じぶんの足でたつ、それが教養なんだ

「われこそは」と力まないで、じぶんの歩調でのんびりゆったり歩くのがちょうどいい。

アイちゃんが好きだあ

2005-12-03 | 論評(comment)
 《30日午後9時半ごろ、走行中の東京メトロ東西線で男性運転士が奇声を発し、不安に思った乗客が最寄り駅の駅員に異常を伝える騒ぎがあった。乗客によると「アイちゃんが好きだあ」などと大声で叫んでいたという。東京メトロは運転士を5駅先で交代させた。▲東京メトロによると、運転士は41歳のベテランで、中野発西船橋行きの電車(10両編成)を運転中だった。先頭車両の乗客数人が大声に気づき、西葛西駅(東京都江戸川区)に止まった際、ホームの非常通報ボタンを押した。▲駆けつけた同駅の助役は、運転士の様子を見て運行に支障はないと判断。交代の運転士もいなかったことから、その運転士に続けて運転させ、電車は3分遅れで発車した。運転士は、別の運転士が待機する5駅先の妙典駅(千葉県市川市)で交代した。▲東京メトロによると、運転士は「独り言が大きくなってしまった」と話しているという。同社は交代のタイミングについて「お客さまに不安を与えてしまったが、現時点では妥当だったと考えている」としている。▲居合わせた乗客の一人は「訳の分からないことを話し続けていて怖くなった。交代までの間に事故があったらどうするつもりだったのか」と憤っている。》(朝日・05/12/01)
 いつも通勤に利用しており、降車駅の関係で先頭車両に乗ります。これまでに何度かこの絶叫運転手に乗りあわせました。時には注意したこともあります。今回の「アイちゃんが好きだあ」を聞き損なったのはとても残念です。アイちゃんはだれか?「夕刊フジ」には、「加藤アイちゃん」だと大胆な推理をする客の談話がでていました。
 つい先だっては東武電車で運転手が運転室に息子を立ち入らせて走行したというので、解雇される事件があったばかり。メールを打つ、マンガを読む。なかには居眠りしたまま長距離走行した新幹線の運転手もいました。運転室には得体の知れぬ気が充満しているのでしょうか。「独り言が大きくなってしまった」と弁明していますが、「夕刊フジ」には「精神面を含めて産業医の診察を受けている。結果が出るまで乗務はさせない」(東京メトロ・広報部)とあるほどですから、あるいは危機一髪であったのかもしれません。
 極小の密室で、前から後からおそってくる重圧と孤独にたえられず「アイちゃん」に助けを求めたが、「アイちゃん」は応じてくれなかったらしい。地球の中心で「アイを叫ぶ」のがもてはやされましたが、いまや電車の運転室にまで絶叫症が侵入してきたのです。 
 メトロ本社は「運転手は正常だ」といっていますが、こちらはもっとこわい。
 絶叫は地下から地上に出たところで発せられたという。トンネルの暗闇から抜けでてネオンが照らす街の灯を見た瞬間、通いなれたスナック「アイちゃん」の幻影がみえたにちがいない。だれにでもあることだ。でも、運転手は何百人という乗客を乗せて運転しているという現実を放念してしまった。それほどに「アイちゃんが好きだあ」だったのだ。
 ずいぶん昔、飛行機のコックピットに陣取ったパイロットが「逆噴射」して、あわや大惨事の手前までいったことがありました。街中を運転しながら携帯をかけているドライバーをよく見かけます。すべて「アイちゃんが好きだあ」というわけでもないでしょうが、密室にはいると、自分が何者かであり、いま何事かをしているの忘れてしまうようです。
 世は「引きこもりの時代」声に出すか出さないかが問題ではなく、人はだれでも絶叫している。わたしの「アイちゃん」を求めているのです。右から左から嫌なことや重苦しいことばかりがかぶさってくる05年の師走、自分だけの「運転室」にひきこもり絶叫でもしなければ、やりきれないのだと思う。「愛ちゃんは 太郎の嫁になる」と、三橋美智也がむせび泣いたのは今から半世紀も前のことでした。時代は変わったのか。(萬八)