッフが1人、大声で叫びながら本番収録中のそのスタジオに駆け込んできた。
 
「い、稲川さーん!!!た、大変でーす!!!電話が鳴りっぱなしです!!!視聴者の人達からで、稲川さんの斜め上と少女人形の斜め上に男の子が1人映ってるというんです!!!」
 
 この言葉を聞いた司会者が、半狂乱で叫んだ。
 
「モニター回して見せてみー!!!」
 
 スタッフの誰かがモニターを司会者や稲川さん、霊能者の人、番組のアシスタント達に見えるようにクルリと向きを変えた。
 
 視聴者が生放送中の番組をTVで見たら霊が映っていた、などといった生半可な状況ではない。 現在出演中の稲川さん達タレントやスタッフたちにも、実際の場所には誰も居ない場所を映し出した映像上に、ハッキリと確認できる程鮮明に男の子が1人映し出されているのだ。
 
「イヤーーーーーー!!!」
 
それを見たアシスタントの女の子は泣き叫んでしまった。
現場のカメラマン達もガタガタ震えている。相変わらずスタジオ内では
 
ガシャン!!!
ガシャーーーーーーーーーーン!!!
ガシャン!!!
 
と天井からぶら下がっている棒が音を立てて揺れており、
 
ヒューーーーーーーーーーー!!!
 
という笛の音のような音も先ほどよりも明らかに大きくなっている。プロデューサーはただおろおろと狼狽するだけである。
 
「なんや・・・どないなっとんのや・・・この番組どうなっとんのや・・・!!!」
「キャーーーーーッ!!!」
「ヤダーーーーーッ!!!」
 
ガシャン!!!
ガシャーーーーーーーーーーン!!!
ガシャン!!!
 
「おい!!!あの音何とかしろって言ってんだろうが!!!」
「こっちだって何がなんだか分かんねーんだよ!!!」
 
ヒューーーーーーーーーーー!!!
 
「ウワーーーーッ!!!」
「おい!鎖持って来い鎖!あとハシゴ!」
「ギャーーーーッ!!!」
 
 スタジオ内は騒然としてパニック状態である。 番組はあわててCMを流し、事態を収拾しようという事となった。
 
 しばらくしてスタジオ内に居た観客やスタッフ、稲川さん達出演者もだいぶ落ち着いてきて怪現象も収まったのだが、もはや番組としては成り立たなかった。

稲川淳二の怪談 電車の中で出会った同級生

2009-08-16 22:21:07 | 心霊・怪談

 

「稲川さん、ぜひ僕の話を聞いて下さい。僕はこんな体験をしたんです」

ある日ですね、私のところにメールが来まして、こんな言葉で始まる投稿を見つけたんです。

それは、最後にはホッと胸をなでおろせるような話なんですが、よくよく考えてみると、すっごく!こわい内容なんですよ・・・。

ご紹介しましょうか・・・。


僕の名前は伏せさせていただきます。

僕は、現在浪人中の身でして、予備校に通っています。
有名私立大学Wを専門に狙う学生が集まる予備校です。

置かれた状況、自分の立場としては、一生懸命に勉強をしなくてはならないはずなのですが、受験生であることも忘れて、インターネットにすっかりハマっちゃっています。

毎晩どうしても夜更かししてしまいますから、恥ずかしいですが、当然のことながら、午前中の授業にはほとんど出席できません。

いつも午後遅くからの補講の授業だけに出る、そんな悪い見本のような受験生です。

頑張りが足りない浪人の典型だと思います。

その日、僕は自宅のマンションを出て、歩いて5分の、途中で地下鉄に乗り入れるT線のK駅に向かいました。

すると、いつも乗るはずの電車が、なぜかその日は早目に来ていて、間一髪でその電車に飛び乗れました。
あやうく乗り遅れるところでした。

おかしいなあと、時計を見たんですが、確かに2分早く列車が到着している。

今日は珍しく時刻表が狂っているのかなと思いました。

でもぎりぎりとにかく乗れたので、座席に座ると、そのまますぐにウトウトと居眠りしました。

電車に揺られながら、ちょうど県境の川の鉄橋を越えた頃だと思います。

Fという駅があるんですが、その手前で、僕は誰かが自分を呼んでる声で、目が覚めたんです。

見上げると、見かけた顔がある。

でも、すぐには思い出せません。
寝起きですし、頭がボーッとしてましたから。

すぐには思い出せなかったんですが、愛想よく笑っているその顔を見ているうちに、やっとわかったんです。

「何だ、平野(仮名)じゃないか」

中学3年生の時の同じクラス。
同級生でした。

親友という仲ではなかったけれど、平野は幼少の頃に事故で右手の小指を失って、よくいじめに遭っていました。

僕はそんな彼と家が近いせいもあって、下校時はよく一緒に帰る仲でした。

それでというわけではありませんが、友達のよしみというか、いじめられている平野をよくかばったりしました。

彼がいじめられていると、ほってはおけなかった。

心ない中傷をする者には、きっぱりと間に割って入って、相手に注意したりしました。

それが結果的には、平野を守るような形になっていたかもしれませんがーーー。

平野は、もともと非常に無口なタイプで、成績は、中の下。
スポーツをやるでもなく、クラスでも目立たない存在で、ただ不思議と僕とはウマが合ってよく口をきいたんです。

隣の席が空いていたので、平野が座りました。

4年ぶりに話をしてみると、平野は見違えるほど性格が変わっていて、とても饒舌なんです。

表情の暗さは変わらないんですが、息つく暇もないほど、喋りかけてくる。
懐かしさもあったんでしょうけど、それにしてもよく喋る。

こっちは、相づちを打つだけで精一杯でした。
話す暇がないほどです。

僕は内心、平野の変貌ぶりに呆然としていました。

ところで、話に熱中している間に、僕は自分が乗り越してしまったことに気がつきました。

N駅で降りなくてはならないのに、ひと駅、乗り過ごしました。

それで、慌てて平野に別れを告げて、ホームに降り、逆のホームの電車に乗って、急いで戻ったんです。

時計を見ると、もう完全に遅刻です。

電車に飛び乗ったまではよかったけれど、結局はいつもよりも遅れてしまった。

正直いってその時は、少し、平野の饒舌を恨めしく思ったものです。
無理もないことだと思いますが・・・。

ところで、N駅に到着してみると、構内は人、人、人でごった返しているんです。

何か、事故があったらしいーーー。

あああーーー、これでもう完全にアウトだ・・・。

今日は予備校には行けない、僕はそこで完全にあきらめて、ホームに戻ったんです。

ところがこちらもあっという間に人、人、人の山。

乗り換えの改札口辺りが特にすごい人だかりでした。

何があったんですかと、近くの人に聞くと、

「地下のケーブルが引火して、構内でガス爆発が起きた」

というではありませんかーーー。

駅員が、必死で無線に向かって叫んでいる。

どうやら、N駅に13時25分到着の下り電車の乗客が、巻き添えに遭ったとわかりました。

そこで、僕は、身震いしました。
さっきまで僕が乗っていた電車じゃないですかーーー。

本当に、無線で話す駅員の会話を聞いて、ゾッとしたんです。

顔から、血の気が引くとは、こういうことをいうのですね。

予備校に行けなかったけれど、命拾いはしたのです。よかった・・・。

本当に、よかった・・・と。

駅を乗り越したのが、よかったのだと思いました。
それで助かった。

が、よくよく考えると、それは平野と話し込んでいたためではないでしょうか。
それで、僕は駅を乗り過ごし、助かったんだ。

また、妙なことにも気づきました。

家のあるK駅から、電車に乗った時のことです。

電車はいつもより2分早く駅に着いて、出発していた。
こんなことは、めったにないことなんです。

どうしてだろう?

いや、違う・・・。
そもそも、あの電車に乗りそびれていたら、事故には最初から免れていたわけです。

考えれば考えるほど、不思議な事象が続いていたわけです。

その夜、寝床に着いても、そう簡単に寝つけるわけがありません。

なにしろ、命拾いした。
危ういところで、死ぬところだったのですから・・・。

3時、4時になっても眠れなくて、いつの間にかウトウトとしていたら、夢で、パッと目が覚めました。

平野が、夢に出てきたんです。

すごく青白い顔をしていて、暗闇の中に立って、こちらをじっと見ていた姿が、最初、目に映ったのです。
ただ、表情は、幾分満足そうに、うすらぼんやりとですが、何か笑っているようにも見えた。
そして、スッと、去っていく。

僕はその後ろ姿に向かって呼び止めるんですけど、彼は、足を止めようとはしない。

そのまま、そのまま去っていくーーー。
そんな夢で、目が覚めた。

翌日、僕は平野のことが気になりました。

気になってしょうがない。
昨日の事故のことも話したかったし、思いきって電話してみようと思ったんです。

押入から同窓会名簿を引っ張り出して、平野の電話番号を調べ、かけてみました。

最初は、お母さんが出ました。

いじめられていたのを助けてくれた友人だと、当時平野が話していたんでしょうか。

お母さんは僕の声を聞くととても懐かしがり、電話口の向こうで突然涙ぐんでいました。

そして何度も何度も、

「あの頃は本当にお世話になりました」

と、恐縮するほど、感謝される。

最後に、

「生きていれば、息子も大学生なんですね・・・。」

といった言葉に、一瞬、僕は自分の耳を疑ったんです。

お母さんが何をいっているのか、わかりませんでした。

「えっ?」

と聞き返して、言葉に詰まると、

「息子は、2年前に交通事故で死んだんです」

そう、はっきりといったんです。

2年前?

まさか、・・・・・です。
僕は茫然自失でした。

平野は2年前に死んでいたーーー。
だったら、あれは、昨日のあれは、なんだったのか。

これが真実なら、事実なら、しかしそれは受け入れ難いものです。

だって、じゃあ昨日自分が電車の中で会ったのは、なんだったのかとーーー。

夢の中に出てきた平野。
満足そうに、笑っているようにも見えた。

まさか、と思います。
こんなことがあるだろうか、と。

信じたくはないですが、僕は確かにいたんです。
彼と、昨日、電車の中に・・・。

それから何日も何日も、考えました。
人にはいえずに、悩みました。

でも、考え方をふと変えてみた時に、あることに気づき、このことに関しての恐ろしさや、
おぞましさをあまり感じなくなりました。

不思議ですが・・・。

それは「彼が、平野が、僕を助けてくれたんじゃないか」ということです。

恩返しに、助けてくれたのではないかとーーー。

いつも乗るはずの電車を2分も早めて、僕を乗せないようにしたのではーーー。

事故が起こるのがわかっていたからーーー。

でも僕はそれに飛び乗ってしまった。
だから今度は僕をN駅に降ろさないよう、直接姿を現して・・・。

「これで、やっと、いじめからよく助けてくれた君に、恩返しができたよ」

彼の青白い笑みが、そういってるように見えた気がしましたーーー。

毎年、お盆には、浦和のU寺にある平野のお墓に、忘れずお参りしています。
-------------

友情っていいですよね。

昭和60年の8月12日に、御巣鷹山にに日航ジャンボ機が墜落した事故があった。

私ね、あの便にはよく乗るんですよ。急いでる時は羽田ー大阪間を往復する。

でもあの日、とても体がきつくてね、今日はやめとくわと。

そしたらある友人がドリンクをくれて、

「これでも飲んで精出せよ」

って言ってくれて、彼だけその便に乗っちゃったんです。

人生ってわからないもんですよ。
彼が死んで、ドリンクをもらった私が助かっちゃった。

わからないもんですよ・・・。

終わり

 


稲川淳二の怪談 深夜のタクシー

2009-08-15 23:00:18 | 心霊・怪談

深夜のタクシー

 私とね、同じ業界の友人なんですけどね、その人が、電話くれたんですよ、私の所へ。 なにかと思ったら、自分が、取材で行った先で、乗ったタクシーの運転手さんが、面白い体験をした、って話してくれたそうなんですよ。 で、その聞いた話を、私に話してもいいんだけど、ちょっとね、ニュアンスが違ったりすると、いけないからって、直接、聞いてくれって言うんですよ。 そのタクシーの運転手さんにも、了解を取ってあるって言って、電話番号、教えてくれたんです。 正直言ってね、その時、私は、さほど期待は、してなかったんですよね。 タクシーの運転手さんの、良くある話で、お客さん乗っけたら、途中で消えちゃって、座席が濡れてる。そんな話、よくあるじゃないですか。 その手の話だったら、辛いなぁと思ったけど、聞いてみると、どうやら、そういう話じゃないらしいんですよ。 とりあえず、電話掛けて、聞きましたよ。 それは、ある地方でのことなんですがね、深夜、このタクシーの運転手さんが、遠距離のお客さんを乗っけて、ずーっと、走って行ってね、お客さん下ろして帰って来た。 その途中で、なんだか、やたらと眠くなっちゃった。(う?、眠いなぁ。なんでこんな眠いんだろう) これは、このまま走って、事故でも起こしたら大変なので、どこかで、休んで行こうと、通りがかった、田舎道の端へヒョィッとタクシーを止めた。 ヘッドライトを消して、運転席の窓を少し開けて、風を入れた。 あたりはシ────ンとして、人家の明かりもない。 運転手さんは、シートを倒して、横になると目をつぶったの。 コンカンコンカンコンカン…  突然、すぐ近くで、靴の音がして、それがこっちへ、だんだん近づいて来るんですよ。(あれ? こんな所で、客か?) と思って目を開けた。 見ると男がひとり、自分のタクシーの方へ近づいて来る。(あれ? この人どこから、きたんだろう。このあたりには、家もないのになあ) 突然現われたわけだ、その男は。 まあ、自分が、帰る方向と、同じ方向の客ならいいけどなあ、って思いながら、運転席の窓、スーッって開けると、男の顔が、グーーッと窓によってきた。「すいません、携帯電話かけてもらえませんか?」って言う。 おかしなこと言うなぁと思って「はあ?」って聞き直すと、その男こう言った。「指がなくてかけられないんですよぉ」 そう言いながら、右手をスッと出して、広げて見せた。 その男の右手、指がなかったって言うんですよ。(うわあ!、どういしよう) と思った。 それにしても、この男が、突然、人気のない所から、現われたもんだから、運転手さん、「お客さん、今、どっちから来ました?」 って聞いたんですね。 男は、黙ったまま、指のない右手で、タクシーの前方を指し示したんで、(えっ?) って、その方向を見た。 そこには、月明かりに照らされた、畑があって、奥の方には草っ原があるだけなんですよ。 その向うに、鈍く光る、ローカル線の単線の線路が見えた。 と、線路のわきに、なんか並んでいるですよ。(なんだろう) と思ってよく見ると、これ、花束だったって言うんですよね。(うわ、気持ち悪いなぁ)と思ったそうです。 その瞬間、運転手さん、気がついた。 前に、信号のミスでも、上りの客車と下りの貨物が、衝突事故を起こしてるのを思い出したんです。(そうか、あの場所って、ここだったんだ)と思った。「お客さん、ここって列車事故で…」って、話しかけようとしたら、さっきまでいた、指のない男の人、いなかったそうですよ。 あたりはシ───ンとしてる。 運転手さん、とたんに寒気がして、眠気なんか、どっかにいっちゃった。 もう、ビックリして、そのまんま会社まで帰った、って言ってましたよね。 あるんですよ、そんなことってね。 不思議なようだけどあるんですよ。

出典:新 稲川淳二のすご~く恐い話 異人館に棲む少女


稲川淳二の怪談 美香ちゃんの妹

2009-08-14 23:00:18 | 心霊・怪談

美香ちゃんの妹


私の知人で三十代の女性なんですが…。
この人は、小さいときに、お父さんの仕事の関係で、一時期、仙台に住んでいた事があって、その頃、時折なんですが、お母さんに連れられて、坂部さんというお宅に、遊びに行ったそうです。
 その家には、自分と同じくらい年恰好の、美香ちゃんという女の子がいたんで、いい遊び相手になってくれた。
 で、たぶん、この美香ちゃんの妹だと思うんですが、もう少し小さな女の子もいた。
この子は、ピンク色の、ギンガムチェックのワンピースを着ていて、スカートのすそが、フワ──ツとひろがった、お人形さんみたいな格好をしてた。
 とってもかわいい子で、いっつも三人で、仲良く遊んでたって言うんです。
でも、美香ちゃんの名前はおぼえているのに、この小さな女の子の名前が、どうしても思い出せない。
で、お母さんにその話をしたら、
「ええっ? 坂部さんのところは違うわよ。あそこは、美香ちゃんの上にお兄ちゃんが、ひとりいるだけだから」
 と言うので、
(おかしいな?)
 と、思っていると、
「あんたが言ってるのはねえ、それ、たぶん、お人形さんじゃないの? あの家に、そんなお人形さんがあったの、覚えてるから」
 って、お母さんがいった。
(ええっ?)
 そんなはずはないんです。
自分はたしかにその小さな女の子と話もしたし、一緒に遊んだ記憶がはっきり残っている。
でも、不思議なのは、その小さな女の子は、いつも同じ格好、ギンガムチェックのワンピースを着ていたっていうんですよねえ。
不思議ですよねえ……。
 

出典:新 稲川淳二のすご~く恐い話 連れていけや
情報提供:株式会社リイド社 


稲川淳二の怪談 生き人形 2/5

2009-08-11 23:08:15 | 心霊・怪談
そんな事があってしばらく経った頃。稲川さん達が行なったこの公演で不吉な出来事が多発しているという事を知った東京にあるTV局の人間が、
「その怖い話を、TVで紹介するみたいな、そういう番組をやらせてくれないか?」
と、稲川さんに連絡してきたのである
 
「いや~・・・。それは・・・やめた方がいいんじゃないかな~・・・。」
 
 そう穏やかに警告した稲川さんだったが、TV局の人は熱心に稲川さんに相談してくる。 その熱意に押され稲川さんは結局、
(前野さんという、今は人形の責任者みたいな人がいるから、その人に聞いてみてあげる。)
と約束してしまったのだ。前野さんはすぐにTV局の人の要望を承諾したのだが、
前野さんは最後にもう一度だけ、中止になっていた舞台をやってからTVに出たい、と言ってきたのである。
 しかし稲川さん自身は、あまりにもその舞台には不吉な出来事が起きていたので、TVの仕事も舞台とも、縁を切りたいと思っていた。 しかし、いつもらしくない前野さんの半ば強引な勧誘に誘われ、シブシブ承諾してしまったのだ。
「じゃあ稲川ちゃん、明日TV局だよ。忘れないでよ!」
そういって前野さんは自宅に一度帰って行った。
 自宅には、その日の朝まで元気だった父親が原因不明の死を遂げている事を知らずに。
 
 この事を知った稲川さんは、人形について少し自分なりに調べてみようと思い立った。従兄弟に続いて今度は前野さんの父親が死に、ますます状況は良くない。 それを聞いたTV局の人も
「それはますます凄い!」
と、不謹慎にも大喜びしている。あの少女人形には何かあるはずだ・・・。
 
 稲川さんの耳に不気味な話が入ってきたのはその頃だ。
 行方不明となっていた、少女人形を製作した本人。彼が見つかったのだ。京都の山奥で一人仏像を彫っているというのである。 しかし彼は東京から京都まで、いつどうやって行ったのか?何の目的があったのか?完全に記憶が失われていた。まるで世捨て人のように。
 その場所にTV番組のレポーターとして小松方正さんがスタッフと共に向かう事になった。
 小松方正さんを含めた関係者達は取材の前日、同じホテルに全員分を予約している。 しかし、ホテルに着いた関係者全員が今でも首を傾げるというのは、いざ皆で取材に行こうと皆で待ち合わせ場所に行っても、全員がそろわなかった事だという。 同じ日に同じホテルである。インターホンもあるし、連絡はいくらでも取れるはずだ。現にスタッフの一人が、
「これから皆で現場に向かうので、1階のロビーまで来て下さいね。」
と、確認の電話を全員に入れたらしいのだ。
 後日稲川さんが小松方正さんに聞いてみたところ、小松さんの場合は集合の電話をもらってまもなく1階のフロントまで行ったのだが、誰もいないのでしばらく待っていたそうだ。それでも誰も来ないので場所を間違えたかと思い、スタッフ達を探しに周ったらしい。
 あるスタッフによれば、やはり集合の電話をもらってから間もなく1階のロビーまで行ったのだが誰もいない。 つまり全員が全員「行き違い」だったのだ。
 結局この撮影ではスタッフ達が集まらない為に撮影は中止。全員で東京に引き上げたのである。
 
 しばらくしてから、今度は一度スタッフだけ先行して現地に向かおうという事になった。
 しかしである。
  TV局の人間が手配した新幹線の切符は、全員が全員、乗る時間、乗る電車、目的地がバラバラで使い物にならないという事態が起きていた。 切符の手配をした人にもJRにも、まったく不手際はないのだ。
 そういった混乱がありながらもTV局も今度は強行日程である。全員で到着するなり京都にいる人形の製作者にインタビューをして、日帰りで東京まで帰ってきたそうだ。
 ところが、東京に戻った彼らを恐ろしい出来事が待ち構えていた。
 自宅に戻ったこのTV番組のディレクターの奥さんの、首から下が真っ赤に腫れ上がっていた。原因は不明。 そして新幹線の切符を手配した女性の息子さんが交通事故に遭って入院していた。 更に脚本の構成家、彼の家で飼っている犬が、前足がガクガクになってしまってまったく立てない。同じく原因は不明。 誰ともなしにそれらの出来事が起きた時刻を話してみると顔色が変わった。 ほぼ同じ時刻だったのだ。
 稲川さんも含めたTVスタッフ達の間にも重苦しい雰囲気が立ち込めていた。しかし撮影は進んでしまっているし番組も放送の構成をされてしまっている以上続行しなくてはならない。
 稲川さんの家にもカメラは入って少し撮影して行ったそうだ。
 
 そしていよいよ、今度はTV局のスタジオ収録の日がやって来た。収録はそのTV局の最上階にあるリハーサル室で行われる事となった。
 スタジオ内のほぼ中央にあるイスに腰掛けて合図を待つ。
 目の前のカメラを操作している人や照明さんは、稲川さんとは旧知の間柄。和やかに準備は進む。やがて開始の合図が出て収録が始まった。
 
「・・・え~、私つい最近人形と一緒に芝居をする事になりまして・・・。これは人形にまつわる」
「ごめ~ん。カメラ止まっちゃった。」
 
 仕方なく別のカメラを持ってきて撮影は再開された。
 
「・・・え~、私つい最近人形と一緒に芝居をする事になりまして・・・。これは人形にまつわる」
「・・・また止まっちゃった・・・。」
 
 故障が立て続けに起きてしまったのだ。今現在使えるカメラがここには無い、という状況になった為、倉庫においてある古いカメラを持ってくる事となった。
 用意されたカメラは、太いワイヤーの付いた巨大なカメラ。今から20~30年前くらいに使われていたようなカメラである。
 しばらくのセッティングの後、撮影は再び始まった。しかし、この頃になると稲川さんを含めたその場にいる人間たちの間にいいじれぬ恐怖が漂っている。
そうでなくても色々な事故や不吉な出来事が起きているお芝居の話であり、今はその話を扱うTV局にも降りかかってきているのだ。
 
 しかし稲川さんは恐怖を我慢して気分を落ち着かせ、冷静に話し始めた。
 
「・・・え~、私つい最近人形と一緒に芝居をする事になりまして・・・。これは人形にまつわる」
 
ドンドンドンドンドンドンドンドンドン!!!
 
 突然リハーサル室の扉を叩く音がスタジオ中に響き渡った。 カメラは回っている。外の壁には「本番収録中」を知らせる赤いランプが点灯している。 それにそもそもここはTV局である。 そんな事をする人間はTV局内には一人もいない。 しかし扉を叩く音は段々と大きくなって行く。
 
ドンドンドンドンドンドンドンドンドン!!!
 
 稲川さんもその音のあまりの大きさに驚きながらも、カメラは回り、本番の撮影中であったため話を続けた。 しかし、ふと稲川さんは視線を感じた。番組のディレクターである。彼は稲川さんの様子を見て、観客を見て、スタッフを見た。 明らかに困惑しているのである。
 尚も扉を叩く音は鳴り止まない。
 
ドンドンドンドンドンドンドンドンドン!!!
 
 するとディレクターが真っ青な顔をしながら扉の方に向かって走って行き、扉を勢いよく開けた。
 
バーン!!!
 
 誰も居ないのである。
 現在稲川さんたちが居るここのスタジオは通称「Aリハーサル室」と呼ばれており、廊下を挟んだ向かい側にもう一つ「Bリハーサル室」がある。 しかしこの時「Bリハーサル室」は使用されておらず、扉には鍵がかかっていた。さらに、この階は廊下が1本道で、奥の突き当たりにエレベーター、そしてエレベーターの横に階段が一つあるだけで他に隠れるような部屋は無いのである。 それにも関わらず誰も居ないのだ。
 
パタパタパタッ・・・!
 
と走り去るような音が聞こえるのであればまだ、いい。
そんな音すら何も無かったのだ。
 
 結果的にこの番組は、その後関係者達やTV局に事故があまりにも多発したために収録は中止。放送もされる事は無かった。
 
 しかししばらくすると、今度は東京にあるもっと大きなTV局から稲川さんの元に依頼があった。その少女人形にまつわる色々な怪奇な出来事を、紹介してくれというこの前のTV局とほとんど同じような内容であった。
 当時稲川さんはこのTV局で放送されていた芸能人の私生活追跡!みたいな番組で突撃レポーターといった役で出演していた。 そして時期も丁度夏場であった為、この番組のディレクターが稲川さんに声をかけたのだ。 稲川さんもあまり深く考え無いようにしていたため、これを承諾した。
 
 そして収録の日、TV局に着いた稲川さんが楽屋で休んでいると前野さんが例の人形を大事そうに抱えて到着した。
 その人形を見たとき、稲川さんはある事に気が付いた。
 人形の髪が伸びているのである。
 以前稲川さんがその人形を見た時には、おかっぱのセミロングであった髪が、この時点では完全に肩にかかっているのである。 一瞬自分の気のせいかとも思った稲川さんだったが、 どうにも釈然としなかったらしい。
 やがて前野さんは、楽屋にいるメイクさんからクシを借りて人形の髪をとかし始めた。 その様子をなにか背筋に寒い物を感じながら見ていた稲川さんに、前野さんが話しかけてきた。前野さんは当時51歳であった。
 
「他の人形は売ったっていいんだけど、この人形とだけは絶対に別れられないからね・・・。」
 
 尚も前野さんは笑顔で人形の髪をとかしている。
 
 その後リハーサルが行なわれ、45分後に本番が始まった。
 この番組は生放送である。しかし本番が始まったとたん、停電になってしまった。他のスタジオや調整ルームに連絡してみると、不思議な事に他の場所は停電になっていなかった。
 
 やがて電力も回復し、あらためて本番が始まる事となった。人形には紙風船が付けられてイスに置かれ、床には玉ジャリが敷かれ、背後に黒い大きな幕が垂れ下がっている。 そして番組司会の野村さんという人物が
 
「次は火曜日に出演している稲川さんのお話による、人形にまつわる怪奇なお話です。」
 
 といった紹介をした後に人形が映り、CMに入る・・・という段取りであったのだが、人形が映った瞬間に背後に下げてあった幕を天井につないでいる何本ものヒモが
 
スパッ!!!
 
と音を立てて一斉に切れ、幕が床に落ちてきたのだ。
 1本1本、プツンプツンと切れるのではなく、同時に切れたのである。そして落ちてきた幕が人形に当たり、人形はあたかも人間が床に崩れ落ちるかのようにガクガクッと体中の間接を動かしながら床に落ちた。 そして次の瞬間、TV局においては絶対に起きてはいけない、というよりは起きないはずの事が起きてしまった。
 天井に設置してある照明が落ちてきたのだ。
 照明一基とはいえ、一つ一つは大変な重さである。それ故落ちてきたらこれほど危険な物は無いため、絶対に落ちないように鎖で何重にもつなぎ、固定してあるのだ。
 落とそうにもなかなか落ちない物なのである。 それが落ちてきてしまった。
さらに、照明が落ちてきた地点とは離れた場所にあったカメラが壊れてしまったのだ。
 そして、この時スタジオに居たスタッフが一人、後日亡くなったそうだ。原因は不明。この番組にアシスタントとして出演していた女性のタレントも、後日交通事故を起こし、 雑誌で一斉に騒がれた為に、その後芸能界から完全に引退してしまった。
 
 こういった事件が次から次へと起きる事を知った稲川さんは、前野さんに相談を持ちかけた。
 
「もう、この人形を人目にさらすのはやめよう。舞台の事もその後の事件の事も、この人形にまつわる色々な不幸を番組で話すのも、いい加減にやめよう。」
 
という事であった。それほどまでに色々な事が起きすぎていたのだ。
 前野さんも稲川さんの話に納得し、稲川さんと前野さんは2人でこの人形を、久慈玲雲さんという有名な霊能者の方が居る事務所に持っていき、供養をしてもらう事にした。
 その後はお寺に納めてもらおうと思ったのだが、久慈玲雲さんは
 
「イヤだ。その人形は見たくない。」
 
と言って稲川さん達の申し出に応じないのである。久慈玲雲さんはこの人形を今まで一度も見たことが無いのだが、まるで全てを知っているかのように2人に説明してきた。
 
「こういうのは怖い。人間には魂があるけれど、人形には当然魂は無い、だから色々な念が入りやすい。もし動物や子供の霊が入ってきたらたまらない、私にも手に負えない。」
 
 しかし2人も必死にお願いして、結局久慈玲雲さんもしぶしぶではあるが供養してくれる事となった。
 
 2日後。
 
 稲川さんと前野さんの2人は人形に宿っているかもしれない得体の知れない何かが成仏してくれたという事を話題にしながら久慈玲雲さんの事務所を訪れた。
お礼を言いに来たのである。
 しかし、事務所は閉っていた。
 
「あれ・・・?おかしいな。」
 
 仕方が無いので電話で連絡を取ってみてもつながらない。仕方が無いのでこの日はあきらめる事とした。
 やがて1週間後に、今度は稲川さんが1人で事務所を訪れたが、やはり閉っている。しかしいつの間にか事務所の看板は無くなっていた。
 それっきりであった。 稲川さんは久慈玲雲さんとまったくの音信不通となり、完全に行方不明となってしまった。
 
 それから随分と経った頃の話である。
稲川さんが、久慈玲雲さんが亡くなっていた事を知ったのは。
 
 稲川さんの知り合いで、雑誌記者の人物がおり、この人も久慈玲雲さんの事を探していたらしいのだ。この人が久慈玲雲さんの様子を克明に調べ、雑誌に掲載したのである。
 それによれば、稲川さんと前野さんの2人が人形を持って訪ねた日の夜、突如倒れたのだ。しかしその場に居た人にも原因が分からなかったために病院に運んで行ったのだという。
 久慈玲雲さんというのはかなり大柄な、体重も80kgを超える太った女性の方であったのだが、3日でガリガリにやせ細ってしまったそうだ。死亡時の体重、なんと30kg台。 首を傾げ、不可解な笑みを浮かべた死に顔だったという。
 
「・・・そんな事あるの・・・?」
 
 とても信じられない話に稲川さんも驚いたという。
 その後稲川さんは前野さんに、この人形は写真を撮って、その写真だけ大事に持ち歩いているようにして、人形はお寺に預けようともう一度持ちかけた。 前野さんも納得し、稲川さんは知り合いのカメラマンの方に相談してキレイな写真を撮影してもらう事にした。
 久慈玲雲さんの事務所から引き取った人形を前野さんが撮影スタジオに持って行き、撮影は行なわれた。
 稲川さんと前野さんの2人は建物にある休憩所で待っていたのだが、写真を現像し終わったカメラマンが、悲鳴を上げながら暗室から飛び出してきた。
 驚いた稲川さんはその、たった今現像した人形の写真を見て思わず声を上げた。
今3人の目の前にある人形はまったくの普通である。しかし、写真に映ったその人形の姿は、すでに少女の姿ではなかったのだ。
 髪は床まで伸び、目は切れ長で妖艶な唇を持ち、真っ白い肌で顔立ちはほっそりとしていた。それは紛れもなく成人した女の姿で映っていたのである。
3人はその場に立ち尽くすしかなかった。
 
 しかし、稲川さんはこの時の事を思い返して悔やまれるのが、2人でお寺に人形を預けに行けば良かった、という事だという。 前野さんはその後、稲川さんから
 
「間違いなく預けるようにね。」
 
と念を押されていたにも関わらず、預けずに自分の家に持って帰ってしまったのだ。
 
 その後、今度は大阪にある有名なキーTV局から稲川さんの元に依頼があった。
もはや3回目となるのだが、やはり時期も丁度いいしあの人形についての番組を撮りたいから稲川さんにも出演して欲しいという事だ。
 この番組は毎週月曜日から金曜日のお昼14:00から放送している大変な人気番組であった。
 
「稲川さん、おすぎさんから聞いたんですよ。今話題になってますよね?シーズンも夏ですし、ぜひやりたいんですよ。」
「いや・・・もう、やめて下さい。あの話はしたくないんですよ。
申し訳ありませんが行けません・・・。」
 
 稲川さんはハッキリと断った。もはやあんな恐ろしい思いをするのはご免だったのである。 しかし、ディレクターの話を一度は断った稲川さんの元に、何度も誘いが来る。その内稲川さんと親しい人物も依頼をして来た為、とうとう断りきれずに番組への出演を承諾してしまったのだ。
 
「分かりました、では人形使いの前野さんという方と一緒に出ましょう。」
 
 

稲川淳二の怪談 生き人形 1/5

2009-08-09 23:01:19 | 心霊・怪談

特別編 稲川淳二談「生き人形」
前編
 
1997年TV放送より。
 
 稲川さん曰く、
「この話しは私自身・・・怖いです。それに危ない。
出来れば話したくはなかったんですがね・・・。」
 
 稲川さんがニッポン放送の、深夜のラジオ番組に出演していた頃の話しである。当時稲川さんと仲が良かった人で番組ディレクターの東さんという人がいた。
彼が稲川さんに
 
「淳二、一緒に帰らないか?」
 
と誘ってきたのだ。
 というのも、稲川さんは当時国立に住んでおり東さんは小平の辺りに住んでいたので方角はほぼ同じだったのである。そして車は当時開通したばかりの中央高速道路に向かって走っていた。
 
 高速道路に乗っても、深夜なので行き交う車はほとんどいない。道路灯も完備されていなくて辺りはほとんど真っ暗だった。稲川さん達の車の、前にも後ろにも車はいない。
 
 二人は普段から気の合う友達ということもあり、雑談に花を咲かせていた。
 
「淳二、油揚げはな、こうやって食うとうまいんだぞ。」
「やだな~、東さんは。アハハ。」
 
 しばらく走っていた頃だ。三鷹を少し過ぎた辺りだろうか、道路脇の塀の上に道路標識らしい丸い物が立っていた。
 
(あれ?珍しいな・・・。)
 
 その頃中央高速には標識はほとんど立てられていなかったのである。
しかし稲川さんは特に気にも止めず、標識は遥か後方へと過ぎて行った。東さんは相変わらず面白い話をして稲川さんを笑わせている。
 
 しばらく走っていると、また同じような丸いものが見えてきた。再びその標識らしき物を通りすぎたのだが、人間というのは面白いもので、同じ出来事が複数回続くと
「またあるんじゃないか?」 と思うものである。多くは偶然なのだが、稲川さんはさらに同じような物をはるか前方に発見した。しかし、形が先ほどまで見ていた物と違うのである。
距離はかなりあるはずなのだ。しかし稲川さんはそれが、
「人の形をした物」
だと、すぐに気づいたそうだ。
 
 人間の目というのは曖昧なのか正確なのか、良くわからない点がいくつかある。信じられない程遠くにある「なにか見なれた物の形」、この場合は人の形なのだが、
「あっ、○○○だ。」とすぐに認識できる場合がある。
 例えば東京タワーのような高い建物の頂上に人が立っていれば、「人間が立っている!」と下から見上げる人達で大騒ぎになるであろう。
 
 しかしその時は深夜、辺りは真っ暗である。なのに稲川さんは、その人間が「黒い着物を着た、黒髪の少女」だという事が分かったそうだ。
 その少女が真夜中の高速道路の塀に立っているのだ。道路の方ではなく外の方を向いて腰を少しかがめながらである。
 
(うわっ、自殺だ・・・!)
 
 とっさにそんな事を思ったそうだ。しかし、その少女の周辺には車やバイクを停めている様子は無い。
 
(どうやってここまで来たんだろう・・・?)
 
 そう不思議に思ったが、車はだんだんとその少女が立っている辺りに向かって走り続けている。
 
ガーーーーーー!!!
 
 稲川さんも東さんも冷房が苦手だということもあって、窓は全開にしてある。その為風の音や車の走行音でものすごくうるさい。 まるで吸い込まれるかのようにその少女を見ていた稲川さんだったが、そのうちその少女の首から下が風景と溶け合うようにしてス~ッと消えて行き首だけが残った。 その首がカクッ、カクッ、とぎこちなく角度を変えて稲川さん達の方を向いてくるのだ。 人間が首を横に回すときのように「スーッ。」といった感じではなく、ぜんまい仕掛けで首を変に規則的に回す人形のような、そんな感じであったという。
 そしてさらに近づいた頃だ。稲川さんはその「首」が、明らかに「半透明」である事に気づいた。透けて向こうの景色が見えるのである。
 しかし顔は確かに存在している。
 おかっぱ頭、目は切れ長で口も横に長くて、気味が悪いほど肌は真っ白。それでいて無表情。
 その「首」が、気がつくと稲川さん達の車のすぐ前方に浮かんでいたのだ。
そうかと思うと首はフロントガラスをすり抜けて車内に入ってきた。そしてスポーン!と後ろに抜けて行ったのである。
 
(うわーっ!な、何だ!?今の・・・。)
 
 しかし稲川さんは東さんにはその事は言わなかった。 不思議な事だが気づいていない様子だったし、稲川さんを降ろした後は東さん一人で自宅に帰らなくてはならない為、変に怖がらせては申し訳無い、と思ったからだそうだ。
 
(疲れてるのかもしれない・・。)
 
 そう思って着を落ち着かせようと努めた。やがて車は稲川さんの家に到着した。
 
「どうもありがとうね、おやすみー。御疲れさ~ん。」
 
 わざと明るく挨拶をして稲川さんは東さんと別れた。しかし、何となく肩が重いのである。
 
(あぁ・・・疲れた。)
 
 2階に上がってみると奥さんが寝ていた。疲れているはずなのに眠たくは無い。稲川さんは下の部屋のソファーの上で横になっていた。
 
 しばらくすると稲川さんの耳にミシッ・・・ミシッ・・・という階段を降りる音が聞こえてきた。 見てみると奥さんが下に降りてきたのだが、稲川さんの顔を見るなりこんな事を口にした。
 
「お帰り・・・。お友達は・・・?」
「友達?そんなのいないよ。」
「もう帰ったの?さっきあたしが寝てるときにあんたと一緒に入ってきた人だよ。」
「いや、この家に入ってきたのは俺一人だけだよ?」
「ウソ。さっきあんたの後から部屋に入ってきて、あんたが出て行ったあとも部屋の中でグルグル歩き回ってたの、誰よ?」
「・・・何だそれ?気味が悪い事言うなよ・・・。」
寒気を覚えながらも、やがて夜が明けた。
 
 すると稲川さんの元にTV局から一本の電話が入った。東さんである。
 
「おぉ、昨日はどうもね!」
「・・・淳二さぁ、昨日は悪いと思って言わなかったんだけど・・・。」
「何の事?」
「昨日・・・誰かと一緒に車を降りたよな?」
「・・・何それ?」
「いや、隠さなくてもいいよ。分かってるから。」
「・・・ちょっと待ってくれ、隠してるわけじゃないよ。・・・今から局に行くからそこで話すよ。」
 
 局に着いた稲川さんは、さっそく東さんに事情を聞いてみた。
 
「・・・俺は実際に何か見えたわけじゃないんだけど、気配で感じてたんだよ。俺と淳二の他に、車の中に誰かが居たんだ。そいつが、淳二が車を降りたら一緒に降りたんだよ。」
「・・・実はさ・・・。俺も昨日こういう事があって・・・。」
稲川さんは昨夜目撃した少女の事について詳しく東さんに話した。
 
 東さんとの話も終わり、仕事も終えて帰宅すると稲川さんに電話がかかってきた。人形使いの前野さんという人物からであった。
 
「うわ~、久しぶりだね~!元気?」
 
 二人は懐かしい話しで盛り上がったのだが、前野さんが稲川さんにこんな事を言ってきた。

「稲川ちゃん、また今度舞台やるんだけど、そこに座長として出てくれないかな?」
 
 聞けば、新しく手に入れる人形と一緒にお芝居をやるという企画の事だった。 前野さんという人はこの道ではかなり著名な職人で、評判の良い人形師の人だった。今回のそのお芝居も大勢の有能なスタッフ、魅力的な俳優や女優、声優を用意した大掛かりな物になるとの事。 以前から演劇や戯曲等に興味があった稲川さんは、親しい前野さんからの頼み事ということもあって快く承諾した。
 
「いいねぇ、やろうよ。」
 
 やがて段取りも順調に進み、出演者やスタッフ一同で顔合わせがあった。
 
「どうもはじめまして。」
「よろしくお願い致します。」
 
 自己紹介で一人一人が挨拶をして行く。一通り済んだ頃、前野さんが今回使用する人形についての説明を始めた。 話しによるとその少女人形は、身長が125cm、かなり大きい。 普通の子供とさほど変わらない大きさで重量もある。よって操作は黒子さんに扮する男性が3人がかりで動かすのだ。 黒子Aは頭と両腕、Bは胴体、Cは両足。といった具合の役割である。 すると前野さんが、申し訳無さそうに室内の関係者に向かって口を開いた。
 
「え~、皆さん。大変申し訳無いんですが、肝心の人形はまだ出来ていないのです。ですが、今日皆さんにご説明するという事で、絵図面ですが持ってまいりました。」
 
 稲川さんも含めた関係者達の視線が前野さんに集まる。
 
「こちらです。」
 
 ピラッと図面を関係者達に見せるように両手で広げる。それを見て稲川さんは驚いた。以前稲川さんが中央高速道路で見た少女とまったく同じ顔形なのである。
ふいに、イヤな感じがした稲川さんだったが、余計な事は言うまい・・・と思い黙っていたそうだ。
 
 それからしばらくして、人形が出来あがってきた。
 
「へ~、良く出来てるじゃない?」
 
 稲川さんも変な事は考えないようにと思い、その人形について前野さんと色々な話をしていた。 すると前野さんが、思い出したように不思議な顔をして稲川さんにこんな事を言って来たのだ。
 
「でもね~、稲川ちゃん。この人形ちょっとおかしいんだよ。見てみな、ほら、右手と右足がねじれちゃうんだよ。」
 
 人形であるから操作しやすいように、関節の部分は丈夫な糸で連結してはいるが隙間は十分に空けてあるはずなのに、である。 しかも放っておけばダラ~ン、となって自然にまっすぐになるはずなのだが右手と右足だけがまったくいう事をきかないのだ。
 
「前野さん、俺が直してあげようか?そういうの出来るからさ。」
「う~ん・・・。いや、やっぱり作った人がいいから、先生のところに持っていくよ。悪いからさ。」
「それもそうだね。」
 
 こうして初稽古の日は終わった。
 
 自宅に帰った稲川さんは、人形の事を聞いてみようと思い前野さんに電話をかけた。すると前野さんも丁度良かった、といった口ぶりで稲川さんに話してきた。
 
「おかしいんだよ、稲川ちゃん。人形を作ってくれた先生なんだけどさ。」
「うん、どうしたの?」
「行方不明なんだって。」
「え?何それ?」
「うん、こっちから先生のところにはどうしても連絡がつかないから、色々な人に聞いてみたんだよね。そしたら’あの人今は行方不明なんだって’って言うんだよ。」
「なんだ・・・しょうがないね・・・。」
 
 人形の修理は出来なかったが、そうこうしているうちに今度は台本が出来てきた。
文学座関係の作家で、純文学家の斉秀一さんという人物である。さっそく稲川さんや演出家の人達と共に原宿で打ち合わせが行なわれた。
 
「先生、ここどうしましょうか?」
「あぁ、ここは稲川ちゃんがアドリブでやってよ。その方が面白いからさ。」
「アハハ。はい、分かりました。」
 
 打ち合わせは順調に進み、その場はお開きとなった。
 
「僕は今日これから、帰ったら台本仕上げちゃうよ。」
「あ、どうもすいません。よろしくお願い致します。」
 
 その日の夜。稲川さんの元に前野さんから電話があった。
 
「やあ、前野さん。どうしたの?」
 
 受話器の向こうで表情は分からなかったが、前野さんの様子は只事ではなかった。
 
「稲川ちゃん大変だよ・・・!」
「・・どうしたの?」
「先生の家、火事で全焼しちゃったんだよ・・・。」
「えぇっ!?」
「さっき僕が電話したときは燃えてる途中だったみたいなんだけど、今さっき連絡が取れたんだよ。・・・全焼なんだって。」
「原因は何なの!?」
「分からない・・・でも先生が書いてた台本の原稿、書斎から出火したもんだから全部燃えちゃったって・・・。」
 
 しかし舞台の稽古は続けなくてはならない。仕方が無いので台本無しという緊急事態のまま稽古は本格的に始まった。
 
稽古が行なわれていたある日の事。突然前野さんが稲川さんに
 
「稲川ちゃん、ちょっとごめん。電話してきていい?」
 
と尋ねてきた。稽古熱心で途中で席を外したりする事が普段はほとんど無いという前野さんだった為に稲川さんは不思議に思ったが、
 
「あぁ、いいよ?行って来なよ?」
「うん、ごめんね。」
 
 そして階段脇の公衆電話に向かった前野さん。しばらくすると、通路の方から
 
タッタッタッタッタ!
 
と、駆け足の音が聞こえてきた。前野さんだった。大柄な人のため足音も大きいのだ。
 
「ごめん、稲川ちゃん。帰らなくちゃ・・・。」
「どうしたの、前野さん。何があったの?」
 
 当時前野さんは家庭的にもめてる事があった。兄弟同士でみにくい争いがあったのだが、前野さんは普段そういった事には無関心な純粋な人であった。前野さんを含む兄弟には中野に住む年老いたお父さんが居た。 しかし親をそんな争い事に巻き込んでは可愛そうだという事で、稲毛にある自分の家に引き取り、当時45歳になる従兄弟の男の人に面倒を見てもらっていたのである。 この時前野さんは自分の家に電話をかけたのだが、出たのは警察の人だったという。 前野さんのお父さんの面倒を見てくれていた45歳の従兄弟の人。 この人が急死したのである。原因は警察が調べているところなのだが不明らしい。とにかく帰ってきてくれ、と警察に言われたのである。
 
「イヤな事が続くねぇ・・・。」
 
 稲川さんは思わずつぶやいた。
 そして、色々とゴタゴタが続いたが舞台はいよいよ公演の日を迎える事が出来た。
評判は上々で、稲川さんや他の出演者達がTVに出演する事もあった。
 
 そんなある日の公演。朝、稲川さんが現場に出向くとその場所にいる人達の様子がおかしい。気が付くと、美術さん、照明さん・・・ありとあらゆるスタッフや出演者達が怪我をしているのだ。包帯を巻いたり湿布を貼ったり・・・。
「ガラスで切った。」
「包丁をすべらせて刺してしまった。」
理由は人によって色々あるのだが、怪我の場所は全員が同じ「右手と右足」。
 
 そして、その日の公演「昼の部」直前の事である。 稲川さん以外の出演者が全員倒れてしまったのである。熱を出したり下痢を起こしたり・・・。とにかくお昼の公演は無理である。 お客さんには事情を説明して、お昼の部のチケットでも、その日最後の「夜の部」を見られるように、見ない人にはチケットを買い戻すという措置が取られた。
 
 そして稲川さんの発案で、大変ご利益があるというお寺に行って関係者一同御払いをしてもらう事にした。
 夜になる頃には具合の悪かった出演者達もいくらか回復し、夜の公演が無事に行なわれる事となった。 お昼の部のチケットを持っている人は、ほとんどが帰らずに夜の公演を見ることにしたらしく、会場は立ち見客を含めて満員だった。そろそろ暖かくなってくる時期だしそれほどまでに人が大勢集まっているにもかかわらず、客たちは声を揃えた。
 
「この会場寒いよね・・・。」
 
 稲川さんは舞台の袖で待機していた。そこへ、稲川さんの家に居候していた人がやって来た。何とも奇妙な顔をしている。
 
「稲川、おかしいよ・・・。」
「何が?」
「黒子さんの衣装を着た出演者は何人居る?」
「えーと、そうだなあ。少女人形3人、少年人形3人、それと舞台監督さんだから全部で7人だろ?」
 
「・・・8人居るんだ。」
「・・・ウソつけ!」
 
 舞台の背面にある壁には、ホリゾントという幕が天井から舞台の床まで垂れ下がっている。 その幕に色々な光を当てたり影を投影させたり、特殊効果を与えて演出して行くのだが、そのホリゾントと壁の間のわずかな隙間に人が立っているというのだ。
 
「・・・お前それ誰かに言ったか?」
「いや、言ってないよ。」
「言うんじゃないよ?・・・皆気にするからさ。」
 
とは言ったものの稲川さん自身も気になって当たり前である。目は自然とその「誰かが立っている辺り」を見てしまう。すると、小さな明かりが2つ見えた。
 
(あぁ、なんだ。舞台監督さんか。メガネに光が反射してるんだな?)
と思って少し安心した。しかし、しばらく見ているとその小さな光2つが、ゆっくりと稲川さんの方を見るように角度を変えてきたのだ。
 
(そんなはずって・・・ないんだよね・・・。)
 
 この時の様子を、稲川さんは思い出すとゾッとするという。それもそうである。 もしメガネに光が反射しているのであれば、角度を変えた瞬間光を反射させている「光源」からメガネまで光が届かなくなり、消えるはずだからだ。 しかしこの時点では稲川さんは気が付かなかった。舞台監督さんの声が聞こえて来たからだ。
「稲川さん、こちらです。稲川さんこちらです。」
小さな声で誘導してくれる。
 舞台が暗転、つまり真っ暗闇のうちに稲川さんは舞台に上がり、所定の場所まで歩いていく。だが暗くて足元が見えないために舞台監督さんが誘導してくれるのだ。 舞台の真中辺りに稲川さんが差し掛かった時である。稲川さんはハッ!とした。 少年人形、少女人形の黒子さん6人は自分のすぐ間近に居る。舞台監督さんはホリゾントの後ろ、つまり小さな光が2つある場所とはまったく違う、舞台の反対側の袖に居るのだ。
 居候の彼が言っていた事は証明されてしまったのである。
 
 やがて稲川さんがスタート位置に付き、ホワイトスポットが稲川さんに当たり舞台が始まった。
 その瞬間。
 
パーン!
 
という乾いた音と共に少女人形の右手が割れたのである。中からは骨組みが見えていた。 舞台も佳境に入り、ある役者さんがその少女人形を棺桶に入れて引っ張るというシーンでの事である。
 棺桶は丈夫な木で作られた物で重さが8kgもある。しかし大の大人が二人掛りでも持ち上がらないというほどの重さでもない。しかし、持ちあがらない。まったくビクともしないのだ。
 やがて棺桶からはフワ~ッとドライアイスを入れたように霧が立ち込めてきた。
「わ~・・・。すご~い。」
 お客さん達は上手な演出だと思いこみ、拍手をしながら見つめている。仕方が無いので棺桶はその場に置いておくこととなった。
 やがて棺桶を引っ張る役の役者さんが戻ってきて舞台監督さんに尋ねた。
 
「・・・ドライアイスなんていつ入れたの?」
「・・・いや・・・入れてない。」
 
 そして舞台は最後の場面を迎えた。声優の杉山和子さんという女性が、後ろを向いたかと思うと老婆の格好から綺麗な女性に一瞬にして早変わりする、というとても美しいラストシーンでの事である。 なにしろ外国の取材人が見て絶賛したほどの、最後の見せ場であった。
 杉山さんが後ろを向いた瞬間の事だ。
 なんと杉山さんがかぶっている頭のかつらに火が付いたのだ。
 確かに演出で火は付く事になっていた。しかしそれは本当の火ではなく、例えばボール紙を切りぬいて火の形を作り色を塗ったような、作り物の火なのである。舞台は騒然。
 お客さん達もそれが演出ではなく事故だという事に気が付き大混乱となった。 そうでなくともあまりにも不可思議な現象が多発していた為にスタッフですらパニック状態である。
 結局この日を境に舞台は、事情をお客さん達に説明して、公演その物を中止せざるを得ない状況にまでなってしまった。


稲川淳二の怪談 迷い込んだ友人

2009-07-27 23:00:18 | 心霊・怪談

迷い込んだ友人

 私の、昔からの仲間で、仮に、オオタとしておきましょうか。かなり個性の強い男がいるんですよ。 この人の家業は、代々続く骨つぎの先生で、もう四代目になるんですが、人の生命の脈って言うのかな、そういったものを、自分の手で探っているから、なんて言うのか、非常に勘が鋭いんですよね。  で、このオオタさん、生きてる人間の脈も探るけれども、死んでいる人の、魂の脈っていうのも、どうやら、わかるらしいんだな。 お坊さんの修業もしてるんですよ。 私は時間ができると、勝手に自分で、心霊探訪だ、なんて言っちゃあ、あちこち出かけるんですけど、この人も、よく私に、つきあってくれるんですよ。 ところがね、この人と出かけると、いつも、なにか妙な事が、起きるんです。 なにかおかしい。でも、それがなんだか、楽しみなんですよ。不思議な人なんですよね。 丁度それはね、長野から岐阜に抜けるあたりなんですが、そのあたりって、昔から心霊スポットと、呼ばれるような所が、結構あるんですよ。 怪奇談とか怪異談と言われるような、不思議な話、それがある土地なんです。 ある時ね、彼と出かけることになって、知人に紹介された宿でもって、落ち合うことにしたんだ。 私はね、約束の時刻に来てるんですがね、彼は姿を現さなかった。(なにしてるんだろうな。随分遅いなあ?)と思って待ってましたよ。でも、なかなか現れない。 すると、宿の人が「あのお電話ですよー」って言ってきたんで「ハイハーイ」って電話に出た。「はい、もしもしー?」「あっ、すいませーん」 オオタさんの声でしたよ。「今どこー?」「それがですねー、なんだか、良くわからないんですよねー。なんか、同じような所を、グルグルグルグル、回っているようなんですよ。ここね、ナビに出ないんですよね。霧は濃いし」「そうなんだ。じゃあさ、なんかさ、建物だとかなんか、こう目印になるようなものある? 目印があるんだったら、教えてよ。宿の人に聞いて、道わかるように説明するからさ」「はーい、目印ね。それが……」 と、言ってると、突然、電話の向こうで「ああっ!!」って叫ぶ声が聞こえたんですよ。「あっ? なんだあれ? なんだ、あの連中」 こっちは、なんのことかなと思って、聞いてると、声のトーンがあがってね、「今ねー、霧の中からね、ああ! また、横、通った」って言うんですよ。 で、彼、私のことを、普段、ニックネームで『座長』って呼ぶんですけど、「座長ねー、今ねー、車の外なんだけど、血まみれの兵隊が、ゾロゾロゾロゾロ歩いて行くんですよねー」って言うんですよ。「あっ! 向こうで煙が上がってる」って言う。「あのね、レンガの建物が燃えてるんですよ」って言ってるんですよ。  そのオオタさんの声に交じって、遠くの方で「ザーーッ」というような音がしてる。 私ね、たぶん、それ映画の撮影かなんかだと思ったんで、宿の人に聞いたんですよ。「このあたりで、そんな映画の撮影してますかねえ?」「いや、映画の撮影ってのは、聞いてないけどなあ?」って言いながら「うーん……兵隊さんねえ。それで、レンガ造りの…ねえ。それねえ、ここからね、二、三キロくらい西にね、昔、旧日本陸軍の研究所だか、その軍事工場だかなんかがあったそうですよ。「爆撃を受けたか、事故だったのか、よくわからないんですけどね、たくさんの人が死んだらしいんですよ」って言うんですよ。 そんな話をしていると、外で「遅れちゃって、すみませーん」って、オオタさんの声がしたんですよ。(あれ??)と思って行ってみたらね、彼、そこにいるんですよ。「なんだ、あんた随分早いね」「そうなんですよねえ。なんか変なんですよ。自分でもおかしいんですけどね、霧の中、夢中で走ってたら、トンネル入ってね、抜けて少ししたら、ここに着いちゃったんですよ」「だって、あんた、電話を切って、せいぜい二、三分だよ?!」「そうなんですよねえ。おかしいなあ」 なんて言ってたら、宿の人が来て、「あの、このあたりに、トンネルないんですけどね」 って言うんですよ なにか、世の中には、理解しがたいような、その次元の違う世界が、あるのかもしれないですよね。 おもしろいですよね。本当にそうなのかもしれない。 出典:新 稲川淳二のすご~く恐い話 異人館に棲む少女情報提供:株式会社リイド社