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http://mainichi.jp/opinion/news/20131009org00m010006000c.html 以下全文
サンデー時評:『三病人せとぎわ問答』/1−−「顔」
2013年10月09日
◇岩見隆夫(いわみ・たかお=毎日新聞客員編集委員)
A・78歳・政治ジャーナリスト・肝臓がん▽B・75歳・元会社社長・肺がん▽C・71歳・元大学教授・心臓病。三人に共通しているのは、人生の残り時間にさほどの未練はなく、達観しているらしいこと? そんなわけで、ここはひとつ相寄り、「三病人本音トーク」といこうかと。
◇ ◇ ◇
秋の午後、東京・K病院の応接室。
A 「しばらく。割合元気そうだが、単刀直入に聞く。おまえはあとどれくらい生きられそうなんだ」
B 「おれの人生は半分以上勘で生きてきたようなもんだから、勘だよ。長くて半年。医師もぐちゃぐちゃしゃべってくれて、おれなりに分析しているが、そちらはアテにならん。おまえのほうはどうだ」
A 「おれは医師に率直に聞いている。『寿命はあとどれほどか』って。医師の答えは『あなたは爆弾(肝臓がん)を抱えているんだから、それが破裂した時が勝負だ。私たちはしないように努力している』ということだ。破裂したら即お陀仏かというと、破裂の仕方にもいろいろあるらしい。まあ、明日でもおかしくない。身辺整理の時期ですな。ところで、きみは」
C 「ハハハハッ、ぼくの医師は『運命、運命ですよ』とすぐ言う。そう言うしかないんだろうなあ。だけどね、『運命』という言葉からは、あと一年というニュアンスはぼくには伝わってこないんだなあ。Bさんと同じように長くて半年。ぼくはそれくらいでいい」
A 「わかった、わかった。われわれ三人とも因果なものだが、少ない時間のサークルの中で、最後の息をしている。それでは、この際、語り残したことを吐き出してみようじゃないか。不遜にも中江兆民の『三酔人経綸問答』にあやかり、『三病人××問答』とか。おれたち、これまで本音で語るといっても、語ってこなかったからなあ。もういいだろう。本音のその奥にあるものも……」
C 「人生の瀬戸際で、宿題を出されたようなもんだ」
A 「おお、それ、いい、いい。『三病人せとぎわ問答』っていうのは」
B 「そんなところでいくか」
A 「最初のテーマはおれが用意した。『顔』だ。気楽に話せるところからな、もちろん男の顔だ。五十歳にして男は顔に責任を持てという。女はややこしくていかん。美醜が先に立って。
だれでも知ってる顔は総理大臣。幸か不幸か女がいない。二十一世紀、小渕恵三あたりから安倍晋三まで、これっ、というのいる?顔だよ」
C 「ぼくは決まってるんだ。本音の本音。野田佳彦さん」
B 「ほう、またどうして」
C 「政治家特有のいやらしさ、打算がみじんも顔にあらわれていない。正直者の顔です」
B 「正直といっても、総理たるものそれだけではさ」
C 「だって、政治なんてしょせんウソとの葛藤劇だろ。あの人は確実に反ウソの側に立っている」
A 「たいへんなほれこみようだ。しかし、ひとつの見識だと思うね。おまえはどうだ」
◇総理は人柄第一の顔論 語り残せない、あの方…
B 「迷いもあるが、おれは福田康夫さんだな。あの人がみんなの前に立つと、威風堂々ではないが、『ああ、これで日本は安心だ』という気持ちにさせられる。裏切らない、どこか断固としている。権力に対する執着心がさらさらない。あんな純粋な顔はめったにないよ。ところで、専門家のあんたはどう?」
A 「うん、おれは迷いがない。小渕恵三さんだ。一目見ただけではなかなかわからない、正真正銘の庶民性を内にぐっと秘めた顔。おれの経験だが、ちょっと変わったところもある」
B 「どんな」
A 「やたら電話が好きな人で、おれとも時々雑談していた。ある時帰宅して電話をとると留守番電話が入っている。『小渕恵三です。特に用事はありませんけど……』。ちょっとショックだった。総理と留守電の結びつきが。留守だとそこで切るんじゃないのかねえ。あの人は何の抵抗もなく、普通の人の感覚で留守電を使ってる。こんな総理いませんよ」
B 「総理の顔が三人揃ったけど、野田、福田、小渕、なんとなくイメージが似てるねえ。人柄第一の顔論。まあ、いいか」
C 「ところで、昭和を生きてきた者として、語り残せない顔が一つだけある」
B 「昭和天皇だろ」
C 「そう。戦前戦後の余人にはうかがい知れない苦悩の数々を表にはまったくあらわさないで、なぜあんな温顔でいられるのだろうか。われわれはあの温顔にどれだけ救われてきただろうか。昭和を代表する『唯一の顔』として、忘れることはできない」
B 「おれもCさんと同じようなことをしゃべろうと思っていたんだ。おれたち昭和世代は忘れようと思っても目に焼きついている。だけど、平成も二十五年だからなあ。あの顔はなんとしても後世に伝えなければならん」
A 「二人の意見におれもまったく同感だ。だけど、あの方、ちょっと面白いところもあるんだよ。
ある時、北陸地方で盛大な表彰式が催されて、そのあと、恒例の昼食会が大人数で催された。表彰された者が次々に立ち、緊張の面持ちで謝辞を述べる。 ところが、天皇は謝辞が続くなか、目の前の食事をすごい勢いで食べられ、食べ物が周囲に飛び散った、というのだ。たまたま隣に陪席した某大臣は、天衣無縫な食べっぷりにがくぜんとした……」
C 「そんな話、信じられない」
A 「いや、事実だ。おれはその大臣から直接聞いたんだから。外に話せることではなく、今日まで黙っていたが、はじめてしゃべった」
B 「面白いな、見方が少し変わる」
A 「そうなんだ。あの方は一般の人が気にかかることをまったく意に介さない。超人格とでもいうのかなあ。そこからもあの温顔が見えてくる。まあ、初回はこのへんで」
<今週のひと言>
山崎豊子さんは若いころから、社内(毎日・大阪)をカッポしておられた。空色のスーツで。
(サンデー毎日2013年10月20日号)
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つぶやき
昭和天皇の天衣無縫な食事の姿 ちと 信じがたい話のようですが事実なのでしょうね。でも信じがたい。
ある本で読んだが河豚も食べられなかった天皇 と言う話があったが こちらはなんとなく頷いたものだ。
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きょうの花の国のプールは空いていた、 なんでだろうと思うと きょうは三連休の中日だった。 皆さん どこかにお出かけ? それでも常連の方が数人見えた。
フリーコースは私を含めて3~4人だった。このようなことは滅多にない。ターンの練習をしようかと思ったが何故かしたくなかった。 フリーコースの名の如く歩いたり泳いだり・・・自由な時間を十分に楽しみ過ごした。
ソレイユの丘 この日は賑わってました
子供のイベントが有ったようです
長文の記事をupして頂き有難う御座いました
安人なら時間が掛かります
何時もブログにお越し頂きコメントやグッドを有り難うございます!
三連休最後の朝も此方は素敵な爽やかな朝となりました。
連休最後の日をスポーツや芸術鑑賞でお互いに楽しみましょ~!
☆
*本当?信じられない様な話ですね!
気候の変わり目は色々体調を崩すそうです!
健康管理に注意しましょ~!
入場は無料?だっと思いますが駐車場料金がかなり高いと思っていますが???です?
兎に角 交通に不便な場所でした。
KQ駅から歩くと大変だった思い出もあります。
安人さんは健脚な方のようで・・・いいですね。歩くのは健康は言うに及ばすボケ防止にもなり歩くことに勝る健康法はないと私は信じています。 これからも横須賀市のアチコチ紹介をお願いいたします。
天皇陛下の話・・・ちと驚きましたが本当なのでしょうね。想像も出来ません。
皇室の料理長の本を読んだときに晩餐会で料理の中にハムを絞った糸が陛下の料理に混じっていたが陛下は黙って飲み込まれたとか言うことが書いてあり・・・流石と思ったことがります。
今 あれは料理の一部と勘違いして食べられたのかな?と不遜な推定をしました。 下々とは違いますね。
超人格・・・という言葉が、心に響きました。
楽しいお話をありがとうございます。
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A・78歳・政治ジャーナリスト・肝臓がん:この方が小渕恵三・天皇の逸話を喋られていますね。
昭和天皇の話は私も驚きました。正に「超人格」者だっと思います。
私も小渕恵三のことを書いた本を読んだのですが彼は学生時代 大学を休学して世界を廻ったそうです。その折、まだ米軍の占領下だった沖縄に立ち寄り、沖縄の方達との話が書いてありました。日本の祝祭日の日には日の丸の旗を各家で軒先など目立たぬ場所に立てて日本を偲んでいたとか?国旗のない家には学校の教師が配っていたということでした。
返還後 日教組・社会党等の教員やシンパの乗り込みにより、この風習はなくなったようです。この日教組の先生の反戦(反日)指導の洗礼を受けたのが今の沖縄の60才代以下の方々でしょうね?
教育の恐ろしさを感じます。