チーン。
モーターが息を吐き出すように止まり勝手に終わりを告げる。キッチンでコーヒーを淹れている最中になり電気ポットを押す手を止め振り向き電子レンジに近づく。
「あーまた、三十秒で諦めてるし、まったく根性見せろってんだ」
すっかり働く気のないレンジの横をボンと叩いてみる。
「何?またレンジに八つ当たりか、もうおじいちゃんなんだからさあ三十秒で褒めてやれば」
仕事場から顔をだした風間が古いレンジのかたを持つ。私はレンジをあけ中に入っている温め切れていないピザを出し風間が見える範囲のカウンターに載せる。
「そうだね、レンジを労わってあげよう、まだちょっと凍っているけどせっかくだから食べてあげてね、風間さんの昼だからさ」
風間の態度は一変し部屋から出て腕まくりをしながらレンジに近づきそれを両手で抱えて側面、底面などを三百六十度念入りに調べ始めた。
「買わないと駄目かな、もう、十年もたっているからなあ」
あんなにレンジのかたをもっていた風間は結局自分に降りかかると話しは別のようで直せるはずもないレンジと格闘した後元の位置に戻す。
「十年も経ってないよ、だって、あのとき、ホームセンターで買ったやつでしょ」
このレンジは大学を卒業して地元に戻りしばらくしてからホームセンターでレンジの箱を抱える風間に再会したときのものだ。三回、レンジのコンセントを入れなおしリセットしていく。そのたびに液晶がピコピコと点滅する。
レンジはあてにならなそうなのでフライパンを出しコンロにかける。ピザはフライパンで焼くことにする。
焼きあがったピザとコーヒーをテーブルに載せると同時に風間が席に座り食べ始める。その姿を見届け出かける準備を始める。洗面所から戻ってくると風間はテレビの天気予報をピザを口に運ぶのを忘れたまま見入っている。自然と私の視線も天気予報に向く。
「寒いはずだよね」
十二月だというのに爆弾寒気が日本列島に張り出し日本海側は各地で例年以上の大雪を記録していた。太平洋側にいる私たちですらその寒さに気づき例年よりも早く厚手のコートや手袋、マフラーなどの防寒具を必須アイテムにしていた。
「今週末は、ひとまず落ちつくみたいだな、良かったな」
「休みの日に落ち着かれてもなんら意味がないような気もするけど、それに、こっちは寒いだけで雪降らないしさ」
「まあな、でも、ほら、ささやかな気持ちだよ」
風間が何を言いたいのか良くわからないまま出かける準備を続けた。準備をしていると風間が暖かい格好で行けよと声をかけた。ただの友達との飲み会であるのにその気遣いは過保護であり不自然だった。
「じゃあ、行ってくる、今日はここに泊まるんで内鍵を開けておいてね」
風間は天気予報から私へ視線を移し頷いた。鞄を持ち部屋を出ようとしたとき、風間が私を呼びとめたけれど何も言わずに持っていたピザを皿に落とし立ち上がろうとしたがそのまま椅子に沈んだ。私は待ち合わせの時間が迫っていたのでそのまま部屋を出る。
車を走らせる。ダッシュボードの上に置かれた一枚の葉書が吹き出る暖房にフルフルと震えている。朝自宅を出るとき、ポストを確認するとこの法事を知らせる葉書が入っていた。そのまま持ち去り車に乗り込んだ。
なぜ、私へこの葉書が送られてきたのだろうか。その意味がまったくわからず動揺するほかなくどう受けとればよいかも見当たらない。考えることをやめ信号待ちをしているときその葉書を取り鞄の中へ入れた。ラジオへ手を伸ばしDJの話に耳を傾けながら空を見ていた。夏のような背の高い山のような雲が町の所々の上空に浮かんでいる。その周りには薄い綿菓子のような雲がぼんやりと纏わりつく。雪雲だろうか。気がつけば町の向こうにある山肌は白く色を変えていた。
ガラスのような夕焼けが濃紺に色を変えた頃、絶品と噂されている焼き鳥屋のカウンターに二人で並んで座り午後に買い物したものは車に詰め込み再び店へと繰り出していた。
「風間さんと付き合ってどのくらいになる?」
砂肝をひとつ呑み込みもうひとつ食べようとしたが串を持つ手がぴたりと止まる。どう答えれば良いか戸惑う。これは友人の嫌がらせだろうか。出会ってどのくらいと聞いてくれればずっと答え易かったはずで、付き合うというのは恋人同士になってという事だろうし単純に考えれば二人がそれを認識したときでその月日を答えればよい。ところが、レンジを持った風間に再開してから今日までたった一度も言葉でそれらしい事を交わした事がなく私たちの関係は曖昧の中にいた。でもそれは傍から見れば恋人同士に見える。だからこそ、この事を話すのは友人でも抵抗があった。けれど、私は風間を必要としたし今の私があるのは間違いなく風間と再開したからだろう。でも、こんな状態はこれから先続くはずがないことも分かっていた。
「わからない、付き合っているのかって聞かれても答えが見つからないよ」
持っていた串を置き生ビールへ手をかけ一口飲む。友人は何もいわずに枝豆の皮を皿の上に投げ捨てため息をひとつついた。
「なんでそんなの事聞くの」
「確認だよ」
「何の確認?」
友人の答えは何もなく、手持ち無沙汰にビールを飲み干すともうひとつビールを注文してくれ今日は飲めと店員から受け取ったジョッキを目の前に置いた。友人は珍しく飲まず私の車を運転して帰るつもりのようでもくもくと焼き鳥を食べ続ける。友人の分も飲まされ途中からすっかり記憶が飛び私は酔いつぶれた。眠りに落ちる前、こんな感覚は前にあった、いつだろうと考えてみたが勝手に頭の中の何かが鍵をカチャリと掛けなおしてしまった。
「え・・・」
顔がひりひりと痛む。息を吸い込むたびに鼻の中が痛い。何が起こっているのだろうかと重い瞼をゆっくりと上げる。クモの巣が張った蛍光灯がチカチカと音をたて今にも切れそうだ。どうして蛍光灯が瞬いている。瞼が完全に開いたとき汚れた天井と目の前にある鉄製のバス停があり私の体は木製のベンチに座らされている。その椅子とバス停をすっぽりと覆うように屋根と壁がある。音。車のエンジン音が突然聞こえる。いや、認識したのだろう。私の車だった。運転席のドアが開き友人が姿を現す。何が起こったのかさっぱり理解出来ず、考える要素すら見つからない。友人が近づいてくると、その顔が切れそうな蛍光灯の光にちらちらと照らす。友人の顔色は悪く目の下に立派な隈を作っていた。
「じゃあ、このへんで。荷物は横にあるから」
友人は呆然としたままの私になんの説明もせずに背を向け車に乗り込み走り去っていった。ハンドルを握った友人はベンチに座る私に一瞥もなく通り過ぎ、車の先にあったのはどこまでも広がる真っ白な世界が色を変え始めた空にぼんやりと照らされていた。驚きのあまり座っているにも関わらず腰を抜かしずるりとコンクリの上に滑り落ちバス停に書かれた文字が飛び込みふいに目を閉じてしまった。今のは見間違えたのかもしれないと恐る恐る瞼を開きその文字を読む。
「うそでしょ・・・」
それは焼き鳥屋から高速道路・一般道を七時間走り続けなければ辿り着けない町の地名だった。夜が明ける直前の出来事だった。
次回に続きます。
モーターが息を吐き出すように止まり勝手に終わりを告げる。キッチンでコーヒーを淹れている最中になり電気ポットを押す手を止め振り向き電子レンジに近づく。
「あーまた、三十秒で諦めてるし、まったく根性見せろってんだ」
すっかり働く気のないレンジの横をボンと叩いてみる。
「何?またレンジに八つ当たりか、もうおじいちゃんなんだからさあ三十秒で褒めてやれば」
仕事場から顔をだした風間が古いレンジのかたを持つ。私はレンジをあけ中に入っている温め切れていないピザを出し風間が見える範囲のカウンターに載せる。
「そうだね、レンジを労わってあげよう、まだちょっと凍っているけどせっかくだから食べてあげてね、風間さんの昼だからさ」
風間の態度は一変し部屋から出て腕まくりをしながらレンジに近づきそれを両手で抱えて側面、底面などを三百六十度念入りに調べ始めた。
「買わないと駄目かな、もう、十年もたっているからなあ」
あんなにレンジのかたをもっていた風間は結局自分に降りかかると話しは別のようで直せるはずもないレンジと格闘した後元の位置に戻す。
「十年も経ってないよ、だって、あのとき、ホームセンターで買ったやつでしょ」
このレンジは大学を卒業して地元に戻りしばらくしてからホームセンターでレンジの箱を抱える風間に再会したときのものだ。三回、レンジのコンセントを入れなおしリセットしていく。そのたびに液晶がピコピコと点滅する。
レンジはあてにならなそうなのでフライパンを出しコンロにかける。ピザはフライパンで焼くことにする。
焼きあがったピザとコーヒーをテーブルに載せると同時に風間が席に座り食べ始める。その姿を見届け出かける準備を始める。洗面所から戻ってくると風間はテレビの天気予報をピザを口に運ぶのを忘れたまま見入っている。自然と私の視線も天気予報に向く。
「寒いはずだよね」
十二月だというのに爆弾寒気が日本列島に張り出し日本海側は各地で例年以上の大雪を記録していた。太平洋側にいる私たちですらその寒さに気づき例年よりも早く厚手のコートや手袋、マフラーなどの防寒具を必須アイテムにしていた。
「今週末は、ひとまず落ちつくみたいだな、良かったな」
「休みの日に落ち着かれてもなんら意味がないような気もするけど、それに、こっちは寒いだけで雪降らないしさ」
「まあな、でも、ほら、ささやかな気持ちだよ」
風間が何を言いたいのか良くわからないまま出かける準備を続けた。準備をしていると風間が暖かい格好で行けよと声をかけた。ただの友達との飲み会であるのにその気遣いは過保護であり不自然だった。
「じゃあ、行ってくる、今日はここに泊まるんで内鍵を開けておいてね」
風間は天気予報から私へ視線を移し頷いた。鞄を持ち部屋を出ようとしたとき、風間が私を呼びとめたけれど何も言わずに持っていたピザを皿に落とし立ち上がろうとしたがそのまま椅子に沈んだ。私は待ち合わせの時間が迫っていたのでそのまま部屋を出る。
車を走らせる。ダッシュボードの上に置かれた一枚の葉書が吹き出る暖房にフルフルと震えている。朝自宅を出るとき、ポストを確認するとこの法事を知らせる葉書が入っていた。そのまま持ち去り車に乗り込んだ。
なぜ、私へこの葉書が送られてきたのだろうか。その意味がまったくわからず動揺するほかなくどう受けとればよいかも見当たらない。考えることをやめ信号待ちをしているときその葉書を取り鞄の中へ入れた。ラジオへ手を伸ばしDJの話に耳を傾けながら空を見ていた。夏のような背の高い山のような雲が町の所々の上空に浮かんでいる。その周りには薄い綿菓子のような雲がぼんやりと纏わりつく。雪雲だろうか。気がつけば町の向こうにある山肌は白く色を変えていた。
ガラスのような夕焼けが濃紺に色を変えた頃、絶品と噂されている焼き鳥屋のカウンターに二人で並んで座り午後に買い物したものは車に詰め込み再び店へと繰り出していた。
「風間さんと付き合ってどのくらいになる?」
砂肝をひとつ呑み込みもうひとつ食べようとしたが串を持つ手がぴたりと止まる。どう答えれば良いか戸惑う。これは友人の嫌がらせだろうか。出会ってどのくらいと聞いてくれればずっと答え易かったはずで、付き合うというのは恋人同士になってという事だろうし単純に考えれば二人がそれを認識したときでその月日を答えればよい。ところが、レンジを持った風間に再開してから今日までたった一度も言葉でそれらしい事を交わした事がなく私たちの関係は曖昧の中にいた。でもそれは傍から見れば恋人同士に見える。だからこそ、この事を話すのは友人でも抵抗があった。けれど、私は風間を必要としたし今の私があるのは間違いなく風間と再開したからだろう。でも、こんな状態はこれから先続くはずがないことも分かっていた。
「わからない、付き合っているのかって聞かれても答えが見つからないよ」
持っていた串を置き生ビールへ手をかけ一口飲む。友人は何もいわずに枝豆の皮を皿の上に投げ捨てため息をひとつついた。
「なんでそんなの事聞くの」
「確認だよ」
「何の確認?」
友人の答えは何もなく、手持ち無沙汰にビールを飲み干すともうひとつビールを注文してくれ今日は飲めと店員から受け取ったジョッキを目の前に置いた。友人は珍しく飲まず私の車を運転して帰るつもりのようでもくもくと焼き鳥を食べ続ける。友人の分も飲まされ途中からすっかり記憶が飛び私は酔いつぶれた。眠りに落ちる前、こんな感覚は前にあった、いつだろうと考えてみたが勝手に頭の中の何かが鍵をカチャリと掛けなおしてしまった。
「え・・・」
顔がひりひりと痛む。息を吸い込むたびに鼻の中が痛い。何が起こっているのだろうかと重い瞼をゆっくりと上げる。クモの巣が張った蛍光灯がチカチカと音をたて今にも切れそうだ。どうして蛍光灯が瞬いている。瞼が完全に開いたとき汚れた天井と目の前にある鉄製のバス停があり私の体は木製のベンチに座らされている。その椅子とバス停をすっぽりと覆うように屋根と壁がある。音。車のエンジン音が突然聞こえる。いや、認識したのだろう。私の車だった。運転席のドアが開き友人が姿を現す。何が起こったのかさっぱり理解出来ず、考える要素すら見つからない。友人が近づいてくると、その顔が切れそうな蛍光灯の光にちらちらと照らす。友人の顔色は悪く目の下に立派な隈を作っていた。
「じゃあ、このへんで。荷物は横にあるから」
友人は呆然としたままの私になんの説明もせずに背を向け車に乗り込み走り去っていった。ハンドルを握った友人はベンチに座る私に一瞥もなく通り過ぎ、車の先にあったのはどこまでも広がる真っ白な世界が色を変え始めた空にぼんやりと照らされていた。驚きのあまり座っているにも関わらず腰を抜かしずるりとコンクリの上に滑り落ちバス停に書かれた文字が飛び込みふいに目を閉じてしまった。今のは見間違えたのかもしれないと恐る恐る瞼を開きその文字を読む。
「うそでしょ・・・」
それは焼き鳥屋から高速道路・一般道を七時間走り続けなければ辿り着けない町の地名だった。夜が明ける直前の出来事だった。
次回に続きます。