功山寺決起

青山繁晴事務所から自由民主党の党員になりました。(2020年)

これまでは一度も席がありませんでした。 (2021-03-21 13:40:58)

2021-03-21 13:55:44 | On the Road
▼開会前の、自由民主党大会です。
 議員となって足かけ5年ですが、これまでは一度も席がありませんでした。

▼なぜか。
 これがお分かりの方は、相当な事情通ですね。



 ぼくは「(公示前の)日頃の選挙活動というものはしない。地元も作らない。後援会も作らない。後援会長も置かない」という、ささやかな信念に基づいて、いかなる都道府県連、自由民主党の都道府県連にも属しません。
 党大会は、武漢熱の無いときは、都道府県連別に席が用意されます。
 したがって、毎年、ぼくには席がなかったわけです。

 席が空いている、どこかの県連を見つけると、そこにお願いして、座らせてもらっていました。
 いわば流浪の民ですね。

( ※ 自由民主党の参議院全国比例区の大阪第15支部長を務めていますが、これは「いずれかの支部長を務めねばならない」というルールによるものです。その際、「大阪府連には属さない」ことで話し合い、合意を得ています )


▼しかし今年は、武漢熱のために都道府県連の代表のかたがたとはオンラインで繋いで、会場は、国会議員だけです。
 そして密を避けるために、議員席は指定して、間隔を空けてあります。
 と言うわけで、ぼくとしては史上初めて、席があります。

 来年は武漢熱が静まり、わが席はまた無くなり、ぼくが流浪の民に戻ることを祈ります。
( ちなみに、党大会の時期は定例の参院選が行われる時期、公示される時期より、ずっと前です )




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