ボイスコイルについて書き忘れたことを思い出したので、追記させていただきます。
それは私が経験したボイスコイルについての大トラブルについてです。
スピーカーの量産設計をする場合、最初に手造りの試作サンプルをいろいろと試作し、最終の標準ユニットを設定します。余談ですが、ソニーではこの手造り試作の最終標準ユニットのことを、愛情を込めて「神様」と呼んでいました。理由は、それは絶対に変更したり壊したりしてはいけない絶対的なもので、神のような存在だったからです。個人的には結構この呼び方は気に入っていました。
さて本題に戻りましょう。
そうやって設定した最終標準ユニットを量産で再現するために、量産前の確認サンプル(通常は数十個くらい)を製作し、手造り品の再現がちゃんとできているかやその他の品質上の問題が無いかについて確認を行い、その後量産となるわけですが、この量産初ロットでスピーカーの音質が全く再現しないという問題が発生したのです。
これは設計者としては最悪な状況で、とにかく大至急原因を調べて対策を打たなければならない状況なのです。こういうことが起きた場合先ず最初にやることは、各スピーカーユニットの特性の差と、各パーツや接着剤等が手造りサンプルと違っていないかの確認をすることです。
ところがこの時、特性はおろか、各パーツの仕様は全く同じだったのです。というか全く同じに見えたと言う方が正しいのですが・・・・・。
そこで次にやる事は、各部品をひとつひとつ別々に手造りサンプル時のパーツと組み合わせて音質確認を行うのです。そこで分かった事は、ボイスコイルだけが何故か量産用のパーツを使うと音が変わってしまうということでした。でもその両方のボイスコイルの電気特性や各寸法等をいくら測定してもどう見ても違いが分からない。まだまだ経験の浅かった私は本当に目の前が真っ暗になってしまったのです。
先輩に聞いてもこれといったヒントもなく、いよいよ追い込まれた私は藁にもすがる思いでボイスコイルメーカーに行き、何でもいいから試作と量産で何か条件が変わったことがないか教えてほしいと訴えたのです。最初は彼らも絶対に何も変わっていないとの事だったのですが、いろいろ話をしていくうちにやっと真犯人が見えてきました。
それは誰も予想だにしていなかったボビン材料の目方向の違いだったのです。通常ボイスコイルメーカーにサンプルを依頼する場合、ボビン材の材料や板厚、サイズ等は指定しますが、目方向については指定しません。この時に採用していた材料はノーメックスという材料で、この材料は大きなロール材で製造するためその材料には目方向があり、縦と横では微妙に物性値(強度等)が違っていたのです。
ところがこの事を私はもちろんのこと、肝心のボイスコイルメーカーでさえ意識していなかったため、試作時点ではたまたま在庫に残っていた端材の寸法取りの関係から通常は使わない方向でボビンをカットしてしまったのです。試作時には、ボビン材はボイスコイルに対して目方向は縦方向に、量産時は横方向にカットされていました。
ボビンの物性値が違うといってもスピーカーとして見ればほとんど誤差の範囲であり、当然スピーカー完成品の特性の差には現れません。でも音質は大きく違っていたのです。この時、私は心底スピーカーというのは本当に怖いものだなぁと痛感したのを今でも鮮明に覚えています。
その後の検討で、目方向は横方向で使う方が音質的に使いやすいということも分かり、ボイスコイル図面に目方向のある材料を使う場合にはその指示を書くようにした事は言うまでもありませんが、このような一見非常に地味に見えることの積み重ねでスピーカーユニットというものは設計されているのです。
幸い現在PARC Audioの使用しているボビン剤のカプトンには目立った目方向の差は無いのでこの点の心配はないのですが、設計者としてはうっかりするとつい指示を忘れることがあるので、本当に要注意部品であることに間違いはありません。
ちなみにこの事は、当時の諸先輩方もあまりご存知ではなかったようで、本当にスピーカーというのは奥が深いなぁと痛感した次第です。
今回のエントリーで量産前に手でサンプルを作ると書いてありますが、今の製品もそうやって作っていったのでしょうか。自分の手で直接音を作り出せるなんてうらやましい限りです。
ところで話は変わりますが、ウッドコーンF131WのXmaxを差し支えなければ教えていただけないでしょうか。この最近いろいろな設計支援ソフトを試しているのですが、Xmaxの入力を要求するものがあるので。
F131WのXmaxの件、大変失礼いたしました。自分ではWebに記載していたつもりだったのですが、抜けていましたね。
F131WのXmaxは2mmとなっております。
試作サンプルは時間の許す限り極力自分で試作するようにしています。その方が量産時の製造上の問題点となりそうな点とかを見極めやすいからです。
中国ではみんな器用なのであまりもめませんが、メーカー勤務時代はよく製造のメンバーと「こんなものは作れない」ともめることがありました。そんな時に私は必ず彼らの前で自分で作って見せ、「製造のプロでない私が作れるのだから、製造のプロのあなたたちが作れないはずはないですよね」と言って説得していました。自分で作って確認するということは非常に重要です。
お役に立てて何よりです。
今後ともよろしくお願いいたします。
前回回答しましたXmaxに間違いがありましたので、修正させていただきます。F131WのXmaxは4.5mmです。
ご迷惑をおかけし、申し訳ございません。今後気をつけます。