底辺の居心地

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「考える」を考える

2016年10月12日 20時05分53秒 | 負け犬の寝言

変な話だが、考えるとはどういうことだろう? ということを考えて見た。

私は1日二十四時間のうちで、どれくらい真剣に結論を出そうとしているだろうか。 

今日の夕飯何食べよう…なんてのも一応考えたうちに入るのかな? 

思うことと考えることを区別するならば、そういった日常の他愛も無い事柄を抜きにしたら、

真剣に考えるような重大なことなんてそうそう有るもんじゃないぞ。

少なくとも先週は一つも無かった。 もちろんテレビのニュースを見て色々と思うこともある。

大震災で家を失った人々、理不尽で残虐な犯罪、拉致された日本人… など、

率直な感想ならある。 しかしそれらは己の身に振りかかった事ではないので、所詮対岸の火事だ。

楽観的で曖昧な感想に過ぎないから、あまり考えたとは言えないだろう。 

直接関わってくると予想される事柄に、自分がどう対応していったら良いのだろうと、

あれこれ思考し、一つの結論を真剣に見出そうとすることを「考える」という事なのだろう。

これからはそうやって真剣に考えて生きていこうと思う ………………




と、気まぐれに思ってみただけ。



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