杏歌の独白

主にゲーム音楽の耳コピー話中心の予定ですが、美味しかった物や日頃思いついた事もつらつらと。

「気にするな」と言われても気になる

2016-08-22 | 日記・エッセイ・コラム
すでに起こった事を思い悩んでいる時に ひとから言われる「くよくよしたって仕方ない、気にするな」という言葉。
慰めよう、力づけようとしてくれる、ありがたいお言葉。

でも、実際問題そう言われただけでは なかなか「そやな」とあっさり切り替えにくい。
そういう自分に陶酔しているケースは別として、自分でも早く切り替えたいと思っている場合 ほんとに苦しい。
何も食べられず、眠れず、かと言って 気分の切り替えに外に出る気にもなれない。
私の場合 布団にくるまってじっと耐えるパターンです。
その間 布団の中で何をしているかというと「もう起きてしまった事。もうどうしようもない事。あの時は散々悩んで、あれがベストだと決めて行動したんだから 今自分を責めても仕方ない」と 自分の心に納得させてるんだと思う。

そんな事は当たり前で、頭ではわかっている。
でも心、というか感情がなかなか落ち着いてくれない。

あんな決断を下してしまった思慮の足りない自分に自ら罰を下す気持ちもあるかと思います。

でも、 いくら罰を下しても その時の自分はそういう決断しか下せなかったんだから くよくよしても仕方ない、という「あきらめ」が少しずつ つくようになってきたようです。
年齢と共にですね。
長年 散々自己嫌悪におちいってきた成果かもしれません。

相変わらずへこみはするけど、「次に同じようなケースに遭遇したら、もっといい行動を起こせるかもしれない。でも次も今回と同じ行動になるなら それが今の自分にとってベストなんだろう」と思うようになってきてます。

そしてそう思える気持ちに後押ししてくれるのが身近な人の「くよくよしても仕方ないよ。」という言葉かもしれない。
「くよくよ」という言葉で 自分の情けなさを自覚するので、ちょっと恥ずかしさもあるんですけれどね。







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