一日2回ブログ更新初。(よければその1からどうぞ)
タクシーで道路に面してる納骨堂前に着いた。
あれっお寺は?
当初お寺さんのお参りお賽銭して納骨堂の香炉のお線香を献香するつもりだった。
取りあえず香炉の横を通って納骨堂の階段を上がり扉に手をかけるも開かない。
24時間何時でも開放と聞いていたが鍵かかってる?
ただ表に配置表貼ってあり聞いていた彼女のご主人の親族の名前ありほっと安堵。
正直半信半疑で情報ガセだったらどうしようと思っていた。
道路前に戻り道行く人に聞くつもりも人が通らない。
仕方なく近くに保育園あったので塀越しに保育士さんに聞いた。
納骨堂の狭い脇道入ったらご住職のお住まいあるからそこで聞いてほしいと・・・。
おっかなびっくりインターフォン押したら住職の年配の奥様出てきて用件伝えた。
親切にも案内してくださり納骨堂の前の配置表指して分かりますか?と
〇〇〇〇様のところに安置されてる〇〇〇〇さんの大学時代の友人ですと答えると
「お医者様の・・・」
「奥さん乳がん発症されたらバタバタとご主人お医者なのに」
「ご子息大きくなった」
「もう忙しいのかお盆の時1回しかお見えにならない」と
彼女の事知っていた。久しぶりに彼女知ってる人と会話。
でもこれで100%彼女亡くなりここに眠ってると今更ながら・・・。
納骨堂開き戸なくで引き戸だった。笑
でも一人だったら照明のスイッチわからないし納骨堂内の香炉はご住職様専用。
おそらく間違えてここで献香していただろう。
奥様には彼女とは旧姓時代しか知らない。
結婚後は年賀のやり取りのみ亡くなったのも最近知った旨を伝える。
奥様の方からから私の立場配慮の申し出あり更に
「遠いところからご苦労様あなたもすっきりされたでしょう」と言葉いただいた。
納骨堂前の香炉でお線香と蠟燭灯して納骨堂内へ再び。(雨でなく良かった)
奥様からどうぞと言われ来客あるのでと先に出られた。
何だか小さいコインロッカーのようここに彼女いるのか。
前に立って拝みながら返答来ないけどしっかり対話した。
「この男はストカーか!墓まで来て」と言っているかな?
でも約束、大学4年の卒業間近中華街で食事した時60なったらお互いの近況報告
しようって・・・。
あの時はきっと不良中年やってるって言ったけど、何だかしょぼいエロ爺さんだなぁ。
それに大学3年の春休みにこちらに遊びに来てずっとガイドしてくれた。
その後手紙で
「来てくれてありがとう。また来てね絶対来てね」と書いてあったから来たんだ。
どっちも社交辞令だっただろうけど来たもん勝ち拝んだもん勝ち。
「随分来るの遅かったね」
正直知らなかったまさか亡くなってるとは?
10年1月に年賀転居先不明で戻って来た時にびっくり。
でも下手に詮索したら迷惑かかると思って約束の時まで待ったんだ。
悪いけど年賀のやり取りあったんだから亡くなったのぐらい連絡欲しかったよ。
「相変わらず律義ね」
褒めてくれてありがとう。
俺を褒めるのはほんと上手だったなぁ。
「凄いどうして此処が分かった」
正直大変だったし資本も投下。
俺がよく話した愉快で乱暴な仲間たちのつて使ったんだ。
笑えるハードボイルドなやり取りしたし天国で逢えたら話すよ。
俺の場合100%天国行けるとは限らないないけど。
俺の方から
突然押しかけてびっくりだったかな?
でもご家族も1年に1回らしいからたまには毛色の変わったおっさんの訪問ありでは?
俺は旧姓のMさんの頃しか知らないそれも数年間。
有難迷惑だろうけどその頃のMさんの事忘れないようにする。
もうそれしか出来ないからね。
今日ほんとは黄色の薔薇13本とカセットテープお供えしたかったけど残念だ。
次来るときはもう少し軽い気持ちで来るよ。でも生きてるかな?
サヨナラ。
「来てくれてありがとう。また来てね絶対来てね」言ってほしかった。
納骨堂何度も振り返り駅へ向かった。
奥様に挨拶するの忘れたし、お住まいの奥にお寺あったようだけどお賽銭忘れた。
後記
横浜戻り非礼謝罪。
お賽銭はその際に構わないと言われたけど彼女に申し訳ないので現金書留。
これにてストーカー墓参り終了。
読んでて呆れられたかな?
墓参りのブログ書こうか迷いまして取りあえず公開も非公開にする予定です。
自分自身の備忘録につもりなんで・・・ぺこり
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3日のブログもリンクしてるのでコメント欄クローズします。
趣味趣味音楽:彼女の沢山のカセットテープ送った。交流のきっかけはカセットテープ。
ビーチボーイズのTAPE送らなければ交流なかった。
彼女は我儘女の罪、それを許さないのが男の罪と力説していた。笑
この歌送ったらとても気に入ったと手紙に・・・。