おしょうしな満腹日記~伊豆のお家ひまわり~

米沢スキー場ペンションおしょうしな跡地です。
2019年より大室高原オーシャンビューの一軒家ひまわりを営業中

米沢の歴史案内~8春の愛宕山へ

2021年04月24日 | 米沢の歴史案内
4月20日、ちょうど伊豆から帰省していた夫と市内遠山の愛宕山に登りました。

愛宕山は海抜559メートル、山頂には火の神軻遇突智命(かぐつちのみこと=迦倶槌神)を祀る愛宕神社が鎮座しています。


県道245号線から愛宕山登山道への案内看板。この看板を見逃さないように要注意です。


この看板には「愛宕山・片倉山館登山道」と表示されていますが、片倉山館とは、伊達家が米沢を支配していた時代に外敵の攻撃から米沢を守る防御のために愛宕山中腹に造られた砦跡のようです。

愛宕山周辺の山城ついてはこれから学びを深めて、いつか記事にできたらいいなあと思っています。



標識のおかげで無事愛宕山登山道の駐車場に着きました。
ここには大きな愛宕山全域の案内看板があります。





ふと看板の足元に目をやると、あたり一面が湿地になっていて希少な山野草ミズバショウが盛んに咲いているではないですか!




まだ登山を始めるまえにこんな素敵な花に出会えるとは、なんて幸先が良いんでしょう♡


斜面を登り始めるとまたすぐに大きなヤマザクラが迎えてくれます🌸


カタクリ


ショウジョウバカマ


ヒトリシズカ


イチゲの群落

登山道をゆく途中で次々と出会う可憐な山野草たちに、テンション上がりまくりです↑↑↑




一時間足らずの登山で登頂✨
山頂の愛宕神社はまだ雪囲いで覆われていました。
愛宕神社への参拝はまた次の機会に持ち越しです💦

この愛宕神社は名君上杉鷹山公が、ある旱魃の年に自ら登山して雨乞いのために祈祷をしたことでも知られています。

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明和8年(1771)は春先から雨が少なく、前年に続いて農作物への被害が心配されました。藩では領内の寺社に雨乞いの祈祷を命じましたが、雨は降りませんでした。
 こうしたなか鷹山は、自ら謙信を祀る御堂で雨乞いを始め、6月5日早朝には竹俣・色部の両奉行を連れて愛宕山に登り、降雨祈願を行いました。すると、午前11時頃から雨が降り始め一夜降り続きました。この恵みの雨により枯れ死寸前の農作物が生き返り、農民たちが大変喜んだと伝えられています。
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領民を深く慈しみ、自ら領民と共に行動を起こす鷹山公らしさを現すエピソードです。


愛宕神社脇、「鷹山公雨乞之碑」 の隣には大きなヤマザクラが見事に咲いていました。


晴天のこの日、山頂からは米沢盆地から越えて遠くの山々までがよく見えました。
雨乞い祈祷のためこの愛宕山を登った鷹山公も見たであろう、米沢市街地の眺めです。


以上、最後までご覧いただきありがとうございました。

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米沢の歴史案内~7西明寺

2021年04月17日 | 民泊・ひまわり
米沢藩初代藩主上杉景勝公の家老、<愛の兜>で知られる直江兼続は漢詩を詠む名手でもありました。

米沢市の西、斜平山(なでらやま)の麓に建つ西明寺に直江公が詠んだ漢詩の詩碑があると知り、自宅から3キロほど離れた西明寺までプチ遠足してきました。


大きな道路沿いに参道の入り口を示す石柱があります。




直江公の詩碑は米沢盆地を見下ろす位置にありました。
目の前の杉林がなければ米沢の町がもっと広く見渡せるはずです。

詩碑を凝視したけど、歳月を経ているためか残念ながらほとんど文字を判読できず💦
それでもこの歌碑に刻まれていた直江公の漢詩は、帰宅後ネットで調べて鑑賞することができました。
つくづくネットは便利ですね。



この詩は直江公が紅葉狩りに出た折り、夕暮れどきの西明寺で詠んだものだそうです。

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西明寺展望に題す直江山城守兼続詩

遠山西に望む 西明寺
はるかに憶う 最明寺投宿の秋
暮日林間まさに 外にめぐらんとし
無端の衣色 金風に満つ


(大意)
愛宕羽山山麓の遠山にある西明寺から遥かに秋の景色を眺めれば、遠い昔の最明寺入道時頼の故事が偲ばれる。日が暮れ月が出んとする時のめぐる様子がまざまざとみられる。思いがけなくも眼前一面に金色の風景が広がった。

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西明寺は上杉家の移封と共に越後~会津~米沢と移ってきたお寺です。
小さな町だった米沢を上杉家の城下町として大きく作り変えるプロジェクトの陣頭指揮を執っていた直江兼続公。どんな感慨をもって西明寺でこの詩を詠んだのでしょうか。



また西明寺の境内にある『虎尾樅(トラノオモミ)』の木(山形県指定文化財)は、上杉家3代藩主上杉綱勝が会津から嫁いだ媛姫(会津藩主保科正之の娘)の病気全快を祈願して、姫の故郷会津から取り寄て植えたものと言われています。




同じく境内にある薬師堂も万治三年(一六六〇)綱勝公の建立です。


様々に上杉家とゆかりの深さを感じる西明寺でした。


以上、最後までご覧いただきありがとうございました。

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米沢の歴史ご案内~6上杉伯爵邸でランチ

2021年04月08日 | 米沢の歴史案内
二月某日、上杉公園に隣接する上杉伯爵亭(上杉記念館)でランチをいただく機会がありました。
コロナ禍による自粛期間の只中でしたが、しっかりと感染対策が取られた少人数の食事会です。
(久しぶりの家族以外の人たちとの外食ということもあり、嬉しさのあまりこの日のために洋服を新調してしまいました、笑)

まだ春遠い二月の晴天。
雪と青空のコントラストが眩しい日でした。

玄関先にもこの積雪。
米沢の冬らしい光景です。


上杉伯爵邸は上杉家第14代上杉茂憲(もちのり)伯爵の邸宅として明治29年に建設されましたが、その後の大火で類焼。大正14年に再建されました。

この館の主、上杉茂憲伯爵は沖縄県の第二代県令を務めたことでも知られています。
当時は道路も未整備だったにもかかわらず、茂憲公は沖縄本土だけでなく宮古石垣両島まで視察の旅を敢行。困窮にあえぐ庶民の暮らしを目の当たりにして県政を改革しようと奮闘しました。
しかし中央政府は茂憲公の改革意見を黙殺。茂憲公は赴任から僅か二年で県令を解任され、志半ばで本土に戻ります。

しかし茂憲公が情熱を傾けた人材育成は後年実を結びました。
茂憲公が東京に派遣した県費留学生たちはのちに沖縄最初の新聞「琉球新報」創設、「沖縄銀行」設立などの他、那覇市長・首里市長・沖縄県最初の衆議院選挙で議員になった者など、政財界で活躍しました。
またのちに沖縄自由民権運動の創始者となった謝花昇(じゃはなのぼる)も、上杉県令時代に東京に派遣された県費留学生の一人でした。


高橋義夫著
「沖縄の殿様~最後の米沢藩主・上杉茂憲の県令奮戦記」




さて話は現代の食事会に戻ります。

上杉伯爵亭、館内のインテリアは元祖和モダンな雰囲気。


上杉家の家紋「竹に雀」の釘隠し。
このようなさりげない細工物を発見するとテンション爆上がりです😍 


通された部屋には小正月の伝統行事「団子の木」も。



運ばれてきたお膳には米沢の伝統料理が並びます。



「塩引き寿司」
縁起の良い紅白、米沢のお祝い寿司です。



「冷汁(ひやしる)」
干し貝柱と干しシイタケの出汁で季節の野菜を合わせます。
この冷汁も米沢の冠婚葬祭には欠かせません。



おみ漬け
青菜と大根、人参などのお漬物。
最上川水運による交易に来た近江商人から伝えられたことに由来する名前とか。



「鱒の道明寺蒸し」
郷土料理でありませんが、春の到来を予感させるお味です♡


南国沖縄での上杉茂憲公の奮闘に思いを馳せつつ、まだ雪深い米沢でいただく郷土料理の数々。とても美味しくいただきました。


以上、最後までご覧いただきありがとうございました。

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いつか花は咲く

2021年01月19日 | 民泊・ひまわり
令和三年の初投稿。本年もよろしくお願いします。

新型コロナウイルス第三波到来中。
多くの都府県に緊急事態宣言が発出され観光産業は苦境。伊豆の民泊ひまわりも今は開店休業状態となっております。

とはいえ、ここはジタバタすることなく、必ず来るコロナ禍収束後のことに気持ちを集中し、今できることを静かに進めています。
さいわい今はひまわりの建物内外をきれいに整備するよい機会。夫が毎日せっせと不用品を処分したり、庭木の剪定をしたり盛んに動いています。

将来再び皆様にお泊りいただくときには、一層清々しくなったひまわりにご期待ください


日曜日、山形にいる私のほうは南陽市の熊野大社にお参りしてきました。
おそらくコロナ対策のためでしょう、使用停止している神社の手水舎に色とりどりの造花がたくさん浮かんでいて華やいだ雰囲気。
ここだけ一足早い春が来ているようでした🌸

本物の花が咲く春が待ち遠しいです。


以上、最後までご覧いただきありがとうございました。

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米沢の歴史ご案内~5雲井龍雄

2020年11月04日 | 米沢の歴史案内
先日開かれた米沢市のボランティア観光ガイド<おしょうしなガイド>の会員向け研修会、テーマは幕末の志士であり天性の詩人雲井龍雄でした。

米沢藩士 雲井龍雄(1844~1870)。
戊辰戦争中は藩の指令で京都市中での諜報活動に奔走し、また薩摩藩を非難した名文「討薩の檄」で味方を鼓舞。
維新後は新政府に不満を持つ浪士を集めて政府転覆をはかった疑いにより逮捕、斬首されました。
享年27歳。



雲井龍雄の墓は米沢市内の常安寺にあります。



昨日は市役所向かいの北村公園のなかにある雲井龍雄のレリーフまで行ってきました。
街中でも紅葉が見ごろになってきました。




端正なお顔の下には名文「討薩の檄」の全文が彫られています。



初め、薩賊の幕府と相軋るや、頻に外国と和親開市するを以て其罪とし、己は専ら尊王攘夷の説を主張し、遂に之を仮て天眷を僥倖す。天幕の間、之が為に紛紜内訌、列藩動揺、兵乱相踵(つ)ぐ。 、、、、、



内容は、、、すぐには理解できません。これは手強い(-_-;)
秋の夜長、雲井龍雄が残した詩の数々をじっくりとひも解いてみようか、とも思います。

以上、最後までご覧いただきありがとうございました。

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