ぼちぼちいきましょ~中咽頭がん&乳がんブログ

女性には少ない中咽頭癌と乳がんのダブルパンチ!
とほほ...ながらも毎日なんとかやってます

放射線終わってからは。。。

2014-11-04 23:09:25 | 日記
やっと放射線が終わり、あのマスクからも解放され、あとは退院するだけ・・・

ちゃうちゃう!
放射線の威力を舐めたらあきませんで~~!
放射線は放射が終わってもジワジワと浸食してきます。

病院にいる間は狭いスペースで寝たり起きたり、食事が食べられなくても輸液で補充したり、鼻から入れたり、何と言っても同じ病気の人が回りにワンサカいるわけですよ。
だから1人じゃないって思うわけですよ。
励まし合える仲間がいるんです。

しかし、お家に帰れば病人は自分ひとり。
一気に現実の世界にひとり放り出された感じです。

私の場合、11月5日に35回の放射が終わり、10日に「退院の予行練習を兼ねて一度家に帰ってみたら?」と言われ帰宅しました。
辛かった・・・・・まじで辛かった・・・
たった一泊しただけなのに早く病院へ帰りたくて、病院へ戻ったときはホッとしました。



病院では放射線の10回目くらいまではクロワッサンとかどん兵衛とか食べてましたが、15回目くらいから殆ど食べ物が喉を通らなくなってて、朝昼晩とテルミールしか飲めない日が続きました。

21回目に3回目の抗がん剤を入れてからは身体もついて行けなくなって殆ど寝たきり。

30回目の放射線の時に高熱が出てカテーテルを抜く事になりました。
中心静脈カテーテルから菌が入ったせいで熱が出た場合は肺にカビが生えるとか何とか言われて、念のため抜く事になったのれす。
さあ大変です。
カテーテル抜いたら高カロリーの脂肪分が入れられなくなりますよ。
なんとしてでも食べないと鼻からチューブですよΣ( ´д`;)
チューブだけはイヤやと、何とか食べようと努力するんやけど、食事を目の前にしたら全く食べる気が失せる、、、
看護師さんに何回メニューを変えてもらった事か。
ゼリーの食事とか、お粥の種類とか、何回も変えてもらったけど結局食べられずそっとワゴンに返しに行くという・・・(涙)
看護師さんには食べた量をちょっと多めに申告してたけど、結局毎日体重を計るから痩せてるのがバレバレで11月13日にはとうとう鼻チューブを入れられました。

放射線中は放射線酔いでマーライオン、今度はチューブでマーライオン

そんなこんなで食べれないまま30日に退院をしました。

今度は退院なのでもう病院には帰れません....
病院でも食べられないのに家で食べられるわけがありません。
口に出来る物は痛み止めと吐き気止めのお薬だけ。
あとはうどんのお出汁をお椀に半分飲めたら良い方でしたね。

で、体力も無くなっていくし、夜も体中が違和感で寝れないのですよ。
ソワソワ病の事をこないだ書いたけど、そんなもんじゃない。
身体中か気持ち悪くてじっとしてられない(涙)
どんな体制を取っても寝られなくて、ウワーーッ!!って叫びたい衝動にかられてました。
一晩中天井を見つめてる日もあったな。

それに体重はどんどん減るし、人間は想像以上に痩せて行くとめっちゃ不安になるんやね。
この頃は毎日が不安で不安で、もう人間らしい生活は出来なくなるんじゃないかとお先真っ暗な事ばっかり考えてました。
それに私はリンパにまだしこりが残ってたので、退院後のPET検査の結果次第で手術すると言われていたので、それも怖くて怖くて毎日が生きた心地がしませんでした。

12月3日の手帳には一言、「うつ」って書いてました(笑)

12月6日には退院後の始めての診察があって、フラフラのまま病院へ行ったら、センセがひと言
「しんどいやろ~~」
「先生、私大丈夫やろか・・・・」
って言ったら
「大丈夫大丈夫!絶対食べられる様になるし、元気になるから
医者が絶対って言葉使うのはよっぽどやで」
って、、、この言葉がどれだけ励みになったか・・・(涙)


先輩方のブログに色々と弱音を書き込んだとき、みんな口を揃えて4ヶ月あたりから楽になるから。。って言ってくださってて、ほんとうに4ヶ月あたりからちょっと楽になりはじめました。

退院1ヶ月2ヶ月あたりは食べると口の中に水泡がいっぱいできて痛くて痛くて食事するのが怖かった事もありました。
でもそれも徐々におさまってきて、今ではカレーも食べられますよ


明日で放射線終了してから丸2年です。

まだまだ後遺症との戦いですが、これから治療に入るみなさん、治療中で戦いの真っ最中のみなさん、必ず良くなる日が来るから!
あせらずに頑張りましょう!
  

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17 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
このブログ (弱虫)
2014-11-05 11:50:30
思い出したよ。まったく同じだからね。
マーライオンはあまりひどくないから、私の方がまだましかも。多分鼻からチューブは2ヶ月位やってたと思う。嗽をするのも大変で、ドロドロの痰と血を吐いてたな。
それでもネコさんが言うように、入院中の方がまだ精神的には保たれてた。同志もいるし先生も看護師さんもいる。
だから退院が決まってからが精神が不安定になった。1週間は姉のところに居たけど、独り暮らしの部屋に戻ってからは本当に地獄でした。
眠れない、不安感でじっとしてられない、食べられない…。今思い返してもぞっとするよ。
まだその頃はブログを見つけられてなかったから、3ヶ月は地獄でしたね。情けない私を見て回りも困惑してたよ。自分が崩壊していくのが止められるすべがなかった。
しか~し、ブログを見つけてからは、スッゴク気持ちが落ち着いて、私だけじゃなかったと思えてからは、鬱から立ち直っていったのだ。
メンタルの先生よりも先輩のブログです。
未来を見せて貰いながら、背中を押して貰いながらノロノロ歩き始めたのです。
辛いときは無理しない、無理にがんばらない、病院で仲間を作って助け合う。
そうすれば、いつの間にか退院できますよ!
そして、楽しい楽しいオフ会に参加するんです。
待ってますからねー!!
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追伸 (弱虫)
2014-11-05 12:12:40
このブログ本に出来ないかしら。
患者さんはもちろんドクターにも読んで欲しい。
患者さんがどんな気持ちで、どんな風に考えてるのかが理解できるよね。
私も患者になったお陰で、仕事には本当にブラスになってます。こんな勉強は教えてもらえませんから(笑)
誰か出版関係の方いませんか~!
せめてプリントアウトだけでもしたいよね。
やまたくさん探して~!
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お久しぶりです (mafu)
2014-11-05 18:27:21
ねこさん、みなさん、お久しぶりです。
老眼のスマホからなので、誤字があったらごめんなさい。
も~いろんなことが重なり、北海道に帰ったりとバタバタしておりました…まだしておりまして…

ねこさんのブログを読んで、思い出して涙でてきます…
主人は、胃ろうがうまくいかず、退院前の一ヶ月以上は点滴だけでした。
それなのに、何も飲んでも食べてもいないのに、胃液のマーライオンの毎日で、メンタルもどんどん悪くなり、専門の看護師さんに来ていただきました。

温泉たまごしか食べられないのに、退院したもので…みなさんと同じように、退院してからの苦しみは、さらに辛かったです。
そばで見ている私も本当に辛く…
そんな時、みなさんのブログと出会いました。
あせらず信じていけは良い…と思えました。
本当に本当に救われました!!
みなさんとの出会いがなければ、乗り越えられなかったと思います。

弱虫さんに賛成です。
病院の先生に相談しても、唾液少ないね~しょうがないんだよね~だけなので、
体験された方のお話が一番助かります。

主人はちょうど2年前、50歳の誕生日は、告知直前の人生最悪の誕生日でした。
でも、今年はお肉を食べにに行く予定です!
お肉ですよ!!ここまできました~

これから治療の方も、いろいろと不安でいっぱいだと思いますが、とにかく今は治療がうまくいくことだけを信じて、願って、祈って、乗り越えてくださいね。
長くなりました…ではまた。
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弱虫さん (ねこ)
2014-11-05 22:09:45
弱虫さんも良く頑張ったよね~。
ほんとに辛かったもんね~。
それも一人暮らしであの地獄に耐えたのはマジですごいよ。
精神病んでてもおかしくないもんね。
いかり豆さんのブログで出会わなかったらお互いどうなってた事かね、わからないね。
大舞我さんのブログにも助けられたし、本当にこの病気はひとりで克服するのはチョー難しいよ。

大舞我さんのブログも本にできないかってやまたくさんが言うてたね。
ほんとそう思うよ。
私のブログはさておき、大舞我さんのブログはこの病気の人にとって道しるべだしね。
それにブログだと過去ログ見るの大変だし。
目次がある本がいいよ。
誰か出版社に知り合いいないのかねぇ。。
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mafuさん (ねこ)
2014-11-05 22:18:58
お久しぶりです。
色々と大変そうですが、大丈夫ですか??
身体には気をつけてくださいね。

ご主人も退院してから大変でしたよね。
色々ありましたよね。
始めての書き込みから、ご主人も今ではお肉が食べられるようになったんですねー!
すごいすごい!
みんなそれぞれに後遺症や色んな問題を抱えつつも、元の生活に戻りつつあってうれしいです。

これから寒~い冬がやってきますよ。
風邪に気をつけt、mafuさんも無理しない様にしてくださいね。

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禿同 (マルモ)
2014-11-06 00:11:11
ほんと同じような体験してますね~。
鼻管入れたくなくて食べた量多めに申告したり。体重も多めに申告してました。最終的には3キロぐらい多めに申告してましたw

退院してからの孤独感も結構ありました。夜も放射線から来る灼熱感がひどくて、寝れませんでしたね。退院が8月でしたが、寝室はクーラー最強にして、首と脇の下に氷嚢入れてやっと眠れる感じでした。それでも1時間おきに目が覚めてました。しばらくは熟睡できませんでしたね。

日中も体動かす気になれず、一日パソコンの前に座ってました。そんな中、たまたま行き着いたのが大舞我さんのブログでそこからねこさんやmmさん、ぱつさん、しのりんさんのブログでした。ほんと暗闇のなかで光がさした気がしましたよ。
そこで目にした体験談やコメントにどれだけ救われたことか。
ほんとみなさんのブログはこの病気なった方々の道しるべですよ。

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私の場合 (大舞我)
2014-11-06 07:32:27
私の場合、9回ほど放射線照射したらいろいろ出てきましたね。
一部のものしか食事ができなくなり、スープ系のものを飲んだり口当たりが良かったからアイスクリームばかり食べていましたよ。
そして、常に喉が乾燥しているような状態で、ジリジリとした灼熱感も感じていました。
またこの頃には、もう味覚障害が出てきて、味も全く感じなくなっていました。
放射線10回照射で、ズゴッと毛が抜けて後頭部が禿げ上がりました。
放射線を24~25回照射した頃は、もう一食も口から食事は取れなくなっていて三食胃ろうからで、クスリも飲めなく胃ろうからの摂取でしたね。

退院後は、痩せ細り・体力も無くなって疲れやすく・白血球・赤血球の数値も尋常でなく、立ちくらみや貧血症状・口内炎・粘膜炎・首の皮膚炎・舌の焼け・数々の副作用に悩まされ、常に体がふわふわ、フラフラしている状態でしたね。
また急激に冷え性になって、寒くて寒くて(退院は春)しょうがなかった。大量の痰が出たり、そして全く唾液が出なくなっていました。

しかしながら現在はすごい食欲!からいもの全然OK・・・ピザにはタバスコ・うどん、そばには唐辛子たくさんかけまくり・ホットドックに一列マスタードOK等。
味覚もほぼ完璧に戻りました。
ただ免疫力は弱くなったので、風邪をひいたり具合は悪くなりやすいです。
あとは唾液が出て、痰が出なくなれば言うことなし!なのですが。。。

皆さん!私のような事例がありますので諦めないでどうか前向きに捉えてくださいね。
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じゅりえった (僕の場合)
2014-11-06 22:09:57
僕の場合は抗がん剤4クール、3・4クールから放射線併用でした。放射線途中から食べるのが辛くなってきて、クロールから表彰状ほしいぐらいスープばっか飲んでました。30回程で一旦ギブ!少し休んで再開しました。少し休んだ事で凄く楽になりました。
だから、これからの人は無理に我慢しなくていいんですよ~辛ければドクターに相談しましょ!
退院の時の状況はねこさんとは違います。僕の病院は口から食べれるようになってから退院なんです。味覚は一旦ゼロになったから食べれる物は少なかったけど、色んなものに挑戦してました。
娘の受験の時期だったし、何もしてあげられなかったどころか大事な時期に大病を患い、そんな中病院に来て受験勉強してたのを思い出すと今でも泣けてきます。自宅に帰れるのはうれしく、すぐ京都北野天満宮に合格祈願にいきました。
で、僕は元気でしたよ。会社は2ヶ月ぐらい自宅療養してていいよって言ってくれてたけど、一人家にいても楽しくないし、あちこち出かけてました。親父の中古車探しに滋賀から富山に見に行き、イマイチだったので二日後神奈川の座間まで車で行ってました。
ぼちぼち会社にも顔を出し、2週間後には復帰しました。
退院の時はもちろん、入院の時には退院の時には治ってるって思ってたから気持ちは元気でした。気持ちが元気になりかけたら外に出て色んな人と触れ合うと元気が加速していくような気もします。
ただいろんな人の話を聞いてると心無い事を言う人もいるみたいやけど・・・まぁ僕はそんな奴の言う事は気にしない性格やから耳には入ってこなかったけど・・・

でも、癌だった事を聞いて離れていった人はいました・・・それは寂しかったです。
逆に普通に接してくれたり、癌だって事を笑いに変えたりして付き合ってくれるホントの仲間とそうでない人が分かったのは良かったかなぁ?

またいっぱい書き込んでごめんなさい。
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マルモさん (ねこ)
2014-11-06 22:32:48
マルモさんもやっぱりウソの申告してた??
ウソ言ってもしょうがないのにね。
私も何とか鼻チューブを阻止しようと必死でした。
マルモは夏に退院やったんですね。
放射線で身体が熱いってあるんやね。
私は冬やったから寒くて寒くて仕方なかったけど、熱いのも嫌やね。

一時間置きに目が覚める・・・わかります。
ほんと、熟睡なんて出来ませんでした。
今ではもうちょっと寝たい・・・って毎朝思ってますが

私たちが救われたほうに、私たちの体験談がこれからの人のお役に立てればいいですねー。


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大舞我さん (ねこ)
2014-11-06 22:46:23
大舞我さんの経験は本当に壮絶ですよね。
副作用の嵐の中、よく通院できましたよね。
読んでると私が感じてた辛さの何倍もの痛さや辛さを味わってはる気がします。
それにお仕事も早々と復帰されてたし・・・
やっぱネ申ですよ。

私もアイスクリームは良く食べていました。
でも味覚がなくなってからは不味くて食べられませんでした。
甘くないアイスを食べたのは始めてです。
味覚が無くなるって聞いてても想像できなかったし、実際味覚が無くなると想像を絶する位のショックでしたね。
それに加えて唾液がないから飲み込めないし、本当に絶望の日々でした。

でも大舞我さん達が私を助けてくれました!
今ここで、もう一度お礼を・・・
ありがとうございました!!
花束贈呈

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