にいはんは周回遅れ

世間の流れとは違う時空に生きる

3足のわらじを履く人

2007-03-31 | オーマイニュース

今日のオーマイニュース(以下OMN)に、小田光康トレーニングセンター(以下TC)長の書いた記事が転載されました。昨日PJニュースに掲載された記事をほんの少しだけいじっているようで、添付されている写真は全く同じです。いわゆるマルチポスト(多重投稿)に該当する可能性が濃厚ですが、OMNにはPJニュース記事へのリンクはありません。マイニュースジャパンからの転載記事がそうであるように、このような場合、転載先が元記事へのリンクを貼るのは当たり前だと思っていたのですが、そうではないのでしょうか?

いえ、今回は小田氏がうっかりOMNへの連絡を忘れ、OMN側では他所にほぼ同じ記事が掲載されている事を把握できなかったに違いありません。どうやらこの記事には続編があり、掲載される事が決定しているようですので、続編では小田氏の記事がPJニュースにも掲載されている旨、きちんと明記されるものと思われます。

ところで、小田氏は何故この記事をマルチポストしたのでしょうか?

一般の市民記者であれば、その心情は多少なりとも理解できるつもりです。もちろん、自分の書いた記事をより多くの人に読んでもらいたい気持ちもあるでしょう。ですが、それよりも1つのメディアに記事を投稿したからといって必ず掲載される保証がない以上、保険をかける意味合いが強いのではないかと思われます。

しかし、小田氏はPJニュースの編集長でもあります。ですから、PJニュースへの掲載は保証されています。それなのに、OMNにもほぼ同じ記事を投稿する意図がわかりません。小田氏は一体何がしたいのでしょうか?

一般のメディアでも、編集長の肩書きを持つ人が他紙(誌)に寄稿する例はあります。ただし、その際に自分が編集長を務めるメディアにほぼ同じ内容のものを出すという例は記憶にありません。OMNの市民記者規約・PJニュースのパブリックジャーナリスト規約には抵触しないのかもしれませんし、抵触したとしても小田氏は一般の市民記者ではありませんので、規約の対象外なのかもしれません。

おそらく、ルール的な問題はないのでしょう。PJニュースの編集長ともあろう人が節操のない事をしているなとは思いますが、ただそれだけの事です。

さて、PJニュースの方のタイトルを見ればわかりますが、この記事は連載記事の体裁をとっています。そこで記事をさかのぼったところ、連載の1回目で編集長としての仕事ぶりが少々書かれていました。該当箇所を引用します。(引用部分はイタリック体で表記)

途中、国道249号線沿いにあるコンビニで朝食と店頭に並べられた新聞すべての種類を買い込み、その駐車場でPJニュースの編集・出稿作業をした。能登半島地震関連の投稿もあった。PJニュースの移動編集部は軽自動車のバンだ。社内で編集作業をしていると数回、車が上下するような地震があった。(原文ママ)

取材先でも編集・出稿作業を行う熱心さには感服しますが、PJニュースには小田氏以外に編集者(またはデスク)がいないのでしょうか?

これがOMNと関係ない話であれば、PJニュースを1人で切り盛りしながら取材をし、記事まで書く小田氏を賞賛し、OMN編集部員にもその姿勢を見習って欲しいなどと書いていたかもしれません。

しかし、小田氏はOMNのTC長でもあります。

TCについてはつい先日のエントリで触れたばかりですが、OMNから設立のアナウンスがあったきり、表面的には今日まで全く動きがありません。疑うわけではありませんが、小田氏はPJニュースにかかりっきりでTCは片手間ではないかと、つい考えてしまいます。実際に、OMN記者としての小田氏はPJニュースに記事を書く片手間に、ほぼ同じ記事を投稿する手抜きぶりです。また、ここまで小田氏がOMNでした仕事はPJニュース編集長としてインタビューを受けたことと、記者として2本の記事を書いた事だけです。もしTC長として何か仕事をしているというのなら、何をしているのか明らかにできるはずです。

そして人手が足りないとはいっても、小田氏の個人商店の雰囲気があるPJニュースよりはマシに思えるOMNでさえ、一部編集部員は記者と編集者の2足のわらじを履くために睡眠時間を削って奮闘しています。

この編集部員にもう1足のわらじを与えても、十分に履きこなせるとは思えません。

すでに2足のわらじを履いている小田氏に3足目のわらじを与えたOMNの判断が正しかったのか?またもソフトバンクのお金を燃やすだけに終わってしまうのか?その回答はTCの成果次第です。しかし、とにかく何かをしなければ成果もへったくれもありません。

OMNは、何もしないTCをいつまで黙って見守るつもりなのでしょうか?


【関連エントリ】
 トレセンはどうなった?


原文の保存は自己責任ですか?

2007-03-30 | オーマイニュース

オーマイニュース(以下OMN)の市民記者の中には、自らHPやブログを運営している人が少なくありません。その中の1つ「ブーゲンビリアのきちきち日記」に、興味深いエントリがありました。

内容はといえば「ニュースのたね」に掲載された記事が、OMNによって編集されているというもの。記事のurlと原文が併記されていて、読み比べられるようになっています。

読んでみたところ、確かに編集されています。たね記事が編集されないのは、実名表記のような原則ではなく鉄則だったはずですが、いつもの誤字脱字はおろか、ときおり見られるおかしな改行、ペンネームすらも放置しているたね記事とは雲泥の差です。念のため付け加えますが、今回の記事にはそのような部分はありません。

ひょっとしたらたね記事の扱いが変わったのかと、OMNのおことわりを確認してみましたが、その気配はありませんでした。市民記者規約【注】を見ても「ニュースのたね」に掲載される記事は、未編集記事と明記されており、これも変更された形跡はありません。

それでは、何故この記事がたねに掲載されたのか、ちょっとその理由を推測してみます。

原文を損なわない程度の文章の修正、細かく追加されている字下げ等からみて、編集部は当初この記事を正式掲載するつもりだったと思われます。それが急遽予定変更されてたね送りになったのではないでしょうか。編集部の誰が、どのような理由で掲載の可否を覆したかはわかりませんが、もし最初から正式掲載しないのであれば、わざわざ編集作業などするはずがありません。また、記事にコメント欄がありませんので、編集部員の手違いでたね送りにされた可能性は低いでしょう。さらに言えば、編集済み記事のたね行きを命じた編集部員氏は、たね記事に掲載されるのは未編集記事であるという鉄則を知らなかったか、失念しています。市民記者規約の条項ではなく、ニュースのたねは不掲載記事を放り込むゴミ箱という運用実態に則して、この投稿を処理したのでしょう。

ならば、現状に合わせて規約を変更すれば良さそうなものですが、OMNとしてはそういうわけにもいきません。編集部の人手が足りないのは明らかですから、いわゆるボツ記事の体裁を整えてたね送りにする余裕はないはずです。ですが、このままだとたねの中でこの記事だけが浮いてしまいます。編集済み記事をたね送りにしたのは編集部のミスですから、この記事をたねから取り除かなければいけません。編集部に正式掲載できない何らかの事情があるとすれば、あらためてこの記事を不掲載として処理し、記者には手違いを詫びる他に手はないかもしれません。編集部の体面を保つには、記者の申し入れにより記事を取り下げてもらう方法もありますが、いつ来るかわからない申し入れを待つよりは、編集部の判断で不掲載にする方が決着は早いと思います。

ところで、OMNに投稿されたこの記事の原文はいったいどこに行ってしまったのでしょう?

結論からいえば、もうOMN内に原文は存在しないと思われます。おそらく、編集部は投稿された原文に直接上書きする形で編集作業を行っているのでしょう。この推測が正しければ、1度編集部員の手が入った投稿を元に戻す事はできません。特に、今回のように掲載を前提とした編集であれば、記憶を辿って原文を復旧するのはまず不可能でしょう。過去の掲載記事で、編集によって文意が変わったとか、誤字が加わったと主張する市民記者が何人かいましたが、それを外部から確認できたケースでは、全て記者が原文を保存していて、それを公開していました。編集部は訂正の注釈をつける事はあっても、その原因が記者にあったのか、編集部にあったのかを明らかにはしません。

もし編集ツールの仕様で原文が保存できないのであれば、それはちょっと問題があります。

今回のケースではたまたま記者自身が原文を保存していましたので、大きな問題にはならないと思われますが、もし原文を保存せずに投稿した記事が編集されて正式掲載され、OMNが編集した部分に起因するトラブルが発生した場合、記者はどのように原因が編集作業にあることを証明したらいいのでしょうか?確かに市民記者規約によれば、そのような場合はOMNが責任を負うと明記されています。しかし、OMNに「この部分は編集していない」と言われたらおしまいです。仮に記者が原文を保存していても、OMN側で「投稿された原文はそれではない」と言われたら、記者の言い分が正しい事を証明するのは簡単ではなさそうな気がします。記事投稿ツールには下書き機能があるそうですが、記者が皆その機能を使用しているわけではないでしょう。

OMNは、投稿された記事の原文を全て保存しましょう。

これは、市民記者との「言った言わない」ならぬ「書いた書かない」論争を回避し、無用なトラブルから市民記者を守るために必要な事です。


【注】

市民記者規約

第1条(定義)

(4)「投稿記事」とは、市民記者が当社に投稿した記事をいい、編集済み記事と未編集記事の両方を含みます。

(5)「編集済み記事」とは、投稿記事のうち、当社による編集作業を経て、当社ウェブサイトに掲載された記事をいいます。

(6)「未編集記事」とは、投稿記事のうち、当社ウェブサイトに掲載されなかった記事および当社による編集作業を経ずに当社ウェブサイトにおける「ニュースのたね」ページにて掲載された記事をいいます。


塩漬け記事に思う

2007-03-29 | オーマイニュース

昨日、オーマイニュース(以下OMN)に昨年11月中旬に投稿されたと思われる記事が掲載されました。こういう記事を見ると、掲載までにどのようなプロセスを辿ってきたのか気になります。延々検討中だったのか、または編集中だったのか、どちらにしても長らく塩漬けにされていた投稿が、ひょんなことから編集部員の目に留まる幸運があったのでしょう。昨日は、生活保護の老齢加算廃止処分の取り消しを求める訴訟が福岡地裁に起こされていますので、誰かが塩漬けになっていたこの記事を引っ張り出してきたのかもしれません。

OMNには、毎日さまざまな記事が投稿されています。その中で、時には投稿から掲載まで時間のかかる記事があってもいいと思います。当該記事の場合、速報性が求められるものではありませんので、今になって掲載されても記事の内容そのものに違和感はありません。

しかし、読み進めていくと、内容とは関係ない部分に違和感を覚えます。その理由は、文中に編集部員が放置した誤りが4点もあるからです。それぞれ指摘してみます。

(1)単位の誤り
 コメント欄で匿名28号氏も指摘していますが、この記事では%と‰を単位とする数値が混在しており、記者が混同したと思われる部分を編集部員が見逃しています。

(2)時系列の矛盾
 文中で「今年」と表記されているのは全て2006年の事です。会計検査院が報告書を出したのも、生活保護を申請しようとした男性が孤独死したのも2006年の事です。記事を投稿した時点では正確な表記だったものが、年をまたいで掲載されたので不正確な表記になりました。いつ掲載するかは編集部が決めることですので、記者に責任はありません。昨年暮れに投稿されたと思われるこの記事では、辻褄が合うようにきちんと編集されていたのですが。

(3)無用の注釈
 文中に「以下開始率という」という注釈がありますが、その後開始率という単語は出てきません。ただし、その部分が編集でカットされている可能性もあります。

(4)脱字
 少なくとも1ヶ所。

(3)と(4)はそれ自体が単独で存在していれば、こちらも気がつかなかったかもしれません。ですが、(1)と(2)のミスがあったので、全体を丁寧に読んでいくうちに気がつきました。このように「ちゃんと仕事をしているのか?」と疑いの目で見られることは、編集部にとって、決してプラスにはなりません。

逆に、日頃からきちんと仕事をしていれば、少々のミスは大目に見てもらえることがよくあります。

OMNが速報性を重要視し始めてから、記事の誤字脱字が目立って増えています。個人的にはこの時点でOMNに問題ありという見方をしているのですが、仮に百歩譲って速報性の為に、正確性を多少犠牲にするのはやむを得ないという方針を編集部が採っているのだとして、その方針を理解したとしても、それは長い間塩漬けにされてきた記事まで雑に扱っていい理由にはなりません。最低限、速報性の求められない記事には、きちんとした編集・チェック体制で臨むべきではないでしょうか?

特に、塩漬けを人に勧めるときには、きちんと味見をして、必要であれば塩抜き等、手を入れてから人前に出すようにしましょう。味見の時間も、手入れの時間も十分にあるのですから。


もしもタブーがあるならば

2007-03-28 | オーマイニュース

オーマイニュース(以下OMN)には、今年2月からマイニュースジャパン(以下MNJ)の記事が転載されています。ときどき転載されない記事もありますが、転載順はMNJの掲載順に準じ、一度飛ばされた記事がOMNに転載された例はありません。

ここに、OMNに転載されなかった記事があります。

近未来通信 元社員が語る詐欺の現場(4) 共犯だったマスコミとタレント

この記事が、3月19日にMNJに掲載されてからOMNに転載される前に、次にMNJに掲載された記事が転載されました。その次のMNJの記事も転載されていますので、該当記事がOMNに転載される事はもうないものと思われます。

私見ではありますが、一般的に見て、この記事が掲載されないと思われる理由がいくつかあります。しかし、過去にMNJからOMNに転載された記事からは、その理由を否定する材料が続々出てきます。

 1.タレントの名前が載っている ← マンダムCMのキムタク・消費者金融CMの佐藤寛子他のタレントは掲載されている

 2.シリーズものの途中 ← ソフトバンク(以下SB)批判はいきなり第3弾が掲載されている

 3.記者が仮名 ← SB批判記事も仮名で掲載されている

何とかOMNの肩を持とうと頑張ってみたのですが、残念ながらこの記事が転載されない理由がありません。

この記事がMNJでしか掲載できないほど一般社会的に問題のあるネタであれば話は別ですが、OMNと同様にMNJの記事を転載しているライブドアニュースには、この記事が一部転載されています。

平野日出木編集次長は、先日の公開講座で「スポンサーであってもSB批判記事はきちんと掲載している」と発言されました。この発言は「OMNにタブーは存在しない」という意味に受け取ったのですが、実際はそうではなかったのでしょうか?

OMNは、先日も外資系生保会社を批判したMNJの記事を転載しませんでした。

OMNには、トヨタや消費者金融を叩く記事は書けても、近未来通信やアフラック・アリコ他の外資系生保会社の批判記事は書けないのでしょうか?

そうであれば、OMNは「この記事は書いても掲載されない」と、きちんとアナウンスすべきです。

タブーのある報道機関はたいへん問題ですが、何がタブーかを明らかにできない報道機関に未来はありません。


1日遅れは惜しかった

2007-03-27 | オーマイニュース

昨日から、比較.comというサイトに、オーマイニュース(以下OMN)に掲載された記事へのリンクが貼られるようになりました。この動きは、先日行われた公開講座で平野日出木編集次長が明らかにした、一般層を対象にした読者拡大戦略の一環だと思われます。

VentureNow NEWSによれば、今回の件は両社のコンテンツ提携で、金銭的なやり取りは含まないとの事。どちらから持ちかけた話かはわかりませんが、コストをかけずに知名度を上げられるのですから、OMNにとっては望ましい話でしょう。今後もこのような提案があれば積極的に乗っていいと思いますし、OMNからどんどん働きかけていくのも良いでしょう。

ですが、この件について、OMNのアナウンスは一歩出遅れました。プレスリリースは3月26日付になっていますが、サイトに掲載されたのは今日27日になってからです。

比較.com側では、3月26日にプレスリリースを出しています。比較.comのコメントを掲載しているVentureNow NEWSは、このリリースを見て取材を行ったものと思われます。もし、OMN側からも同日に何らかのリリースを出していれば、そこにはOMNのコメントも載っていたのではないでしょうか?だとすれば、貴重なPRの機会を1つ逃したことになります。

これまで拙ブログでは、何かをしてもアナウンスをしないOMNを繰り返し批判してきました。それを考えれば今回の対応は大きな前進です。OMNは、まだ黙っていても周囲が注目してくれるまでに至っていないのですから、自分から動いていって積極的にPRする姿勢が大切です。今回は惜しくも1日遅れとなってしまいましたが、今後も同様の機会はいくらでも訪れます。次回から気をつければ、どうという事ではありません。

これを機に、記事だけではなくPRの即時性も重視しましょう。


こんな事もあります

2007-03-26 | オーマイニュース

昨日、教育テレビで放送された「ひばり」を観ました。今年2月に上演されたばかりの舞台で、オーマイニュース(以下OMN)にも2本の観劇記が掲載されていました。掲載から1ヶ月、他の多くの芸術関連記事と同様に、アクセス数は決して多くありませんが、その記事を読んで興味を持った人間もいるという事で、ちょっとした感想文を書いてみます。

松たか子の舞台を観るのはこれが初めてです。所詮親の七光り芸人に過ぎないだろうという先入観から、これまで劇場に足を運んだり、テレビの舞台中継を観ようと思ったことはありませんでしたが、この先入観は松と多彩な助演陣の芝居によって、あっさりと否定されました。

ジャンヌ・ダルクを演じた松はたいしたものです。この舞台でのジャンヌには3つの顔がありました。

神の声と闘う夢見る少女の顔、稀代の詐欺師もひれ伏すほどの口八丁手八丁で周囲を巻き込み、フランス王太子までその気にさせてしまう策士の顔、王太子が手を引いてしまい、神にすがるしかなくなった女性の顔です。

松はこの3つの顔を見事に演じていました。無邪気な美しさ、躍動しながら疾走する輝き、あまりに早過ぎる晩年と言ってもいいでしょう。それぞれの顔で、表情も芝居も全く違います。舞台の序盤、神の声も自らが演じる場面はまさに1人舞台でした。2つの人格の移り変わりが実になめらかで、継ぎ目を感じさせません。

また、表情が秀逸なのは舞台の後半です。回想と現実が交差しながら舞台が進んでいく中で、時にたいへん醜い表情が顔を出します。その表情は、無邪気にみえて実は必死だったジャンヌの内面を表現していたのではないかと思わせました。

物語の中盤は共演者との絡みが楽しい。ここで名前が上がるのは、王太子シャルル役の山崎一、この人もたいした役者です。一見弱虫で見栄っ張り、諦観だけは一人前の王太子。しかし、これは生まれついての人格だったのか?イギリスに攻め込まれ、経済が破綻している状況では、そのように振る舞うのが自らの保身の為に必要だったのかもしれません。

ジャンヌとの謁見の場に身代わりを立て、臣下に紛れてこっそり様子を窺う王太子。それを一目で見破ったジャンヌとの追いかけっこは白眉の一場面です。馬鹿か利口かとらえどころのない王太子のキャラクターが、最もよく表れていたように思います。

そういえば、追いかけっこの途中で逃げる山崎が転んでしまい、追いかける松が舞台の進行を一時ストップしていたのは、この回だけのアドリブだったのでしょうか?

全体を通してみますと、3時間を越える舞台にもかかわらず暗転がなく、台詞が非常に多い舞台でした。長い舞台にはえてして中だるみの時間帯があり、それがかえっていい効果を及ぼす事が少なくないのですが、この舞台ではそのような事はなく、しかも高いテンションを最後まで維持しながら観ていられました。これはジャン・アヌイの原作と蜷川幸雄演出の筆の力によるものが大きいのでしょう。

松たか子と蜷川幸雄のコンビは、「ハムレット」以来9年ぶりだったそうです。今度いつ再現されるかはわかりませんが、その機会が訪れたら、大いに関心を持って注目することになりそうです。


【OMNの関連記事】

【演劇】躍動する勇気 松たか子×蜷川幸雄『ひばり』
【演劇】演劇的知の復権を『ひばり』に観た


まとめ記事を読みたい

2007-03-25 | オーマイニュース

今日、大相撲春場所が15日間の全取組を終えました。オーマイニュース(以下OMN)には関連記事が連日掲載されていますが、これは週刊現代の記事に端を発した八百長疑惑に便乗したもので、横綱・朝青龍関の取組を中心に、週刊現代に記事を書いたライターの武田政氏のコメントも毎日寄せられています。OMN初の試みとなる15日間ぶっ通し企画がどのようなものであったか、記事と武田氏のコメントを中心に見ていきます。

今回の企画は武田氏がいなくては成り立たなかったのは、まず間違いがありません。そこで武田氏のコメントから感じられた点を最初に上げます。

・朝青龍関に対するスタンスは一貫している
 横綱十分の体制になった取組には、とりあえず八百長の可能性をほのめかすか取組の内容には触れない。負けたり、攻め込まれた取組はガチンコと評する。

・八百長の有無には触れない
 コメントで言及するのはあくまで八百長の可能性。

・朝青龍関以外の力士については、発言の一貫性については無頓着
 これは力士に限らず、日本相撲協会(以下協会)に対しても同様

ざっとこんなところでしょうか。上記2点については、協会から訴えられている現状ではやむを得ないともいえます。争う姿勢を明確にしていますので、今更八百長はなかったとは言えませんし、だからといって、迂闊にこの取組は八百長と言うわけにもいかないでしょう。どちらにしても、テレビ桟敷から見ただけで断定できる事ではありません。

気になるのは最後に指摘した点です。特に栃東関に関しては、武田氏がどのような見方をしているのかがくるくる変わります。順を追って発言を引用してみます。(引用部分はイタリック体で表示)

非常に調子が良い(4日目)

栃東は今日も完璧で、素晴らしい試合をしました。優勝ラインにも乗れるでしょう。だから、稀勢の里はもちろんですが、栃東にも期待しています(6日目)

直撃取材で、『本当にやっていないのか』と聞いたんですが、(今も)マジで怒っているみたいです。今場所では、『俺には本当に力があるんだ、カネにも困っていない、まだ引退の時期でもない』という意地を見せたいのでしょう。顔は合わせられないけれど、ボクとしては嬉しいですけれどね(7日目)

ここまで栃東関は7戦全勝で優勝争いの単独トップを走っていました。べた褒めです。これが中日に琴欧州関に敗れて初めての土がつくと、まだ白鵬関とトップを併走していたにもかかわらず、がらっと調子が変わります。優勝ラインに乗れると断言してから2日しか経っていません。

対する栃東は、後半戦も厳しい戦いが続く。前半は肩の力が抜けていて、とても良い取り組みをしていたんですが、ちょっとこれからがつらいですね……(中日)

栃東は昨日あたりからあまり内容が良くないですよね。今日も工夫のない負け方だった。明日あたりで勝ち越すのでしょうが……(9日目)

万全じゃないことは分かっているけれど、死力を尽くしてほしいと思います。週刊現代の記事以降、みんなに言われているわけだから、足も折れるような勢いでやっていただきたいと思い、楽しみにしています(10日目)

栃東が十分な状態でなかったというのもありますけれどね(11日目)

そして、栃東関が高血圧で休場してからは完全にバッシングに入ります。自分の思惑通りに動いてくれなかった栃東関に対する怒りが、このような形で口をついたのでしょうか。疑うわけではないが考えてしまう。これは素晴らしい迷言です。

力士として体を大きくする過程で、無理をした結果の休場だと思いますが……。今場所は、八百長の嫌疑を晴らすことと、カド番を脱出すること、この2つの課題をこなしてからの休場となると、疑うわけではないのですが、連勝後の2連敗についても考えてしまいますその後の前頭・春日王に勝ち、横綱にも善戦していたので(12日目)

角界が動こうとしている中、パージされるのは(30歳代の)千代大海、栃東、魁皇の3大関です。今場所後すぐどうとはならないにしても、あと数場所で(引退の)覚悟を求められるでしょう(13日目)

持ち上げてから落とすのはマスコミの常套手段といわれますが、この手のひら返しはあまりにもひどいのではないでしょうか?武田氏は、先場所5勝止まりの原因となった栃東関の膝の怪我が完治していないのは場所前から明らかなのに、連勝を重ねている間はその事実に目をつぶっています。前に出る相撲の場合、膝にかかる負担が少ないのは少しでも相撲を知っている人にとっては常識です。武田氏のように相撲の記事を書いているライターが、それを知らないはずがありません。それとも、武田氏は相撲関連の記事を書いているだけで、相撲そのものに詳しいわけではないとでも言い訳をするのでしょうか?

疑うわけではないのですが、つい考えてしまいます。

他にコメントで褒めていた力士といえば、朝青龍関を破った時天空関、雅山関と稀勢の里関、琴光喜関ですが、一昨年の秋場所から勝ち越しを続けている琴光喜関以外は、いずれも負け越しか途中休場でした。武田氏の見立てでは、これらの力士は強いはずなのですが、なぜ1人しか勝ち越せなかったでしょう。この結果も協会の筋書き通りなのでしょうか?自分が褒めたから、どこかから見えない力が働いて彼らを勝たせないようにしたと、武田氏は陰謀論を主張するのでしょうか?

疑うわけではないのですが、つい考えてしまいます。

武田氏についてはこれ以外にもつい考えてしまう点が多々ありますが、コメント以外のOMN編集部による記事についても考えてみます。個人の署名ではないので断定はできませんが、この記事は、おそらく特定の編集部員が15日間通して書いていると思われます。

その前提で書きますが、朝青龍関が敗れた初日、2日目、勝負がついた後のダメ押しが話題になった中日などは楽しげに筆が踊っています。ですが、武田氏のコメントや記事、スタンスに影響されている感は否定できません。担当編集部員氏が、週刊現代の記事を読む以前からこのような視点で相撲を見ていたのかは非常に疑問です。この企画の売りが武田氏のコメントである以上、氏に批判的な視点を編集部に望むべくもありませんが、氏と同じ視点で相撲を見る必要はなかったはずです。また、編集部員氏が相撲に詳しくないせいか、不用意な断定調が目につきます。

取組後のダメ押しを主題に持ってきた中日、栃東戦をあっさりやりすごしマスコミ報道について延々語った11日目、前日に名指ししてまで武田氏が期待していた琴欧州関が見せ場なく敗れて内容に言及できなくなった13日目、勝ち越しがかかっていた千代大海関を注文相撲で退けた本割に全く触れなかった千秋楽。果たして編集部員氏は、毎日朝青龍関の取組をチェックしていたのでしょうか?

疑うわけではないのですが、つい考えてしまいます。

ノンフィクションライターの武田頼政さんが描く結末は3つだ。

(1)朝青龍が本割で負け、勝ち越しのかかる千代大海と白鵬の両方に花を持たせる。
(2)千代大海を下し、優勝決定戦で白鵬に花を持たせる。
(3)完全ガチンコの優勝決定戦をする。(14日目)

ここまでくれば、どうなるのか分かりません(14日目・武田氏)

13勝2敗で並んだ朝青龍と大関・白鵬の優勝決定戦となった。ここまでは武田さんがかねて予想してきた通り(千秋楽)

前日に3通り(ガチンコの場合の結末に触れていないので実質4通り)の予想を出すだけではあきたらず、どうなるか分からないと逃げ道を用意し、ヨソウハウソヨの回文を地で行っている武田氏を予想通りと持ち上げる編集部員氏は、武田氏あるいは週刊現代編集部から注射を打たれている疑惑をどこかで追及されるかもしれません。一方的に武田氏の主張のみを掲載する記事は、創刊宣言の理念に反し、市民記者規約や市民記者倫理要綱に抵触する可能性が高いと思われますが、OMN編集部は治外法権なのでしょうか?

疑うわけではないのですが、つい考えてしまいます。

また、断定長について一例を挙げると普天王関への言及がそれです。

明日3日目の相手は、ガチンコ力士の代表格・普天王である。朝青龍がもっとも苦手とする相手の1人だ(2日目)

普天王関は確かに朝青龍関に1勝していますが、それは一昨年の秋場所での話です。昨年は1度しか対戦がありませんでした。これは横綱と対戦する地位である前頭上位に、年1場所しかいられなかったという事です。八百長報道の真偽は別にしても、そもそも地力に大きな差がある力士を必要以上に持ち上げるのは何故でしょう?普天王関の後援者には、サイバーエージェント社長の藤田晋氏がおられたはずですが。

疑うわけではないのですが、つい考えてしまいます。

結局、八百長疑惑などというものは疑い出せばきりがないのでしょう。武田氏が優勝決定戦にガチンコの可能性を臭わせたのも気になるといえば気になりますし、魁皇関は5勝7敗から3連勝して勝ち越しを決めました。14日目、琴光喜関が進境著しい栃煌山関を待ったの末叩き込みで下した相撲は、「若造に本場所で角界のしきたりを教えた」と見ることもできます。先場所の千秋楽で、栃東関は何故あんなにあっさり魁皇関に右上手を与えたのかも疑問です。

このままですと本当にきりがありませんので、平野日出木編集次長のお言葉を借りていったん中締めとさせていただきます。

大相撲の八百長疑惑を云々いうのは野暮

こういうときに『野暮』という言葉はたいへんしっくり来ます。


さて、千秋楽の記事は以下のように締め括られていました。

このシリーズは今回で終わりです。

これは非常にもったいない。内容はともかく、15日の長きにわたって続けてきた企画です。武田氏のコメントと編集部員氏の合いの手を垂れ流すだけなら、OMNでやらなくても編集部員氏のブログで十分です。ここで編集部員氏が春場所を振り返る記事を出さなくてどうするのでしょう。

編集部員氏は、まがりなりにも15日間テレビ桟敷で取組を見ていたはずです。自分なりに捉えた見方、感想というものがあるでしょう。連日記事を出してきたのですから、今度は自分のことばで書けばいいだけのことです。場所を終えた力士たちも、春場所を振り返って反省すべき点は反省し、成長した点をしっかり自覚して次の場所以降への糧にするはずです。場所が終わったらおしまいでは、力士たちも編集部員氏も成長は見込めません。これで終わってしまっては、市民記者に「OMNにはTVの感想文を垂れ流しても構わない」と、誤った認識を与えてしまうかもしれません。OMNが日刊ゲンダイのような路線を目指すのならともかく、市民メディアとして創刊宣言に書かれている姿を理想とするならば、自らの企画は自らのことばで総括をするべきでしょう。

もう、コメントを貰うために武田氏に気兼ねする必要はありません

OMNなり、編集部員氏なりのまとめ記事を出しましょう。


東京が鼻につく

2007-03-23 | オーマイニュース

先日、オーマイニュース(以下OMN)に映画試写会招待のお知らせ記事が掲載されました。市民記者限定で50人が招待されるそうです。講談社が発行している雑誌でも同じ試写会に読者を紹介していますので、元木昌彦編集長代理の個人的なつながりで招待枠をまわしてもらえたのでしょうか?

そして、今日になって、いつもは広告バナーがあるスペースにその記事へのリンクバナーが貼られています。編集部が出したお知らせではありますが、個別の記事に対する扱いとしては異例です。なにしろ、スポンサー枠をつぶしてまでリンクを貼るのですから、OMNとしても余程この試写会には力を入れているとみえます。あるいは、お知らせの形を借りた有料PR記事なのかもしれません。

週刊現代に朝青龍の八百長疑惑レポートを掲載しているライターのコメントを掲載したり、講談社も1枚かんでいるイベントをこのような形でPRしているのを見ると、元木代理がサイトを私物化しているのではないかとの疑問が頭をよぎりますが、それよりも今回引っかかったのは、この試写会が東京で行われるという点です。

OMN主催のイベントは、創刊から約半年しか経っていないとはいえ、これまで全て東京で行われています。オーマイカフェは交通費自弁、日韓市民記者交流会では交通費が一部支給されたようですが、丸1日を要するイベントで宿泊について考慮されていないのでは、東京近郊の市民記者以外は来るなと言わんばかりの姿勢です。また、年が明けてからはイベント自体が開かれていませんでした。

今回の試写会はOMN主催ではなく協力という立場ですが、順風満帆とは言い難いOMNの現状を考えれば、他社のイベントに乗っかってOMNをPRするという方法は、なかなかいいのではないかと思います。何よりいいのは、会場の手配、セッティング等現地に行かなければ出来ない事を主催者に丸投げできるので、開催場所の制約が大幅に緩和されます。主催イベントと比較すれば人手もかかりません。関西でも、北海道でも、沖縄でも、今は東京以外の場所でOMN絡みのイベントを行う事に意義があります。

それなのに、今回もまた東京です。

参加資格を市民記者に限定しているのは、登録したっきりの市民記者を掘り起こす意図があるのでしょう。記事に書かれているように、新規市民記者の獲得も目的にあるものと思われます。これを他の地方でやれば効果的なのに、OMNは、何故現在でも市民記者の半数以上がいる関東圏のイベントに乗っかるのでしょうか?非常にもったいない話です。

サイトに目を移しても、昨日から東京都知事選の記事が非常に目立ちます。知事選は全国13都道県で行われているはずなのですが、OMNを見た限りでは、東京以外の知事選関連記事がこれまで1件もなく、選挙が行われているとは思えないほどです。

市民記者同士の対談記事で朴哲鉉記者が言った「選択と集中」というのは、人的リソースを有効に使わねばならない市民メディアにとって、確かに有効な手段です。ですが、それは適切にテーマを選択し、関連するニュースを集中的に報じるという意味であって、決して編集部発のニュースも市民記者も東京に一極集中することではありません。

既に東京とその近郊には多くの市民記者がいます。東京のニュースはある程度市民記者に任せてもいいのではないでしょうか?


トレセンはどうなった?

2007-03-22 | オーマイニュース

オーマイニュース(以下OMN)には、市民記者トレーニングセンター(以下TC)という部署編集部内のプロジェクトがあります。この部署プロジェクトの立ち上げと小田光康TC長の就任は、元木昌彦編集長代理の就任と重なったこともあるにせよ、OMNにしては珍しくプレスリリースを出してまでメディア関係者に周知されました。

ところが、立ち上げから1ヶ月が過ぎたのに、OMNからは後続のアナウンスがありません。これでは、TCが何をやっているのか、はたまた何もしていないのか、そもそも具体的に何をやりたいのかが全くわかりません。

その名称からして、TCは市民記者と直接の関わりを持つ部署プロジェクトだと思われます。PV向上対策の一環として、市民記者のスキルアップを図る狙いがあるのでしょう。

しかし、これはあくまでも想像でしかありません。新しい部署プロジェクトを立ち上げたのだから、そこには何らかの意図はあるはずと考えても、それすら今の段階では想像にすぎないのですから、目的があってTCを立ち上げたのかも怪しく思えてきます。ひょっとしたら、編集部内では

「とりあえずTCを立ち上げとけば、それでOKなんじゃないの?」

「ん~、まあそうですね~」

などという、お気楽な会話が交わされているのかもしれません。

OMNにとっては決して笑えないジョークではありますが、こんな馬鹿げた想像を楽しめるのは、OMNがTCを完全にブラックボックス化しているからです。

中で何をしているかわからない組織は、一般市民には近寄りがたい雰囲気を感じさせます。まさかOMNはそんな組織になることを望んではいないでしょう。そこで、OMNに次のことばを贈ります(心のともしびより一部改変)。

PVが伸びないと不平を言うよりも、すすんで告知をいたしましょう


【追記】
トレーニングセンターの位置付けを、部署から編集部内のプロジェクトに修正しました。
Mintさん、ご指摘ありがとうございます。